はじめに
最近は、Claude Code を使ってモバイルアプリを作ったり、Slack から @Claude でコード修正を飛ばしたり、歩きながら音声入力で日記を書いたりしている。気づけば「実装する」という行為そのもののスピードが、半年前、1年前とはまるで違う。
その変化の中で、ふと立ち止まって考えた。
仕事って、これからどうなるんだろう。
煽りたいわけではない。危機感を持てという話でもない。ただ、私なりに今の潮流を眺めながら、しなやかに生きていくために何が大事なのかを整理しておきたかった。
引っ越しの例え話
最近 X で見かけた例え話が、すごく腑に落ちた。
引っ越しで「モノを A から B に運ぶ」のは作業。
「何を持っていくか、何を捨てるか」を決めるのは決断。
AI によって、この「運ぶ」のスピードと人手が爆発的に増えた。今まで引っ越し業者が 2人で来ていたところに、10人、100人と来るようなイメージだ。しかも全員めちゃめちゃ速い。
でも、何を持っていくかを決めるのは、変わらず私たちだ。
10回以上住居を変えている私だから言えるが、これはとても大変な事。
途中から判断に疲れて、一旦新居に持っていこうと、捨てるものを新居に運ぶ用の箱に詰めだす。
エンジニアリングに置き換えると、こうなる。
- どのシステム、どの機能、どのワークフローにボトルネックがあるかを見極める
- フローとして滞留している箇所を「課題」として発見する
- そこに私や周囲のリソースを集中的に投入するかどうかを判断する
こういう精度の高い判断が、以前よりずっと高い頻度で求められ続ける。それが今の流れなんだと思う。
地方の高速道路と、首都高
もう一つ、しっくりきた比喩がある。
以前のエンジニアリングは、地方の高速道路に似ていた。次のインターチェンジまで 5km、10km。行き先さえ決めておけば、走りながら考える余裕があった。判断のタイミングはゆっくりやってきた。
今は首都高だ。時速 60km と一見低い速度で走っていても、常に右か左かの判断を求められる。分岐が次々と現れて、一つ間違えると同じ場所をぐるぐる回ってしまう。
ナビがあればある程度は予測しながら進めるけれど、目的地(Where)と、そこへの行き方の引き出し(How)の両方を持っていないと、たどり着けない。
Agentic AI がもたらしているのは、この「How」の爆発的な拡張だと私は思う。手札となるパターンが増えすぎて、かえって混乱を招いている面もある。選択肢が増えることは、必ずしも楽になることではない。
「匂い」でわかる、ということ
じゃあ、エンジニアとしてこれから何が大事なのか。
私が日々の仕事の中で感じているのは、「これ、なんか嫌な匂いがするな」と感じ取れる感覚の価値が上がっているということだ。
最適な設計がすぐにはわからなくても、それが「バッドケースに向かっていないか」「アンチパターンなのでは」を察知できる嗅覚。これは AI には(まだ)難しい(と思う、思いたい。これがバイアスなのか)。
この感覚は、以下のような積み重ねから養われる。
- これまでこなしてきた業務や、回してきたシステムライフサイクルの数
- 関わってきた人やシステムの数
- 私自身が経験してきた役割の数
こうした経験が「視点・視野・視座」という形に昇華されたとき、問題の中から課題を抽出し、解決に導く力になるんだと私は思う。
プログラマーとエンジニアの間で
ここで「エンジニアとは何か」を改めて考えてみると、いくつかの方向性が見えてくる。
- How の専門家として極める — 特定の技術領域を深く掘り下げ、AI が出力したものの品質を判断し、修正できる人
- エンジニアリングとプログラミングの中間を担う — 設計と実装の間を行き来しながら、チームのアウトプットの質を底上げする人
- エンジニアリングそのものを追求する — 技術選定、アーキテクチャ設計、組織設計まで含めた「問題解決の全体像」を描ける人
どれが正解ということではなく、私がどの方向に進みたいかを自覚しておくことが大事なんだと思う。
自己否定という筋トレ
問題から課題を発見するためには、思考の癖やバイアスから離れる必要がある。
私がここ数年で痛感しているのは、「こうだと思っていたけど、違った」という経験をどれだけ積めるかが、成長のスピードに直結するということだ。
- 仕事で認識齟齬が起きたとき、動きが遅いと感じたときに周りの方と議論して「私が考えようとしていなかった事」に気づいたこと。
- 任せていた作業を自分でやってみて、任せていたときには見えなかった実態が見えたこと。
- 自身の感情がコントロールできていない事や他責で考えたくなることに気づいて、考えや生活を律して行動を変えられたこと。
どれも、自身の思い込みを一回壊すところから始まっている。
そして、この自己否定を支えるために必要なのが、周囲からフィードバックを得られる環境だ。一人で走り続けていると、バイアスには気づけない。
しなやかに生きる
AI のスピードに焦る必要はないと思っている。
大事なのは、自分自身がどこに向かいたいのかを持っておくこと。首都高のナビのように、大まかな方角さえわかっていれば、分岐のたびに判断できる。
そして、判断の精度を上げるために、経験のサイクルを止めないこと。手を動かして、失敗して、振り返って、また動く。このループの回転数こそが、これからのエンジニアの強さになるんじゃないかと思う。
今の潮流を見ながら、焦らず、でも止まらず、しなやかに。
それが、今の私なりの答えだ。
おわりに
この記事は、朝にピンマイクをつけて音声入力で考えを吐き出し、それを AI で整えるという流れで書いた。
こうやって、思考を外に出す → 整える → また考える、というサイクルがどんどん速く回せるようになっている。エンジニアの仕事も、きっと同じことだと思う。
完璧を目指すのではなく、まず出してみる。動いてみる。そこから見えるものを拾っていく。
その繰り返しの中で、「私なりの行き先」が見えてくるんじゃないかな。
さて、走って汗を流すか。
睡眠、食事、運動、そして開発。この順番を間違えないようにしたい。