2023年以降のAIの進化を見ていて、これはもう「便利な道具が増えた」という話ではないな、と感じています。
特にここ1年は、年単位ではなく月単位で前提が変わっている感覚があります。エンジニアリング、デザイン、企画、リサーチ、QAのような、これまで人がかなりの時間をかけていた知的生産の領域に、AIが一気に入り込んできました。しかも最近は、単に1つの作業を速くするだけではなく、複数の工程をまたいで処理する方向に進んでいます。McKinseyも2025〜2026年にかけて、agentic AIを主要トレンドとして位置づけつつ、実際に価値を出せる企業はまだ少なく、スケールの壁が残っていると整理しています。 (McKinsey & Company)
この変化を見ていると、CTOとして考えるべきことは「AIツールをどう入れるか」ではなくなってきたと思っています。もっと大きく、会社として何を競争力にするのか。技術組織は何を担うのか。人の役割をどう再定義するのか。そこまで含めて考えないと、たぶん間に合わないです。
いま自分の中でホットだと思っている軸は、2つあります。キャリアと、データ基盤です。
1. データ基盤の話
先にデータ基盤の話から書きます。
AGIやASIがいつ来るかは、正直、厳密には分かりません。ただ、少なくともOpenAIはAGIを自社ミッションの中心に置き続けていて、Anthropicも「powerful AI systems」が2026年後半から2027年初頭に出てくる可能性に言及しています。Sam Altmanも「Intelligence Age」という言い方で、今後数十年の加速をかなり強いトーンで語っています。年次の当たり外れよりも、「自分たちの現役の職業人生の中で大きな変化が起こる可能性が高い」という前提は、かなり重く見ておくべきだと思っています。 (OpenAI)
その前提に立つと、会社側でいちばん重要なのは、AIが活躍できる状態を今のうちから作っておけるかどうかだと思っています。ここでいう「活躍できる状態」というのは、単にChatGPTやClaudeを入れている、という話ではありません。経営の戦略、現場の業務、顧客データ、プロダクトデータ、ナレッジ、意思決定ログのようなものが、AIから使える形でつながっているかどうかです。
最近の流れを見ていると、AIの使い方は「タスク代行」から「目的駆動」に移りつつあります。つまり、人が細かい指示を1つずつ出して作業させるのではなく、「この目的を達成して」と渡すと、必要な情報を集め、タスクを分解し、複数ステップをまたいで処理する方向です。McKinseyも2026年のagentic AIに関する記事で、企業がスケールできない最大要因の1つを分断されたデータに置いていて、強いデータ基盤とガバナンスが前提になると明言しています。 (McKinsey & Company)
自分もここはかなり本質だと思っています。
いま多くの会社でAI活用が「すごいけれど、現場に深く入っていかない」のは、モデルが足りないからというより、社内のデータが整理されていないからです。データが散在している。定義が揃っていない。更新されていない。部門ごとに閉じている。意思決定に必要な情報が構造化されていない。こういう状態だと、AIは局所的な補助はできても、目的に沿って業務を前に進める存在にはなりきれません。 (McKinsey & Company)
逆に言うと、ここを越えられる会社は強いです。
経営の戦略や企画だけがAIで速くなっても、その後に開発リソースがボトルネックになるなら、変革は途中で止まります。企画が企画で終わらず、要件化され、開発され、検証され、改善されるところまでが一気通貫で高速化されること。もっと言えば、その仮説検証自体がかなりの部分まで自動化されること。ここに乗れるかどうかが、この先の5〜6年でかなり大きな差になると思っています。
なので、CTOとしての責任は、AIを使うことそのものではなく、AIが会社の中で本当に機能する土台を作ることにあると考えています。モデル選定より先に、データ構造、データ品質、業務フロー、権限、運用設計に経営資源をどう張るか。ここがかなり重要です。
