はじめに
古典力学の教科書には、遠心力、コリオリの力、離心率ベクトルなど、回転運動に関連する記述が沢山でてきます。ところが、その多くは、$\vec{\mathbf{e}}_x$, $\vec{\mathbf{e}}_y$ や $\vec{\mathbf{e}}_r(t)$, $\vec{\mathbf{e}}_\theta(t)$ を基底とした一般のベクトル(図1左参照)を用い、これらにややこしい微分や回転操作を加えて記述されるため、かなり難解で、よほどの向上心がなければ読み進む気力が保てません。しかし、扱っている現象の殆どは二次元平面内の運動だけなので、一般のベクトルの代わりに複素数(図1右参照)を使用することで、比較的簡単に記述でき理解も容易になります。
なお、複素数の記号は細字体で表記するのが一般的ですが、この記事では、ベクトルの代用であることを明示するために太字体を使っています。また、この記号の上にさらに矢印($\ \vec{\phantom{a}}\ $)を付記することで一般のベクトルを表すこととし、複素数によるベクトルと区別できるようにしています。
ベクトルを反時計回りに角度 $\theta_r$ だけ回転させる操作は、一般のベクトル $\vec{\boldsymbol{r}}{=}[x\hspace{1ex}y]^T$ に対しては下記の回転行列 $\boldsymbol{R}(\theta_r)$ を、複素数表現のベクトル $\boldsymbol{r}{=}re^{i\theta}$ に対しては単位複素数 $e^{i\theta_r}$(図2参照)を掛けることで実現できます。これら2つの式を比べてみるだけでも、複素数の方が扱いやすそうなことは一目で分かると思います。
一般のベクトル
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{R}(\theta_r)\vec{\boldsymbol{r}}=
\left[
\begin{array}{c}
\cos\theta_r & -\sin\theta_r\\
\sin\theta_r & \cos\theta_r
\end{array}
\right]
\hspace{-0.5ex}
\left[
\begin{array}{c}
x\\
y
\end{array}
\right] =
\left[
\begin{array}{c}
x\cos\theta_r-y\sin\theta_r\\
x\sin\theta_r+y\cos\theta_r
\end{array}
\right]
\\
\end{align*}
$$
複素数表現のベクトル
$$
e^{i\theta_r}\boldsymbol{r}=e^{i\theta_r}re^{i\theta}=re^{i(\theta+\theta_r)}\tag{1}$$
また、理論の展開の過程で、これら $\boldsymbol{R}(\theta_r)$ や $e^{i\theta_r}$ を微分しなければならない場面も出てきます。このとき、両者間の扱いやすさの差はもっと顕著になります。なお、上記では、[元の角度] と [角度変化] とを区別するために、$\theta$ と $\theta_r$ を使い分けていますが、以下の説明では敢えて区別する必要もないので、$\theta$ を角度の一般記号として使用することにします。
回転行列を微分すると次のようになります(ただし、$\omega=d\theta/dt$)。
$$\begin{align*}
\frac{d\boldsymbol{R}(\theta)}{dt}&\color{#999}{\;=\frac{d}{dt}
\left[
\begin{array}{c}
\cos\theta & -\sin\theta\\
\sin\theta & \cos\theta
\end{array}
\right]}\\[2ex]
&\color{#999}{\;=\frac{d}{d\theta}
\left[
\begin{array}{c}
\cos\theta & -\sin\theta\\
\sin\theta & \cos\theta
\end{array}
\right]\frac{d\theta}{dt}}\\[2ex]
&\color{#999}{\;=\left[
\begin{array}{c}
-\sin\theta & -\cos\theta\\
\cos\theta & -\sin\theta
\end{array}
\right]\omega}\\[2ex]
&\color{#999}{\;=\left[
\begin{array}{c}
0 & -1\\
1 & 0
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{c}
\cos\theta & -\sin\theta\\
\sin\theta & \cos\theta
\end{array}
\right]\omega}\\[2ex]
&\color{#999}{\;=\left[
\begin{array}{c}
\cos(\pi/2) & -\sin(\pi/2)\\
\sin(\pi/2) & \cos(\pi/2)
\end{array}
\right]
\left[
\begin{array}{c}
\cos\theta & -\sin\theta\\
\sin\theta & \cos\theta
\end{array}
\right]\omega}\\[2ex]
&=\boldsymbol{R}(\pi/2)\boldsymbol{R}(\theta)\omega
\end{align*}
$$
最終結果は、微分前の状態から、さらに $\pi/2$ だけ反時計回りに回転したあと、これに $\omega$ を掛け合わせたものになります。しかし、式の変形の過程は、自然に機械的にできるようなものではなく、強引で作為的な違和感があり、なかなか馴染むことができません。
また、標準基底として $\vec{\mathbf{e}}_r$ や $\vec{\mathbf{e}}_\theta$ を用いている場合には、これらを微分した結果は、上記に準じて次式のようになります。この約束事を常に頭に置いて理論を展開していかなければならず、これも神経が疲れます。
$$
\begin{align*}
&\color{#999}{\;d\vec{\mathbf{e}}_r/dt=\omega\boldsymbol{R}(\pi/2)\vec{\mathbf{e}}_r=\omega\,\vec{\mathbf{e}}_\theta}\\[0.7ex]
&\color{#999}{\;d\vec{\mathbf{e}}_\theta/dt=\omega\boldsymbol{R}(\pi/2)\vec{\mathbf{e}}_\theta=-\omega\,\vec{\mathbf{e}}_r}
\end{align*}
$$
一方、単位複素数の微分計算は、虚数の扱い方さえ心得ていれば、機械的な操作だけで下記のように一瞬で終わってしまいます。図1からも分かるように $i{=}e^{i\pi/2}$ ですから、$i$ を掛けるということは、$\boldsymbol{R}(\pi/2)$ を掛けるのと同様に反時計回りの $\pi/2$ の角度変化を与えることになります。したがって、次式の結果は回転行列によるものと完全に等価です。
$$
\frac{de^{i\theta}}{dt}=\frac{de^{i\theta}}{d\theta}\frac{d\theta}{dt}=ie^{i\theta}\omega
$$
複素数の利点ばかりを強調するのでは不公平です。その他の機能についてもざっと比較しておきます。ベクトル同士の足し算・引き算については、一般のベクトルでも複素数でも、同様に計算することができ同一の結果が得られます。
しかし、ベクトル同士の掛け算と割り算については、一般のベクトルと複素数では考え方が異なり、両者間には互換性がありません。
複素数:
掛け算・割り算とも利用可。
一般のベクトルにはない便利な演算が可能。
一般のベクトル:
掛け算にはスカラー積、ベクトル積の2種類あり。
割り算は不可(無数の答えがあり不定)。
複素数にはない便利な演算が可能。
1回の演算処理だけでは、それぞれの方式で異なった答しか得られません。しかし、数ステップの手間を加えれば、相互に互換性のある答を得ることは可能です。検討する物理対象によって、どちらの方が手間が少ないかで優劣は決まります。ひいき目になるかもしれませんが、今回の回転運動に関しては、複素数の方に軍配が上がると思います。
複素数として表現された2つのベクトル( $\boldsymbol{a}=|a|e^{i\theta_a}$, $\boldsymbol{b}=|b|e^{i\theta_b}$ )の掛け算と割り算は下記のように計算できます。念のため、複素数の復習を兼ねて実部と虚部に分けて長々と書いています。「くどい!」と思われる方は淡色部分の数式は無視してください。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}&=|a||b|\,e^{i\theta_a}e^{i\theta_b}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=|a||b|(\cos\theta_a+i\sin\theta_a)(\cos\theta_b+i\sin\theta_b)}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=|a||b|\left\{(\cos\theta_a\cos\theta_b-\sin\theta_a\sin\theta_b)\right.}\\[]
&\color{#999}{\;\hspace{4em}+\left.i(\sin\theta_a\cos\theta_b+\cos\theta_a\sin\theta_b)\right\}}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=|a||b|\left\{\cos(\theta_a+\theta_b)+i\sin(\theta_a+\theta_b)\right\}}\\[1ex]
&=|a||b|\,e^{i(\theta_a+\theta_b)}
\end{align*}
$$
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{a}/\boldsymbol{b}&=(|a|/|b|)\,e^{i\theta_a}e^{-i\theta_b}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=(|a|/|b|)(\cos\theta_a+i\sin\theta_a)(\cos\theta_b-i\sin\theta_b)\hspace{0.5ex}}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=(|a|/|b|)\left\{(\cos\theta_a\cos\theta_b+\sin\theta_a\sin\theta_b)\right.}\\[]
