クオンツトレード入門者のための実データ分析 第2回
この記事でわかること
- 為替リターンは正規分布ではなく、外れ値(極端な値動き)が多い
- AUDJPYは絶対的な損失幅が最大、USDJPYは標準偏差対比の外れ値の鋭さが最大
- VaRだけ見ると正規分布との差は意外に小さい。CVaR・1%分位・最大損失を見ると差がはっきり出る
はじめに
第1回では、為替価格を一本の線として見るのではなく、時間とともに確率的に変動する時系列、つまり確率過程として捉えることの重要性を述べた。
第2回では、その考え方を実際の為替データに適用していく。最初に確認したいのは、為替リターンの分布である。ここで扱う問いは次のものだ。
為替のリターン分布は、本当に正規分布のようなきれいな形をしているのか。
それとも、急変リスクを含んだファットテールな分布なのか。
クオンツトレードでは、価格そのものよりも、価格変化であるリターンを見ることが重要である。戦略の損益も、リスク管理も、すべてリターンの分布から議論されるためだ。
本記事では、USDJPY・EURUSD・AUDJPYの240分足データを使い、対数リターンを計算し、その分布を確認していく。
1. 使用データと分析設計
1.1 データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通貨ペア | USDJPY / EURUSD / AUDJPY |
| 足種 | 240分足(4時間足) |
| 期間 | 2010年3月〜2026年4月(約16年) |
| サンプル数 | 各通貨ペアともおよそ25,850本 |
1.2 対数リターンの定義
各通貨ペアの終値から、次の対数リターンを計算する。
log_return_t = log(close_t / close_{t-1})
対数リターンを使う理由は、加法性と対称性である。長期のリターンが単純な和で表現でき、上昇と下落を対等に扱える点が分布分析に向いている。
1.3 確認する分析項目
| 分析項目 | 目的 |
|---|---|
| ヒストグラム | リターン分布の形を見る |
| 正規分布との比較 | 実データが正規分布からどれだけズレているかを見る |
| Q-Qプロット | テール部分の厚さを確認する |
| 上位1%・下位1% | 極端な変動の大きさを見る |
| VaR 5% | 通常想定される悪いケースを見る |
| CVaR 5% | 悪い5%が起きた時の平均損失を見る |
| 最大損失 | 過去最悪級の変動を見る |
2. リターン分布を眺める
3通貨ペアそれぞれの240分足リターン分布を、正規分布と並べて表示する。なお、横軸スケールは通貨ペアごとに異なるので注意してほしい。
2.1 USDJPY
オレンジの実線が、同じ平均・分散を持つ正規分布である。青のヒストグラムが実データだ。
まず目につくのは、中心が正規分布よりも明らかに高く尖っていることだろう。普段の値動きは、正規分布の想定よりもさらにゼロ近辺に固まる傾向がある。
その一方で、左側の裾を見ると、正規分布のオレンジ線がほぼゼロまで落ちている領域に、ヒストグラムの青がしぶとく残っている。これがファットテールである。
2.2 EURUSD
EURUSDも基本構造は同じである。中心は正規分布よりも高く尖り、両側の裾は正規分布より厚い。ただし、3通貨ペアの中ではテールの広がりは相対的に控えめだ。
2.3 AUDJPY
AUDJPYは、横軸のスケールが他の2通貨ペアより広い。これだけで、値動きの絶対的な大きさが他より目立つことが分かる。
下位1%のラインは-0.92%付近にあるが、ヒストグラムを見ると、それよりさらに左側にも観測値が散らばっている。リスクオフ局面で大きく崩れやすい通貨ペアの特徴が、分布の形にそのまま表れている。
用語メモ
VaR 5%:悪い方から5%に入る境目のリターン。例えば-0.35%なら、240分間で-0.35%以下に落ちる確率が約5%。
CVaR 5%:VaRを超えてさらに悪化した時の平均損失。VaRが「境目」なら、CVaRは「境目を越えた後の平均的な深さ」。
