この記事は、2026年6月時点での自分の考えを整理したものです。
世の中の意見や別の立場を否定したいわけではなく、あくまで今の自分にはこう見えている、という話として書いています。
AIエージェントや開発現場を取り巻く状況は変化が速いので、今後の経験や環境によって、自分の考え方も変わっていくと思っています。
はじめに
30年くらいプログラムに触れていると、「自分で書いている感覚」が何度か変わってきた気がします。
アセンブラからC言語へ。
Windows APIやフレームワークへ。
検索してサンプルを組み合わせる開発へ。
そして今、AIエージェントへ。
最近AIエージェントを使っていて、自分が一番驚いているのは「コードが速く書けること」だけではありません。
むしろ、自分がだんだんコードを書かなくなっていること。
そしてその変化が、突然起きた断絶というより、昔から続いてきた抽象化の流れの先にも見えることです。
AIエージェントの登場で「開発スタイルが変わった」とよく言われています。
これは本当に大きい変化だと思っています。
自分もAIはどんどん使っていきたいですし、実際に使っていて開発速度の変化もかなり感じています。
ただ、自分にとっては完全に突然現れたものというより、長く続いてきた「人間がより大きな問題に向き合うための抽象化」の流れの先にあるものにも見えています。
この記事では、そのあたりの感覚を少し整理してみます。
変わってきた「プログラミングをしている感覚」
これまでの技術革新って、常に「人間が直接書く領域」を少しずつ減らして、抽象度を上げる歴史でもあったと思っています。
たとえば、自分の感覚ではこんな流れです。
-
アセンブラからC言語へ
ハードウェアを直接制御する苦労から少し解放されて、標準ライブラリの登場に驚いた記憶があります。 -
GUIとAPIの時代へ
Windows APIやMFC、.NET Frameworkが出てきて、ゼロから描画するのではなく「既存の仕組みを呼び出す」ことが主役になっていきました。 -
検索とコピペの時代へ
Googleが登場して、分厚いマニュアルを読み続けるより、世界中のサンプルコードを検索して組み合わせるスタイルが広がりました。
この時点で、純粋な「創作」としてのプログラミング感は、けっこう形が変わり始めていた気がします。
なので、最近言われる「プログラミングしている感覚がない」という話も、その感覚自体は今回が初めてではないのかなと思っています。
もちろん、AIエージェントの変化はかなり大きいです。
ただ、「自分で全部書く場所が減っていく」という意味では、以前から少しずつ続いていた流れの延長にも見えます。
フレームワークで、書く場所が変わった
現代の開発では、ゼロからアルゴリズムを組む場面だけでなく、「フレームワークの作法」に向き合う時間がかなり増えました。
昔の自分がイメージしていたプログラミングは、もっと直接的に処理を書いている感覚がありました。
でも今は、
- どのライブラリを使うか
- どのフレームワークの流儀に乗るか
- どの設定をどう組み合わせるか
- どのAPIをどう呼び出すか
を考える時間がかなり増えています。
もちろん、これも間違いなくプログラミングだと思います。
ただ、昔の「自分で処理を書いている」という手触りとは、だいぶ違うなとは感じていました(笑)
言い換えると、プログラマーは少しずつ、細かい処理を書く人から、既存の仕組みを理解して組み合わせる人へ変わってきたのかもしれません。
AIエージェントは、その流れをさらに一段進めたものにも見えます。
AIエージェントは、別格の抽象化として捉えられる
AIエージェントが出てきて、コード生成はかなり速くなりました。
これは今までのライブラリやフレームワークとは、段が違う変化だと感じています。
これまでのフレームワークやライブラリが「コードの部品化」だったとしたら、AIは「意図のコード化」に近いです。
「こういう画面にしたい」
「このエラーを直したい」
「この処理を追加したい」
そう伝えると、AIが実装の候補を組み立ててくれる。
これは単なる部品の呼び出しとは少し違います。
AIは、こちらの意図を受け取って、実装を組み立てる存在になっています。
