はじめに
2026年2月18日〜20日、有明セントラルタワーホール&カンファレンスで開催された Developers Summit 2026(デブサミ2026) に登壇しました。今年のテーマは 「Beyond the Code」。コードの先にあるもの――技術だけでなく、エンジニアとしての生き方そのものが問われるテーマです。
本記事では、私の登壇セッション「「おとうさん、AIが発達したらクビじゃない?」──47歳、生涯エンジニア宣言。」の振り返りと、デブサミ2026全体から感じた傾向をまとめます。なお、登壇スライドは記事末尾にリンクを掲載しています。
登壇セッションの概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| セッション名 | 「おとうさん、AIが発達したらクビじゃない?」──47歳、生涯エンジニア宣言。 |
| 日程 | Day 2(2026/2/19) |
| トラック | C会場(3F) |
| 形式 | セッション(約200名参加) + Ask the Speaker |
なぜこのテーマを選んだか
「AIがコードを書く時代に、エンジニアは不要になるのか?」――この問いは、特に経験を積んだミドル〜シニア世代のエンジニアにとって、冗談では済まないリアルな不安です。
私自身、40代のエンジニアとして日々の業務でAIコーディングツールを使いながら、「自分の価値は何なのか」を突きつけられる場面が増えました。この葛藤を正直に語り、同じ思いを抱えるエンジニアと共有したいと考えたのが出発点です。
セッションで伝えたかったこと
1. AIが「できる」ことと「できない」こと
AIは定型的なコード生成、パターンマッチング、大量データの処理において人間を凌駕します。一方で、ドメイン固有の文脈理解、ステークホルダー間の利害調整、「そもそも何を作るべきか」という問いの設定は、依然として人間の領域です。
2. 経験値が「問い」の質を変える
セッションの核心はここです。AIに対して的確な指示を出せるかどうかは、エンジニアの経験値に大きく依存します。10年、20年のキャリアで蓄積した「こういう設計はこういう理由で失敗する」「この業界のユーザーはこういう使い方をする」といった暗黙知こそが、AI時代に最も価値を持つ資産です。
3. 40代エンジニアの「あるある」言い訳を超えて
「もう若くないから」「新しい技術についていけない」――こうした言い訳は、AI時代ではむしろ逆転します。経験が浅いエンジニアよりも、ドメイン知識と失敗経験を持つベテランのほうが、AIを効果的にハーネス(制御)できる可能性がある。この逆説的なメッセージが、多くの参加者に響いたようです。
4. 経験者が磨くべき4つのスキル
具体的なアクションとして、以下の4つのスキルを提示しました。上の2つがAIとの対話に必要なスキル、下の2つが土台となる基盤スキルです。
AI対話スキル
- プロンプトエンジニアリング:経験から得た「正解のイメージ」をAIに伝える技術。完成形が見えているからこそ、曖昧さを排除した指示が出せる
- AIアウトプットの検証力:AIの出力を経験に照らして「本当にそうか?」と問い続ける力。Chain of Thoughtモニタリングで判断手順を確認し、認識のズレに気づく力
基盤スキル
- 抽象化・言語化能力:複雑な要件を構造化し、AIにも人間にも伝わる形で表現する力。要件定義や設計の経験がそのまま活きる
- ドメイン知識の深化:業界・業務の深い理解。AIが学習データから得られない「現場感」こそ経験者の強み
5. 実践事例:コードを書かずにプロダクトを作る
セッション後半では、実際にAIを活用して「コードを自分で書かずに」プロダクトを作った事例を紹介しました。ここで重要なのは、「コードを書かなかった」のではなく「コードを書く行為をAIに委譲し、自分は設計・判断・検証に集中した」という点です。
参加者の反響
セッション参加者は約200名。セッション後のアンケートでは、参加者の多くがIT経験10年以上のベテランエンジニアで、まさにこのセッションのターゲット層でした。目的達成度についても、大多数の方に「達成された」と回答いただいています。
参加者からいただいた感想の中で、特に印象的だったのは 「経験値」への共感 でした。長年のキャリアで培った経験がAI時代にこそ活きるというメッセージに対して、多くの方が自身の経験と重ね合わせて受け止めてくださったようです。
また、AI活用の具体性を評価する声や、同世代への前向きなメッセージとして受け取ってくださった方も多く、登壇者としてありがたい反応でした。
一方で、経験が浅いエンジニアにとっては厳しいメッセージに聞こえたという声もありました。これは率直に受け止めるべきフィードバックです。経験が浅いエンジニアに対しても「では今から何を積み上げるべきか」という観点を、もっと手厚く語るべきだったかもしれません。
デブサミ2026全体の傾向 ── 全91セッションから見えたもの
今年のデブサミは3日間・最大5トラック並行で計91セッション。登壇ネタの傾向を整理しました。特にAI開発のパラダイムと流行に注目しています。
