この記事は、個人が公開データを使って独自に解析したものです。査読を受けておらず、公式に確認された結果でもありません。処理や解釈の誤りによって、記載した数値や地図が実際と異なっている可能性があります。
被害の把握や避難の判断には、国土地理院・気象庁・自治体などの公式発表を参照してください。この記事の内容を、そうした判断の根拠に使わないでください。
誤りにお気づきの際は、ご指摘いただけると助かります。
地震が起きると、ニュースではまず震度とマグニチュードが伝えられます。震度は観測点が置かれた場所の揺れの強さ、マグニチュードは地震そのものの規模です。
では、地面は実際にどれだけ動いたのか、どこで地表のようすが変わったのか。これは面で知りたい情報ですが、地上の観測点は点でしか置けません。点と点のあいだで何が起きたかは、地上からは埋められません。
人工衛星なら、そこを面で見ることができます。
この記事では、2026年7月28日の熊本の地震を題材に、衛星から何が分かって、何は分からないのかを、実際に自分で解析しながら確かめます。使ったデータも処理も無料で、手元に必要なのはごく普通のパソコン 1 台です。
先に結果だけ言うと、地面は最大で 21.7 cm 動き、震央を挟んで北東と南西で逆向きに動いていました。そして地表のようすが変わった場所は、益城町から八代市まで北東から南西に連なる帯に集中していました。
人工衛星で地面の動きが測れる、とはどういうことか
まず、何をしているのかを説明します。専門知識は要りません。
レーダーの衛星は、雲があっても夜でも撮れる
今回使ったのは Sentinel-1(センチネル・ワン) という、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)の人工衛星です。カメラで写真を撮るのではなく、電波を地面に当てて、跳ね返ってきたものを受け取ります。
この方式には大きな利点があります。カメラは雲があると地面が写りませんし、夜も写りません。電波は雲を通り抜けるので、天気にも昼夜にも左右されず、同じように撮れます。災害の直後に「曇っていて衛星写真が使えない」という事態を避けられるわけです。
この衛星は同じ場所の上空を 12 日ごとに通ります。つまり同じ場所を同じ条件で繰り返し撮っています。地震の前と後の画像を比べれば、その間に何が起きたかが分かる、という理屈です。
分かること その1:地面がどれだけ動いたか
電波は「波」なので、山と谷の周期があります。Sentinel-1 の電波は 1 周期が約 5.5 cm です。
衛星と地面の距離がほんの少し変わると、跳ね返ってきた波のタイミング(位相)がずれます。このずれを読むことで、地面が何センチ動いたかが分かります。ミリ単位に近い精度です。
ただし制約があります。衛星は真上ではなく斜め上から見ているので、測れるのは「衛星に近づいたか、遠ざかったか」という1 方向の成分だけです。真上に持ち上がったのか、横にずれたのかは、1 方向からでは区別できません(別の角度から撮った画像と組み合わせれば分けられます。これは後述します)。
分かること その2:地面のようすが変わったか
もう一つ、少し変わった使い方ができます。
地面には細かい凹凸があり、電波はそれに当たってバラバラに散らばって返ってきます。この散らばり方は、その場所ごとに固有の「模様」のようなものになります。地面の状態が前と同じなら、模様もほぼ同じになります。
ところが、建物が壊れる、斜面が崩れる、地面が大きくずれる、といったことが起きると、模様が別物になります。
そこで、2 時期の模様がどれくらい一致しているかを数字にします。0 から 1 の値で、1 に近いほど「前と同じ」、0 に近いほど「まるで別物」です。これを地図にすれば、地表が変わった場所の見当がつきます。
この一致度は、地震と関係なくても下がります。森は木の葉が揺れて動きますし、水面は常に変化します。田んぼも季節で見た目が変わります。「一致度が低い=被害がある」ではありません。この点は後でもう一度触れます。
実際にやってみる
地震の後に衛星は通っていたか
まずここが決まらないと何も始まりません。地震は 7月28日 16時27分(日本時間)でした。この後、熊本の上空を衛星が通っているかを調べます。
アメリカの アラスカ衛星施設(ASF) が検索用の窓口を公開していて、これは登録なしで使えます。
curl -s "https://api.daac.asf.alaska.edu/services/search/param\
?platform=SENTINEL-1&intersectsWith=POINT(130.65%2032.60)\
&start=2026-06-20T00:00:00Z&processingLevel=SLC&output=jsonlite"
結果を時系列に並べると、7月28日の21時16分(世界標準時) の撮影がありました。日本時間だと 7月29日の朝 6時16分、地震のおよそ 14 時間後です。
同じ軌道の過去の撮影は 7月16日、7月4日と 12 日ごとに並んでいました。そこで 2 組の比較を作ります。
- 地震をまたぐ組: 7月16日 → 7月28日
- 地震前だけの組: 7月4日 → 7月16日
2 組目が後で効いてきます。理由は後述します。
処理は無料のクラウドに任せる