超過尖度:正規分布よりも中心が尖り、外れ値が多いかを見る指標。正規分布は0。値が大きいほどファットテール。
歪度:分布の左右の非対称性。マイナスなら下方向(損失方向)の裾が厚い。
3. 数値で見るリスク指標
ヒストグラムは直感的だが、通貨ペア間の比較は数値で見たほうが分かりやすい。240分足リターン(%表記)の主要指標を整理する。
| 指標 | USDJPY | EURUSD | AUDJPY |
|---|---|---|---|
| サンプル数 | 25,854 | 25,849 | 25,850 |
| 平均(%) | 0.0022 | -0.0006 | 0.0011 |
| 標準偏差(%) | 0.234 | 0.213 | 0.318 |
| 歪度 | -0.35 | 0.03 | -0.69 |
| 超過尖度 | 24.70 | 10.90 | 18.86 |
| 下位1%(%) | -0.65 | -0.61 | -0.92 |
| 上位1%(%) | 0.62 | 0.63 | 0.83 |
| VaR 5%(%) | -0.347 | -0.323 | -0.489 |
| CVaR 5%(%) | -0.558 | -0.510 | -0.774 |
| 最大損失(%) | -4.01 | -3.23 | -6.77 |
注目すべきは超過尖度である。正規分布の超過尖度は0だが、3通貨ペアいずれも10を大きく超えている。少なくとも今回の240分足データでは、3通貨ペアすべてが正規分布よりも明確にファットテールである。
特にUSDJPYは超過尖度24.70と3通貨ペア中最大だ。標準偏差だけ見ると中庸に見えるが、標準偏差対比での外れ値の集中度はむしろ最大である。「普段は穏やかだが、まれに標準偏差からかけ離れた動きをする」という性格がここに表れている。
一方、絶対的な値動きの大きさで見るとAUDJPYが最大である。標準偏差0.318%、最大損失-6.77%、CVaR -0.77%、下位1% -0.92%、いずれも3通貨ペア中最大だ。標準偏差対比で見るUSDJPYの「テールの鋭さ」と、絶対値で見るAUDJPYの「テールの深さ」は、別の概念であることを押さえておきたい。
歪度を見ると、USDJPY -0.35、EURUSD +0.03、AUDJPY -0.69。円絡みの2通貨ペアは下落側に分布が偏っている。リスクオフで円高方向に大きく動くケースが、上昇方向の対称的な事例を上回ってきたということだ。
4. Q-Qプロットでテールを見比べる
ヒストグラムでは中心付近の差は分かりやすいが、テールの厚さの差は見にくい。そこで Q-Qプロットでテール部分を比較する。
横軸は正規分布の理論分位点、縦軸は標準化された実データの分位点である。もしリターンが正規分布に従うなら、点は青の直線上に乗る。
このグラフから読み取れる事実は次の通り。
第一に、両端で点が直線から大きく外れている。正規分布が想定する範囲よりも、はるかに極端な値が実データには存在する。
第二に、右側(上昇テール)よりも左側(下落テール)の方が、直線からのズレが大きい。下落側の方が、より極端な外れ値が出やすい。先ほど見た歪度がマイナスだったことと整合する。
第三に、最も外側の点はUSDJPYとAUDJPYに属する。USDJPYは下落側で-17σ付近、AUDJPYは下落側で-21σ付近にまで標準化リターンが達している。正規分布のもとでは-5σでも事実上起こりえない事象だ。それが実データでは何度も観測されている。
5. 通貨ペアごとの分布の個性
ここまでの結果を、通貨ペアごとに整理する。
USDJPY:標準偏差は中程度(0.23%)だが、超過尖度は24.70と3通貨ペアで最大。標準偏差対比で見ると、外れ値の鋭さが最も目立つ。歪度もマイナスで非対称性がある。戦略を作る際は方向別の検証が必要になる。
EURUSD:標準偏差が最も低く(0.21%)、歪度もほぼゼロで対称的。3通貨ペアの中では相対的に最も素直な分布である。ただし超過尖度は10.90あり、正規分布で考えるのは依然として危険だ。値幅が小さいぶん、戦略化する際は取引コストとの兼ね合いが課題になる。