&\color{#999}{\;\hspace{5em}+\left.i(\sin\theta_a\cos\theta_b-\cos\theta_a\sin\theta_b)\right\}}\\[1ex]
&\color{#999}{\;=(|a|/|b|)\left\{\cos(\theta_a-\theta_b)+i\sin(\theta_a-\theta_b)\right\}}\\[1ex]
&=(|a|/|b|)\,e^{i(\theta_a-\theta_b)}
\end{align*}
$$
以上の結果として、次の重要な関係式が得られます。ベクトルの長さの[積と商]、ベクトルの角度の[和と差]が簡単に求まります。回転運動を扱う場合にはこれらが非常に便利な道具になります。
$$
\begin{align*}
&|\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}|=|a||b|\\[1ex]
&\angle(\boldsymbol{a}\boldsymbol{b})=\theta_a+\theta_b\\[1ex]
&|\boldsymbol{a}/\boldsymbol{b}|=|a|/|b|\\[1ex]
&\angle(\boldsymbol{a}/\boldsymbol{b})=\theta_a-\theta_b
\end{align*}
$$
複素数では、スカラー積・ベクトル積が一発では計算できないとなると、「やはり、亜流は使えね~な~」という評価を受けるかもしれません。しかし、それほど重大な問題ではなく、次のいずれかの方法によれば求めることができます(しかし、本記事内では出番がないので淡色表示です)。なお、$\boldsymbol{a}\mathstrut^*, \boldsymbol{b}\mathstrut^*$ は $\boldsymbol{a}$, $\boldsymbol{b}$ の共役複素数です。また、ベクトル積の末尾に付いている単位ベクトル( $\vec{\mathbf{e}}_z$ )は、複素座標面に垂直なこちら向きの長さ 1 のベクトルです。しかし、四元数の前身でしかない普通の複素数ではうまく表現する方法がありません。ここだけで便宜的に使っている表記です。
スカラー積:
$\color{#999}{\vec{\boldsymbol{a}}\cdot\vec{\boldsymbol{b}}\hspace{1ex}\Rightarrow\hspace{1ex}|\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}|\cos(\angle(\boldsymbol{a}/\boldsymbol{b})),\hspace{1em}\Re(\boldsymbol{a}\mathstrut^*\boldsymbol{b}),\hspace{1em}\Re(\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}\mathstrut^*)}$
ベクトル積:
$\color{#999}{\vec{\boldsymbol{a}}\times\vec{\boldsymbol{b}}\hspace{1ex}\Rightarrow\hspace{1ex}-|\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}|\sin(\angle(\boldsymbol{a}/\boldsymbol{b}))\ \vec{\mathbf{e}}_z,\hspace{1em}\Im(\boldsymbol{a}\mathstrut^*\boldsymbol{b})\ \vec{\mathbf{e}}_z,\hspace{1em}-\Im(\boldsymbol{a}\boldsymbol{b}\mathstrut^*)\ \vec{\mathbf{e}}_z}$
なお、「おわりに」の項を除いて、この記事内ではスカラー積・ベクトル積についての知識は不要です。
前置きはこの程度にして、そろそろ本題に移ります。
回転運動の実際
以下では、反時計回りの角度変化を「進み」、時計回りの角度変化を「遅れ」と表現します。時計の針の進み/遅れとは真逆ですが、数学では「反」時計回りが正方向なのでこれが自然な表現です。なお、既に述べたように、元の複素数に $i$ が掛かると $\pi/2$ (90°)だけ進んだ複素数になります。また、$i$ で割ったり $-i$ ( $=1/i$ ) を掛けたりすれば、$\pi/2$ だけ遅れた複素数になります。これらの性質は今後の説明内容の理解にも重要です。
周速度、向心力
まずは、等速円運動している質点の周速度と向心力について考えます。高校物理の教科書では、数式よりも図解を中心に説明されている部分です。結果として得られた公式は暗記しますが、そこに至った説明までは殆ど覚えていないでしょう。公式を忘れてしまったとき、教科書のように図を描くところからやり直すのは大変です。そのときには複素数を使って軽々と思い出しましょう。
複素座標の原点を中心にして、半径 $r$、角速度 $\omega$ で反時計回りに等速円運動している質量 $m$ の物体を考えます。この物体の位置ベクトル $\boldsymbol{r}$ は複素数を使って次のように表せます。$\omega$ が負の値をとることも許せば、時計回りの回転運動まで考慮した式になります。
$$\boldsymbol{r}=re^{i\theta}=re^{i\omega t}\tag{2}$$
回転の周速度 $\boldsymbol{v}$ は位置 $\boldsymbol{r}$ の時間変化率ですから、(2)式を微分して次のようになります。
$$\boldsymbol{v}=\frac{d\boldsymbol{r}}{dt}=\frac{d}{dt}(re^{i\omega t})=ir\omega e^{i\omega t}\tag{3}$$
周速度の大きさ $|\boldsymbol{v}|$ は $r|\omega|$ となります。(3)式には $i$ が掛かっているので、$\omega$ が正の場合、その向きは $\boldsymbol{r}$ の向き($e^{i\omega t}$)よりも $\pi/2$ だけ進みます。 $\omega$ が負の場合にはそれがさらに逆向きになるので $\pi/2$ だけ遅れます。このように、機械的に微分するだけで、大きさだけでなく方向まで、迷うことなく求まります。(図3参照)
向心加速度 $\boldsymbol{a}_{cp}$ (cp: centripetal)は(3)式をさらに微分して次のように求まります。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{a}_{cp}&=\frac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2}=\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}=\frac{d}{dt}\left(ir\omega e^{i\omega t}\right)\\[2ex]
&=ir\omega i\omega e^{i\omega t}=i^2r\omega^2e^{i\omega t}=-r\omega^2e^{i\omega t}
\end{align*}
$$
したがって、向心力 $\boldsymbol{F}_ {cp}$ は次のようになります。
$$
\boldsymbol{F}_ {cp}=m\boldsymbol{a}_ {cp}=-mr\omega^2e^{i\omega t}=-m\omega^2\boldsymbol{r}\tag{4}
$$
大きさ $\hspace{0.4ex}|\boldsymbol{F}_ {cp}|$ は $mr\omega^2$ になります。あるいは $v=|\boldsymbol{v}|=r|\omega|$ の関係を利用すれば、次式のようにも表せます。
$$\hspace{0.1ex}|\boldsymbol{F}_ {cp}|=mr\omega^2=mr\left(\frac{v}{r}\right)^2=m\frac{v^2}{r}$$
$\boldsymbol{F}_ {cp}$ として求められた(4)式の結果には負号がついていますから、$\omega^2\gt0$ を考慮すれば、その向きは回転方向にはよらず、$\boldsymbol{r}$ とは逆方向で、回転物体が原点に近づこうとする向きになります。
ここには、「こんな安直な方法で正しい答えが得られるはずがない。俺が間違いを正してやる」という元気な方も居られると思います。疑いの目で見たときまず気になるのは、なぜ遠心力ではなく向心力が現れるのか? むりやり複素数を使ったからではないか? と突っ込みが入りそうです。しかし、高校物理よりも上級の、回転行列による正攻法を使った教科書でも、この段階で得られる答えは向心力だけです。
遠心力、コリオリの力(導出)
この問題を考えるときにまず意識しておかなければならないことは、ニュートンの力学法則は慣性系上でしか成り立たないということです。慣性系とは、物理現象を観測する座標軸が静止しているか、あるいは等速直線運動している世界だけを指します。停車中、あるいは真っ直ぐな道路を定速走行している車中は慣性系です。しかし、加速中・減速中とか、カーブを旋回中の車中は慣性系ではありません。
これから考える遠心力やコリオリの力は、回転座標上で物理現象を観測したときに現れる「見掛けの力」です。回転座標は慣性系ではありませんから、ニュートンの力学法則をそのまま単純に適用することはできません。どうすれば適用できるかを考える中で、見掛けの力が必要になってきます。
ここで考える回転座標($x',\,y'$)は、その原点を静止座標($x,\,y$)と共有して、そこを中心に反時計回りに一定の角速度 $\omega$ で回転しているものとします(図4参照)。すると、この回転座標から静止座標上の任意の点を見ると、逆向きの角速度 $-\omega$ で回転しているように見えます。したがって、静止座標から見た質量 $m$ の物体の位置を $\boldsymbol{r}(t)$ 、同じ物体を回転座標から見たときの位置を $\boldsymbol{r}'(t)$ とすると次の関係が成り立ちます。(以下、回転座標上から見た物理量は、すべて「$'$」を付けて区別します )
$$
\hspace{0.2ex}\boldsymbol{r}'(t)=\boldsymbol{r}(t)e^{-i\omega t}
$$
ここまで来ると、前例に倣って $\hspace{0.1ex}d\boldsymbol{r}'/dt$ や $d^2\boldsymbol{r}'/dt^2$ を計算してみたくなります。しかし、これをするとドツボに嵌ります。いま求めようとしているのは、回転座標上の物理現象です。そのために欲しいのは、$\boldsymbol{r}'$、$\hspace{0.1ex}d\boldsymbol{r}'/dt$、$d^2\boldsymbol{r}'/dt^2$ の間に成り立つ関係式です。なぜなら、この微分方程式が解ければ $\boldsymbol{r}'$ の振る舞いが予測できそうだからです。