この解析自体は計算量が多く、まともにやると大きな計算機が要ります。ところが ASF が HyP3 というサービスを無料で公開していて、画像の名前を指定して投げるだけで処理して返してくれます。手元の計算機は結果を見るだけで済みます。
curl -sS -X POST -H "Authorization: Bearer $EDL_TOKEN" \
-H "Content-Type: application/json" --data @payload.json \
https://hyp3-api.asf.alaska.edu/jobs
投げる前に、送る中身へ "validate_only": true を足すと、実際には処理せず「受け付けられるかどうか」だけ確認できます。今回の画像は比較的新しい衛星のもので、対応しているか分からなかったので、先にこれで確かめました。
無事に受理され、1 件あたり 15 クレジットと表示されました。残高は 6921 あったので、2 件で 30 使うだけです。処理は両方とも成功しました。
2 つの組は、まったく同じ設定で処理してください。このあと 2 つの結果を引き算するので、設定が違うと「地震による差」と「設定による差」が混ざってしまいます。
結果1:地面はこう動いた
赤が「衛星に近づいた側」、青が「衛星から遠ざかった側」です。最大で 21.7 cm 遠ざかり、15.0 cm 近づいていました。
注目していただきたいのは、震央を挟んで色が反転していることです。北東側(美里町から益城町のあたり)が青、南西側(氷川町から八代市)が赤で、その境目が北東から南西に走っています。
これは地下で断層がずれたときに現れる典型的な形です。境目の向きは、この地域に知られている活断層の向きと一致していました。
「たまたまノイズが出ただけでは」という疑いは当然あります。そこで、地図全体のばらつきを計算すると 2.7 cm でした。ピークの 15〜22 cm はその 5〜8 倍あるので、ノイズでは説明できません。
なお、地図の海岸線は処理の副産物として得られる水域の境界を描いたもので、市町の位置は国土地理院の住所検索の窓口から取っています。目分量で置いたものではありません。
結果2:どこで地表のようすが変わったか
もう一つの問い、「どこで地表が変わったか」に移ります。ここは素直に計算すると答えを取り逃がすので、順を追って書きます。
地表が変わった場所を出すために、さきほどの一致度を引き算します。
変化の指標 = 地震前だけの組の一致度 − 地震をまたぐ組の一致度
正の値が「地震をまたいで一致度が下がった」場所です。
なぜ地震前だけの組を引くのか。さきほど書いたとおり、森や水面は地震と関係なく一致度が低いままです。地震をまたぐ組だけを見ると、そういう場所が軒並み「変化した」と出てしまいます。地震前の組を基準にすれば、もともと低い場所は差し引かれ、地震をまたいで新たに下がった場所だけが残ります。
さらに、地震前の組の一致度が 0.3 未満だった場所は判定から外しました。もともと見えていない場所について「変わった」とは言えないからです。
ここまで慎重にやったうえで、全体の代表値を計算しました。結果は −0.024 です。
負の値でした。つまり「地震をまたいだ方がむしろ一致度が高い」。素直に読めば「地震による変化は見られなかった」です。
なぜ消えていたのか
原因は単純でした。解析した範囲が広すぎたのです。
今回の範囲は南北・東西とも 200 km を超えます。一方、地震で実際に変わったのは震央のまわりの数十 km です。面積で比べると、変化した場所は全体のごく一部にすぎません。全部を平均すれば、当然かき消されます。
そこで、震央からの距離で輪切りにして、それぞれ別に集計しました。
| 震央からの距離 | 一致度が 0.3 以上下がった場所の割合 |
|---|---|
| 0〜10 km | 40.3 % |
| 10〜20 km | 22.0 % |
| 20〜30 km | 7.6 % |
| 30〜50 km | 4.7 % |
| 50〜80 km | 4.4 % |
| 80〜120 km | 3.2 % |
| 120〜200 km | 2.6 % |
距離が離れるほど、きれいに減っています。
ここで重要なのは、いちばん遠い層が「何もなくても出てしまう率」を教えてくれることです。震央から 120 km 以上離れた場所は地震の影響を受けていないはずですが、それでも 2.6 % は「変化した」と判定されます。これがこの手法のノイズの水準です。
そして震央から 10 km 以内は 40.3 %。ノイズの 約 10 倍です。信号は最初からはっきり出ていて、広い範囲の平均に薄められていただけでした。
地図にする
最初は細かい点のまま描いたのですが、散らばって面として読めませんでした。そこで 1 km 四方のマスにまとめ、マスごとに「変わったと判定された面積の割合」を出しています。この割合はそのまま、さきほどのノイズの水準(3〜5 %)と見比べられます。
変化した場所は 益城町 → 宇土市 → 宇城市 → 氷川町 → 八代市と、北東から南西に連なっていました。最も濃いのは八代市の市街地です。データが足りるマス 5,561 個のうち、30 % を超えたのが 289 個、50 % を超えたのが 146 個でした。周囲の淡い黄色がノイズの水準です。
