第四夜:名前をつけるというのは、誰かを想うということだ。
その夜のバーは少し賑やかだった。雨は止んで、店の窓には濡れた通りを歩く人影が映っていた。ジャズの音はどこか跳ねていて、カウンターの奥では誰かが赤いワインを注いでいた。
僕は少し遅れて店に入り、美咲の横に腰を下ろした。彼女はマティーニを飲んでいた。無言のままグラスを傾けるその姿には、静かな決意のようなものがあった。
「URIって、実はまだよくわかってないの」
彼女はぽつりと言った。「なんとなく住所ってことはわかるけど……それって、どうやって決めるの?」
僕は少し考えてから、こう言った。
「URIは、リソースの名前なんだ。つまり、“何か”に対して、世界に一つの名前を与える行為」
「名前……」
「たとえば、/users/123 ってURIは、“IDが123のユーザー”を示す。でもそれはただの記号じゃない。ある意味、世界の中でその人を見つけ出すためのタグなんだ」
「それって……名札みたいなもの?」
「そう。だけどURIには“どう名づけるか”ってセンスも必要なんだ。RESTの世界では、動詞じゃなくて名詞を使う。たとえば“/createUser”じゃなくて“/users”っていうふうにね。アクションじゃなくて“もの”を表現する」
「ふーん……なんだか、それってすごく文学的ね」
「その通り。URIの設計って、どこか詩を書くのに似てる。無駄を省いて、本質だけを名前にする。/letters、/dreams、/lost-places……そういうURIも成立するかもしれない」
美咲はゆっくり笑った。
「もし私がURIになるとしたら……どんな名前をつけてくれる?」
「そうだな……」僕はグラスの中で氷を回した。「たとえば、“/bars/shinjuku/misaki”とか」
「なんだか住所っぽいわね」
「そのURIをGETすれば、たとえば“マティーニを静かに飲む女性、美咲。REST APIの学習者。謎めいた空気をまとい、なにかを抱えている”ってレスポンスが返ってくるかもしれない」
「ちょっと恥ずかしいけど、うれしいかも」
「そして、君がそのURIに対してPOSTすれば、新しい想い出が追加される。たとえば今夜みたいな夜が、/memories に一つ加わる」
「そのリソースに名前がついた瞬間、それはもう、“ただの夜”じゃなくなるのね」
「そういうことだよ。RESTの世界では、名づけられたものだけが存在できる。URIがなければ、それは触れられない」
美咲は少しだけ視線を落とした。
「名前をつけるって、やっぱり愛情なんだね」
「うん。だから僕たちは、消えてしまいそうなものに名前をつけるんだ。誰かを思い出として保存するように。URIは、心のバックエンドみたいなものだから」
外では、風が窓を叩いていた。
その風の音が、どこか“/goodbyes/未送信の手紙”というURIを思い出させた。
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