ところが、$d^2\boldsymbol{r}'/dt^2$ を計算しても、出てくる式は次のようなものでしかありません。
$$
d^2\boldsymbol{r}'/dt^2=f(\boldsymbol{r},\ d\boldsymbol{r}/dt,\ d^2\boldsymbol{r}/dt^2)
$$
左辺は未だ素性の知れない回転座標上の物理量で、単独で出てこられても扱いに困ります。さらに、右辺は静止座標上の物理量だけで構成された、今の目的からは外れた関係式です。そこで、次のように書き替え、 $\boldsymbol{r}'$ ではなく $\boldsymbol{r}$ を微分します。
$$
\hspace{0.2ex}\boldsymbol{r}(t)=\boldsymbol{r}'(t)e^{i\omega t}
\tag{5}
$$
前項の向心力等の計算では、物体の位置を $\boldsymbol{r}=re^{i\alpha}$ などのように置き換えていましたが、ここでは置き換えせずに $\boldsymbol{r}$ や $\boldsymbol{r}'$ をそのまま使用します。数式上、明確に回転しているのは座標だけとし、物体自体の運動には何の制約も課していません。座標形式も $\boldsymbol{r}(t)=r(t)e^{i\alpha(t)}$ と考えても良いし、$\boldsymbol{r}(t)=x(t)+iy(t)$ と考えても構いません。
以下、(5)式の両辺を機械的に時間微分していきます。まずは静止座標上の速度を求めます。
$$
\begin{align*}
\,\frac{d\boldsymbol{r}}{dt}&=\frac{d}{dt}\left\{\boldsymbol{r}'(t)e^{i\omega t}\right\}=\frac{d\boldsymbol{r}'}{dt}e^{i\omega t}+
\boldsymbol{r}'\frac{d}{dt}e^{i\omega t}\\[2ex]
&=\frac{d\boldsymbol{r}'}{dt}e^{i\omega t}+i\omega\boldsymbol{r}'e^{i\omega t}
\end{align*}
$$
これをさらに微分して静止座標上の加速度を求めます。なお、計算の途中で、 $d\boldsymbol{r}'/dt=\boldsymbol{v}'$ や $d^2\boldsymbol{r}'/dt^2=\boldsymbol{a}'$ などの置き換えをしています。また、式の変形にも慣れてきた頃なので、途中のくど過ぎる変形ステップは省いています。
$$
\begin{align*}
\frac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2}
&=\frac{d}{dt}\left(\frac{d\boldsymbol{r}'}{dt}e^{i\omega t}+i\omega\boldsymbol{r}'e^{i\omega t}\right)\\[2ex]
&=\frac{d^2\boldsymbol{r}'}{dt^2}e^{i\omega t}+i\omega\frac{d\boldsymbol{r}'}{dt}e^{i\omega t}+i\omega\frac{d\boldsymbol{r}'}{dt}e^{i\omega t}+(i\omega)^2\boldsymbol{r}'e^{i\omega t}\\[2ex]
&=(\boldsymbol{a}'+i2\omega\boldsymbol{v}'-\omega^2\boldsymbol{r}')e^{i\omega t}
\end{align*}
$$
上式の最左辺の加速度は、$\boldsymbol{r}'$ ではなく $\boldsymbol{r}$ を微分して得られたものですから、静止座標から観測できる実在の加速度です。これに質量 $m$ を掛ければ、物体に働いている実在の力 $\boldsymbol{F}$ になります。一般には、この実在の力 $\boldsymbol{F}$ の作用源は一つだけとは限りません。複数の力の合力であると考えた場合、それぞれの力には、静止座標上で表現するのが適しているものもあれば、回転座標上で表現する方が都合が良いものもあります。静止座標上で表した成分を $\boldsymbol{F}_s$(s: stationary)、回転座標上で表した成分を $\boldsymbol{F}'_r$(r: rotatory)とすれば、$\boldsymbol{F}$ $=\boldsymbol{F}_s$ $+\boldsymbol{F}_r'e^{i\omega t}$ と表せます。以上のことを考慮すると次の式が得られます。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{F}&=\boldsymbol{F}_s+\boldsymbol{F}_r'e^{i\omega t}=m\frac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2}\\[2ex]
&=m(\boldsymbol{a}'+i2\omega\boldsymbol{v}'-\omega^2\boldsymbol{r}')e^{i\omega t}\\[1ex]
&=(m\boldsymbol{a}'+i2m\omega\boldsymbol{v}'-m\omega^2\boldsymbol{r}')e^{i\omega t}\\[2ex]
&=(\boldsymbol{F}'+i2m\omega\boldsymbol{v}'-m\omega^2\boldsymbol{r}')e^{i\omega t}
\end{align*}
$$
ここで、4行目の式にある $\boldsymbol{F}'$($=m\boldsymbol{a}'$)は回転座標上で物体に働いているように見える何らかの力です。ニュートンの第2法則 $\hspace{0.2ex}\boldsymbol{F}=m\boldsymbol{a}\hspace{0.2ex}$ と同じ形をしていますが、回転座標は非慣性系ですから、この法則は素直には成り立ちません。しかし、数式の見掛け上だけでもこの法則が適用できるように、等価的に苦し紛れに導入した力が $\boldsymbol{F}'$ です。上式の1行目第2辺と4行目の式の関係から、この $\boldsymbol{F}'$ は次のようになります。
$$
\boldsymbol{F}'=\boldsymbol{F}_se^{-i\omega t}+\boldsymbol{F}'_r-i2m\omega\boldsymbol{v}'+m\omega^2\boldsymbol{r}'\tag{6}
$$
(6)式の右辺第1項 $\boldsymbol{F}_se^{-i\omega t}$ は、物体に働いている実在の力のうち、静止座標上で表現した成分を回転座標から観測した値です。$\boldsymbol{F}_s$ を回転座標から見ているので、同じ力が、単純に、回転座標とは逆向きの $-\omega$ で回っているように見えているだけです。
(6)式の第2項の $\boldsymbol{F}'_r$ は、物体に働いている実在の力のうち、回転座標上で表現した成分です。実在の力は以上の第1,2項のみで、次からの第3,4項は「見掛けの力」になります(図5参照)。
(6)式の第3項の $-i2m\omega\boldsymbol{v}'$ はコリオリの力 $\boldsymbol{F}'_ {co}$ (co: Coriolis)と呼ばれます。位置 $\boldsymbol{r}'$ の関数ではありませんから、物体がどの位置にあるのかには関係なく、回転座標上で見た物体の速度 $\boldsymbol{v}'$ の大きさだけに比例した力になります。また力の向きは、$-i$ が掛かっているので、 $\omega$ が正の場合は、$\boldsymbol{v}'$ より $\pi/2$ だけ遅れた方向( $\boldsymbol{v}'$ が右に反れる方向)になります。$\omega$ が負の場合には、$\boldsymbol{v}'$ より $\pi/2$ だけ進んだ方向になります。
(6)式の第4項の $\hspace{0.2ex}m\omega^2\boldsymbol{r}'$ は遠心力 $\boldsymbol{F}'_ {cf}$ (cf: centrifugal)です。表現は少々異なりますが、(4)式の 向心力 $\hspace{0.1ex}\boldsymbol{F}_ {cp}$($=-m\omega^2re^{i\omega t}$)と同じ大きさです。ただし、遠心力には負号がついていないので、$\boldsymbol{r}'$ と同方向、すなわち、原点から遠ざかる方向になります。
遠心力、コリオリの力(応用)
数式を見るだけでは、これらの見掛けの力の意味はなかなか理解しずらいと思います。具体的に実感できるように、物体の運動をシミュレーションした結果を図6に示しています(詳しい方法については こちら(【質点の回転運動】MATLAB/Simulinkでシミュレーション))。ここでは、話を簡単にするために実在の力 $\boldsymbol{F}$ は 0 としています。したがって、この物体は静止座標上から見て停止しているか、等速直線運動しているかのいずれかです。これを回転座標から見たときの軌跡は、ニュートン力学を持ち出すまでもなく、座標変換するだけで簡単に描くことができます。概形だけなら、頭の中で想像するだけでも分かります。これが図中の青色の太い曲線です。このモデルは、LPレコードのターンテーブル(33RPM、透明と仮定)上から、その下を各方向に1[m/s]で直進する物体を見た状況を想定しています。
同図のその他の曲線は、回転座標上において、ニュートン力学の第2法則風の微分方程式 $\boldsymbol{F}'=m\boldsymbol{a}'$ を数値的に解くことで描いた軌跡です。淡い青色の線はコリオリの力だけ、淡い赤色は遠心力だけ、鮮やかな桃色は2つの力を同時に考慮した軌跡です。桃色の線は、2つの見掛けの力の効果により、座標変換で描いた青色の太線と完全に一致することが分かりました。言い換えれば、見掛けの力を導入したことで、回転座標上で得られる情報だけを使い、それらに力学法則を適用することによって、実際の現象をうまく表せたことを示しています。物体には実際の力は全くかかっていない訳ですから、ここに出てくるコリオリの力や遠心力は「見掛け」と呼ぶのに相応しい力です。
次に、上で得られた式を身近な現象に適用することを考えてみます。この場合、シミュレーションで 0 とおいた力 $\boldsymbol{F}$ は実際にはどのような力に相当するのでしょうか?
