はじめに: XのAI礼賛を見ていると、少ししんどい
正直、最近のXのAIまわりの空気を見ていると、少ししんどくなります。
AIそれ自体が嫌いなわけではありません。むしろ自分もAIを使っていて、その効率の良さには普通に驚いています。
ただ、あまりにも「全部終わる」「もう実装はいらない」「プロンプトだけで十分」みたいな話が雑に流通しすぎていて、技術の本質がごっそり抜け落ちたまま消費されている感じがします。
でも、これは単なるSNSのノイズではなく、もっと構造的な変化の一部なのかもしれない、とも思っています。
- 技術の歴史は、抽象化による民主化の歴史だった
- AIはその抽象化をさらに一段進めた
- その結果、ハイパー・エンジニアが生まれる
- 同時に、技術格差がえげつなく広がる
- さらにその過渡期のノイズとして、おどろき屋的な人たちまで技術の中に流れ込んできた
この記事では、その違和感を自分なりに整理してみます。
技術の歴史は、抽象化による民主化の歴史だった
技術の歴史をざっくり見ると、ずっと抽象化の歴史です。
かつては、ごく一部の天才しかまともに扱えなかったものがあった。
でも、抽象化が進むにつれて、それはより多くの人に開かれていきました。
- ノイマン級の天才しか扱えない世界があった
- その後、コンピュータという抽象化で広がった
- アセンブリの世界は徐々にニッチになった
- 高級言語が出て、一般的なエンジニアでも大きなものが作れるようになった
- フレームワーク、クラウド、マネージドサービスで、さらに参入障壁は下がった
この流れ自体は基本的に良いことです。
天才しか触れないものが、普通の人でも扱えるようになる。これは技術の大きな価値の一つです。
自分はAIも、その流れの延長線上にあるものだと思っています。
突然変異というより、抽象化の歴史のかなり先まで来た結果として出てきたものです。
AIはその抽象化をさらに一段進めた
今回のAIがこれまでと少し違うのは、抽象化のインターフェースが自然言語にかなり近づいたことです。
これまでの抽象化は、基本的には新しい記法や新しい道具を覚えることで恩恵を受けるものでした。
でもAIは、かなり雑に言えば「人間の言葉」でかなり多くのことを進められてしまいます。
この変化は相当大きいと思っています。
なぜなら、抽象化がさらに広がるということは、単に便利になるだけではなく、技術の周辺にいた人たちまで一気に流入してくることを意味するからです。
その結果、技術の中に表層的な消費も流れ込んできた
ここで自分がXを見ていて感じる違和感につながります。
抽象化が進むほど、参入障壁は下がります。
それ自体は悪いことではありません。
でも今回は、技術の周辺にいた人だけでなく、技術そのものの語りにまで、表層的な驚きだけを売る人が一気に入ってきた感じがあります。
いわゆる「おどろき屋」的なノリです。
- すごい
- やばい
- もう全部置き換わる
- これ知らないと終わる
この手の言葉は拡散しやすいです。
ただ、本来語るべきはそこではなく、
- どこまで本当にできるのか
- 何が前提条件なのか
- どこで破綻するのか
- 何を人間がまだ握るべきか
のはずです。
自分が感じていた不快感は、単にSNSのノリが嫌いという話ではなく、抽象化が極端に進んだことで、技術の中にまで驚きの消費が流れ込んできたことへの違和感なのだと思います。
でも本当に大きいのは、開発効率より学習効率の爆発
AIの話になると、どうしても「開発が速くなる」に注目が集まりがちです。
もちろんそれも事実です。
今の大人にとってはそれが一番のステークホルダなので発信の中心もそうなります。
でもそれと同じくらい、場合によってはそれ以上に大きいのが、勉強効率の上昇だと思っています。
AIを使うと、例えば次のようなことが一気に速くなります。
- 分からない概念の分解
- つまずいている前提知識の特定
- ドキュメントの要約
- 複数の実装パターンの比較
- 自分の理解の穴の洗い出し
- 初学者向けと上級者向けの説明の切り替え
つまりAIは、単なる開発補助ではなく、かなり強い知的加速装置でもあります。
開発効率だけなら「手が速くなる」で済みます。
でも学習効率まで上がると、その人の技術量そのものの増え方が変わります。
技術量は足し算ではなく、複利っぽい
前段の話をこの節で言い換えると、AIはこの中でも特に 学習効率 と 試行回数 を強烈に押し上げます。
だから自分は、技術量は足し算ではなく、掛け算的、しかも試行回数によっては指数関数的に増えるものだと捉えています。
かなり雑に書くと、こんなイメージです。
$$
\text{技術量} \approx (\text{知性} \times \text{学習効率} \times \text{問題設定力})^{\text{試行回数}} \times \text{継続時間}
$$
ここで一番効くのは 試行回数 です。
同じくらい賢い人が2人いても、
- 片方は月に3回しか試せない
- 片方はAIを使って月に30回試せる
みたいな差が出ると、数か月後にはかなり別の場所にいます。
このイメージを持つには、資産の話が分かりやすいです。
イーロン・マスクの「稼ぐ能力」自体は、飛び抜けていてもまだ人間の能力差として想像できます。
でも総資産になると、複利や再投資やネットワーク効果が乗って、数百兆という桁違いの差が生まれます。
自分が言いたいのは、技術量もこれに少し近いのではないか、ということです。
- 素の理解力
- 継続時間
- 学習効率
- 良い問いを立てられるか