AUDJPY:標準偏差0.32%、最大損失-6.77%、CVaR -0.77%、いずれも3通貨ペア中最大。絶対的な値動き・損失幅で見ると最も激しい通貨ペアである。歪度も-0.69と大きくマイナスに偏る。値動きの大きさは利益機会にもなるが、下方向のテールリスクが特に深い。ポジションサイズ管理の重要度が他より一段高い。
6. クオンツトレード戦略への落とし込み
ここまでの分析は、単なる統計記述で終わらせては意味がない。戦略を設計する立場から、「この分布特性を踏まえて何を考えなければならないか」を整理しておきたい。
6.1 大前提:正規分布ベースの理論はそのままでは使えない
クオンツトレードの教科書では、しばしば「リターンが正規分布に従う」前提が暗黙のうちに置かれる。シャープレシオ、平均分散最適化、ブラック・ショールズなど、ファイナンス理論の中核は正規分布を出発点にしているものが多い。
しかし、超過尖度10〜25という今回の実データに対して、この前提はかなり荒い近似でしかない。
6.2 VaRだけ見ると差は見えにくい。CVaRと1%分位を見るべき
実データのVaR 5%と、同じ平均・標準偏差を持つ正規分布から計算したVaR 5%を比較すると、次のようになる。
| 通貨ペア | 実データ VaR 5% | 正規分布 VaR 5% | 実データ CVaR 5% | 正規分布 CVaR 5% |
|---|---|---|---|---|
| USDJPY | -0.347% | 約 -0.383% | -0.558% | 約 -0.481% |
| EURUSD | -0.323% | 約 -0.351% | -0.510% | 約 -0.440% |
| AUDJPY | -0.489% | 約 -0.522% | -0.774% | 約 -0.654% |
ここで重要な事実がある。5% VaRだけを見ると、正規分布の方がむしろ保守的に見える。差は微小だ。
しかし、VaRを超えた後の平均損失であるCVaR、1%分位、最大損失を見ると、実データの方が明らかに重い。CVaRで見ると、USDJPYで約16%、AUDJPYで約18%、実データの方が深い。
つまり、リスク管理で本当に重要なのは「悪いケースの境目」ではなく、**「その境目を超えた後にどれだけ深く損をするか」**である。クオンツ戦略では、この差を無視してロットや損切り幅を決めると、バックテスト上は安定して見えても、実運用では一度の急変で想定以上の損失を受ける。
6.3 ポジションサイズ:Kelly基準は素直に適用してはいけない
Kelly基準の問題は、理論そのものが正規分布を仮定していることではなく、期待値・分散・損失分布を正しく推定できているという前提が非常に強いことにある。
ファットテール環境では、まれな大損失を過小評価するとKelly fractionが過大になり、実運用では過剰レバレッジにつながる。
実務的には次のあたりが現実的な落とし所だ。
- Half Kelly や Quarter Kelly のように理論値を割り引く
- 推定パラメータはローリング窓で更新し、構造変化に追従させる
- 通貨ペアごとの最大損失(USDJPY -4.0%、AUDJPY -6.8%)から逆算して、1トレードあたりの許容損失を決める
特にAUDJPYのように下方向テールが深い通貨ペアは、同じKelly fractionでもUSDJPYやEURUSDより一段抑える必要がある。
6.4 損切り:標準偏差ベースのストップは「効かない」局面がある
ATR×N倍や標準偏差×N倍で損切りを置く戦略は多い。しかし、超過尖度24のUSDJPYでは、標準偏差5倍の動きが理論より遥かに高い頻度で起きる。
これは2つの実務的含意を持つ。
第一に、損切りラインは「すり抜けて約定する」前提で設計する必要がある。スリッページ込みのworst-case損失でポジションサイズを決めるべきだ。
第二に、スプレッド拡大やフラッシュクラッシュへの対処を戦略レベルで組み込む必要がある。重要指標前のポジション縮小、流動性低下時間帯の取引停止、サーキットブレーカー的なルールなどが該当する。
