ピタゴラスの定理の証明では「適切な前提条件を要請することで、長さ関数が一意的に決定されてしまうこと」を言わないといけない。しばしば混乱するのは、何が前提なのかがわからないこと。以下の議論では「2次元ベクトル空間に距離関数を自然に導入する」と自然とピタゴラスの定理と対応ずけられることを示す。幾何学的な直感は要請に押し込められる。
長さ関数L(a,b)を適切に定義すること
2次元のベクトル空間を考える。基底{${\bf e}_1,{\bf e}_2$}が設定されているとして、ベクトルを(a,b)で表わす。長さ関数$L(a,b)$を定義したい。このとき、以下の2つを要請することにする。以下任意のa,b,εについて成り立つとする。
要請1:$L((1+ε)a,(1+ε)b) = (1+ε)L(a,b)$
要請2:$L(a,b)$を保つ微小変換が存在すること。微小なので線形としてよい。
要請3:微小変換この微小変換は向きつき面積の意味で面積を保つこと。
これらの要請は「われわれの住む物理的な世界を数学的な記述に落とし込むため」に必要だと考える要請である(これらの要請のかわりに、他の要請を取ってもいいが、いずれにせよ、要請それ自体を証明することができるというものではない)。
要請2の$L(a,b)$を保つ微小線形変換は2x2行列で書けるが、要請3により行列式の値は1である。また、要請1により微小線形変換の固有値は実数であれば1でないといけない。よって、この微小線形変換は、(基底を選び直す操作を考えれば結局)微小回転$(a,b)\rightarrow(a-εb,b+εa)$と書ける。
要請1と微小回転による距離の不変性について、$L(a,b)$のεの一次の項までを考えると、
a\frac{\partial L}{\partial a}+b\frac{\partial L}{\partial b}=L
-b\frac{\partial L}{\partial a}+a\frac{\partial L}{\partial b}=0
を満たす。これらより、
\frac{\partial L}{\partial a}=\frac{aL}{a^2+b^2} \\
\frac{\partial L}{\partial b}=\frac{bL}{a^2+b^2}
$L$で割ると左辺は$\frac{\partial \log{L}}{\partial a}$,$\frac{\partial \log{L}}{\partial b}$となる。これらの式は、可積分条件$\frac{\partial^2 \log L}{\partial a\partial b}=\frac{\partial^2 \log L}{\partial b\partial a}$を満たしている。積分定数を定めるため$L(a,0)=a$とおくと、解は
L(a,b)=\sqrt{a^2+b^2}
となる。結局、上記の要請のもとで長さ関数を定義したことになる。