はじめに
Kiroという新しいAI IDE(統合開発環境)を試してみました。特に「スペック駆動開発」のフローに注目して、実際にドキュメントを生成してみたので、その体験を共有します。
Kiroとは
Kiroは、AI IDEで、スペック駆動開発を最大の特徴としています。Claude Sonnet 3.7/4等の最新AIモデルを活用し、従来の「Vibe Coding」とは異なるアプローチで開発プロセスを支援します。
Spec(スペック駆動)
Specは、単一プロンプトから要件定義、技術設計、実装計画を段階的に自動生成する機能です。
一般的なVibe CodingツールのAIは、プロンプトを受け取るといきなりコードを書き始めます。一方、KiroのSpecモードでは、まず仕様を段階的にドキュメント化し、開発者が各段階で内容を確認・修正してから次の工程に進めます。
具体的なプロセス:
- 要件ドキュメント生成 - プロンプトから機能要件と非機能要件を抽出し、ドキュメント化
- 技術設計書作成 - 要件に基づいてアーキテクチャとコンポーネント設計を提案し、設計書として整理
- 実装計画策定 - 設計をもとに具体的な開発タスクとチェックリストを作成
このアプローチにより、仕様の曖昧さを早期に発見し、開発者が意図した通りの実装を確保できます。コードを書く前に仕様を固めることで、手戻りを減らし、より確実な開発を実現します。
使ってみた感想
インターフェースはCursorなどと同様のチャット形式で、VibeとSpec(スペック駆動)の2つのモードから選択できます。今回はKiroの特徴であるSpecモードを使用しました。
実際のプロジェクトで試してみた
プロジェクト概要
今回は「タブの情報をMarkdownにしてコピーするChrome拡張」の機能追加をKiroで行いました。追加する機能は「コピーする際のフォーマットを設定できるようにする」にしました。
生成されたドキュメント
Kiroのスペック駆動機能により、以下の3つのドキュメントが自動で生成されました:
1. 要件ドキュメント
生成された要件ドキュメントは非常に詳細で構造化されており、単純な機能追加を5つの主要要件に分解して整理していました:
- 要件1: フォーマット選択機能 - ユーザーがコピー時のフォーマットを選択できる基本機能
- 要件2: HTMLテキストコピー機能 - 選択したHTMLをフォーマット変換してコピーする機能
- 要件3: カスタムテンプレート機能 - ユーザー独自のテンプレートを作成・使用する機能
- 要件4: 設定画面管理機能 - 各フォーマットオプションを管理するUI機能
- 要件5: 定義済みフォーマット選択機能 - Markdown、プレーンテキスト、HTML等の選択機能
各要件には「ユーザーストーリー」と「受け入れ基準」が明記されており、特に受け入れ基準では「WHEN-THEN-SHALL」形式で具体的な動作を定義していました。例えば「WHEN ユーザーがポップアップを開く THEN システムは現在選択されているフォーマット設定を表示する SHALL」といった形式で、システムの期待動作を明確に記述しています。
また、エラーハンドリングについても「IF-THEN」形式で例外ケースを想定しており、「IF フォーマット設定が未設定の場合 THEN システムはデフォルトのMarkdown形式を使用する SHALL」といった具合に、堅牢性まで考慮された要件定義となっていました。
2. 設計ドキュメント
設計ドキュメントは、要件を技術的に実現するための具体的なアーキテクチャとコンポーネント設計が詳細に記述されていました:
アーキテクチャ設計では、Mermaid図を使って全体構成を可視化し、各コンポーネント間の関係性を明確に定義。データフローも5段階のステップで整理されており、ユーザーの設定変更からクリップボードへのコピーまでの流れが追跡可能でした。
コンポーネント設計では、主要クラスのJavaScript実装例が具体的に記載されており、継承関係を活用した設計パターンも示されていました。
データモデルでは、設定データの詳細なJSON構造を定義し、必要なプロパティが体系的に整理されていました。
さらに、エラーハンドリング戦略(4種類のエラーと対応策)、テスト戦略(単体テスト、統合テスト、E2Eテストの3段階)、セキュリティ考慮事項(XSS対策、コード実行防止)、パフォーマンス最適化(遅延読み込み、非同期処理)まで網羅的に設計されており、実装前に考慮すべき技術的課題が体系的に整理されていました。
3. 実装計画
実装計画は、10の大項目と30以上の詳細タスクからなる包括的な開発計画として生成されました:
段階的実装アプローチでは、基盤システム(設定管理、フォーマットエンジン)から始まり、各フォーマットプロセッサー(Markdown、プレーンテキスト、HTML)、カスタムテンプレートエンジン、UI実装、既存機能統合、テスト実装という論理的な順序で構成。各タスクには要件番号との紐付けが明記されており、要件から実装まで一貫した関連性が確保されていました。これにより、実装時に「なぜこの機能が必要なのか」を常に要件まで遡って確認でき、仕様変更時も影響範囲を正確に把握できます。
詳細なタスク分解では、例えば「カスタムテンプレートエンジンの実装」を「変数置換システム」「構文検証機能」「プロセッサー実装」の3つのサブタスクに分割し、それぞれにXSS対策やエラーハンドリングなどの技術的要件を具体的に記載。
品質保証の重視として、主要コンポーネントの単体テスト、統合テスト、パフォーマンス最適化まで含む3段階のテスト計画を組み込み。各テストでは正常系だけでなく異常系やセキュリティテストまで言及されていました。
実装の実用性として、既存のポップアップUIやコンテキストメニューとの統合手順、マニフェストファイルの更新、ドキュメント整備まで含めた実装完了までの全工程がチェックリスト形式で整理されており、そのまま開発計画として使用できる実用的な内容でした。
このような詳細で実装可能な計画が、単一のプロンプトから自動生成されることにKiroの真価があります。
まとめ
Kiroは、スペック駆動開発という新しいアプローチでAI開発を支援するツールです。実際に使ってみた結果、Vibe Codingの一部として既に実践されている「ドキュメントで要件定義やタスクリストを生成してから実装する」やり方を、可視化しワークフローとして統一的に体験できるようにしたものだと感じました。プロセスの再発明というよりはUXの再構築に近く、Kiroを使わなくても現在のワークフローに取り入れることが可能だと感じました。
Kiroの価値
強制的な構造化がカギ
Vibe Codingでも明確な指示を出せば同様のことはできますが、自分を含む多くのユーザーはいきなり実装を始めてしまいがちです。Kiroのスペック駆動アプローチは、このプロセスを強制的に構造化します。
軌道修正コストの削減
特にビジネスロジックが複雑な機能や、複数の要素が絡み合うシステムでは、途中で要件の理解がズレていることに気づいても大幅な書き直しが必要になります。
Kiroのアプローチなら:
- 要件の明確化 - 曖昧な部分を実装前に洗い出し
- 設計の妥当性確認 - アーキテクチャレベルでの軌道修正が容易
- 実装計画の最適化 - 具体的なタスクレベルでの調整が可能
これにより複雑なプロジェクトでも軌道修正のコストを大幅に削減し、より確実な開発を実現できることがKiroの最大の価値です。