-
静止座標上で表現した成分 $\boldsymbol{F}_s$ :
風力発電の風車のようなものを考えるとき、回転座標はロータを含んだ鉛直平面に設定するのが都合が良さそうです。このようなとき、回転座標面内で働く力として直ぐに思い浮かぶ重力、これは $\boldsymbol{F}_s$ に相当する力です。
また、回転座標面が垂直か否かに関わらず、回転座標上に固定されて等速円運動している物体には、既述のように向心力 $\boldsymbol{F}_{cp}$ ( $=-m\omega^2re^{i\omega t}$ $=-m\omega^2\boldsymbol{r}$ )がかかっていますが、これも $\boldsymbol{F}_s$ に相当する力です。 -
回転座標上で表現した成分 $\boldsymbol{F}'_r$ :
回転座標を水平面に設定した応用問題で、$\boldsymbol{F}'_r$ として良く取り上げられるのは、風が吹く元となる気圧傾度による力です。短時間で観測すれば気圧配置は地表とともに回転していると考えられるので、この力は回転座標上で表現するほうが記述が簡潔になります。
水平面内で回転している遊具の搭乗者にかかる実在の力は、$\boldsymbol{F}_s=\boldsymbol{F}_{cp}$(向心力)、$\boldsymbol{F}'_r=0$ です。遊具を回転させるためのモータの動力はどちらの力にも属しません。過去に何らかの方法で回転エネルギーが与えられ、現在は惰性で回っているに過ぎないと考えれば納得できます。また、搭乗者は回転座標上に拘束されて移動できませんから、$\boldsymbol{v}'$ は 0 で、コリオリの力は働きません。したがって、(6)式の右辺の第1,4項だけが残り、$\boldsymbol{F}'$ は次のようになります。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{F}'&=\boldsymbol{F}_{cp}e^{-i\omega t}+m\omega^2\boldsymbol{r}'\\[1.5ex]
&=-m\omega^2\boldsymbol{r}e^{-i\omega t}+m\omega^2\boldsymbol{r}'\\[1.5ex]
&=-m\omega^2\boldsymbol{r}'+m\omega^2\boldsymbol{r}'=0
\end{align*}
$$
すなわち、実在の力である向心力が、見掛けの力の遠心力と相殺されるため、搭乗者にかかる $\boldsymbol{F}'$ が 0 となって、回転座標上では静止した状態が保たれます。しかし、この状態では、搭乗者は無視できない遠心ストレスを体感することになるので、遠心力を単なる見掛けの力と呼んで済ませてしまうことには少々の違和感が残ります。ただ、これは複素数を使用したために生じる問題ではありません。一般のベクトルによる説明でも感じる共通の疑問です。そこで、このモヤモヤの解消については今後の別の投稿課題ということにして次に進むことにします。
つぎに、応用問題として良く紹介されるコリオリの力による風の偏向について考えてみます。このときは、観測地点において地表曲面に接する平面上に回転座標を想定することになります。この場合、(6)式の $\omega$ に相当する値は、地球の自転角速度を $\omega_e$ ( $\gt 0$ )、観測地点の緯度を $\phi$ (北緯が正)とすると $\omega_e\sin\phi$ となります。また、地球の半径を $r_e$ とすれば、回転の中心点は、観測地点に接する平面上を北方に $r_e/\tan\phi$ だけ移動して、地軸と交わった点になります。(詳細は割愛)
台風の場合、気圧差によって等圧線と直角の方向に内向きの力 $\boldsymbol{F}'_r$ が生じ、 その方向に速度 $\boldsymbol{v}'$ の風が吹いて、これにコリオリの力 $\boldsymbol{F}'_{co}$ も作用します。その結果、北半球($\omega{\gt}0$)では、風の進行方向が遅れの方向(右方向)に反れ、台風の目を左に見て風が吹くことになるので、反時計回りの渦になります。ちなみに、東京(ほぼ北緯35度)において 50[m/s] の強風にかかるコリオリの加速度は、重力加速度の0.043%1 と意外に小さな値です。これでも、広域を観測対象にしているため、気象現象として目に見える変化になります。
ところで、先のシミュレーションでは、コリオリの力と遠心力の両方の力が揃うことで、やっと正しい答えが得られるという結果になりました。しかし、風の偏向現象では、地表の回転による遠心力(東京で南向きに重力加速度の0.16%2と比較的大)についてはほとんど論じられることがありません。ここでもモヤモヤが残りますが、これも複素数の使用が原因という問題ではありません。この問題の解消についても、今後の別の投稿課題ということにして次に進むことにします。
ここまで来て、「数式や説明が長々と続き、タイトルの『楽々理解』にはほど遠い」と落胆される向きもありそうです。しかし、それは誤解です。式の変形に少しの省略もなく、1ステップごとに丁寧な背景まで説明しているために長く見えるだけです。一般の教科書では行間に省略が多いので、手元に紙と鉛筆を用意して自分で補間していかないと理解できないのが普通です。その点を評価いただけると助かります。
面積速度、離心率ベクトル
次は、惑星の運動に関する勉強です。回転座標から再び静止座標に戻ります。もう回転座標の「モヤモヤ」は忘れても結構です。
個々の惑星の運動領域は二次元平面内だけに収まるのですが、普通は、三次元の一般ベクトルを持ち出し、さらにベクトル積まで多用して説明されるため、理解の難度はかなり上がります。しかし、ここでは、複素数を使うだけで、分かりやすく、しかも疑念が残らないように明快に説明したいと思います。
この議論では、[太陽の質量]$\gg$[惑星の質量] とみなして、静止座標の原点は太陽に置くのが自然な流れです。しかし、それだけではまだ掴みどころのない三次元の宇宙空間なので、複素数では運動方程式も立てられません。惑星が運動する範囲を適度に見定めておく必要があります。そこで、ある時刻での惑星の速度ベクトルは観測できたものとします。すると、このベクトルと太陽で作る平面が一つに定まります。この系で働く力は、太陽と惑星の間の万有引力だけですから、この平面から外れるような力のベクトルは存在しません。よって、惑星の運動の領域は、ここで決まった平面内の二次元だけに限定することができます。
しかし、一枚の平面は決まっても、それには裏と表があります。どちら側に複素平面を設定すれば良いのでしょう。そもそも、裏と表を区別する基準などあるのでしょうか?。結論を言えば、複素座標の仕様(虚軸は実軸から $\pi/2$ 進み。$\theta$ の正方向は反時計回り)を崩しさえしなければ、どちらの面を選んでも唯一で矛盾のない物理現象を記述することができます。裏と表で見え方が異なるだけです。
ただし、いずれの面を選んだにしても、実軸をどちらの方向にとれば良いのかはまだ見当がつきません。とりあえず、太陽を原点として、この平面内の適当な方向に実軸をとっておくことにします。当面は、太陽と惑星を結ぶ線(動径)を基準にした相対的な記述だけで話が進められます。こんな曖昧な設定でも心配はいりません。
最初に説明した等速円運動では、$r$ も $\omega$ も一定なので話は簡単に済みました。しかし、惑星運動はもっと複雑なので、$r$ はもちろん $\omega$ も時間の関数になります。そこで、惑星の位置ベクトルは次のようにおきます。ただし、$\theta_0$ は $\theta$ の初期値です。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{r}(t)&=r(t)e^{i\theta(t)}\tag{8}\\[2ex]
\theta(t)&=\theta_0+\int_0^t \omega(t)dt
\end{align*}
$$
2行目の式はこむずかしく見えますが、「$\hspace{0.1ex}\theta=\omega t$ よりは少し複雑ですよ」という程度のコケおどしです。
一方、質量 $m$ の惑星が質量 $\hspace{0.1ex}M$ の太陽から受ける引力 $\hspace{0.1ex}\boldsymbol{F}_ g$ は、$G$ を万有引力定数として次のようになります。
$$
\boldsymbol{F}_ g(t)=-\frac{GMm}{r(t)^2}e^{i\theta(t)}\tag{9}
$$
なお、$\hspace{0.1ex}\boldsymbol{F}_ g$ の正方向は $e^{i\theta}$ の方向、すなわち、太陽から惑星に向かう方向としています。上式には負号がついていますから、その逆となり、惑星から太陽に向かう力を示しています。惑星にはこの動径方向の力しか働いていないという条件は、今後の理論展開において重要な要素になります。
回転運動も、ここまでくると難度が増してきます。機械的な式の変形だけでは対処が困難で、数学的な閃きが求められる部分もあります。ある程度 体制を整えてかからないと挫折する恐れもあります。そこで、まず攻略方針の説明をしてから、攻略に必要な準備を整えます。
まず前半は、この惑星系が持つ2つの保存量を見つけ出す作業に専念します。保存量は、物理の難しい問題を解くときの切り札になります。回転運動以外で良く知られている保存量としては、運動量とエネルギーがあります。これらは、運動量保存則とエネルギー保存則として、2つの弾性球の衝突問題を解くときに大活躍します。高校物理の演習でこの問題を提示されたときには、どのように解けば良いのか途方に暮れた覚えがあります。しかし、この2つの保存則を使って華麗に解いて見せられたときには大いに感動したものです。