2. キャリアの話
もう1つの軸はキャリアです。
これは会社軸というより、人軸の話です。自分は複数の会社で相談を受ける機会がありますが、最近かなり強く思うのは、キャリアの前提条件そのものが変わり始めているということです。
少し前までは、「どうスキルを積むか」「どの職種で経験を積むか」「次にどの役割を目指すか」という線形の話が中心でした。でも、AGI/ASIの可能性や、その手前にある急速な自動化を踏まえると、そもそも今の職能が今の形のまま10年後に残っているとは限りません。
これは別に煽りたいわけではなくて、普通に起きうる変化として見ています。OpenAIの研究では、米国労働者の約80%が少なくとも10%のタスクでLLMの影響を受け、約19%は50%以上のタスクが影響を受けうるとされました。重要なのは「仕事がなくなるかどうか」だけではなく、仕事の中身がかなりの範囲で再編されることです。McKinseyも、今後の仕事は人・エージェント・ロボットのパートナーシップとして再構成されると整理しています。 (arXiv)
自分の周辺でも、すでに兆しはかなりあります。これは一般化された統計ではなく、あくまで自分が見ている範囲の話ですが、開発プロセスで大きな生産性向上の兆候が出ていたり、これまで1か月かかっていた企画が1〜2時間で個人ベースでまとまる、といったことが起き始めています。
こういう変化を前にすると、「コードを書くこと」そのものの価値や、「資料を作ること」そのものの価値は、かなり相対化されていくはずです。たとえば、仮にエンジニアの生産性が16倍になる世界が当たり前になれば、従来と同じやり方でコードを書くこと自体の希少性は当然下がります。これはエンジニア不要論を言いたいのではなくて、価値の源泉が移る、ということです。
では何が残るのか。自分は、何を解くべきかを定義する力、曖昧な状況を構造化する力、プロダクトや事業の文脈を踏まえて意思決定する力、複数職能を横断して前に進める力、品質や責任を引き受ける力の重要性が上がると思っています。エンジニア、PdM、デザイナー、QA、SRE、インフラ、どの職能でも同じです。作る人である前に、価値の流れを設計できる人が強くなると思っています。
だから最近は、エンジニアのキャリアを考えるときも、「次にどの技術を学ぶか」だけでは足りないと思っています。将来、社会がどう変わりそうか。その中で、自分の職能はどう変わるか。その前提で、自分はどう生きたいか。その一部として、今いる会社で何を担うのか。そこまで含めて話さないと、キャリアの会話そのものがズレてしまう気がしています。
3. CTOとして、何に責任を持つべきか
ここまでを書くと、結局CTOの役割は何なのか、という話になります。
自分は、これからのCTOは少なくとも2つの責任を持つべきだと思っています。
1つは、会社側の責任です。AIが活躍できるデータ基盤と業務基盤を整えること。戦略、企画、開発、運用、検証が分断されたままでは、AIが入っても局所最適で終わります。目的駆動で仕事が流れる状態を作るには、モデルではなく土台が必要です。
もう1つは、人側の責任です。ものづくりに関わる人たちの職能がどう変わるのかを見立て、その変化に耐えうる組織とキャリアの対話を作ることです。AIの進化によって、職能の価値はかなり動きます。だからこそ、「何を作れるか」だけではなく、「何を定義できるか」「何に責任を持てるか」「どの文脈をつなげるか」が、今まで以上に大事になると思っています。
4. おわりに
AGIやASIが何年に来るかは分かりません。そこを断言するつもりもありません。
ただ、ここ数年の進化を見る限り、知的労働のあり方が大きく変わる可能性はかなり高いです。そして、その変化は思ったより早いかもしれません。そうだとすると、いま重要なのは予言ではなく準備です。
会社としては、AIが使えるデータ基盤を作れるか。
個人としては、自分の職能がどう変わるかを直視できるか。
CTOとしては、その両方に責任を持てるか。
自分はいま、この3つがかなり重要だと思っています。
