はじめに
この記事では、エンジニアの方向けに量子コンピュータの基礎を解説します。
数式や物理学の細かい話はなるべく避け、「なんとなくイメージできた!」と思ってもらえる内容を目指しています。
そのため一部正確でない表現が含まれる可能性がありますが、ご容赦ください。
2025年7月時点の情報をベースにまとめています。
基礎知識
量子コンピュータとは
原子などの物質を構成する「量子」が持つ「重ね合わせ」の特性を利用し、並列計算を可能にすることで、これまで以上の速度・規模の情報処理を可能にするとされる次世代コンピューターのことです。
よくある誤解(詳細は後述)
- 「量子」という粒を使って計算しているわけではない(一部を除いて)
→ 「量子のように振る舞うもの」を使って計算する - すべての計算が古典コンピュータより速いわけではない
→ 特定の分野の計算に対して、素早く処理できるようになる
量子とは?
- とても小さな存在の、最小単位
- 量子という粒子があるわけではない(電子・原子・光子・スピン・電流などの総称)
- サイズ感:$10^{-9}$ m(ナノメートル)以下 (= 分子、原子サイズ以下)
- 目に見える物体とは異なる振る舞いをする
- 量子力学に従い、「重ね合わせ」「もつれ」「干渉」などの性質を持つ
量子コンピュータは「量子のように振る舞うもの」を利用して、その特性を計算に活かしている。
実装方式
量子コンピュータの実装方式の例
実装方式 | 利用する量子 | 量子ビットの例 | 難点 |
---|---|---|---|
超伝導(超電導) | 電流 | 0 = 左回り、1 = 右回り | 極低温が必要 |
イオントラップ | イオンの電子状態 | 0 = 基底状態、1 = 励起状態 | 極低温・高真空が必要 |
光 | 偏光、経路など | 0 = 水平偏光、1 = 垂直偏光 | 制御が難しい |
スピン | 電子/原子核のスピン | 0 = スピンアップ、1 = スピンダウン | 極低温が必要、デバイスの欠陥によるノイズが生じる |
※量子コンピュータにおいては「超伝導」「超電導」がどちらも使われる
(物理寄り → 超伝導、工学寄り → 超電導)
Google検索だと...
「量子コンピュータ」+「超伝導」:約34,200件
「量子コンピュータ」+「超電導」:約22,500件
古典コンピュータとの違い

- ビットの扱い
- 量子コンピュータでは「0」と「1」の重ね合わせ状態が可能。イメージとしては、コインが回転していて表か裏かが決まっていない状態
- 古典コンピュータでは、情報は「0」または「1」
- 計算結果について
- 量子コンピュータは、計算結果が確率で返ってくる。同じ計算を繰り返して統計的に解を求める
- 古典コンピュータは、同じ計算を何度繰り返しても、必ず同じ結果が返ってくる
- ビット同士の関係性
- 量子コンピュータでは、「量子もつれ」という現象により、ビット同士に関係を持たせることができる
- 古典コンピュータでは、ビット同士が独立している
- 計算の進め方
- 古典コンピュータは直列的に処理を行うため、問題の規模が大きくなると計算コストが増加
- 量子コンピュータは量子の重ね合わせやもつれの性質を利用することによって、計算自体を減らすことで処理が速くなる。ただし、「量子アルゴリズムが有効な」問題のみ、(古典コンピュータより)高速に処理できる。全ての計算が古典コンピュータより速くなるわけではない
量子アルゴリズム
量子の性質「重ね合わせ」と「量子もつれ」を使って問題を効率よく解くためのアルゴリズムのこと。
活用分野 | 代表的アルゴリズム | 具体的用途例 |
---|---|---|
暗号解析 | Shor, Grover | RSA解読、楕円曲線暗号の解析 |
組合せ最適化 | QAOA, アニーリング | 配送経路最適化、金融ポートフォリオ決定 |
量子系シミュレーション | VQE, QPE | 分子構造予測、新薬・新素材開発 |
- 量子アルゴリズムが有効な問題に対してのみ、量子コンピュータは古典コンピュータより処理速度が速いとされる
- 量子コンピュータは汎用的な処理には向かない
- メモリ利用が必要な大量の入出力、状態遷移のある処理、ビットが大量に必要となる浮動小数計算など
- 量子コンピュータは、古典コンピュータ(スーパーコンピュータ)がより高性能になったものではない。古典ビットを量子ビットに変えたコンピュータであり、計算機としての性質は全く別のものである
量子コンピュータの利用
量子コンピュータの代表的な方式
-
量子ゲート方式
汎用性が高い。サービスが提供されているが、まだ研究・開発の途上にある -
量子アニーリング方式
最適化問題に特化した方式。量子ゲート方式が実用化されるまでの通過点としての、「量子を使ったコンピュータ」