数字で見る「AI一色」の実態
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 総セッション数 | 91 |
| 公式カテゴリ「AI・データ」 | 18本(19.8%) |
| AI関連セッション(実質) | 50%以上 |
| 満員セッション | 39本(42.9%) |
| 満員のうちAI・最新ツール関連 | 約60% |
2024年頃の「AIを使うかどうか」という議論は完全に過去のもので、2026年のデブサミでは「AIをどう使いこなすか」が全セッションの暗黙の前提になっていました。
AI開発パラダイムの地殻変動 ── 2026年の新キーワード群
今年のデブサミで印象的だったのは、AI開発のアプローチが一枚岩ではなく、複数の新パラダイムが同時に出現したことです。
Vibe Coding(バイブコーディング)
最も話題を集めたキーワードの一つ。プロンプトだけで直感的にコードを生成するアプローチで、Googleの「Antigravity」を使ったハンズオン(18-D-1、満員)、「あすけん」でのVibe Coding起点の新機能開発事例(19-C-7、満員)など実践的なセッションが並びました。一方で「バイブコーディングの罠:開発者が知るべきセキュリティの急所」(19-D-4、満員)も同じ勢いで人を集めており、光と影が同時に語られているのが2026年の成熟度を示しています。
スペック駆動開発
Vibe Codingの対極にあるアプローチ。「Claude Codeで実践するスペック駆動開発入門」(19-A-8、満員)は、AI時代だからこそ「仕様の厳密化」が重要になるという逆説的なメッセージを発していました。AIエージェントが自律的にコードを書く時代には、「何を作るべきか」を正確に定義する仕様書こそが開発の起点になる、という認識です。
AI-DLC(AI-Driven Development Lifecycle)
AWSが推進するフレームワーク。要件定義からテスト・デプロイまで開発ライフサイクル全体をAIで再定義するもの(19-B-6、満員)。個人の開発スタイルの話ではなく、組織全体のプロセスとしてAI駆動を体系化する動きが本格化しています。
メモリエンジニアリング
RAGの次の進化形として新登場。「Memory Is All You Need:RAGを進化させるメモリエンジニアリングの最前線」(20-B-8)は、LLMに「記憶」を持たせる技術の最新動向を扱っています。コンテキストの「最適化」から「継続性」へ、という発想の転換が提示されていました。
AIエージェントの爆発的拡大
「AIエージェント」という言葉の出現頻度は前年から明らかに急増しています。しかも使われ方が多層的です。
| 層 | セッション例 |
|---|---|
| 開発ツール | AIエージェントファーストな開発(19-A-2、満員) |
| ビジネス応用 | エージェントコマース(19-A-5)、LegalBrianエージェント(18-C-2)、Snowflakeデータエージェント(20-C-3、満員) |
| 物理世界 | フィジカルAI(19-C-9)、Software Defined Vehicle × AI Agent(20-C-7) |
「やってみたら課題が見えた」段階
2026年のデブサミで特徴的だったのは、AI導入の「影」を正面から語るセッションが多かったことです。
「LLMを入れたら障害対応が地獄に?」(18-A-3)、「なぜ、AIで生産性があがっていると錯覚してしまうのか?」(20-B-1、満員)、「コードを書く楽しみを奪われたと感じているあなたへ」(20-D-4)――これらは2025年の「AIでなんでもできるはず」という期待に対する実践的なカウンターです。実装して初めてわかった問題をオープンに議論できるフェーズに入った、というのがこのカンファレンスの成熟度を物語っています。
AIネイティブ組織 ── エンタープライズの本気
組織レベルでのAI導入も「実験」から「本気」のフェーズに入りました。メルカリ・DeNAのAI活用推進リーダーが語る「AIネイティブな組織の要件」(20-C-1)、損保ジャパンの2万人規模のAI導入(20-C-2)、パーソルキャリアの組織変革(19-A-6、満員)など、数千〜数万人規模のエンタープライズでAI導入が常態化しています。それに伴い、生成AI活用のガバナンス設計とセキュリティ戦略(20-A-8、満員)も重要課題として浮上していました。
エンジニアのキャリア・生存戦略 ── 不安と希望の共存
私のセッションに限らず、「エンジニアとしてどう生き残るか」をテーマにしたセッションへの関心は極めて高いものでした。「AIが書き、AIが考える時代に──それでもCTOとCPOは必要か?」(18-C-1)、「2026年エンジニア生存戦略」(20-A-9)、「変化に適応し続けるエンジニアのキャリアとその要件」(19-C-3、満員)など、危機感をベースにしたセッションが並ぶ一方で、「AI時代でも変わらない技術コミュニティの力」(20-C-9)、「器用貧乏が強みになるまで」(20-D-7、満員)など、変わらない価値を再確認するセッションも人を集めていました。
