はじめに
2020年10月30日に920MHz帯の使用方法について法改正がありました。
この記事では、背景と何がどのように改正されたのか、分かりやすく解説したいと思います。
なお、詳細については最後にリストした文献を参照して下さい。
背景
日本国内のスマートメータや構造物監視などのユースケースにおいて、センサーやアクチュエータなどの機器(以降エンドデバイス)と無線を使って通信する場合に920MHz帯が主に使われています。1
海外でも同じ様なユースケースで使われているセンサーがたくさんあるので、それら既存のエンドデバイスを日本でも使いたいというニーズが以前からありましたが、日本だけのルールがあるために使うことができませんでした。
既存のエンドデバイスが使えないので、それらを新たに開発することになります。すると、何か新しいシステムを作ろうとした時に構築費用が安くならず、また検証が短期間で行えず市場投入が遅れたり中止になったりして結果的に市場が広まらず、エンドデバイスが増えないという悪循環を引き起こしていました。
今回の改正は、この問題を解決する切り札になる可能性があります。
何が改正されたのか?
日本だけのルールとは、ある無線機器が920MHz帯に含まれる周波数幅(以降チャネルと言います)を使って送信を開始するには、まず他の機器がそのチャネルを使用していないか検査して、使用してないと判断できた場合に送信を開始できます。この動作をListen Before Talk (LBT)2と言います。
センサーなどに使われる周波数帯3に限ると、ヨーロッパや韓国でもLBTを選択肢として残していますが現在では使われていません。
今回の改正で、ある条件を満たせば、日本でもLBTを省略できることになりました。
ある条件とは?
日本では920MHz帯の用法を下記の様に分類しています。
- 小売業などの入庫管理、配送業などの集配・回収などのRFIDを用いた通信。4
- 構造物監視、河川の水位監視、スマートメータなどの数百mから数km程度の通信。
- 屋内の温度監視やエアコンの制御などの通信。
上記の分類のうち2と3は、ARIB STD-T108(以降 T108)という文書で規定されています。
T108は 1mW、20mW、250mWの3種類の出力5を規定しています。LBTは 20mWと250mWで使用する事になっています。さらにT108は、200kHz, 400kHz, 600kHz, 800kHz, 1MHzの5種類のチャネル幅を規定しています。今回の改正では、T108に準拠したシステムのうち20mWの出力で、200kHzのチャネル幅のみを対象にしています。
複数の機器が同じ周波数帯で互いに干渉する確率を低く保ちながら通信する技術として、Low Duty Cycle(以降 LDC)と周波数ホッピング Frequency Hopping(以降 FH)いう技術があります。今回の改正では、この2つの技術が新たに導入されました。そして、この LDC、またはFHのいずれかを使っている事が条件になります。
LDCとFHには、もう少し条件があります。
LDCとFHの対象チャネル
T108で用法が定められている周波数とチャネルの一部を下図に示しました。6
CHはチャネルの略です。チャネル幅は200kHzになっています。繰り返しますが、今回の改正で追加されたのはLDCとFHの出力20mWに限定されています。
そして、LDCはCH24からCH38の15チャネル(中心周波数920.6MHzから923.4MHz)を使用します。
FHは少し範囲が広くCH24からCH46の23チャネル(中心周波数920.6MHzから925.0MHz)を使用します。
LDCの連続送信と休止時間
LDCは、ある時間における機器の送信時間の合計を制限します。例えば、1台の送信時間を1時間あたり合計6分に制限するとします。これをデューティ比 10%や、Duty Cycle 10%と呼びます。こうすることで、1つのチャネルに論理的には10台収容することができます。
LBTを省略できる条件は、1台の機器あたりのデューティー比を1%以下、つまり1時間あたり送信時間を36秒以下に抑える必要があります。チャネルを複数使っても、合計で36秒以下に抑える必要があります。
さらに連続送信時間は4秒以下に抑える必要があります。また、次の送信を開始するまで 50ミリ秒以上の休止時間を挟む必要があります。最初の送信を開始してから4秒以内であれば休止時間を挟まずに送信する事ができます。
FHの連続送信と休止時間
FHは、極短い時間にチャネルを切り替えながら送信します。すると、1つのチャネルを長い時間専有する事がなくなるので、そのチャネルの収容台数を増やすことができます。
この切替時間を400ミリ秒以下にすることが条件の1つです。言い換えると、1つのチャネルに着目した場合、連続送信時間を400ミリ秒以下に抑える必要があります。また、次の送信を開始するまで4秒以上の休止時間を挟む必要があります。ただし、最初の送信を開始してから400ミリ秒以内であれば休止時間を挟まずに送信する事ができます。
加えて1つのチャネルあたりのデューティー比を1%以下、かつ1台の機器あたりデューティー比を20%以下に抑える必要があります。
参考までに、ここで使っている周波数ホッピングという用語は少し注意が必要です。今回の法改正では、切り替えるのはチャネルなのでチャネルホッピング(CH)の方が相応しいと個人的には思います。
また、収容台数についてこちらの記事 "920MHz帯のLDCとFHの比較" も参考にしてください。
まとめ
- 法改正により、ある条件を満たせば920MHz帯でLBTが必要なくなりました。
- 本記事では、LBTを省略できる条件について解説しました。
- LBTが省略できると海外で盛んに使われているLoRaWANやSigfoxなどのエンドデバイスを流用しやすくなります。
条件付きですが、壁が崩れる音がしませんか?しますよね?!ね?!
参考文献
- 無線設備規則及び特定無線設備の技術基準適合証明等に関する規則の一部を改正する省令(令和2年総務省令第99号)
- ARIB STD-T108: この記事を書いている時点では旧版のv1.3でしたが、v1.4 が追って発行されると思います。
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スマートメータのBルートの普及率を考えると920MHz帯が上位にくると思います。 ↩
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キャリアセンス(CS)とも言いますが、本記事ではLBTで統一します。 ↩
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例えばヨーロッパでは863MHz-870MHz、アメリカでは902MHz-928MHzなどが使われています。国ごとにルールが決まっています。 ↩
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RFIDはARIB STD-T106, STD-T107で規定されています。 ↩
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正確には空中線電力と言いますが、本記事では出力で統一します。 ↩
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1mWは他に916.00MHz-916.80MHzの範囲と928.15MHz-929.65MHzの範囲も規定されていますが、本題から外れますので省略しました。 ↩