そして、この帯は結果1 で色が反転していた境目と重なります。まったく別の方法で作った 2 つの地図が同じ構造を指したので、偶然ではないと判断しました。
この結果で言えないこと
ここは正直に書きます。
建物が壊れた場所の地図ではありません。 断層のすぐ近くでは、地面が壊れたからではなく、動きが急激すぎて波のずれを追いきれないことでも一致度は下がります。この 2 つを今回の材料だけで分けることはできません。
判定できたのは範囲の 19.6 % だけです。 「地震前の一致度が 0.3 以上」という条件を課すと、夏の九州は植物に覆われた場所が軒並み外れます。残るのは市街地や裸地に偏ります。
1 方向からしか見ていません。 今回使えたのは 1 つの軌道だけなので、上下の動きと東西の動きを分けられていません。別の角度から撮った地震後の画像が入れば分解できるので、そこは引き続き進めます。
数値が実際とずれうる要因
「どう間違いうるか」を具体的に書いておきます。
- 位相のつなぎ方を誤ると、変位量が波長の整数倍だけずれます。この解析は電波の位相のずれを積み上げて距離に直しており、途中でつなぎ方を間違えると 21.7 cm という値そのものが変わります。今回はその検算をしていません
- 大気による遅延を補正していません。水蒸気の分布が 2 時期で違うと、地面が動いていなくても数センチの見かけの変位が出ます。全体のばらつき 2.7 cm にはこれが含まれています
- 地上の実測と照合していません。GNSS などの地上観測と突き合わせれば確かめられますが、今回はしていません
- 震央の位置は 32.60N / 130.65E に丸めた値です。距離で層別した表はこの点からの距離なので、実際の震源がずれていれば表の数字も動きます
- 処理は既定に近い設定のままです。フィルタの強さなどを変えれば、一致度の絶対値は変わります。表の数字は「この設定で測ったときの値」であって、普遍的な定数ではありません
公式機関はこれらを検証したうえで発表しています。食い違いがあれば、公式の側が正しいと考えてください。
かかったもの
- データ: Sentinel-1(ESA。誰でも無料で使えます)
- 処理: ASF HyP3 の無料枠から 30 クレジット
- 手元の計算機: 結果を開いて集計するだけなので、2 コアの仮想マシンで足りました
有料のソフトも、大きなワークステーションも要りませんでした。
技術的な補足
再現用のスクリプトと図、40 m 解像度のデータを置いてあります。
いくつか実務的な注意点です。
- 使ったのは下降軌道 path 163、
INSAR_GAMMAでlooks=10x2(40 m 相当)、水域マスクあり - 2 つの組の出力は緯度経度も解像度も同じですが、行数がわずかに違います(片方が 2 行多い)。重なる範囲で切り揃える必要があります
- 処理結果のダウンロード先は認証なしで開けますが、2 週間ほどで消えます
- ASF の検索結果を
jqで扱うとき、|は,より結合が弱いので.results|length, (.results[]|...)と書くと後半で.が配列のままになります。(.results|length), (.results[]|...)と括ってください
出典表記として以下が必要です。
Contains modified Copernicus Sentinel data 2026, processed by ESA.
Processed with ASF HyP3, a service of the Alaska Satellite Facility, part of
NASA's Earth Observing System Data and Information System (EOSDIS).
まとめ:地震について衛星から分かること
今回やってみて分かったことを、質問の形で整理します。
地面はどれだけ動いたか → 分かります。最大 21.7 cm、5 cm 以上動いた範囲は 1,789 km² ありました。地上の観測点がない場所でも、面で埋まります。
どちらに動いたか → 部分的にしか分かりません。1 つの軌道からでは「衛星に近づいた/遠ざかった」しか出ません。真上に上がったのか横にずれたのかを分けるには、別の角度から撮った画像が要ります。
断層はどこか → 直接は見えませんが、動きの向きが反転する境目として現れます。今回はそれが北東から南西に走り、既知の活断層の向きと一致しました。
どこで地表が変わったか → 見当はつきます。ただし建物が壊れた場所の地図ではありません。地面が急激に動いた場所も同じように出ます。
地震の直後に間に合うか → 今回は地震の 14 時間後に撮影がありました。ただし衛星は 12 日周期で回っているので、タイミングは運です。今回は下降軌道だけが間に合い、別の角度からの撮影はまだ入っていません。
最後に、手順とは別に持ち帰る価値があると思った点を一つ。
探しているものが狭い範囲にしかなく、観測した範囲がそれよりずっと広いとき、全体の平均は必ず信号を薄めます。そういうときは、何も起きていないはずの場所で「何もなくても出てしまう率」を測り、それと比べる。地味ですが、これをやらなければ今回は「影響は見られなかった」と書いて終わっていました。衛星の解析に限った話ではないはずです。

