はじめに
先日、千葉で開催された「アクセシビリティカンファレンス CHIBA」に、運営側の当事者として参加しました。セッションはどれも学びの多いものでしたが、一番考え込んでしまったのは、参加者向けに用意したおにぎりが、終了間際まで残っていたことでした。私自身も終了間際には積極的に配って歩きましたが、それでも最後まで残りました。
「なぜ余ったのだろう」と立ち止まって考えたことが、この記事のきっかけです。SDGs(持続可能な開発目標)とアクセシビリティは、しばしば別々のチェック項目として語られます。しかし両者は、「誰が参加でき、誰が参加できないか」「その状態をどれだけ続けられるか」という同じ問いを共有しているのではないでしょうか。本記事では、この仮説を Web 開発者・アクセシビリティに関心のある方・イベント運営者に向けて掘り下げます。
なお、以下のおにぎりに関する記述は、運営側として私自身が経験・確認した範囲のものです。おにぎりが最後まで残った理由や、その後の扱いについて公式な説明は確認できていません。断定的な原因分析はせず、「確認できたこと」「公式情報から確認できること」「私の考察・仮説」を分けて書きます。
アクセシビリティとは何か
まず前提を揃えます。W3C の Web Accessibility Initiative(WAI)は、Web アクセシビリティを次のように説明しています。
Web accessibility means that websites, tools, and technologies are designed and developed so that people with disabilities can use them.
同ページによれば、情報通信技術(Web を含む)へのアクセスは、国連の「障害者の権利に関する条約」(CRPD)で基本的人権として位置づけられています。CRPD 第9条「アクセシビリティ」は、締約国に物理的環境だけでなく情報通信技術・サービスへの平等なアクセスを確保するための措置を求めています。
つまりアクセシビリティは「親切な追加機能」ではなく、参加の前提条件です。ここが SDGs とつながる出発点になります🌱
SDGsとアクセシビリティの接続
SDGs は 2015 年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための 2030 アジェンダ」に基づく 17 の目標です。前文には、次の一文があります。
As we embark on this collective journey, we pledge that no one will be left behind.
— United Nations, "Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development"
「誰一人取り残さない(leave no one behind)」は、単なるスローガンではありません。The 17 Goals を見渡すと、この原則は個々の目標に埋め込まれています。
- 目標4「質の高い教育をみんなに」は学習機会へのアクセスを求めますが、教材が読み上げやキーボード操作に対応していなければ達成に近づきません。
- 目標8「働きがいも経済成長も」は生産的な雇用を求めますが、業務システムが特定の身体状況を前提にすれば就労できる範囲は狭まります。
- 目標10「人や国の不平等をなくそう」の格差是正は、デジタルサービスの使いやすさの差がそのまま情報・機会格差になる領域です。
- 目標11「住み続けられるまちづくりを」の包摂的な空間は、物理イベントの会場設計にも及びます。
-
目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」は、当事者・開発者・運営者の協働なしに他の目標も実現できないことを示しています。
こうして並べると、アクセシビリティは目標の一つに紐づく個別対応ではなく、ほぼすべての目標が機能するための土台だとわかります。教育も雇用も都市もパートナーシップも、参加できない人がいる時点で「持続可能」とは呼べません。
アクセシビリティカンファレンス CHIBA での観察
ここで冒頭のおにぎりの話に戻ります。
確認できたこと:参加者向けに用意したおにぎりは、イベント終了間際になっても残っていました。私は運営側として、終了間際には積極的に参加者へ配って歩きましたが、それでも最後まで残りました。なぜ食べきられなかったのか、また、その後に廃棄されたのか持ち帰りに回されたのかは、ここでは確認できていません。
公式情報から確認できること:公式ページは、イベントの趣旨を次のように説明しています。
「年齢や障害の有無、国籍などに関わらず、誰もが必要な情報にたどり着き、利用できる」というアクセシビリティの本質は揺るぎません。
公式ページに、食事の提供方針や数量計画、余剰時の対応についての記載は見当たりませんでした。おにぎりが余った理由やその後の扱いについて、公式な説明は確認できていません。
私の考察・仮説:今回の経験から重要だと感じたのは、「配らなかったから余った」と単純化できないことです。運営側の当事者として、休憩時間のたびに積極的に声をかけて配りました。それでも、参加者が食べるタイミングを逃していたり、持ち帰りを望んでいても衛生面や会場のルールから受け取れなかったりすることがあります。さらに、今回はセッションが午後から始まる構成だったため、参加者の多くは来場前に昼食を済ませ、そもそも会場で食事を必要としていなかった可能性もあります。また、食事を必要としない人、アレルギーや宗教上の理由で選べない人、食事の量や内容を選びたい人もいます。
