生成AIが登場する以前、海外のエンジニアとやりとりする際は、DeepL翻訳やGoogle翻訳を駆使して何とかコミュニケーションを取っていた。しかし、技術的な内容になると、どうも話が噛み合わない。
「I need to version up this application and take evidence of the degradation test...」
DeepLで翻訳した文章を自信満々で送信した私。返ってきたのは「What do you mean by 'version up'? And what kind of evidence?」という困惑のメッセージだった。
「あ、俺の英語、全然通じてない...」
今ならChatGPTやClaude等の生成AIでより自然な翻訳ができる。しかし油断は禁物だ。先日も「手戻りが発生した」を生成AIに翻訳させたら「The hand has returned」という、まるでホラー映画のような文章が出力された。文脈を無視した翻訳は今でも起こる。
結局のところ、エンジニアとして国際的に活躍するなら、英語の基礎知識は必須なのだ。特に、日本のIT業界で培ってきた「英語力」は、実は壮大な勘違いの塊かもしれない。
和製英語という名の地雷原
まずは基本中の基本、「ノートパソコン」から始めよう。
日本人エンジニア:「I forgot my note.」
外国人同僚:「Oh, just write it on a new piece of paper!」
日本人:「No, I mean... my computer...」
外国人:「???」
ノートパソコン → laptop という事実。noteと言えば「メモ」だ。あなたが忘れたのはメモ帳じゃない、ラップトップだ!
続いて「コンセント」の同意問題。
日本人:「Where is the consent?」
外国人:「Consent for what? Did someone harass you?」
日本人:「No! I need to charge my phone!」
外国人:「Oh... you mean an OUTLET!」
コンセント(consent)= 同意・承諾。電源の話をしているのに、いきなりセクハラ相談になってしまう恐怖。正解はoutletかsocketだ。
「Can I borrow your USB memory?」と言った瞬間、相手の頭上に「?」が見える。USBに記憶力があるとでも?正しくはUSB driveかflash drive。メモリは記憶装置の部品であって、持ち運ぶものじゃない。
カタカナ発音の落とし穴
null問題から見ていこう。
if (value == null) {
// 日本人:「バリューがヌルの時...」
// 外国人:「ん?ヌードル?」
}
null = ナル。「ヌル」と言い続けていると、いつか「ヌードル好き?」と聞かれるかもしれない。
日本人が「パラメーター」と伸ばして言うたびに、英語圏の人は内心で「パ・ラ・ミ・タ」と区切りたくなる衝動と戦っている。parameterに伸ばす音はない!
直訳できない日本の開発文化
横展開 - この日本独特の概念を英訳しようとして「horizontal expansion」と言ったら、「建物でも増築するの?」と聞かれた。正解は文脈によるが、roll out to other departmentsやapply the same approach across teamsなど、説明的にならざるを得ない。
日本人:「This task has 手戻り(hand-return)」
外国人:「Hand... return? Are you returning someone's hand?」
(ホラー映画かな?)
reworkやrevisionと言おう。手は返さなくていい。
日本の開発現場で、あらゆるバグや不具合を正当化する魔法の言葉「仕様です」。これを「It's a specification」と直訳すると、「それは仕様書です」という意味不明な発言に。
正しくは:
- "It's by design"(設計通りです)
- "It's intended behavior"(意図した動作です)
- "It's not a bug, it's a feature"(バグじゃない、機能だ!)← これは世界共通のジョーク
職種名の混乱
日本のSEは、実は欧米のSoftware Engineerとは別物。日本のSEは要件定義から基本設計まで何でもやる謎の職種。海外で「I'm an SE」と言うと、「で、具体的に何するの?」と聞かれる。
日本では「PGからSEにステップアップ」なんて言うが、シリコンバレーで「I'm just a programmer」なんて言ったら、年収2000万円の専門職かもしれない序列意識は日本独特なのだ。DeveloperやSoftware Engineerと名乗ろう。
さらに混乱するのが雇用形態だ。「私はBPです」と言ったら「Blood Pressure?」と健康を心配された。BP(ビジネスパートナー)は完全に日本独自の婉曲表現で、実態はcontractorやvendor engineer。
「プロパーの方に確認します」を「I'll check with the proper person」と訳したら、「適切な人って誰?」と聞き返された。プロパー = permanent employee(正社員)という日本独特の使い方は通じない。
省略語の罠
日本人:「デービーにアクセスして...」
外国人:「誰?デイビッド?」
DB = ディービー。人の名前じゃない、データベースだ。
- MTG → 外国人「マジック・ザ・ギャザリング?」
- FB → 外国人「Facebook?」
- NW → 外国人「ノースウェスト?」
省略するな!meeting、feedback、networkと言え!
