『前処理大全』を読んでのメモ
データ分析や機械学習のプロジェクトにおいて、「データの前処理」は全体の8割の時間を占めるとも言われます。しかし、世の中には華やかなアルゴリズムの話ばかりが溢れ、前処理の「品質」について語られる機会はあまり多くありません。
今回は、私たちが目指すべき「Awesome(素晴らしい)な前処理」とは一体何なのか、最低限満たすべき4つの要件について言語化してみたいと思います。
1. 要件適合性(Accuracy & Fitness):正しいデータを作れているか?
前処理が最低限満たさなくてはいけない絶対条件、それは**「その後に続くデータ分析で必要なデータを正しく用意できること」**です。これを「要件適合性」と呼びます。
いくら最新の技術を使ってミリ秒単位の高速な処理を実現したとしても、集計ロジックが誤っていたり、欠損値の扱いを間違えていれば、出力結果は使い物になりません(Garbage In, Garbage Outですね)。
では、どうすれば「正しい結果」を保証できるのでしょうか?理想を言えば「すでに存在する正解データ」と比較できれば良いのですが、多くの場合そうはいきません。現実的なアプローチとしては、以下の2点が重要になります。
- 処理の分割と逐次確認: 入出力が予想できる粒度まで操作を分割し、ステップごとに期待される出力が行われているかを確認します。途中で中間データを出力・可視化できるようにしておくことも有効です。
- アサーションとレビュー: コード内に「データの行数が変わっていないか」「Nullが含まれていないか」などのアサーション(妥当性確認)を組み込み、ドメイン知識(知見)を持つメンバーによるコードレビューを実施してヒューマンエラーを防ぎます。
2. 信頼性(Reliability):不具合を隠蔽せず、安全に失敗できるか?
信頼性が高い前処理とは、**「不具合が発生しにくく、安定して運用し続けることができる前処理」**を指します。
前処理はその定義上、後段にある「本来の処理(モデル構築やダッシュボード表示など)」の前に実行されます。つまり、前処理の失敗はプロジェクト全体への影響に直結します。そのため、100%不具合を防ぐことは困難だとしても、以下のような「うまく失敗するための設計(フォールトトレランス)」が求められます。
- 不具合の隠蔽をしない: エラーが起きた際に、無理に握りつぶして誤った空データを後段に流すようなことはご法度です。処理を適切に停止(Fail Fast)させ、アラートを鳴らします
- 短時間での復旧と冪等性(べきとうせい): 途中で処理がコケた場合でも、再実行すれば常に同じ正しい結果が得られる(冪等性が担保されている)ように設計しておくことで、復旧作業のコストを劇的に下げることができます
3. パフォーマンス・スケーラビリティ:過度な最適化は悪である
前処理におけるパフォーマンスの良さとは「計算量やメモリ使用量が少なく、実行時間が短いこと」であり、スケーラビリティの高さとは「データ量が増えても、計算リソースの追加によって実行時間の増大を防げること」です。
これを実現する第一の原則は、「不必要なデータ(列や行)の読み込みや、無駄な操作を行わないこと」に尽きます。扱うデータが数万件程度であれば気になりませんが、ビッグデータ環境ではこの差が顕著に出ます。
ただし、これらを「過度に意識しすぎる」ことには注意が必要です。
複雑でトリッキーなコードを書いてまで、数秒の実行時間を削る必要はありません。今はクラウドでリソースを柔軟に拡張できる時代です。メモリ512MBのWindows XP上で分析を回していた時代は、もうとっくに終わったのです。時期尚早な最適化は避け、まずは読みやすさを優先しましょう。
4. メンテナンス性(Maintainability):未来の自分とチームへの投資
メンテナンス性の良い前処理とは、「運用や改修といった、開発後のプロセスを低コストで行えること」を意味します。
メンテナンス性の低い(=技術的負債が溜まった)コードは、開発時点では問題が表面化しにくいですが、いざ仕様変更があった際や、担当者が引き継がれた運用フェーズで莫大な作業コスト(とストレス)を生み出します。
これを防ぐための特効薬は、シンプルに「クリーンで可読性の高いコードを書くこと」です。
- KISSの原則(Keep It Simple, Stupid): 処理の構造を単純明快に保つ
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意図が伝わる命名規則:
df1やtemp_dataではなく、何を表す変数なのか明確な名前をつける - Whyを残すコメント: 「何をしているか」はコードを見ればわかります。「なぜその処理(特定の除外条件など)が必要だったのか」という背景をコメントとして残す
おわりに
Awesomeな前処理とは、決して「最新のライブラリを駆使した複雑な処理」のことではありません。「要件を満たし、安定して動き、拡張性があり、誰が読んでもわかりやすい処理」のことです。
データ分析の基盤を支える前処理コードを書く際には、ぜひこの4つの条件を思い出してみてください。