イベントでは、食事に限らず、経験の浅い運営者ほど必要量を見誤り、さまざまなものを多めに発注しがちです。最初から正確な量を見極めるのは難しく、同じイベントを繰り返し開催するなかで、申込数と実際の参加者数、当日の消費量を比較して、ようやく適正量の勘所が見えてきます。無料イベントでは、私の経験上、申込者の出席率が8割程度であればよい方だと感じますが、自己申告があっても当日の体調や都合によって必ず参加するとは限りません。運営側の落ち度を断定するのではなく、予測しきれない不確実性のなかで、参加者の多様な事情と食品ロスの両方を設計する難しさが表れた出来事だと考えています。
今後に活かせる学び
今回の経験から、参加登録と食事の必要性は分けて考えたほうがよいと学びました。「参加する予定があるか」だけでなく、「会場で食事を必要とするか」「食事を受け取らない選択をするか」を確認できれば、参加者の意思を尊重しながら発注の手がかりを増やせます。ただし、回答を必須にして参加者へ負担をかけたり、回答数をそのまま確定数として扱ったりしないことも重要です。
また、イベントの時間帯やプログラムも発注量を左右します。午後からセッションが始まるなら、昼食を提供する前提そのものを見直せるかもしれません。食事を用意する場合も、最初から一括で多く発注するのではなく、時間帯を分けて提供する、追加発注が可能な方法を選ぶ、余った場合の扱いを事前に決めておくなど、外れたときの影響を小さくする設計が考えられます。
最後に、正解の数量を一度で当てることを目標にしないことです。申込者数、実際の来場者数、食事を受け取った人数、残った数量、開催時間帯を記録し、次回の見積もりに反映する。この小さな振り返りを繰り返すことで、経験の浅い運営者でも自分たちのイベントに合った勘所を学べます。アクセシビリティも同じで、当事者の声と実際の利用状況をもとに、次の機会で改善を続けることが大切です。
DE&Iの観点
この話は、DE&I(多様性・公平性・包摂性)の観点からも考えられます。ただし、DE&Iという言葉を国際規格が定めた一つの定義として扱うのではなく、ここでは一次情報である W3C の説明に沿って、アクセシビリティとインクルージョンの関係を考えます。W3Cは、インクルージョンについて次のように説明しています。
Inclusion is about diversity, and ensuring involvement of everyone to the greatest extent possible.
同じページで、W3Cはアクセシビリティを障害のある人が等しく知覚・理解・操作でき、障壁なく貢献できることとして説明し、インクルージョンは年齢、文化、言語、経済状況など、より広い多様性を扱うものとして整理しています。また、国連の SDG 10「人や国の不平等をなくそう」 には、年齢、性別、障害、民族、出身、宗教、経済状況などにかかわらず、すべての人の社会的・経済的・政治的包摂を促進するターゲット 10.2 があります。
多様性(Diversity)は、参加者が同じ事情や同じ食習慣を持っていると決めつけないことです。公平性(Equity)は、全員に同じものを配ることだけを指しません。食事を必要とする人、必要としない人、食べられない事情がある人が、それぞれ無理なく選べる状態を用意することです。包摂性(Inclusion)は、参加することだけでなく、受け取らないことや希望を伝えないことも含めて、参加者が肩身の狭さを感じずに選択できることだと考えられます。
ここでの公平性(Equity)の説明は、W3CがDE&Iの頭字語全体を定義しているという意味ではなく、上記の一次情報と今回の運営経験をイベント設計に適用した、この記事での実務的な整理です。そのため、申込フォームで「食事が必要か」を尋ねる場合も、回答を参加条件にしたり、食べない理由を詳しく説明させたりしない配慮が必要です。運営者が参加者を一括りにせず、選択肢を用意し、実績をもとに改善する。この姿勢こそが、イベントにおけるDE&Iを具体的な運営へ落とし込む方法ではないでしょうか。
考察:参加と持続可能性の交差点
ここまでの内容から見えてくるのは、アクセシビリティと SDGs が、どちらも「参加を設計する」という同じ営みの別の側面だということです。Web のアクセシビリティは、画面を見る・音を聞く・マウスを操作するという前提を外れた人が、それでも参加できるようにする設計です。イベント運営の食事やアンケート、会場動線の設計も、特定の身体状況・信条・嗜好を前提にせず参加を続けられるようにする設計です。どちらも「今の自分」を基準にすると見落としてしまう領域だという点で共通しています。
そして SDGs が強調するのは「持続可能性」です。一度の配慮で終わらず、次のイベント、次のリリースでも同じ水準を保てるかが問われます。おにぎりが最後まで残った出来事は、配布の努力が足りなかったという一度きりの失敗として片づけるのではなく、「次回はどう事情を把握し、数量計画や受け取り方法に反映するか」という継続的な改善のきっかけとして扱えます。これは Web アクセシビリティの「一度対応したら終わりではない」という姿勢と同じ構造です。
自動検査と人間評価の役割分担
Web アクセシビリティの実務では、この「参加の設計」を自動テストと人間の判断に分けて考える必要があります。W3C WAI は次のように明言しています。
There are evaluation tools that help with evaluation. However, no tool alone can determine if a site meets accessibility standards. Knowledgeable human evaluation is required to determine if a site is accessible.
