はじめに
2026年3月末。私は、自らの手でテレワーク機材を箱詰めし、会社へと返却しました。1月に適応障害から復帰し、わずか3ヶ月での再離脱です。
「テレワークなら楽だろう」「慣らし運転なら大丈夫だろう」
そんな周囲の、そして自分自身の淡い期待は、年度末の激務と、現場の「運用」という名の暴力によって打ち砕かれました。
この記事は、親に頼れず、自力で生き抜こうともがきながら、「合理的配慮」が現場で機能しなくなる構造的欠陥を身をもって体験した一人のPMの記録です。
1. 守られなかった「合意」のスペック
復帰にあたり、主治医の指示のもと、会社・現場とは以下の条件で合意していました。
- 勤務形態: 原則リモート(テレワークは「医療的措置」としての指示)、通勤時間に体調不良を起こすため。
- 通勤: 2週間に1回のみ、大阪から「けいはんな学研都市」への2時間通勤。移動中の体調不良リスクを考慮し、極力減らすのが目的だが2時間という通勤時間・・・。
- 業務量: 復帰直後のため、段階的に慣らすべく仕事量を制限する。
しかし、現場に投入された瞬間、この「要件定義」は無視されました。
2. テレワークという名の「境界なき戦場」
テレワークは決して「楽」な選択肢ではありませんでした。
- 06:30始動、20:00終了: 通勤がない分、仕事の開始は早まり、終わりは際限なく後ろにずれ込みました。
- コンテキストスイッチの地獄: 「今すぐ確認して」という急な割り込みタスクが、画面越しに絶え間なく降り注ぎます。
- 孤立無援の激務: 合意していたはずの「仕事量削減」は、年度末の空気感の中で「例外」として処理され続け、気づけば限界値を超えていました。
【可視化】合意された「合理的配慮」と、現場の「運用」という名の暴力
主治医の指示に基づき、会社とは「仕事量を減らす」ことで合意していました。しかし、実際の業務負荷(残業時間)の推移は、その合意とは真逆の「指数関数的な右肩上がり」を描きました。
「15h → 30h → 40h(25日間)」
統計的に見れば、これは単なる「年度末の忙しさ」ではありません。復帰直後のリソースに対して、月を追うごとに倍々で負荷をかけるという、マネジメント上の致命的な「設計ミス」です。
3. 脳が発した「レッドカード」の予兆
私は自分の中に、心身のバロメーターを持っています。
- イエローカード: 朝の運動ができなくなる。
- レッドカード: 朝起きても体が動かない。
掃除というルーティンだけは、自分自身の尊厳を守るために死守していました。しかし、2週間に1回の「けいはんな」への長距離通勤の途中で体調不良が頻発するようになり、脳は明確に 「拒絶反応」 を示し始めました。
4. 終焉:始末書と「箱詰め」の儀式
限界状態で正常な判断力が失われた結果、普段ならあり得ないオペレーションミスを犯し、始末書を書かされる事態になりました。PMから責められ、自分を責め、ついにメンタルが持ちませんでした。
しかし、私はプロとしての最後の意地を通しました。
電話に出ることすら苦痛な憔悴状態の中、全てのテレワーク機材を自ら 「箱詰め」 し、営業担当者に手渡しました。
機材が家から消えた瞬間、自宅という「聖域」に侵食していた呪縛が解けたのを感じました。
5. まとめ:会社に頼らず、個で生き抜く「執念」
親に頼るわけにはいかない。そんな切実な状況で私が学んだのは、 「会社との合意は、現場の忙しさで簡単に上書きされる」 という冷酷な事実です。
自分を守れるのは、会社でも上司でもなく、自分の「違和感(シグナル)」だけです。
これからの生存戦略
- 「掃除」で日常の輪郭を保つ: どんなに辛くても、環境を整える力は失わない。
- 「個の資産」を築く: YouTubeやブログ、アフィリエイト、学習中のNext.js。会社に依存しない収益源を育てる。
- 「逃げ」ではなく「戦略的撤退」: 壊れきる前に箱を閉じる勇気を持つ。
同じように「頼れる場所がない」中で戦うエンジニア・PMの皆さん。
あなたの胸の痛みは、システムが発した正当なアラートです。そのアラートを無視せず、一度「箱詰め」して休む勇気を持ってください。
あとがき
この記事を書くことで、私の「デバッグ」はようやく完了しました。
月曜日からは、誰のためでもない、自分のための時間を生きます。
