きっかけはぬいぐるみ
Qiita Tech Festa も今日でおわりですね。
今回はじめて参加して、この記事含め20記事記事を書くことができました。
この期間を振り返りつつ、考えたことを残しておきたいとおもいます。
正直に書きます。
20記事書くとぬいぐるみがもらえるという話があったから、20記事を目標にしました。
それまで技術記事はほとんど書いてきませんでした。書く習慣も、書くためのストックもない状態からのスタート。最初の1週間ほどは勢いで7本連続投稿。
その後は「20記事に間に合うペース」をなんとか維持して、最後の1週間にまた駆け込みで書く。
振り返るとペース配分もなにもない走り方でした。
すぐにネタが尽きる
書き始めてすぐに起きたのが、ネタ切れです。
最初のうちは「書きたかったテーマ」「調べてみたかったこと」が少し考えると浮かんでました。
でもそれは数本で尽きる。
習慣的に書いてこなかった人間には、ネタのストックというインフラがそもそもない。
これは書き始めてみて初めて体感したことでした。
いいねというKPIと、Qiitaというプラットフォーム
Qiita Tech Festa には企業ごとのランキングがあります。
だから自分は「いいねを稼ぐ」ことも自分なりのKPIに定めていました。つまり、狙って書く必要があった。
Qiitaは初心者向けの記事やAI系の記事が伸びやすい現状があると思っています。
それを踏まえて、テーマや内容を考えることがほとんどでした。
ただ、実際にやってみると、「狙って伸ばす」のは全然簡単ではない。
頭で分かっている攻略法と、実際に打席に立って打てるかどうかは別問題でした。
まとめ記事
そんな中で自分が多く書いたのが、いわゆるまとめ記事です。
まとめ記事の質については、難しい問題だと思っています。
もっと深い話、実体験に基づいた話こそ記事に書くべきだ、というのはよく分かるし、自分もそうありたい。
でも20記事という物量の前では、そのクオリティを全記事で担保するのは無理でした。
だからといって無駄だったかというと、そうではないと思っています。
まとめ記事を書くときに自分が考えていたのは、どう自分なりの軸を見つけるかでした。いろんな事象を並べて、どんな軸でインデックスするか。ここには自分の色が出るし、発想が出る。
自分が考えた軸に従っていろんな概念を並べ替えてみると、ただ技術書を読むのとは違う学びがあります。
自分は何かを学ぶとき、正統な、論理立った学びももちろん大事だと思っています。
でも同時に、自分なりに面白い軸を作って整理し直すこと。
その軸が増えるにつれて、概念同士のリンクがどんどん浮き彫りになっていく感覚。まとめ記事はそれを助けてくれました。
AIと記事を書くことについて
前提として、記事を書くこと自体はどんな形でもいいことだと思っています。
もちろん、AIが書いたものをノールックで世に出すのは良くない。
でも、下調べにAIを使い、文章をAIで整え、そのぶんレビューと裏取りを自分でやり、自分なりの解釈を与えてブラッシュアップする。
この過程で自分はすごく多くのことをインプットできました。
AIを使ったから学びが薄くなるのではなく、AIを使ったからこそ検証と解釈に時間を割けた、というのが実感です。
組織で書き続けることの、本当の難しさ
個人の話はここまで。ここからが本題かもしれません。
組織全体で見たとき、記事を書くモメンタムを維持するのは本当に難しかった。
組織の人に言われた言葉で、ずっと残っているものがあります。
「バズった経験がないと、書く気は起きない」。
書くモチベーションは本人の内側から湧くもので、外部から与えることができない。
これはすごく難しい問題だと思いました。
自分なりに、組織内で使えるノウハウを共有してみたりもしました。
でも、全体の熱量を引き上げるところまではできなかった。これが今回いちばん悔しかったところです。
ベンチマークにしていた組織があります(多数の記事を、しかも質高く、軸を持って出し続けている開発組織)。お
こがましいと思いつつ、そこを目標に、自分たちも記事を書いていいねを稼ぐことをやってみた。
優勝したかった。本気で優勝を目指していました。
でも負けた。
「組織として記事を出す文化を作るのは難しい」というのは、実際にやってみたからこそ言える実感です。
構造的な問題もあります。
小規模な組織では、勉強会や記事執筆は基本的に、半分趣味・半分奉仕のような扱いになりがちです。
でも、記事を書くこと、外部に登壇して話すことは、会社の知名度を上げ、信用を担保することにつながる。
だからこそ「まとめ記事といいね稼ぎは自分がやるから、他の人はもっと深い解説記事をどんどん出してほしい」と伝えたかった。
それができなかったし、そもそもそれが適切なメッセージなのかも分からないまま終わった。
組織として記事を出し続けることの難しさを、身をもって感じた1ヶ月でした。
セレンディピティとしての技術記事
最後に、いちばん書きたかったことを。
セレンディピティという言葉があります。
偶然の出会い、偶然の幸福。技術記事を書くことは、まさにこれを自分と新しい概念のあいだに起こしてくれるものだと思っています。
普段業務をしていると、どうしても「今必要なこと」にフォーカスしがちです。それ自体は正しい。
でも、そうじゃない学びも絶対に必要だと自分は思っています。
今必要じゃないけど、なんか興味あるんだよな、という学び。
自分の経験でも、本筋の外で学んだことが、あとになって人生を助けてくれたことが何度もありました。
それを技術という領域でやらせてくれるのが、記事を書くことだと思います。
しかも技術だけに閉じない。実装しようとしたとき、その技術の思想的背景とか、「このサービスってなんでこの名前なんだっけ」とか、本当は業務に関係ないところに足を踏み入れる。
そういう寄り道をしていると、なんか好きになるし、人に喋りたくなるし、楽しくなる。
少なくとも自分は、その営みが好きです。
おわりに
記事を書くことを含めたアウトプットは、これからも続けていきたい。
それがどのプラットフォームや形なのかは分からない。
でも、何かをアウトプットすることの重要性を、この1ヶ月で確かに学びました。
だからQiita Tech Festaにはありがとうと言いたい。