はじめに
音楽配信サービスの Deezer に、AIが作った曲が1日9万曲アップロードされています。
2026年6月の数字で、ピークの日には新規アップロード全体の半分を超えました。
しかも、そのAI曲が集めた再生の85%は、人が聴いたものではありません。
ボットが自動で回した再生です。
最初は音楽業界のニュースとして読んでいたのですが、数字を追っていくうちに別の話だと分かってきました。
ボットに聴かせると金になる
まず、なぜAI曲を量産してボットに聴かせると儲かるのか。
ストリーミングの印税は、再生1回につきいくら、という支払いではありません。
その月の売上を全部集めて、全体の再生回数で割ります。
そこで出た1再生あたりの単価を、各アーティストの再生回数に掛けて配ります。
プロラタ方式と呼ばれる分け方です。
大事なのは、配る総額が先に決まっている点です。
売上が同じなら、再生が増えても配るお金は増えません。
1再生あたりの単価が下がるだけです。
| 不正なし | ボットが1,000万回追加 | |
|---|---|---|
| 配る総額 | 1億円 | 1億円(変わらない) |
| 総再生回数 | 1億回 | 1.1億回 |
| 1再生の単価 | 1.00円 | 0.91円 |
| 100万再生のアーティストの取り分 | 100万円 | 91万円 |
ボットが再生した分だけ、本物のアーティストの取り分が減ります。
音楽データ分析企業 Beatdapp の推計では、この不正で年間およそ20億ドルが業界から消えました。
809万ドルを抜いた男
その20億ドルのうち、809万ドルを1人で抜いた男がいます。
ノースカロライナ州の Michael Smith、54歳。
2026年3月19日に電信詐欺の共謀罪を認め、8,091,843.64 ドルの没収に同意しました。
| 内容 | |
|---|---|
| 期間 | 2017年から2024年 |
| 生成 | AIで数十万曲 |
| 配信先 | Amazon Music、Apple Music、Spotify、YouTube Music |
| 再生 | 1,040個のボットアカウント |
| 規模 | 1アカウント1日約636曲、合計1日約66万再生 |
1曲の単価は小さくても、7年積み上げると800万ドルを超えます。
1,040アカウントは個人で管理できる規模ですよね。
量刑は2026年7月29日に予定されていました。
上限は禁錮5年です。
ただし2026年9月時点で、判決を伝える発表も報道も見つかっていません。
作った側に申告させればいいのでは
止めるには、AI曲を見分ける必要があります。
いちばん素直なのは、作った側に「これはAI製です」と申告させる方法です。
韓国はこれを法律にしました。
2026年1月22日に施行されたAI基本法の第31条で、生成AIの出力にAI生成であることの表示が義務になりました。
ただし条文が認めている表示方法の幅が広く、人間には知覚できないウォーターマークでも要件を満たします。
芸術的な表現物には、鑑賞を妨げない方式でよいという緩和もあります。
実在の人物と見分けがつかないディープフェイクだけは、はっきり見える表示が必須です。
Spotify は自主ルールです。
AI開示は、DDEX という音楽業界の共通フォーマットでクレジットに書く方式になっています。
参加は任意で、無断の音声クローンとなりすましだけを禁止しています。
つまりどちらも、正直に申告する相手にしか効きません。
印税を盗むために数十万曲を量産している人間が、自分から申告するはずがありません。
人間は3%しか聞き分けられない
では、聴いて見分ければいいのか。
Deezer が Ipsos に委託した調査があります。
2025年10月に8カ国9,000人を対象に実施したもので、AI曲2曲と人間の曲1曲を聴かせて判定させました。
正解できたのは3%でした。
1日9万曲を人が聴くのは物量的に無理ですし、聴いたところで当たりません。
申告も人力も使えないとなると、残るのは機械で検出する方法だけになります。
Deezerの検出モデル
そこで Deezer は、2025年1月から検出モデルを本番で回しています。
1日15万件を超えるアップロードを処理して、2025年の1年間で1,340万曲を超えるAI生成トラックにタグを付けました。
見ているのはアーティファクトです。
生成AIが音の中に残す、人の耳には聞こえない微細な特徴を指します。
マイクで録音した音楽にはまず現れないので、機械には手がかりになります。
| 指標 | 公表値 | 意味 |
|---|---|---|
| 精度 | 99.8% | 全体の正答率 |
| 見逃し | 1,000曲に約2曲 | AI曲を人間の曲だと判定 |
| 誤検知 | 1万曲に1曲未満 | 人間の曲をAI製だと判定 |
タグが付いた曲は推薦から自動的に外れ、編集部が作るプレイリストにも入りません。
ただしタグ自体は制裁ではなく、Deezer が罰しているのはAIそのものではなく不正な再生のほうです。
誤ってタグが付いたと思ったら、ディストリビューター経由で Deezer に申し立てて、人手のレビューを受けられます。
技術は特許を2件出願していて、2026年1月からは他の配信サービスにも外販がはじまりました。
おわりに
AIで曲を作ってボットに聴かせる手口は、音楽業界の新しい流行ではありません。
印税の分け方にある穴を、そのまま突いているだけです。
- 配るお金の総額は決まっているので、曲だけ増やせば本物のアーティストの取り分が薄まります
- 法律も自主ルールも、正直に申告する人にしか効きません。印税目当てで数十万曲を作る相手には届きません
- 人間の耳は正答率3%です。機械が残した痕跡は、機械で拾うしかありません
いたちごっこの先にあるもの
Michael Smith がやったのは、AIに音楽を奪わせることではありません。
AIという効率のいい道具を使って、人間が印税を抜いていました。
Deezer の検出モデルは99.8%で動きはじめて、いまのところは効いています。
ただ生成技術が進んでアーティファクトが薄くなれば、また新しい検出が必要になります。
いたちごっこは避けられません。
検出を磨くのと並行して、分け方そのものを変える動きも出てきました。
Spotify は2024年から、年間1,000再生に満たない曲を分配の対象から外しています。
穴を塞ぎ続けるより、穴のあるルールを変えるほうが早いのかもしれません。
参照
- Deezer Newsroom: AI Music Tops 50% of Daily Uploads on Deezer (2026-07-21)
- Deezer Newsroom: AI-generated tracks now represent 44% of all new uploaded music (2026-04)
- Deezer and Ipsos study: AI fools 97% of listeners (2025-11)
- Deezer Business: AI Detection
- Deezer for Creators: Understanding AI Content Detection and Tagging on Deezer
- U.S. DOJ SDNY: North Carolina Man Pleads Guilty To Music Streaming Fraud Aided By Artificial Intelligence
- Spotify Newsroom: Spotify strengthens AI protections (2025-09-25)