最恐の和製英語たち
日本人:「This update caused a degrade」
外国人:「The system degraded? How badly?」
日本人:「No, I mean... it's a regression」
外国人:「Why didn't you say so!」
デグレ = regression。degradeは「劣化・低下」で、ニュアンスが違う。
「Let's リスケ this meeting」と言ったら、「リスクを取る?」と勘違いされた。rescheduleと最後まで言おう。
日本のIT業界では、ログファイルからスクリーンショット、議事録まで何でも「エビデンス」。CSI(科学捜査班)かな?
- ログ → logs
- スクリーンショット → screenshots
- 議事録 → meeting minutes
- 証跡 → audit trail
エビデンス(evidence)は、本当に「証拠」が必要な時だけ使おう。
希望の光
しかし、絶望することはない。我々日本人エンジニアには、世界に誇れる強みがある。
- 過剰なまでの丁寧さ - バグ報告が小説みたいに詳細
- 謎の几帳面さ - コメントが俳句レベルで整理されている
- 無駄に高品質 - 「仕様です」と言い張るバグすら愛おしい
今では私も海外のエンジニアと問題なくコミュニケーションが取れるようになった。その秘訣?
「My English was 'by design' - designed to fail, but refactored to succeed!」
(私の英語は『仕様通り』だった - 失敗する設計だったが、リファクタリングして成功した!)
生成AIは強力なツールだが、それに頼りきりでは真の国際エンジニアにはなれない。基礎を押さえてこそ、AIも正しく活用できるのだ。
和製プログラミング英語 完全対照表
IT機器・周辺機器
和製英語/カタカナ語 | 正しい英語 | 備考 |
---|---|---|
ノートパソコン | laptop, notebook computer | noteは「メモ」の意味 |
デスクトップ | desktop computer | desktopだけでは「机の上」 |
コンセント | outlet, socket, power point | consentは「同意」の意味 |
タップ(電源) | power strip, extension cord | tapは「蛇口」の意味 |
USBメモリ | USB drive, flash drive | USB memoryは通じない |
ルーター | router | ○ これは正しい |
ハブ | hub | ○ これは正しい |
プログラミング・開発用語
和製英語/日本独特の表現 | 正しい英語 | 備考 |
---|---|---|
バージョンアップ | version upgrade, update | version upは和製英語 |
デグレ | regression | degradeは「劣化」の意味 |
ステップアップ | level up, advance | step upは「前に出る」の意味 |
スキルアップ | improve skills, upskill | skill upは和製英語 |
リスケ | reschedule | 略し方が日本独特 |
エビデンス | evidence, proof, documentation | 日本では「証跡」の意味で多用 |
カットオーバー | go-live, launch, cutover | 日本独特の使い方 |
リリースアップ | release update | release upは和製英語 |
フィックス | fix, finalize | 「確定する」の意味は日本特有 |
発音要注意リスト
カタカナ | 正しい発音 | IPA表記 | よくある間違い |
---|---|---|---|
null | ナル | /nʌl/ | ヌル |
height | ハイト | /haɪt/ | ヘイト |
width | ウィズ、ウィドス | /wɪdθ/ | ワイズ |
false | フォルス | /fɔːls/ | ファルス |
data | デイタ、ダータ | /ˈdeɪtə/ | データ |
image | イミッジ | /ˈɪmɪdʒ/ | イメージ |
parameter | パラミター | /pəˈræmɪtər/ | パラメーター |
algorithm | アルゴリズム | /ˈælgərɪðəm/ | アルゴリズム(ムは軽く) |
archive | アーカイヴ | /ˈɑːrkaɪv/ | アーカイブ |
日本特有の概念の英訳
日本語 | 英訳の選択肢 | 使い分け |
---|---|---|
仕様書 | specification, spec document, requirements document | 内容により使い分け |
障害 | failure, fault, defect, bug, incident, outage | 重要度・種類により使い分け |
改修 | modification, refactoring, enhancement, revision | 変更の規模により使い分け |
基幹システム | core system, mission-critical system, enterprise system | 文脈により選択 |
運用 | operation, maintenance, administration | 業務内容により使い分け |
保守 | maintenance, support | メンテナンスかサポートか |
問い合わせ | inquiry, query, question, ticket | フォーマルさにより使い分け |
切り戻し | rollback, revert, fallback | 状況により使い分け |
横展開 | horizontal deployment, roll out to other departments | 直訳は通じない |
手戻り | rework, revision, going back | 文脈により表現を変更 |
