はじめに
SAPが提供する生成AIアシスタント「Joule(ジュール)」は、S/4HANA CloudやSuccessFactorsなどのSAP製品に組み込まれ、実務で利用できる状態になっています。
一方で「何ができるのか」「ChatGPTと何が違うのか」が分かりにくいという声もあります。
この記事では、Jouleの仕組み・機能・対応製品を、SAP公式ドキュメント(Integration Guide「Integrating Joule with SAP Solutions」2025年8月版)をもとに整理します。
SAP Joule技術ガイド連載の第1回です。
Jouleとは
JouleはSAP製品に組み込まれた、自然言語で対話できる生成AIアシスタントです。
ChatGPTのような対話型AIと異なる点は、企業のビジネスデータ(財務・購買・人事・サプライチェーンなど)と直接連携していることです。
ChatGPTはインターネット上の情報をもとに回答しますが、Jouleは接続されたSAP製品のリアルタイムデータを参照して回答します。「この発注伝票の承認状況は」という質問に対しては、実際のシステムデータをもとに回答します。
Joule単体では動作しません。S/4HANAやSuccessFactorsなどのSAP製品が前提として必要で、各SAP製品とユーザーの間を中継する形で機能します。
自然言語でのERP操作
これまでの操作方法
ERPの操作では、階層の深いメニューを辿るか、トランザクションコード(ME21N など)を指定する必要がありました。
Jouleを使った操作方法
Jouleには、次のように自然言語で入力します。
入力:「マネージャーにフィードバックを依頼したい」
Jouleの処理:
1. 意図を解釈する
2. 必要な情報を収集する
3. リクエストをマネージャーに送信する
画面遷移なしで、チャット上で操作が完結します。
Jouleの4つのケーパビリティ
Jouleの機能は4種類に分類されます。利用できるケーパビリティは連携する製品によって異なります。
ナビゲーション(Navigational)
目的のアプリや画面に案内する機能です。
例(SuccessFactors)
入力:「有給の申請画面を開いて」
処理:Time Offページへ遷移する
例(S/4HANA)
入力:「購買発注の照会画面を教えて」
処理:該当アプリを提示し起動する
トランザクション(Transactional)
伝票作成・データ更新などの業務処理を対話形式で行う機能です。
例(SuccessFactors)
入力:「マネージャーにフィードバックを依頼して」
処理:質問項目の収集から送信までを行う
例(S/4HANA Private Edition)
入力:「購買発注を作りたい」
処理:必要な入力項目を対話形式で収集し登録する
インフォメーション(Informational)
SAPヘルプドキュメントや、アップロードされたドキュメントから情報を検索・要約して回答する機能です。
例(SuccessFactors)
入力:「会社のHRポリシーを教えて」
処理:アップロード済みの社内文書から回答を生成する
例(S/4HANA)
入力:「この設定項目の意味は」
処理:SAPヘルプから該当箇所を要約して回答する
社内ドキュメントを読み込ませる機能はDocument Groundingと呼ばれ、別の記事で扱います。
アナリティカルインサイト(Analytical Insights)
SAP Analytics Cloudと連携し、ビジネスデータをグラフや数値で可視化する機能です。利用にはSAP Analytics Cloudとの統合設定が別途必要です。
例
入力:「売上上位の営業担当者を見せて」
処理:直近データをもとにTop Nチャートで表示する
対応製品(2025年8月時点)
| 製品 | 対応ケーパビリティ | 備考 |
|---|---|---|
| SAP SuccessFactors | ナビゲーション/トランザクション/インフォメーション | 採用・学習・給与など幅広いモジュールに対応 |
| S/4HANA Cloud Public Edition | ナビゲーション/トランザクション/インフォメーション | 財務・購買・販売など主要業務領域 |
| S/4HANA Cloud Private Edition | ナビゲーション/トランザクション/インフォメーション | RISE with SAP契約とSAPマネージドデータセンターが必要 |
| SAP Analytics Cloud | アナリティカルインサイト | 個別の統合設定が必要 |
| SAP IBP(統合事業計画) | ナビゲーション/トランザクション | 独自の制約あり |
| SAP Digital Manufacturing | 製品固有のケーパビリティ | - |
| SAP Asset Performance Management | 製品固有のケーパビリティ | - |
| SAP Integrated Product Development | 製品固有のケーパビリティ | - |
| SAP BTP Cockpit | - | 追加設定不要で利用可能 |
| SAP Fieldglass | 外部人材管理領域に対応 | - |
| Microsoft 365 Copilot | 連携機能 | Copilot Chat画面からJouleの機能を呼び出し可能 |
| SAP Start | - | Early Adopter Careプログラム参加者限定 |
S/4HANA Cloud Private Editionは、対応するケーパビリティがリリースバージョンによって異なります。
ベースAIとプレミアムAI
SAP Business AIには「ベースAI」と「プレミアムAI」の2種類の提供形態があります。
ベースAI
全SAP Cloudアプリの標準サブスクリプションに含まれ、追加費用なしで利用できます。
対象:ナビゲーション、インフォメーション、基本的なトランザクション処理
プレミアムAI
高度なトランザクション処理やアナリティカルインサイトなど、処理が複雑な機能を利用するには「AI Unit」という単位でチケットを事前購入します。
AI Unitの仕組み:
- ユーザー数やAIの処理量に応じて消費される
- ユースケースごとに消費量が異なる
- SAP Discovery Centerで各ユースケースの消費量を確認できる
ベースAIの範囲で利用を開始し、必要に応じてプレミアムAIに範囲を拡張する進め方が一般的です。
まとめ
- JouleはSAP製品に組み込まれた生成AIアシスタントで、単体では動作しない
- 機能はナビゲーション・トランザクション・インフォメーション・アナリティカルインサイトの4種類
- 対応製品ごとに利用できるケーパビリティが異なる
- ベースAI(無料)とプレミアムAI(AI Unitが必要)の2種類の提供形態がある
次回は、Joule導入前に確認すべき4つの前提条件について解説します。
用語解説
Joule(ジュール)
SAPが提供する生成AIアシスタント。SAP製品に組み込まれ、自然言語による業務操作・情報照会・ナビゲーションができる。単体では動作せず、対応するSAP製品とセットで使用する。
SAP BTP(Business Technology Platform)
SAPが提供するクラウド共通基盤。SuccessFactors・S/4HANAなど複数のSAP製品を統合する基盤として機能する。JouleはこのBTP上で動作するアプリケーションとして提供される。
AI copilot
ユーザーの業務を支援するAIアシスタントの総称。特定のシステムやデータと連携して動作する点が、汎用的な対話型AIとの違いとされる。
ベースAI
全SAP Cloudアプリの標準サブスクリプションに含まれる、追加費用なしで利用できるAI機能。
プレミアムAI
高度なトランザクション処理やアナリティカルインサイトなど、AI Unitの消費を伴う機能。
AI Unit
SAP Business AIのプレミアム機能利用に必要なチケット単位。ユーザー数やAIの処理量に応じて消費される。
RISE with SAP
SAPが提供するクラウド移行パッケージの契約形態。S/4HANA Cloud Private EditionでJouleを利用するための必須条件の一つ。
SAPマネージドデータセンター
SAPがインフラを管理・運用するデータセンター環境。S/4HANA Cloud Private Editionには、SAPが管理する形態と顧客が自社クラウド(AWS・Azure・GCP)上で管理する形態があるが、JouleはSAPが管理する形態のみに対応している(2025年8月時点)。
SAP Discovery Center
SAPが提供するBTP上のサービス・AIユースケースのカタログサイト。各ユースケースのAI Unit消費量の概算を確認できる。