テーマ「Beyond the Code」が示すもの
こうして全体を俯瞰すると、「Beyond the Code」というテーマの射程がよくわかります。コードを書く行為そのものの価値が相対的に下がる中、デブサミ2026のセッション群は「コードの先」を4つの方向に拡張していました。
| 方向 | 内容 |
|---|---|
| 技術の先へ | ビジネス・コミュニケーション・マネジメント |
| 物理世界へ | フィジカルAI・Software Defined Vehicle |
| 組織・社会へ | AIネイティブ組織・ガバナンス |
| 個の主体性へ | キャリア自律・コミュニティ |
Day 1が「Dev × PM Day」として開発者とプロダクトマネージャーの協働をテーマにしたのも、この文脈で腑に落ちます。
私のセッションはこの文脈のどこにあったか
興味深いのは、私のセッション(19-C-8)と、「Claude Codeで実践するスペック駆動開発入門」(19-A-8)が同じ時間帯に配置されて満員だったことです。「AI時代のエンジニアの不安」を語るセッションと、「AI時代の新しい開発手法」を語るセッションが、同じ聴衆から同等の関心を集めている。これはまさに、2026年のエンジニアが**「どう生きるか」と「どう作るか」を同時に問われている**ことの証左だと思います。
Ask the Speaker ── ジュニアエンジニアの切実な声
セッション終了後のAsk the Speakerには10名ほどが足を運んでくれました。印象的だったのは、ジュニアエンジニアの比率が高かったことです。セッション本編の聴衆はベテランが多かったのに対し、個別に話を聞きに来たのはむしろ若手が多かった。
彼らが口にしていたのは、共通して2つの不安でした。
「AI時代にコーディングしなくなると、自分は経験を積めないのではないか」
「AIより賢くない自分に、エンジニアとしての価値はあるのか」
ベテランの「経験が武器になる」というメッセージは、裏を返せば「まだ経験がない自分はどうすればいいのか」という問いを突きつけます。先述のフィードバックは、まさにこの層の声だったのだと思います。
Ask the Speakerでは、経験を積むための具体的な3つの対策をアドバイスしました。
① 半年間は先輩とモブプロをしながら、先輩の「問い」を学ぶ
AIがコードを書いてくれる時代でも、先輩エンジニアが「なぜそこを疑うのか」「なぜその設計を選ぶのか」という判断の過程は、横で見ないと学べません。コードではなく「問いの立て方」を盗む。モブプログラミングはそのための最良の場です。
② 業務だけでなく、自分でとにかく触ってみる
業務で触れる範囲は限られています。個人開発やOSSへの貢献、ハッカソンへの参加など、業務外で手を動かす時間を意識的に確保する。AIツールも含めて「触った量」がそのまま経験になります。
③ 先輩の経験知や暗黙知をヒアリングして言語化する
先輩の頭の中にある「こういうときはこうする」という暗黙知は、聞かなければ出てきません。意識的にヒアリングし、ドキュメントやプロンプトテンプレートとして言語化する。これは先輩のためでもあり、自分の学習のためでもあり、組織のナレッジ資産にもなります。
この3つに共通するのは、AIが代替できない「人間同士の知識伝達」に自ら飛び込むということです。AIがコードを書く時代だからこそ、コード以外の場所で経験を積む戦略が必要になる。これは「Beyond the Code」というテーマそのものでもあります。
登壇を振り返って
うまくいったこと
- タイトルの訴求力:キャッチーなタイトルが参加者を引きつけた。タイトルに惹かれて参加したという声や、タイトル負けしていなかったという反応がありました
- 生々しさの共有:成功体験だけでなく不安や葛藤を正直に語ったことが共感を生んだ
- 具体性と抽象のバランス:概念的な話だけでなく、AIを使った開発の実例や具体的な「問い」のフレームワークを示せた
- Ask the Speakerでの対話:ジュニアエンジニアとの直接対話を通じて、セッション本編で語りきれなかった「若手向けの具体策」を補完できた
おわりに
「AIがあれば、もうエンジニアは要らない」。この言葉を聞くたびに感じるのは、不安ではなく違和感です。
AIは道具であり、道具を使いこなすのは人間です。そして「使いこなす」力の源泉は、何年もの現場で培った経験、失敗から学んだ勘所、ドメインへの深い理解です。これらは一朝一夕では手に入りません。
だからこそ、経験を積んだエンジニアこそがAI時代の主役になれる。これが私の「生涯エンジニア宣言」です。
この記事が、同じ悩みを持つエンジニアの方に少しでも届けば幸いです。
登壇スライドはこちら:
「おとうさん、AIが発達したらクビじゃない?」──47歳、生涯エンジニア宣言。(PDF)