保存量とは、時間が経過しても変化しない物理量のことです。したがって、 $dX/dt\equiv 0$ となるような $X$ を見つけ出せばそれが保存量になります。ただし、特定の $t$ の値のときだけ0になる極値のようなものではなく、$t$ の全域で恒等的に0になる必要があります。
保存量を見つけ出す作業に役立つ数式を事前に示しておきます。必要になったタイミングでいきなり提示されても、本題から逸れたところに気が散るため、思考が中断して先に進みにくくなります。なお、以降では微分が多くて煩雑になるため、変数の時間微分の $dx/dt$, $d^2 x/dt^2$ などを $\dot{x}$, $\ddot{x}$ のように略記することにします。
下に示したのは、機械的に簡単に変形できる2つの式です。
$$
\begin{align*}
&\frac{d}{dt}(r^2\dot{\theta})=2r\dot{r}\dot{\theta}+r^2\ddot{\theta}=(2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta})r\\[2ex]
&\frac{d}{dt}e^{i\theta}=ie^{i\theta}\dot{\theta}
\end{align*}
$$
これらを逆に辿っていくと次の式が得られます。
$$
\begin{align*}
&2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}=\frac{1}{r}\frac{d}{dt}(r^2\dot{\theta})\tag{10}\\[2ex]
&e^{i\theta}=-i\frac{1}{\dot{\theta}}\frac{d}{dt}e^{i\theta}\tag{11}
\end{align*}
$$
順方向の変形は簡単でも、(10), (11)式がスッと出てくる人はあまりいないでしょう。与えられた式をどうにかして $dX/dt=0$ の形式にもって行きたいときに、雑然とした式を綺麗にまとまった微分の形にするために、大いに活躍してくれそうに思えます。これで攻略のための準備は終わりです。
いよいよ、(8), (9)式をもとに理論を展開していきます。これらの式の $\boldsymbol{r}$ と $\hspace{0.1ex}\boldsymbol{F}_ g$ の間には、ニュートン力学の第2法則により次式が成立しています。( $\boldsymbol{v}=d\boldsymbol{r}/dt$ )
$$
\boldsymbol{F}_ g=m\frac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2}=m\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}
$$
これを変形して(9)式を代入すると次のようになります。
$$
\begin{align*}
\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}&=\frac{\boldsymbol{F}_ g}{m}=-\frac{GM}{r^2}e^{i\theta}\hspace{5em}\\[2ex]
&\Longrightarrow\hspace{1em}\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}+\frac{GM}{r^2}e^{i\theta}=0\tag{12}
\end{align*}
$$
これに、さらに(11)式を代入すると、次の式が得られます。
$$
\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}-i\frac{GM}{r^2\dot{\theta}}\frac{d}{dt}e^{i\theta}=0\tag{13}
$$
(13)式が $d\,(\boldsymbol{v}+\boxed{\phantom{aaa}})/{dt}=0$ の形に変形できれば、$\boldsymbol{v}+\boxed{\phantom{aaa}}$ が保存量になります。しかし、左辺第2項の分母にある $r$ や $\dot{\theta}$ は時間の関数ですから、 $d/dt$ を勝手に第2項の先頭に移動することはできません。今のところ、さらに変形できる手掛かりは掴めないので、ここで一旦保留にしておきます。
次は、何らかの糸口をつかむために、(8)式から $d\boldsymbol{r}/dt$ と $d^2\boldsymbol{r}/dt^2$ を計算してみます。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{v}&=\frac{d\boldsymbol{r}}{dt}=\frac{d}{dt}(re^{i\theta})\\[2ex]
&=\dot{r}e^{i\theta}+ire^{i\theta}\dot{\theta}=(\dot{r}+ir\dot{\theta})e^{i\theta}\tag{14}
\end{align*}
$$
$$
\begin{align*}
\frac{d^2\boldsymbol{r}}{dt^2}&=\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}=\frac{d}{dt}\{(\dot{r}+ir\dot{\theta})e^{i\theta}\}\\[2ex]
&=\left\{\frac{d}{dt}(\dot{r}+ir\dot{\theta})\right\}e^{i\theta}+(\dot{r}+ir\dot{\theta})ie^{i\theta}\dot{\theta}\\[2ex]
&=(\ddot{r}+i\dot{r}\dot{\theta}+ir\ddot{\theta}+i\dot{r}\dot{\theta}-r\dot{\theta}^2)e^{i\theta}\\[2ex]
&=\{\ddot{r}-r\dot{\theta}^2+i(2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta})\}e^{i\theta}\tag{15}
\end{align*}
$$
なかなか複雑な式が現れました。しかし、既に述べたように、惑星に働く力(加速度)は動径方向にしか存在しないという条件があったので、$d^2\boldsymbol{r}/dt^2$ $=[\text{実数}]\,e^{i\theta}$ が成り立たなければなりません。したがって、(15)式の最終行の $\{\phantom{a}\}$ 内の虚数成分($2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}$)は 0 となる必要があります。この要請と(10)式を組み合わせると次の関係が成り立ちます。
$$
2\dot{r}\dot{\theta}+r\ddot{\theta}=\frac{1}{r}\frac{d}{dt}(r^2\dot{\theta})=0
$$
ここで、$1/r\ne 0$ ですから、
$$
\frac{d}{dt}(r^2\dot{\theta})=0\tag{16}
$$
でなければなりません。よって、一つ目の保存量 $r^2\dot{\theta}$ が現れました。
図7には、惑星の単位時間当たりの位置変化(A → B)を誇張して見やすく描いています。(14)式からも分かるように図中の惑星の速度 $\boldsymbol{v}$ は、動径方向($e^{i\theta}$)の成分 $\dot{r}$ と、それよりも $\pi/2$ 進んだ成分 $r\dot{\theta}$ に分解できます。図ではこれらの成分を $v_r$, $v_\theta$ とも表記しています。この表現の方が、それぞれの成分が持つ意味を把握しやすいと思います。
(16)式の $r^2\dot{\theta}$( $=r\cdot r\dot{\theta}$ ) は、図中の[水色+紫色]の四角形の面積に相当します。また、図からも分かるように、この面積は $rv\sin\varphi$ とも表せます。しかし、普通は $r^2\dot{\theta}$ がそのまま保存量として扱われることはありません。図の三角形AOBの面積([桃色+紫色])に相当する $r^2\dot{\theta}/2$ が面積速度として、 $\hspace{0.2ex}mr^2\dot{\theta}\hspace{0.1ex}$ ( $\hspace{0.2ex}=rmv\sin\varphi$ )が角運動量 $L$ として保存量になります。保存量 $X$ は $dX/dt=0$ を満足しさえすれば良いのですから、 $X$ に定数が掛かったり加わったりするだけであれば、どんなものでも保存量になる資格があります。
面積速度一定の法則はケプラーの第2法則としても有名ですが、この記事では、角運動量 $L=mr^2\dot{\theta}$ の方を保存量として扱います。正式には、角運動量 $\boldsymbol{L}$ はベクトルです。ここで扱うケースでは惑星の軌道面に垂直なベクトルになります。しかし、この方向のベクトルは複素数では表現できません。ここでは、単なるスカラー量と考えておいても何ら差し支えありません。よって、次のように置きます。
$$
\begin{align*}
r^2\dot{\theta}=\frac{L}{m\mathstrut}\tag{17}
\end{align*}
$$
いよいよ、処理を保留していた(13)式の変形に戻ります。だいぶ遠くに離れてしまったので、元になる(13)式を再掲します。
$$
\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}-i\frac{GM}{r^2\dot{\theta}}\frac{d}{dt}e^{i\theta}=0\tag{13再}
$$
