はじめに
筆者が以前書いた「簡単な式の評価機を作ってみる」や「【実践goパッケージ】文字列から複素数型の値をパースする」などの記事では、文字列で表された式から抽象構文木(AST)を取得し、ASTのノードの種類ごとに再帰的に処理する関数を書きました。
この記事では、go/ast
パッケージに用意されている、ast.Inspect
関数やast.Walk
関数を使って、ASTをトラバースする方法について解説します。
なお、ASTを取得する方法については、「ASTを取得する方法を調べる」という記事を書いていますので、そちらを参考にしてください。
この記事で扱っているGoのバージョンは1.7.4です。
ast.Inspect
関数
ast.Inspect
は、ASTを深さ優先でトラバースする関数で、以下のようなシグニチャを持ちます。
func Inspect(node Node, f func(Node) bool)
第1引数のnode
は、トラバースするASTのルートノードを表し、第2引数のf
はトラバースに使用される関数です。
関数f
は、引数にast.Node
、つまりAST上の任意のノードを取り、戻り値にbool
型の値を返します。戻り値がtrue
の場合は、子ノードに対して再帰的に関数f
を適用していきます。なお、すべてのnil
ではない子ノードに対して、関数f
を適用した後に、f(nil)
が実行されます。
たとえば、以下のように1+1
のASTに対してast.Inspect
関数を呼び出してみましょう(The Go Playgroundで実行する)。
expr, err := parser.ParseExpr(`1+1`)
if err != nil {
log.Fatalln("Error:", err)
}
ast.Inspect(expr, func(n ast.Node) bool {
fmt.Printf("%[1]T %[1]v\n", n)
return true
})
1+1
のASTは以下のようになっており、ast.BinaryExpr
の子ノードとして2つのast.BasicLit
が保持されています。
*ast.BinaryExpr (+)
├── *ast.BasicLit (1)
└── *ast.BasicLit (1)
そのため、上記のコードを実行すると以下のような結果が表示されます。
*ast.BinaryExpr &{0x1050e150 2 + 0x1050e160}
*ast.BasicLit &{1 INT 1}
<nil> <nil>
*ast.BasicLit &{3 INT 1}
<nil> <nil>
<nil> <nil>
ast.Inspect
関数は、まずルールノードの*ast.BinaryExpr
型の値に対して、関数f
を適用します。そしてその後、子ノードである2つの*ast.BasicLit
型の値に対して、関数f
を適用していきます。ここで関数f
の適用は、深さ優先で行われるため、*ast.BasicLit
型の子ノードについても関数f
が適用されようとします。しかし、*ast.BasicLit
型のノードには、子ノードが存在しないため、最後にf(nil)
が実行され、*ast.BinaryExpr
型のノードの処理へ戻ります。*ast.BinaryExpr
型のノードのすべての子ノードについて関数f
を適用したので、最後にf(nil)
を実行し、処理が終了します。
少し分かりづらいかもしれないので、深さによって先頭に適度にスペースを入れる処理を入れてみます(The Go Playgroundで実行する)。
expr, err := parser.ParseExpr(`1+1`)
if err != nil {
log.Fatalln("Error:", err)
}
var i int
ast.Inspect(expr, func(n ast.Node) bool {
fmt.Printf("%s%[2]T %[2]v\n", strings.Repeat(" ", i), n)
if n != nil {
i++
} else {
i--
}
return true
})
ここでi
は、そのノードの深さを表しています。
関数f
の引数であるn
がnil
になる場合は、すべての子要素の処理が終わっているということなので、i
の値を引いておき、それ以外は加算しています。
改めて実行すると、以下のような結果が得られます。
*ast.BinaryExpr &{0x1050e150 2 + 0x1050e160}
*ast.BasicLit &{1 INT 1}
<nil> <nil>
*ast.BasicLit &{3 INT 1}
<nil> <nil>
<nil> <nil>
さきほどの実行結果より幾分分かりやすくなったんじゃないかと思います。
ast.Inspect
関数は、ASTの中から特定のノードを探し出して処理する用途に用いられる事が多く、ast.Walk
関数よりも簡易的に用いられます。実際、ast.Inpsect
関数の中では、以下のようにast.Walk
関数が用いられています。
type inspector func(Node) bool
func (f inspector) Visit(node Node) Visitor {
if f(node) {
return f
}
return nil
}
// Inspect traverses an AST in depth-first order: It starts by calling
// f(node); node must not be nil. If f returns true, Inspect invokes f
// recursively for each of the non-nil children of node, followed by a
// call of f(nil).
//
func Inspect(node Node, f func(Node) bool) {
Walk(inspector(f), node)
}
それでは次にast.Walk
関数について解説します。
ast.Walk
関数
ast.Inspect
内でast.Walk
関数が使われていることから分かるように、子ノードに対する処理の仕方や深さ優先で探索する点は同じです。
一方で、ast.Walk
関数は、以下のようなシグニチャをとっており、ast.Inspect
関数より柔軟です。
func Walk(v Visitor, node Node)
第2引数のnode
に関しては、ast.Inspect
関数の第1引数のnode
と同じでトラバースするASTのルートノードを表します。
第1引数のast.Visitor
型はインタフェースであり、以下のように定義されています。
type Visitor interface {
Visit(node Node) (w Visitor)
}
Visit
メソッドは、ノードに対する処理を記述したメソッドで、引数にast.Node
型の値を取り、戻り値にast.Visitor
を返します。ast.Walk
は各子ノードに対して、このVisit
メソッドを適用していき、戻り値のw
がnil
になった場合にそれより下の子ノードに対しての処理をやめます。
また、各子ノードについては、Visit
メソッドが返すast.Visitor
型の値が持つVisit
メソッドを適用します。こうすることで、以下のようにノードの種類によって処理を分けることができます(The Go Playgroundで実行する)。
package main
import (
"fmt"
"go/ast"
"go/parser"
"log"
)
type visitorFunc func(node ast.Node) (w ast.Visitor)
func (f visitorFunc) Visit(node ast.Node) (w ast.Visitor) {
return f(node)
}
func main() {
expr, err := parser.ParseExpr(`1+1`)
if err != nil {
log.Fatalln("Error:", err)
}
var v1, v2 visitorFunc
v1 = visitorFunc(func(node ast.Node) (w ast.Visitor) {
fmt.Printf("%T\n", node)
switch node.(type) {
case *ast.BinaryExpr:
return v2
}
return nil
})
v2 = visitorFunc(func(node ast.Node) (w ast.Visitor) {
if node == nil {
return nil
}
lit := node.(*ast.BasicLit)
fmt.Printf("BasicLit: %s\n", lit.Value)
return nil
})
ast.Walk(v1, expr)
}
このように、v2
は*ast.BasicLit
の子ノードだけを処理することができます。なお、すべての子ノードの処理が終わった後に、node
がnil
でVisit
メソッドが呼ばれるという点については注意しなければいけません。
なお、標準パッケージでは、途中でVisitor
を切り替えるような処理は見受けられませんでした。そのため、ノードの種類によって切り替えるということはあまりしないのかもしれません。
おわりに
この記事では、2種類のAST
をトラバースする方法について解説しました。
ast.Inspect
関数は簡易的にASTをトラバースでき、ast.Walk
関数についてはより柔軟性のあるトラバースができます。
ぜひ、ASTを処理する際は、自前の再帰呼び出しだけではなく、これらの関数も使ってみてください。