職種・役割の表現
日本での呼称 | 英語圏での対応 | 注意点 |
---|---|---|
SE(システムエンジニア) | systems engineer, software engineer | 日本のSEは設計寄り |
PG(プログラマー) | programmer, developer | 日本では実装専門の印象 |
PL(プロジェクトリーダー) | project lead, team lead | 責任範囲が異なる |
PM(プロジェクトマネージャー) | project manager | ○ ほぼ同じ |
情シス(情報システム部) | IT department, IS department | information systemsの略 |
保守要員 | maintenance staff, support engineer | maintenanceだけでは不十分 |
運用担当 | operations engineer, system administrator | 業務により使い分け |
インフラエンジニア | infrastructure engineer, DevOps engineer | 最近はDevOpsが一般的 |
雇用形態・契約関係
日本での表現 | 英語での表現 | 注意点 |
---|---|---|
正社員 | permanent employee, full-time employee | regularは使わない |
契約社員 | contract employee, fixed-term employee | contractorとは異なる |
派遣社員 | temporary staff, agency worker | dispatchedは使わない |
BP(ビジネスパートナー) | vendor engineer, contractor | 日本独特の婉曲表現 |
協力会社 | subcontractor, partner company | cooperating companyは直訳的 |
プロパー | permanent employee, direct hire | properは「適切な」の意味 |
試用期間 | probation period, trial period | 欧米では一般的 |
常駐 | on-site, resident engineer | 日本独特の働き方 |
客先常駐 | client-site assignment | 直訳は通じにくい |
SES契約 | engineering service contract | System Engineering Serviceは和製英語 |
会長 | Chairman, Chairperson | 現役か名誉職かで異なる |
社長 | President, CEO, Representative Director | 企業規模により使い分け |
副社長 | Executive Vice President, EVP | VPだけだと部長級の意味 |
本部長 | Division Director, General Manager | 日本独特の階層 |
部長 | Department Manager, Director | Directorは欧米では役員級 |
省略語・業界スラング
日本での省略 | 完全形/正しい表現 | 英語圏での扱い |
---|---|---|
DB(デービー) | database | DB(ディービー) |
PG | programmer / program | 文脈により異なる |
AP, APL | application | app |
I/F | interface | interface, API |
MTG | meeting | meeting(略さない) |
FB | feedback | feedback(略さない) |
NW | network | network, net |
SW | software | software, SW |
HW | hardware | hardware, HW |
完璧な英語を話す必要はない。通じれば良いし、問題があれば聞き直すように事前に伝えると良い。でも、可能な限り正しく通じる英語を話す努力をしなければならない。
おわりに - グローバルエンジニアへの道
ここまで、日本のIT業界に潜む和製英語の地雷原を歩いてきた。正直、全部覚えるのは大変だ。でも安心してほしい。
今すぐできる3つのアクション
-
まずは発音から - null(ナル)、parameter(パラミター)。この3つだけでも正しく発音すれば、相手の「?」が半減する。
-
直訳を疑え - 「手戻り」「横展開」「仕様です」のような日本独特の概念は、一度立ち止まって「これ、英語圏の人に通じるか?」と自問しよう。
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省略するな - MTG、FB、DBなど、日本人同士なら通じる省略語も、国際的な場では丁寧に言い切ろう。相手の理解>自分の手間。
失敗を恐れるな
私も「USBメモリ貸して」と言って困惑された経験がある。「ヌルポインターエクセプション」と言って「ヌードルポインター?」と聞き返されたこともある。でも、それでいい。
間違いは成長の種だ。 バグと同じように、見つけたら直せばいい。
生成AIとの正しい付き合い方
ChatGPTやClaudeは素晴らしいツールだ。でも、「手戻りが発生した」を「The hand has returned」と翻訳されても気づけるのは、基礎知識があってこそ。
生成AIは補助輪であって、エンジンではない。
最後に
グローバルに活躍するエンジニアになるために、ネイティブレベルの英語は必要ない。
- 相手に伝わる英語
- 誤解を生まない表現
- コミュニケーションへの意欲
この記事の対照表を片手に、まずは一つずつ直していこう。そして忘れないでほしい。
「It's not a bug, it's a feature」は世界共通のジョークだということを。
この記事を読んで「あ、私もやってた...」と思った和製英語があったら、ぜひコメントで教えてほしい。みんなで地雷原マップを完成させよう。