営業の「下調べ」は、がんばっても速くならない
法人営業の勤務時間のうち、顧客と対話している時間は3割前後——これは海外の調査でも、私がこれまで見てきた100社を超える営業部門の実態ともほぼ一致します。残りの時間の多くは準備業務です。なかでも商談前の企業調査は1社20〜30分。週5〜8件の商談があれば、調査だけで週2〜4時間が消えていきます。
決算短信を読み、プレスリリースに目を通し、採用ページを確認する。この作業は経験を積んでもほとんど速くなりません。10年目の営業でも1社30分かかります。理由は単純で、「読んで整理する」作業は読む速さに天井があるからです。
生成AIは、この「読んで整理する」を一瞬で行います。この記事では、企業調査をAIに渡して「商談でそのまま使える紙1枚の調査メモ」を作るためのプロンプト設計を、そのままコピペできる形で示します。技術的な設定は一切不要です。
全体設計:3つのルール
- 原材料は自分で渡す — AIは最新の決算を勝手には検索しません。信頼できる情報だけを貼り付ける
- 出力の型を固定する — 5パート構成のメモ形式を指示で固定する
- 推測に根拠を強制する — 資料に書いていないことは書かせず、書くなら根拠を添えさせる
順に解説します。
ルール1:原材料は5分で集める
AIに渡す情報は次の4点だけです。
- 直近の決算短信(売上・利益の推移が分かるページでよい)
- 直近3件のプレスリリース
- 採用ページの「求める人物像」(いま何に困っているかのヒントになる)
- 商談の前提(提案商材・相手の役職)
テキスト換算で2,000〜4,000文字程度。PDFからのコピーで構いません。
ルール2:紙1枚メモのプロンプト(コピペ用)
以下をそのままコピーして、資料と前提を追記して使えます。
あなたは法人営業の商談準備を支援するリサーチャーです。
貼り付けた資料だけをもとに、商談で使う調査メモを作成してください。
# 出力形式(この5パートを必ず守る)
1. 【企業サマリ】3行以内。事業内容と強みを資料の事実から
2. 【直近の動き】資料に書かれている事実を時系列で3〜5箇条
3. 【推測される経営課題】3つ。各50字以内。末尾に(根拠: 該当箇所)を必ず付ける
4. 【商談の入り】最初に聞く質問を2つ。相手が答えたくなる具体的な言い回しで
5. 【判断できなかった点】資料がなく回答できなかった項目
# 絶対ルール
- 資料に書かれていない事実を、あなたの知識で補って書かない
- 推測には必ず(根拠: ...)を付ける。根拠を示せない推測は書かない
- 社名・数値は資料の表記をそのまま使う
# 資料
(ここに決算短信・プレスリリース・採用ページ等を貼り付ける)
# 商談の前提
- 提案商材:(例:営業支援SaaS)
- 相手の役職:(例:営業部長)
ルール3:「判断できなかった点」が最重要
実務で一番効くのは、出力形式の5番目【判断できなかった点】です。AIに「資料にないから分からない」を自覚的に吐かせることで、次が可能になります。
- ハルシネーション(もっともらしい誤情報)の検出 — 渡した資料で対象企業を本当に調べられたかが分かる。不足していれば資料を1つ足して再実行するだけ
- 質問のリスト化 — 「分からなかったこと」はそのまま商談で聞くべき質問になる
推測に(根拠:)を強制するのも同じ狙いです。根拠を示せない主張は出力に現れないため、メモの信頼性が保たれます。
導入後の変化
この型を導入した現場では、1社20〜30分かかっていた調査が3分程度に縮みました。削えたのは「読む時間」のほぼ全部です。AIが読み込み・要約・箇条書き化を担い、人間は出力されたメモを読み、不足があれば資料を足して再実行するだけです。
週5件の商談なら週2時間強が浮き、月換算で8時間以上。この浮いた時間を商談本数の増加に充てるのか、提案書やフォローの準備に充てるのかは、現場の選択です。
限界と運用のコツ
- AIは数値を読み間違うことがある。商談で引用する数値だけは原本で必ず確認する
- 大手企業は資料量が多いため、直近分に絞って貼る
- 出力された質問文はそのまま使わず、自社商材に合わせて一文だけ直す。その30秒の修正が「自分の言葉で聞いている」印象を作る
次回は同じ要領で、見込み客リストの作成——50社分を丸1日から2時間にする方法を扱います。
出力の見本 — 3分でできる「紙1枚」
実際にこのプロンプトで出力されるメモのイメージです(中堅食品メーカーの例)。
1.【企業サマリ】
中堅食品メーカー。BtoB向け業務用食材の製造販売が主力。
自社ブランド品の比率が高く、収益性は業界平均より上位。
2.【直近の動き】
- 3月: 業務用冷凍食品の新工場稼働(プレスリリース)
- 2月: 省人化テーマの投資説明資料を公表
- 1月: 営業部門の組織再編を発表
3.【推測される経営課題】
- 新工場の稼働率を上げるため販路拡大が急務(根拠: 3月リリース)
- 省人化投資の回収に営業生産性の数値化が必要(根拠: 2月資料)
- 組織再編に伴う顧客カバーの抜け漏れ懸念(根拠: 1月リリース)
4.【商談の入り】
「新工場はいかがですか。稼働率を上げるフェーズと伺いましたが、
営業現場の獲得体制は現状どう組み替えていらっしゃいますか」
「省人化の投資判断をされるにあたり、営業側のKPIは
どう整理されていますか」
5.【判断できなかった点】
- 直近決期の営業利益率の内訳
- 競合他社の導入事例
見本のとおり、メモは「資料に書いてあること」と「書いていないこと」に峻別されます。商談前に読み直すのは5パート目だけでも十分です。「分からなかった点」に書かれた2項目は、そのまま商談の質問になります。
この見本の状態で紙1枚に印刷できる分量です。営業担当者が商談までの移動中に読み返せる情報密度に絞る——これが「30分の調査」から「3分の確認」への置き換えの本質です。