(13)式は、左辺第2項の $d/dt$ をこの項の先頭に移動できないため、 $dX/dt=0$ の形に纏めることができず保留中でした。ところが、角運動量保存則から得られた(17)式を代入すると、変数だと思っていた $r$ と $\dot{\theta}$ が、保存量 $\hspace{0.1ex}L$ で表された定数に置き替わります。その結果、微分記号を括弧の外にくくり出すことができ、次のように変形されます。
$$
\begin{align*}
\frac{d\boldsymbol{v}}{dt}&-i\frac{GMm}{L}\frac{d}{dt}e^{i\theta}\\[2ex]
&=\frac{d}{dt}\left(\boldsymbol{v}-i\frac{GMm}{L}e^{i\theta}\right)=0\tag{18}
\end{align*}
$$
これで、2行目の $(\phantom{a})$ 内が二つ目の保存量であることが分かりました。これも、そのままではなく、$-iL/(GMm)$ を掛けたものを保存量とし、離心率ベクトル $\boldsymbol\varepsilon$ と呼んでいます。
$$
\boldsymbol\varepsilon=-i\frac{L}{GMm}\boldsymbol{v}-e^{i\theta}\tag{19}
$$
また、これにさらに $GMm^2$ を掛けた次式 $\boldsymbol{A}$ を、ルンゲ=レンツベクトル、ラプラス=ルンゲ=レンツベクトル、略してLRLベクトルなどとも呼んでいます。
$$
\boldsymbol{A}=-iLm\boldsymbol{v}-GMm^2e^{i\theta}
$$
しかし、離心率ベクトルも含め、同一名称ではあっても、式中の定数やベクトルの向きが、上式とは異なる微妙な流儀も散見されます。いずれも保存量としては正しいのでしょうが、柔軟性に乏しい晩学の士としては、何が真実なのか悩むことになり大いに迷惑です。ここでは、文献やネットを見渡した中で、最も主流とみられる (19)式の離心率ベクトル を採用して話を進めます。この式を使えば、離心率の大きさ $|\boldsymbol{\varepsilon}|$ が、惑星軌道の形状を決定する分かりやすいパラメータになってくれるので便利です。
さて、だいぶ前に述べたように、いま使っている複素座標は、原点を太陽の位置に定めはしたものの、実軸の方向はまだ適当に決めているだけでした。これでも、いままでの理論は立派に成立しますが、各人が好き勝手な軸系を設定して計算したのでは、惑星軌道の形はそれぞれが合同にはなっても、その傾きはバラバラです。このままでは不便なので、全員が同じ土俵上で答え合わせができるように、実軸は次のように定めるのが一般的です。
惑星の速度 $\boldsymbol{v}$ が、惑星の位置ベクトル $\boldsymbol{r}$ より $\pi/2$ だけ進んだ関係になるとき、その $\boldsymbol{r}$ の方向を実軸( $\theta{=}0$ )とする。 |
---|
今の段階ではまだ分かりにくい表現ですが、このように決めると、惑星の近日点や遠日点が実軸上に乗るようになり、最も素直でシンプルな答えが得られます。この条件を離心率ベクトルの(19)式に適用すると、次式に示すように、$\boldsymbol{\varepsilon}$ は複素数ではなく、実数 $\varepsilon$ として簡潔に表現できることが分かります。言い換えれば、$\boldsymbol{\varepsilon}$ は長さ $\varepsilon$ の実軸方向のベクトルです。( $v_0$: $\theta{=}0$ における $|\boldsymbol{v}|$ )
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{\varepsilon}&=-i\frac{L}{GMm}iv_0e^{i0}-e^{i0}\\[1em]
&=\frac{Lv_0}{GMm}-1=\varepsilon
\end{align*}
$$
$\boldsymbol{\varepsilon}$ は保存量ですから、上の関係は、近日点・遠日点だけでなく全軌道上で成り立ちます。実軸を具体的に決めた結果、(19)式は(20)式のように書き替わります。( $\boldsymbol{\varepsilon}$ が $\varepsilon$ に変わっただけです。)
$$
\varepsilon=-i\frac{L}{GMm}\boldsymbol{v}-e^{i\theta}\tag{20}
$$
これが惑星の運行の特性を決める基本式になります。
さて、この章の最後に、念のために一言だけつけ加えておきます。ここでは2つの保存量が出てきましたが、これらが一定になるための前提条件を忘れないでおいてください。これを曖昧にしたまま、結論だけを独り歩きさせるととんでもないことになります。その条件とは、物体に働く力は動径方向の力(中心力)だけであること、すなわち、回転方向に加減速するようなトルクは存在しないという条件です。球の衝突問題でも、運動量保存則が適用できるのは弾性衝突の場合だけ という条件があったことを思い返してください。
惑星軌道
普通の教科書では、先に求めた2つの保存量を変形していき、軽々と $r=f(\varepsilon,\theta)$ の形の惑星軌道の式を導いて一件落着になります。しかし、このまま慣例どおりに記述していくのは気が進みません。前節まででも、自分の能力だけではとても思い付けそうもない保存量の存在など、さも常識のように吹聴してきて、もう背伸びの限界です。果たして、惑星軌道に解析解など存在するのでしょうか?
これより先に進むには、モチベーションの再興が必要です。それにはシミュレーションがもってこいです。自分の人生を振り返ってみれば、あるかないか分からない解析解を求める努力に時間を費やすよりも、手っ取り早い数値計算で答えが出れば万事決着という気楽なものでした。とりあえず、この手を使ってみて、「解析解は必ず存在するはずだ」という希望が持ててから先に進むことにします。
ということで、シミュレーションの結果を図8に示しています(詳しい方法については こちら(【質点の回転運動】MATLAB/Simulinkでシミュレーション))。なお、このシミュレーションでは、老化脳には耐えられない超微小数の万有引力定数 $G$ や、超巨大数の太陽質量 $M$ を使うのは止めて、両方とも $1$ と置いています。その状態で、近日点における速度 $v_\theta$ を $v_0{=}1$ とおき、太陽からの各種距離 $r_0$ についての軌道を計算しています。かなりいい加減に見えますが、軌道の形を予想するだけの目的であればこれでも大丈夫です。ここでは、(20)式の $L$ や $m$ は与えていませんが、(20)式に(17)式を代入すれば、$\varepsilon{=}r_0v_0^2/(GM){-}1$ として計算できるので、これ以上の定数は必要ありません。
この図から、有識者から見れば当然の結果ですが、「軌道の形は円や楕円、放物線や双曲線にそっくりだ!」、「これならば、綺麗な解析解として数式で表せそうだ!」という確信が持てるようになり、続きを書き進む気力が整ってまいりました。心を新たに(20)式を眺めながら、$G$, $M$, $m$, $L$ を既知数と考えると、あとは離心率 $\varepsilon$ さえ決めてやれば、惑星が任意の方向 $\theta$ にあるときの速度 $\boldsymbol{v}$ は一意的に定まるであろうことが期待できます。
さて、ここで、(14)式の速度 $\boldsymbol{v}$ を、図7に準じて次のように表すことにします。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{v}=(\dot{r}+ir\dot{\theta})e^{i\theta}=(v_r+iv_\theta)e^{i\theta}
\end{align*}
$$
これを(20)式の $\boldsymbol{v}$ に代入します。
$$
\begin{align*}
\varepsilon&=-i\frac{L}{GMm}\boldsymbol{v}-e^{i\theta}\\[1.5ex]
&=-i\frac{L}{GMm}(v_r+iv_\theta)e^{i\theta}-e^{i\theta}\\[1.5ex]
&=\left(-i\frac{Lv_r}{GMm}+\frac{Lv_{\theta}}{GMm}-1\right)e^{i\theta}\hspace{1ex}
\end{align*}
$$
上式の両辺を $e^{i\theta}$ で割って整理すれば次のように変形できます。
$$
\varepsilon e^{-i\theta}=\frac{Lv_\theta}{GMm}-1-i\frac{Lv_r}{GMm}\tag{21}
$$
一方、(21)式の左辺は次式のように表すこともできます。
$$
\varepsilon e^{-i\theta}=\varepsilon\cos\theta-i\,\varepsilon\sin\theta\tag{22}
$$
(21)式と(22)式の実部と虚部同士は等しいので、次の関係式が得られます。
$$
\begin{align*}
&\varepsilon\cos\theta=\frac{Lv_\theta}{GMm}-1\hspace{0.2em}\\[1.5ex]
&\varepsilon\sin\theta=\frac{Lv_r}{GMm}
\end{align*}
$$
これより、惑星が $e^{i\theta}$ の方向にあるときの惑星の速度は次のようにして求められます。
$$
\begin{align*}
&v_r\,(=\dot{r})=\frac{GMm}{L}\varepsilon\sin\theta\tag{23}\\[1.5ex]
&v_\theta\,(=r\dot{\theta})=\frac{GMm}{L}(1+\varepsilon\cos\theta)\tag{24}\\[2ex]
