第三夜:返事の裏にある温度について考えていた。
僕がバーに着いたとき、美咲はすでにカウンターにいた。彼女はオリーブをかじりながら、なにかを考え込んでいたようだった。テーブルの上には開きかけの文庫本があって、その表紙にはカフカの名前が見えた。
「今日は静かに始まるのね」僕は隣に座りながら言った。
「うん。考えてたの。ステータスコードって、人間の“返事”に似てるなって。」
「それは鋭い」僕は微笑んで、バーテンダーに「ラムとライムを少し」と告げた。「ステータスコードを理解するってことは、相手の“気持ちの行間”を読むってことだ。」
「たとえば?」
「たとえば、200 OK。これはすべてうまくいった、って返事。『了解。わかったわ』って感じだ。」
「それ、安心するわね」
「でも、同じ“うまくいった”でも、201 Createdは少し違う。『それ、新しくできたわ。ちゃんと追加しておいた』っていうニュアンスがある。」
「……ちょっとしたうれしいサプライズみたいね」
「そう。逆に204 No Contentはこう言う。『うまくいったけど、特に言うことはないわ』」
「それ、ちょっと塩対応じゃない?」
「でも悪意はない。ただ静かなだけさ。たとえば、昔の恋人に“荷物を返してくれてありがとう”って手紙を送ったとする。返事はないけど、送り主に『問題なかった』という思いが伝わってる、みたいな。」
「そういう返事、きっと私は気にしすぎちゃうな」
「さて、次はエラーコードだ。400 Bad Request。これは『あなたのお願い、ちょっと変よ』って返事。」
「失礼な女ね」美咲は笑った。
「それでも、正直ではある。そして401 Unauthorizedは『あなた、ちゃんと名乗ってないわ』って返事だ。つまり認証が必要。」
「なんか、門前払いみたいね」
「403 Forbiddenはもっと厳しい。『あなたには、そもそもここを見る資格がないの』っていう拒絶。」
「……ひどい。でも、はっきりしてる」
「そして404 Not Found。これは……まあ、言わずと知れたやつだ」
「“その人はもうここにはいない”。だったわね」
「そう。僕はかつて404の返事をもらったことがあるよ。何度もね。あるとき彼女にメールを送ったら、サーバーがまったく応答しなかった。調べてみたらアカウントそのものが消えてた。URIが失効したってことだ。」
「……」
「でも最も切ないのは500 Internal Server Errorだ」
「それ、内部のエラーってことよね?」
「うん。つまり『あなたに返事をしたいのに、私自身が壊れていて、どう返せばいいかわからない』っていう状態。彼女の中でなにかが壊れてたのかもしれない。僕はそのエラーをどう扱えばいいのか、ずっとわからなかった。」
美咲は静かにグラスを揺らした。彼女の目は遠くの壁を見つめていたが、その視線の先は、もっと奥深いどこかを探っているようだった。
「……返事がこないことも、返事なのかもしれないわね」
「そうだね。それがRESTの冷たさであり、誠実さでもある」
バーの片隅で、ピアノが静かに“Someone to Watch Over Me”を奏でていた。
それは、どこかステータスコード“202 Accepted”に似ていた。
——まだ完了していないけれど、あなたの想いは受け取ったわ、というやさしさ。