なので、過去の抽象化と単純に同列に並べるのは乱暴だと思います。
ただ、それでも自分には、抽象度が一段上がったという意味では地続きに見える部分があります。
もう人間が、プログラムの構造や共通基盤を全部自分で抱え込む必要は薄れていく。
AIがかなりの精度で候補を出してくれるなら、人間の役割は、共通基盤や細かい実装を全部手で作り込むことから、その使いどころや前提を判断することへ移っていくのかなと感じています。
まあ、このあたりはそのうちAIがAIのためのフレームワークを作りそうな気もしますけど(笑)
現場では、変化の届き方に差がある
世の中ではAIエージェントが大きく話題になっています。
ただ、現場レベルで見れば、すぐに全部が変わるわけではないとも思っています。
AIは控えめに言っても物凄い変化です。
でも、実際の開発現場にはいろいろな制約があります。
- セキュリティの都合でコードを見せられない
- 顧客情報や機密情報を扱っている
- 会社のルールでAIツールを使いにくい
- 既存の開発プロセスがすぐには変わらない
- レビューや承認の流れがAI前提になっていない
こういう状況だと、AIの力を感じていても、そのまま開発プロセス全体には乗せにくいです。
AIエージェントが出てから、少なくとも自分の手元ではコーディングはかなり速くなりました。
ただ、その力を開発プロセス全体に乗せられないと、恩恵は一部にとどまる感じもあります。
たとえるなら、歯車の一部だけがものすごく速く回れるようになったのに、他の歯車がまだ以前の速度で回っているような感じです。
AIだけが速くなっても、人間の判断、レビュー、承認、調整、現場のルールが変わらなければ、仕事全体の速度はそこまで上がらない。
ここも、AI時代の開発で考え続けることになりそうです。
それでも、作っている手触りは変わっている
AIエージェントを使うと、たしかに速いです。
昔なら数日かかっていたものが、数時間で形になることもあります。
ただ、便利になるほど、自分の中には少し別の感覚も出てきます。
自分で書いている感覚が薄れていく。
自分が全部を理解している感覚も薄れていく。
でも、動くものはできていく。
この感覚は、単に楽になったという話だけではない気がしています。
アセンブラからC言語へ移ったときも、フレームワークを使うようになったときも、検索してコードを組み合わせるようになったときも、似たような変化はあったのかもしれません。
でもAIエージェントは、それをかなり強く感じさせます。
コードを書くという作業そのものを、AIがかなり肩代わりしてくれるからです。
そうなると、人間に残るのは何なのか。
何を作りたいのか。
どこを正解とするのか。
どこまで任せるのか。
どこは人間が見るのか。
何を自分の責任として引き受けるのか。
そういう問いが、前よりも見えやすくなってきた気がしています。
おわりに:見えない「次の役割」
正直に言って、AIが多くの作業を肩代わりしていくこの波の先に、人間がどんな役割を担うことになるのか、自分の中ではまだ明確な答えが出ていません。
ただ、アセンブラの時代に感じた「自分で作っている感覚」が、検索やライブラリの登場で少しずつ変わり、今またAIによって大きく変わろうとしている。
この「便利になるほど、作っている手触りも変わっていく」という感覚が、自分の中に残っています。
AIの登場で、この感覚がかなりはっきりしました。
便利だから使う。
速いから使う。
これは本当にそうです。
ただ、それと同時に、自分の中に何が残って、何が新しく身につくのかは、まだ考え続けています。
多分こう感じるのは、AIを使いながらでも、まだ 自分で何かを作りたい と思っているからなんだろうなと思います。
その手触りが変わっていくことに、少し戸惑いながらも、しばらく向き合っていくことになりそうです。
関連記事
この3本は、次の流れで書いています。
1本目では、AIエージェントを抽象化の歴史の中で見ました。
2本目では、コードを書かないだけでなく、コードを見ない開発感覚について書きました。
3本目では、その先にある「プログラムは誰のものなのか」という感覚について書いています。