&\boldsymbol{v}=(v_r+iv_\theta)e^{i\theta}
\end{align*}
$$
初期位置 $\boldsymbol{r}_0$ を与えたうえで、この $\boldsymbol{v}$ を時間積分していけば、惑星の時々刻々の位置である軌道が求まります。あるいは、軌道の形状だけを表す式で良ければ、積分することなく求めることができます。すなわち、(24)式に、角運動量 $L{=}mr^2\dot{\theta}$ から得られる $r\dot{\theta}{=}L/(mr)$ を代入することで次のようになります。
$$
\begin{align*}
&\frac{L}{mr}=\frac{GMm}{L}(1+\varepsilon\cos\theta)\\[1.5ex]
&\Longrightarrow\hspace{1em}r=\frac{L^2}{GMm^2(1+\varepsilon\cos\theta)}\tag{25}
\end{align*}
$$
(25)式が軌道の形状を表す最終式で、これを図示したのが図9です。この図では ${L^2}/{GMm^2}$ を定数のように扱っているので、$\theta=\pi/2$ では全ての軌道が交わるように規格化され、やや不自然です。しかし、実際には $L$ や $m$ の値は惑星ごとに異なるので、軌道の大きさはそれぞれの個性に合わせて原点(太陽)を中心に相似的に伸縮され、最終的には図8のような形に落ち着きます。
(25)式は極座標で表現されているため、直交座標で見慣れている普通の曲線の式とは異なっています。そのため直観的には読み取りにくいのですが、$\varepsilon$ の値と惑星軌道の形状との関係は次のようになることが知られています。
円 $\varepsilon=0$
楕円 $0\lt\varepsilon\lt1$
放物線 $\varepsilon=1$
双曲線 $\varepsilon\gt1$
念のため、上記の関係が成り立つことを、直交座標上の式に置きかえて簡単に確認しておきます。(25)式を下記の1行目のように略記したあと、直交座標形式に変形していきます。( $k{=}L^2/GMm^2{\gt}0$ , $x{=}r\cos\theta$ , $y{=}r\sin\theta$ )
$$
\begin{align*}
&r=\frac{k}{1+\varepsilon\cos\theta}\\[1.5ex]
&r+\varepsilon r\cos\theta=k\\[1.5ex]
&\sqrt{\smash[b]{x^2+y^2}\hspace{0.7ex}}+\varepsilon x=k\\[1.5ex]
&x^2+y^2=(k-\varepsilon x)^2=k^2-2\varepsilon kx+\varepsilon^2x^2\\[1.5ex]
&(1-\varepsilon^2)x^2+2\varepsilon kx+y^2-k^2=0\tag{26}
\end{align*}
$$
$\boldsymbol{\varepsilon=0}$ のとき(26)式は次式となり、半径が $k$、中心座標が原点 $(0, 0)$ (=太陽の位置)の円になります。
$$
x^2+y^2=k^2
$$
$\boldsymbol{\varepsilon=1}$ のとき(26)式は次式となり、元々は焦点が $(-k/2, 0)$ だった放物線を $x$ 方向に $k/2$ だけ移動しているので、焦点が原点 $(0, 0)$ に一致した放物線になります。( $p:\ $$\delta x{=}0$ のときの焦点の $x$ 座標。 $\delta x:\ $ $x$ の正方向への平行移動量 )
$$
y^2=-2kx+k^2=4(-\frac{k}{2})(x-\frac{k}{2})=4p(x-\delta x)
$$
$\varepsilon$ が上記以外の値になるときは、(26)式をさらに変形します。 $x$ について平方完成させて整理するだけなので、途中の冗長な式を省いて結果だけを示すと次のようになります。ただし、$\pm$ の記号については、$1{-}\varepsilon^2{\gt}0$ のときは $+$、$1{-}\varepsilon^2{\lt}0$ のときは $-$ を採用することにします。( $\delta x:\ $ $x$ の負方向への平行移動量。 $+$ を採用のとき、$2a:\ $楕円の長径。 $2b:\ $楕円の短径。 $-$ を採用で $\delta x{=}0$ のとき、双曲線の漸近線: $y=\pm(b/a)x$ )
$$
\frac{(x+\frac{\varepsilon k}{1-\varepsilon^2})^2}{(\frac{k}{|1-\varepsilon^2|})^2}\pm\frac{y^2}{(\frac{k}{\sqrt{|1-\varepsilon^2|}})^2}=\frac{(x+\delta x)^2}{a^2}\pm\frac{y^2}{b^2}=1\tag{27}
$$
$\boldsymbol{0\lt\varepsilon\lt1}$ のときは $1{-}\varepsilon^2{\gt}0$ ですから、$+$ の符号に該当し、楕円の標準形のグラフを $x$ の負の方向に $\delta x$ だけ平行移動したものになります。元々の楕円は $(0, 0)$ を中心として、焦点 $(\pm\sqrt{a^2-b^2}, 0)$ が $(\pm k\varepsilon/(1-\varepsilon^2), 0)$ の位置にありますから、それを $\delta x=k\varepsilon/(1-\varepsilon^2)$ だけ左に移動すると、右側の焦点が原点 $(0, 0)$ (=太陽の位置)に一致することになります。これで、「惑星は、太陽を焦点のひとつとする楕円軌道上を動く」というケプラーの第1法則が証明できました。
最後に残ったケプラーの第3法則( [惑星の公転周期$T$]$^2$ $\propto$ [軌道の長半径$a$]$^3$ )も次のようにして証明できます。式の変形には、(27)式の $a, b$ の値、(17)式の $r^2\dot{\theta}$、(26)式の $k$ のただし書きから得られた $L$ の値を利用しています。
$$
\begin{align*}
T&=\frac{\text{楕円の面積}}{\text{面積速度}}=\frac{\pi ab}{r^2\dot{\theta}/2}=\frac{\pi a^2\sqrt{1-\varepsilon^2}}{L/2m}\\[1ex]
&=\frac{\pi a^2\sqrt{1-\varepsilon^2}}{\sqrt{kGM}/2}=\frac{\pi a^2}{\sqrt{GM}/2}\frac{\sqrt{1-\varepsilon^2}}{\sqrt{k}}\\[1ex]
&=\frac{\pi a^2}{\sqrt{GM}/2}\frac{1}{\sqrt{a}}=\frac{2\pi}{\sqrt{GM}}a^{3/2}
\end{align*}
$$
ゆえに、両辺を2乗すると次式が得られます。
$$
T^2=\frac{4\pi^2}{GM}a^3
$$
この式の比例定数には、各惑星の物理量($m$ など)は含まれていませんから、太陽系内の全惑星について共通して成り立つ関係式です。
$\boldsymbol{\varepsilon\gt1}$ のときは $1{-}\varepsilon^2{\lt}0$ ですから、$-$ の符号に該当し、双曲線の標準形のグラフを $x$ の負の方向に $\delta x$ だけ平行移動したものになります。元々の双曲線は漸近線の交点を $(0, 0)$ として、焦点 $(\pm\sqrt{a^2+b^2}, 0)$ が $(\pm k\varepsilon/(\varepsilon^2-1), 0)$ の位置にありますから、それを $\delta x=k\varepsilon/(1-\varepsilon^2)$ だけ左に移動( $k\varepsilon/(\varepsilon^2-1)$ だけ右に移動 )すると、左側の焦点が原点 $(0, 0)$ に一致することになります。引力を前提としている惑星運動では、2本の双曲線のうちの斥力に対応する他の1本(この例では右側)は不適解として捨てます。
なお、数学の教科書に出てくる離心率の曲線の式は、以上で述べた物理の教科書の曲線とはまた異なります。下の式に示すように分子にまで $\varepsilon$ が入っており、グラフは図10のようになります。これは「準線」なるものを基準にした式とのことで、それなりの存在意義はあるのでしょうが、正円のはずの $\varepsilon{=}0$ が、ただ一つの点としてしか表現できないというような問題もあり、物理的に見ればあまり面白い式ではありません(式が脳裏に焼き付かないよう薄い色で表示しています)。
$$
\color{#999}{r=\frac{\varepsilon k}{1+\varepsilon\cos\theta}}
$$
おわりに
以上、周速度から離心率ベクトルまで、様々な回転運動の特性を、複素数だけを使って比較的容易に導けることを示しました。しかし、一般の教科書などの内容と比較して「結果が全然違うじゃね~か!」と突っ込まれそうな気もします。そうなる前に、両者は基本的に等価であることを示しておきたいと思います。下の表には、主要な物理量について、この記事で示した結果と、一般の表現方法との対比を示しています。これら以外にも、ベクトル積の順番が入れ替わって符号が反転しているような表現などもありますが、代表的なものに絞って挙げています。
物理量 | この記事 (複素数) |
一般の表現 |
---|---|---|
