RayArc寺子屋【TEE-RA】第6回LT会の記事です。
前回は珍しいテーマ有開催でしたが…
テーマを決めたことで、逆にジャンルから思いっきり自由に、攻めたチョイスが出てくる可能性もありましたが、さすがにテーマ有としては初回だったので、そこそこ文脈に寄せた本が紹介されていた感じもします。もっと偏愛がにじみ出た紹介の回とかもあったらおもしろいのかもしれません。
などと思っていたら、今回それとは少し確度は違いますが、初笑いにつながるユーモラスなテーマが登場してました。これはこれでよい…。
第6回のトーク内容
第6回LT会はフリーテーマです。年始らしいトークも登場しました。
おみくじの「あぶない」をAIで具体化してみた
- おみくじの「危ないです。全力をつくしなさい」という曖昧表現を、AIに解釈させてみた話
- Gemini・ChatGPT・Claude Codeで同じ質問を投げ、AIごとの“性格の違い”を比較
- Geminiは啓発的で熱量高め、ChatGPTは淡々と実務的、Claude CodeはなぜかHTMLで返すという驚きの結果
- 曖昧な運勢でもAIを使うと具体的な意味や対策が手軽に得られることを実感
- おみくじの内容が気になる人は、AIに聞いてみると新しい視点が得られて面白い
「導かない技術・試遊を重ねる中でファシリテーターが育つゲーム
- ファシリテーターの「あるべき姿」への違和感と、自分たちの開発したストーリーテリングゲームで出来た答え合わせの話
- 試遊を重ねる中で、ゲームマスターとして“導かずに信じて待つ”関わり方を意識
- 誘導しない方が、プレイヤーの物語が想像を超えて立ち上がる
- その体験から、ファシリテーターは“自分が消えていくことで場が立ち上がる”存在だと再確認
- 結果として、このゲーム自体がファシリテーターを育てる構造になっていたことに気づき、皆さんの考えるファシリテーター像も聞いてみたいと思っている
紹介したファシリテーター育成ゲーム(ただし、GMすることで)
(別の記事で紹介しているふりかえりのゲームよりはかなり癖つよで、その分ディープです)
LT会後のこぼれ話ちょっと紹介
すごいな、と感じたのは、今回スピーカー両名が完全に好き勝手に自分の語りたいテーマを持ち寄ったのに、それぞれの奥でつながるものが雑談の中で勝手に接続しだしたことです。
- ストーリーテリングゲームを何度も回していると、参加者の個性や場の違いが短時間で露骨に見えてくることが多かった
- 誘導しすぎると場が“もやっと”終わることがあって、逆に信じて待つと想像を超える物語が立ち上がる瞬間が何度もあった
- これはファシリテーションやチームビルディングでも似たようなことが起きる気がしていて、「良かれと思って制御する」ことが逆効果になる場面を何度も見てきた
- 介入が必要な場と、むしろ放っておいた方が育つ場があって、これはチームの“耐性”やネガティブ・ケイパビリティ(曖昧さに耐える力)と関係しているように思う
- 曖昧さを保てるチームは伸びやすい一方で、伏線を伏線のまま置けないチームはすぐ答えを求めて疲弊してしまうこともある。これは現実の会議やプロジェクトでもよく見かける構造だ
- 物語の“曖昧な終わり方”に耐えられるかどうかは、人によって大きく差があって、仕事でも「結論を急がず保留にできる力」が問われる場面があるように感じる
- 試遊を通じて、曖昧さ・伏線の残し方・介入の度合いなどが、チームの成熟度と深く関係しているのではないかと考えるようになった
- プロの仕事では「結論をあえて出さない」「説明をぼかす」「寝かせる判断」が必要になることもあって、完璧主義では逆に破綻するケースもある
- 説明責任と“あえて説明しない”のバランスは難しく、どこまで言うか・どこまで伏せるかの線引きは経験や勘に依存する部分が大きいと感じている
- 自分自身も昔は危なっかしかったが、「説明できないなら書くな」とレビューで叩き込まれた経験から、曖昧さの扱い方や“ぼかす技術”の必要性を学んできた
- AIのハルシネーションのように「間違ってはいないが当たってもいない」説明が役に立つ場面もあって、議論を収めるための落としどころを作る技術として興味深い
- ファシリテーションも同じで、最初は導く必要があっても、成熟してくると“遠くから見守る存在”に移行することが大事なのかもしれない
- その距離感は「姿は見えないが見守っている」ような立場に近く、介入しすぎず、しかし場を支えるという在り方を考えるきっかけになっている