6.5 円絡みペアのロングは左テールに注意
歪度の符号は、ロング・ショート戦略のリスク非対称性に直結する。
USDJPYとAUDJPYでは、価格下落方向、つまりロング保有者にとっての損失方向に厚いテールがある。したがって、これらをロングで保有する戦略は、急落イベントで大きな損失を受けやすい。一方、ショート方向の戦略では、その急落が利益方向に働く。
ただし、平時の期待値がロング・ショートのどちらに有利かは、生のリターン分布だけでは決まらない。キャリー、スワップ、スプレッド、エントリールール、保有時間を含めた別検証が必要だ。本記事で言えるのは「リスクの非対称性」までである。
EURUSD(歪度+0.03)はほぼ対称なので、ロング・ショート戦略を対称に扱える点で、検証や戦略開発の対象としては素直である。
6.6 バックテスト評価:シャープレシオだけ見てはいけない
ファットテール環境では、シャープレシオが戦略の実力を過大評価する。期間中にテールイベントを「たまたま」引かなかった戦略は、見かけのシャープが高くなる。
実務的には次の評価軸を併用したい。
Calmar Ratio:年率リターン÷最大ドローダウン。テール耐性込みの実力を見る指標。
Sortino Ratio:上方向のブレを除外し、下方向のブレだけをリスクとして見る指標。
最大ドローダウンとドローダウン回復期間:本番投入時の精神的・資金的耐性に直結。
CVaR:1トレードあたりの悪い5%の平均損失。ポジションサイズや損切り幅の設計に直接使える。
USDJPYのCVaR 5%は -0.56%、AUDJPYは -0.77%。これは「悪い5%の240分間で平均このくらい削られる」という意味で、戦略設計の実数として使える数字だ。
6.7 戦略開発の順序
整理すると、為替の240分足でクオンツ戦略を組む際の順序は次のようになる。
- 通貨ペアごとの分布特性を確認(本記事の内容)
- テールの非対称性に応じて戦略方向のリスク見積もりを決める
- テールを織り込んだサイジングと損切りを設計(Kelly割引、worst-case逆算)
- CVaR・最大DD・Calmarを含めた多面評価でバックテスト
- WFO(Walk-Forward Optimization)とHoldoutで構造変化に耐えるか確認
この順序を守らないと、「シャープ2.0の戦略を作ったが、本番投入後すぐに最大DDを更新して退場」というよくある失敗が起きやすい。為替リターンの本性がファットテールである以上、戦略設計の出発点もそこに置くべきである。
7. まとめと次回予告
今回の分析で確認できたのは次の通り。
- 3通貨ペアすべてで、正規分布では説明しきれないファットテール性が確認できた(超過尖度は10〜25)
- USDJPYは標準偏差対比での外れ値の鋭さが最大(超過尖度24.70)
- AUDJPYは絶対的な値動き・損失幅で最大(最大損失-6.77%、CVaR -0.77%)
- EURUSDは相対的に安定で対称だが、外れ値が無いわけではない
- 5% VaRだけ見ると正規分布との差は微小だが、CVaR・1%分位・最大損失では実データのテールが明らかに重い
リスク管理で本当に重要なのは「悪いケースの境目」ではなく、「その境目を超えた後にどれだけ深く損をするか」である。
次回(第3回)は、今回確認した平均・分散・歪度・尖度を、期間別・ローリング窓・イベント期に分けて見ていく。特に、ファットテールが常に存在するのか、それとも高ボラティリティ局面に集中しているのかを確認する。これは、ボラティリティクラスタリングとレジーム分析という、クオンツ戦略の重要な次のステップにつながる。
第4回では、その上で、移動平均線からの乖離が本当に平均回帰につながるのかを実データで検証する予定である。
本記事の分析は、特定の売買戦略を推奨するものではなく、為替リターンの統計的性質を確認するための実証分析である。実際の投資判断は、各自のリスク許容度と検証に基づいて行っていただきたい。