遠心力 | $m\omega^2\boldsymbol{r}$ | $m\omega^2r\vec{\mathbf{e}}_r$ $-m\vec{\boldsymbol{\omega}}{\times}(\vec{\boldsymbol{\omega}}{\times}\vec{\boldsymbol{r}})$ |
コリオリの力 | $\hspace{0.1ex}-i2m\omega\boldsymbol{v}\hspace{0.1ex}$ | $-2m\omega\boldsymbol{R}(\pi/2)\vec{\boldsymbol{v}}$ $-2m\vec{\boldsymbol{\omega}}{\times}\vec{\boldsymbol{v}}$ |
角運動量 | $\hspace{0.2ex}mr^2\dot{\theta}\hspace{0.2ex}$ $rmv\sin\varphi$ |
$\vec{\boldsymbol{L}}{=}m(\vec{\boldsymbol{r}}{\times}\vec{\boldsymbol{v}})$ |
離心率ベクトル | $\displaystyle-i\frac{L}{GMm}\boldsymbol{v}{-}e^{i\theta}$ | $\displaystyle\frac{\vec{\boldsymbol{v}}{\times}\vec{\boldsymbol{L}}}{GMm}{-}\frac{\vec{\boldsymbol{r}}}{r}$ $\displaystyle\Space{0px}{4.2ex}{0ex}\frac{\vec{\boldsymbol{v}}{\times}(\vec{\boldsymbol{r}}\times\vec{\boldsymbol{v}})}{GM}{-}\frac{\vec{\boldsymbol{r}}}{r}$ |
両者を比較する準備として、まず、四つの着目点(①~④)を示しておきます。なお、比較を容易にするために、一般ベクトルの三次元右手系の直交座標の原点と複素平面座標の原点は一致しており、一般ベクトルの標準基底 $\vec{\mathbf{e}}_x$, $\vec{\mathbf{e}}_y$, $\vec{\mathbf{e}}_z$ のうち、前2者は、それぞれ、複素平面上の実軸と虚軸に重なっているものとします。
① 上の表の「一般の表現」の欄には $\vec{\boldsymbol{\omega}}$ や $\vec{\boldsymbol{L}}$ というベクトルが使われていますが、これらは、本記事ではスカラー量の $\omega$ や $L$ として扱いました。$x{-}y$ 平面に垂直な単位ベクトル $\vec{\mathbf{e}}_z$ を使って表現すれば、$\vec{\boldsymbol{\omega}}{=}\omega\,\vec{\mathbf{e}}_z$, $\ \vec{\boldsymbol{L}}{=}L\,\vec{\mathbf{e}}_z$ となります。
② $x{-}y$ 平面内の任意の2つのベクトル $\vec{\boldsymbol{a}}$, $\vec{\boldsymbol{b}}$ に対し、ベクトル積 $\vec{\boldsymbol{a}}{\times}\vec{\boldsymbol{b}}$ や $\vec{\boldsymbol{b}}{\times}\vec{\boldsymbol{a}}$ は平面に垂直なベクトルになりますが、その正の向きは $\vec{\mathbf{e}}_z$ の方向です。
③ $x{-}y$ 平面内の任意のベクトル $\vec{\boldsymbol{a}}$ と 平面に垂直な単位ベクトル $\vec{\mathbf{e}}_z$ との間には、ベクトル積の定義により次の関係が成り立ちます。$\vec{\mathbf{e}}_z{\times}\vec{\boldsymbol{a}}$ は、$\vec{\boldsymbol{a}}$を平面内で反時計回りに $\pi/2$ だけ回転したベクトルになります。逆に、$\vec{\boldsymbol{a}}{\times}\vec{\mathbf{e}}_z$ は時計回りに $\pi/2$ だけ回転したベクトルになります。
④ $\vec{\boldsymbol{r}}/r$ は動径ベクトルをそれ自身の長さで割った値なので、動径方向の単位ベクトルになります。したがって、$\vec{\mathbf{e}}_r$ や $e^{i\theta}$ と同じものです。
表中の遠心力の項の右欄第一行目の式は、④により $r\vec{\mathbf{e}}_r=\boldsymbol{r}$ ですから、左欄の式と一致します。二行目の式は、上記の③が2回適用され、$\vec{\boldsymbol{r}}$ を反時計回りに $\pi$ だけ回転したことになるので、次のように、左欄と同一の式になります。
$$
\begin{align*}
-m\vec{\boldsymbol{\omega}}\times(\vec{\boldsymbol{\omega}}\times\vec{\boldsymbol{r}})&=-m\omega^2\vec{\mathbf{e}}_z\times(\vec{\mathbf{e}}_z\times\vec{\boldsymbol{r}})\\[0.5ex]
&=-m\omega^2\boldsymbol{R}(\pi)\vec{\boldsymbol{r}}=m\omega^2\vec{\boldsymbol{r}}
\end{align*}
$$
表中のコリオリの力の項の右欄第一行目の式は、「はじめに」で述べたように $\boldsymbol{R}(\pi/2)$ と $i$ が等価であることを考慮すれば、左欄と同一の式になります。二行目の式は、上記③を適用することで、次のように一行目の式に帰結します。
$$
\begin{align*}
-2m\vec{\boldsymbol{\omega}}\times\vec{\boldsymbol{v}}&=-2m\omega\,\vec{\mathbf{e}}_z\times\vec{\boldsymbol{v}}\\[0.5ex]
&=-2m\omega\boldsymbol{R}(\pi/2)\vec{\boldsymbol{v}}
\end{align*}
$$
表中の角運動量の項の右欄の式は、上記②により $\vec{\mathbf{e}}_z$ 方向のベクトルとなります。また、上記①に示した理由により、その長さが左欄の式と一致すれば等価とみなせます。これらを踏まえ、ベクトル積の定義を適用すると次式が得られるので、左欄と一致していることが分かります。( $\varphi$ : $\vec{\boldsymbol{r}}$ と $\vec{\boldsymbol{v}}$ の角度差 )
$$
\begin{align*}
|\vec{\boldsymbol{L}}|=m|(\vec{\boldsymbol{r}}\times\vec{\boldsymbol{v}})|=mrv\sin\varphi
\end{align*}
$$
表中の離心率ベクトルの項の右欄第一行目の式の第2項は、④により $e^{i\theta}$ と等価になります。また、第1項の分子 $\vec{\boldsymbol{v}}{\times}\vec{\boldsymbol{L}}$ は、③を適用することで $L\vec{\boldsymbol{v}}{\times}\vec{\mathbf{e}}_z= L\boldsymbol{R}(-\pi/2)\vec{\boldsymbol{v}}$ と変形でき、$-iL\boldsymbol{v}$ と等価であることが分かります。したがって、右欄第一行目の式全体も左欄の式と等価になります。また、右欄第二行目の式は、一行目の式中の $\vec{\boldsymbol{L}}$ に角運動量の定義式を代入しただけの一行目と完全に等価な式です。
以上、全てが等価であることは分かりました。しかし、ここで疑問が湧いてきます。複素数でも示せる式なのに、なぜ三次元ベクトルとベクトル三重積まで持ち出して難しい表現をしているものが多いのでしょうか? 「初心者を煙に巻いてマウントをとるため?」というような僻みは捨てて前向きに考えてみましょう。私自身は複素数でも十分と思っている立場なので、正直なところ、難解表現の必要性を身に染みて感じているわけではありません。それでも、物理の偉い先生の立場になったつもりで真剣に考えてみると、「座標の採り方の自由度を上げるため」というのも大きな理由の一つかなと思われてきます。
この記事で採用した複素座標でも、座標を設定するのは運動平面の裏でも表でも良かったし、実軸はどの方向に採っていても理論式は成立するという、ある程度の自由度の高さは味わえました。しかし、運動平面を確定したうえで、それを座標平面と一致させなければ式を立てることはできませんでした。ところが、最初から三次元ベクトル空間で議論することを前提にしていれば、原点を太陽に設定するだけで、運動平面など意識することなく、直交座標軸は勝手気ままに傾けられるというワンランク上の自由度が確保できます。軌道面の傾きが異なる複数の惑星の運動を、一つの共通座標で考えるような場合には便利そうではあります(ただし、惑星間の相互干渉は無視)。
ご注意:
1.この記事中の「一般のベクトル」「一般ベクトル」という用語は、本題の「複素数表現のベクトル」と区別するために便宜的に使用しているものです。世間一般に通用する用語ではありませんのでご注意ください。
2.「複素数表現のベクトル」を「複素ベクトル」とは呼ばないでください。「複素ベクトル」とは、ベクトルの各要素が実数ではなく、複素数でできているものを指します。「複素数表現のベクトル」とは別物です。
3.「複素数表現のベクトル」は、平面上の「位置」(微分すれば、速度・加速度)を表す手段として用いています。交流電気回路理論、古典力学の単振動、量子力学などで出てくる複素数は「波」を表す手段として用いられています。数学的には同じ複素数ですが、物理的な解釈は異なります。混同なきようご注意ください。