実機の利用はクラウドが主流
量子コンピュータは大規模設備が必要なため、クラウド経由で利用するのが一般的。
計算処理のみ量子コンピュータに任せる。イメージとしてはGPUに近い使い方。
代表的なサービス
-
量子アニーリング
-
D-Wave Leap
3ヶ月無料、ただし企業や研究機関のメールアドレスでないと登録できなくなった
-
D-Wave Leap
-
量子ゲート方式
-
IBM Quantum Platform
無料利用可:直近28日間で10分の稼働、ただし利用者が多いためか待機時間長め - Amazon Braket(有料、シミュレータは無料利用枠あり)
- Azure Quantum(有料、30日間使用可能な $200 クレジットあり)
- Google Cloud Platform(有料、専用サービスは直接提供されていない、GCP自体に90日間有効な $300 の無料クレジットあり)
-
IBM Quantum Platform
プログラミング言語と主なフレームワーク
ほとんどがPythonベース。
フレームワーク | 言語 | 提供元 | 量子ゲート | 量子アニーリング |
---|---|---|---|---|
Ocean SDK | Python | D-Wave | × | ○ |
Qiskit | Python | IBM | ○ | × |
Cirq | Python | ○ | × | |
Amazon Braket SDK | Python | AWS | ○ | × |
Quantum Development Kit | C#/Q# | Microsoft | ○ | × |
実装までの流れ
古典コンピュータ
- 問題の定式化(数式化)
- (あれば)アルゴリズム選定
- プログラム作成
- 実行 → 結果取得
量子コンピュータ(ゲート方式)
- 問題の選定
- 定式化
- アルゴリズム選定
- 回路設計
- プログラム作成
- 複数回実行 → 統計的に結果取得
- まず量子コンピュータを使えるのか、使う利点があるかを判断する必要がある
- 量子コンピュータの解は確率で出てくるので、処理を複数回実行して最終的な結果を返す
- 実装の一番の問題は回路設計
- 古典コンピュータの記述単位は、変数や制御構造(条件分岐、ループ)
→ 高級言語、抽象度が高い - 量子ゲート方式ではプログラム内で量子ビットを直接操作する必要があるため、記述単位は量子ビット、ゲート
→ イメージ的にはアセンブラ言語などと同じレベル、抽象度がかなり低い
→ 量子ゲートによる量子状態の操作も理解しておく必要がある(量子力学、線形代数など)
- 古典コンピュータの記述単位は、変数や制御構造(条件分岐、ループ)
- 量子アニーリング方式はQUBOによる定式化が主流であり、量子ゲート方式に比べると実装はしやすい
結論
-
量子コンピュータのプログラムをするには量子ゲートの理解・回路設計といった専門の知識が必要
-
問題の定式化や量子アルゴリズム、各種フレームワークへの理解も不可欠
※個人的には、抽象度の高いプログラム → 量子回路への自動変換AIが出てくることを期待
量子コンピュータの現状と今後
主な課題
-
大規模な問題が解決できない
- 量子ビット数がまだ少ない(量子ゲート方式で数百ビット、量子アニーリングで数千ビット程度)
- 量子ゲート方式はエラー訂正が必須
→ 現状は"Noisy Intermediate-Scale Quantum"(NISQ)=ノイズあり中規模量子コンピュータ しかない - 現状、量子コンピュータにできて古典コンピュータにできないことはない
希望と今後の展望
- 世界的に大手企業や政府主導で研究開発が進行中
- 技術的に未熟な部分が多いにもかかわらず、勢いが当分続く雰囲気はある
-
量子インスパイア技術が量子コンピュータ本格化の橋渡しになるのでは?
- 量子物理学や量子コンピュータの派生で生まれた技術
- 量子ゲート方式や量子アニーリング方式の古典コンピュータでのシミュレータなど
- "Fault Tolerant Quantum Computer"(FTQC)= エラー耐性のある量子コンピュータ の実現はあと20年近くかかる予想
- 本格的な実用化はそれ以降、その間に古典コンピュータの性能も上がるのでは
- 日本も国家戦略の一環として量子人材育成に注力
まとめ
- 量子コンピュータは量子の性質を計算に活用する計算機
- 特定分野で、量子アルゴリズムによる計算の高速化が期待される
- まだまだ発展途上だが、期待は大きい
- 実機利用のクラウドサービスが提供されている(無料・有料)
- 専門的な知識・設計スキルが不可欠
- 早めに学んでおくことで、今後のキャリアのプラスになる可能性