- 試行回数
このへんが掛け算で効き、さらに試行回数が指数的に差を広げるなら、技術量の分布は正規分布というより、対数正規分布っぽく右に長い裾を持つはずです。
これが意味するのは、平均が少し上がるというより、右端が吹き飛ぶということです。
AIは「平均的なエンジニア」を強くするより、ハイパー・エンジニアを生む
ここで本題です。
AIがやるのは、全員を平等に少し強くすることではない気がしています。
むしろ、もともと強い人、もともと伸びる人を異常に加速します。
例えば、
- 抽象化ができる人
- 問題設定ができる人
- AIの出力の良し悪しを判定できる人
- 実装と設計を往復できる人
- 間違いを見抜ける人
こういう人がAIを使うと、単にタイピングが速くなるのではなく、
- 学習速度が上がる
- 試作回数が増える
- 検証回数が増える
- 試せるアイデアの幅が広がる
という形で、全体の増幅が起きます。
これまでなら10人チームで半年かかっていたことを、1人の強いエンジニアがAIを相棒にして猛烈な速度で回す、みたいなことは普通に起こりうると思っています。
自分はこれを、ハイパー・エンジニアの誕生と捉えています。
そしてその裏側で、格差は学習密度と試行回数で広がる
ここは少し誤解されやすいところなので、雑に 発信する人は弱くて、ROMっている人が強い みたいな話にしたいわけではありません。
実際、強い人の中には発信が上手い人も普通にいますし、公開しながら学ぶ人もいます。
自分が言いたいのは、強さを分けるのは 目立ち方 ではなく、学習と検証の密度 ではないか、ということです。
AIは「誰でも使える」ように見えます。
でも実際には、次のような人ほど強く恩恵を受けます。
- AIを使って試行回数そのものを増やせる人
- 何を聞けばいいか分かる人
- 違和感を言語化できる人
- 返ってきたものを評価できる人
- 出力の嘘に気づける人
つまりAIは、「分からない人を完全に救う魔法」というより、「学習と試行の密度を高く回せる人を、さらに加速する装置」に近いです。
ここで差がつくのは、たとえば次のような部分だと思っています。
- 一次情報をちゃんと追っているか
- 出力を鵜呑みにせず、自分の頭で評価しているか
- 小さくても試作と検証を積み続けているか
- 分からないことをそのままにせず、AIで分解して潰しているか
だから今後開く差は、
- AIを使って学習量と試行回数を増やせる人
- AIの出力を消費して、分かった気になる人
の差だと思っています。
この格差は、単なる作業速度の差ではありません。
技術量そのものの増え方の差です。
SNSでは派手な発信のほうが目立ちやすいし、逆に淡々と積んでいる人は見えにくいこともあります。
でも長い目で見ると、効いてくるのは発信の派手さそのものではなく、愚直に学習と試行を回せているかのほうだろうと思います。
コミュニティの変化で少し気になっていること
ここまででも十分大きな話ですが、自分が少し気にしているのは、コミュニティの見た目の空気そのものというより、学び方の見え方が偏ることです。
たとえば、
- 検証より驚きが目立ちやすい
- 深さより速さが伝わりやすい
- 本質的な理解より、それっぽい要約のほうが拡散しやすい
みたいな傾向は、AIに限らずSNS全般で起きやすいですが、AIの話題では特に強く見える気がします。
その結果、地道に学んでいる人や、試行錯誤しながら理解を深めている人のプロセスが、以前より見えにくくなることはありそうです。
でも実際には、
- なぜこの設計は壊れるのか
- どこで境界条件を踏み抜くのか
- どの抽象化が有効で、どれが雑なのか
- なぜこのコードは読みにくいのか
みたいな感覚は、ある程度手を動かして失敗しないと身につきません。
それにもかかわらず、今後エンジニアコミュニティにおいて「AIがやってくれるから細かいことはあまり気にしなくてよい」というメッセージばかりが前面に出ると、学習の入り口が少し浅いものに偏る可能性はあると思っています。
表面を扱える人が増えること自体は悪くない一方で、深いところまで降りていく動機や導線は、意識して残していく必要があるのかもしれません。
まとめ
AIは、エンジニアを終わらせるものというより、技術の抽象化をさらに一段進めるものだと思っています。
その結果として起きるのは、
- ハイパー・エンジニアの誕生
- 技術格差の拡大
- コミュニティの学習導線の変化
です。
特に重要なのは、AIが開発効率だけでなく学習効率まで押し上げることです。
技術量が掛け算的に増え、さらに試行回数が指数で効くなら、その分布は対数正規分布っぽくなり、右端の一部だけが異常に伸びます。
つまり、平均的な人が少し強くなる話というより、上位層がえげつなく強くなる話として見たほうが自然だと思っています。
そして、その副作用として、表層的な驚きを売る発信が技術の中に流れ込み、コミュニティの学習導線そのものが変わり始めている。
ただ、自分が一番気にしているのは、派手な人が勝つかどうかではありません。
AI以後は、個人の技術総量の増え方そのものが変わり、学習効率と試行回数をどれだけ回せるかで、差がかなり大きく開いていくのではないか、ということです。
もしそうなら、今やることは意外と地味です。
- びっくりする
- 拡散する
- 分かった気になる
で止まるのではなく、
- 一次情報を読む
- AIで理解を分解する
- 小さく試す
- また確かめる
を回すほうが重要になります。
驚くのはほどほどに、ROMってみませんか。