— W3C WAI, "Evaluating Web Accessibility"
たとえば WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)2.2 の達成基準のうち、次は機械的な検査と相性がよい領域です。
| 達成基準 | 自動検査との相性 |
|---|---|
| 1.3.1 Info and Relationships(A) | 見出し・label 関連付けの有無は検出しやすい |
| 1.4.3 Contrast (Minimum)(AA・通常4.5:1/大きな文字(18pt相当以上、または14pt相当以上の太字)は3:1以上) | 数値計算のため検出しやすい |
| 2.1.1 Keyboard(A) | 到達可能性は検出できるが操作の自然さは要手動確認 |
| 2.4.7 Focus Visible(AA) | 表示の有無は目視確認が主体 |
| 2.4.11 Focus Not Obscured (Minimum)(AA・2.2新設) | レイアウトごとの目視確認が必要 |
一方で、代替テキストが文脈に沿っているか、当事者が実際に目的を達成できるかはツールだけでは判定できません。イベント運営の「食事の選択肢は十分だったか」も同様に、当事者の声を聞かなければ判断できない領域です。
開発者への示唆
以上を踏まえ、実装側では次の点を意識できます。
- 🧩 設計:ペルソナや要件定義の段階から、視覚・聴覚・運動・認知の多様性を前提に含める。後付けの改修より手戻りが少なくなります。
- 🏗️ 実装:上表の達成基準を参照し、構造をマークアップで表現し、コントラスト比とキーボード操作性、フォーカスの可視性を満たす。
- 🤖 自動テスト:axe-core(アクセシビリティを自動検査するオープンソースツール)などを CI(継続的インテグレーション)に組み込み、機械的に検出できる項目を自動的にチェックする。
- 🧑🤝🧑 手動テスト・当事者参加:スクリーンリーダーやキーボードのみでの確認に加え、可能であれば当事者にユーザーテストへ参加してもらう。ツールだけでは最終判断できません。
運営者への示唆
開発だけでなく、イベント運営側にも同じ視点が必要です。
- 🦻 会場・配信の情報保障:手話通訳・字幕・資料の事前テキスト化・多目的トイレ案内・配信のキャプションなど、参加の手前にあるハードルを事前に洗い出す。
- 📝 参加申込フォーム:食物アレルギー・宗教上の理由・味の好み・「食事不要」を、任意入力ではなく明確な選択項目として用意する。
- 🔢 数量予測:申込回答だけでなく過去の出席率や当日のキャンセルを見込み、初回から正解を求めすぎず、開催後に申込数・参加者数・消費量を記録して次回の発注に反映する。調整可能な発注方法(当日追加、近隣店舗との連携など)も検討する。
- ♻️ 余剰の扱い:持ち帰り可否、フードバンクや近隣への提供など、廃棄以外の選択肢を運営フローとして事前に決めておく。
- 📋 アンケート:食事だけでなく会場動線、資料の見やすさ、質疑応答のしやすさも事後に確認し、次回の改善につなげる。
おわりに
アクセシビリティと SDGs は、別々のチェックリストではありません。どちらも「誰が参加でき、誰が取り残されるか」を問い、その状態を続けていけるかを問う、同じ設計思想の表現です。
余ったおにぎりの理由を、私は今も断定できません。ただその光景がきっかけで、コントラスト比やキーボード操作性を検討するのと同じ姿勢で、参加者の事情や余剰の扱いを事前に設計できないか、と考えるようになりました。アクセシビリティを、チェック項目ではなく参加と持続性を支える社会基盤の品質として捉え直すこと。それが、この記事で伝えたかったことです。
参考文献
- United Nations, "Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development"
- United Nations, "The 17 Goals"
- W3C WAI, "Introduction to Web Accessibility"
- W3C WAI, "Accessibility, Usability, and Inclusion"
- W3C, "Web Content Accessibility Guidelines (WCAG) 2.2"
- OHCHR, "Convention on the Rights of Persons with Disabilities"
- アクセシビリティカンファレンス CHIBA 2026