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中国ラボはどこから計算資源を調達しているのか調べてみた

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Last updated at Posted at 2026-07-20

はじめに

前回の記事で、Kimi K3 / Qwen3.8-Max / DeepSeek-V4-Pro の3モデルについて、何が開示されていて何が伏せられているかを整理しました。扱ったのは、モデルを動かす側の話です。

今回は作る側です。

きっかけは、Kimi K3(2.8T)の3日後に Qwen3.8(2.4T)の予告が出たことに対して、兆パラメータ級のモデルがこれだけ短期間に出てくるのは計算資源をどう確保しているのか、という疑問が出ていたことです。輸出規制下にある中国のラボが、なぜこの頻度で巨大モデルを出せるのか。

調べた結果、答えの大部分は最初の一歩にありました。2.8兆という数字は、学習コストをほとんど表していません。

本記事は2026年7月20日時点で公開されている情報を整理したものです。内容は無保証で、投資判断を目的としたものでもありません。学習計算量の多くは公表値ではなく概算で、その前提は本文中に明示します。推定値と報道と公表値の区別も本文中で示します。

先に結論

論点 結論
2.8兆という数字 学習コストをほとんど表していない。MoEの学習FLOPsは活性化パラメータで決まる
実際の学習計算量 DeepSeek-V4-Pro で約9.7×10²⁴ FLOP。Epoch AI 推定の GPT-4(約2×10²⁵)の半分程度
調達構造 自社クラウド型・自前備蓄型・賃借型の3つに分かれ、規制の効き方がまったく違う
輸出規制 効いているが漏れている。2026年5月31日のBISガイダンスが海外子会社経由を塞いだ
国産チップ ポストトレーニングでの実績は出た。事前学習全体を国産で回した公開実績はまだない
最大の制約 HBM。CXMT の2026年供給は Ascend 910C 換算で25〜30万個分と推定される
効率化の寄与 Muon、FP8/MXFP4、疎性。ただし主張の多くは自己申告値で独立検証待ち
能力の位置 Epoch AI の指標で、西側フロンティアに平均7ヶ月遅れ
国家補助 インフラと基金は巨額だが、フロンティアラボが直接受給している一次情報は確認できず

1. 「2.8兆」は学習コストを表していない

前回の第4章で、疎性を上げることは学習側では得になる、と書きました。同じ計算量でより多くのパラメータを持てるからです。今回はその「得」を数字にします。

Transformer の学習に必要な演算量は、慣例的に次の近似で見積もられます。

学習FLOPs ≒ 6 × 活性化パラメータ数 × 学習トークン数

係数6は、順伝播で2、逆伝播で4という内訳から来ています。ここで効くのは活性化パラメータであって、総パラメータではありません。MoE では各トークンで一部のエキスパートしか発火しないので、総パラメータがいくら大きくても、1トークンあたりの演算量は活性化分しか発生しません。

image.png

公表値のあるモデルで計算するとこうなります。

モデル 活性化 学習トークン 推定学習FLOPs 出典の性質
Kimi K2 32B 15.5T 約 3.0×10²⁴ 両方とも技術レポートで公表
DeepSeek-V4-Pro 49B 33T 約 9.7×10²⁴ 両方とも技術レポートで公表
Kimi K3 50〜60B(逆算) 非公表 約 5〜9×10²⁴ トークン数を15〜25Tと仮定した概算

比較対象を並べます。Epoch AI の推定値です。

モデル 推定学習FLOPs
GPT-4(2023年3月) 約 2×10²⁵
Gemini 1.0 Ultra(2023年12月) 約 5×10²⁵
Grok 4(2025年7月) 約 5×10²⁶(既知最大の学習ラン)

Gemini 1.0 Ultra は、2023年12月の Gemini 1.0 が Ultra / Pro / Nano の3サイズで出たときの最大モデルです。現在 Google が Ultra と呼んでいるのはサブスクリプションの階層名で、モデル階層としての Ultra は 1.0 限りでした。混同しやすいので、以降も版番号を付けて表記します。

DeepSeek-V4-Pro の約9.7×10²⁴は、GPT-4 の推定値のおよそ半分です。Kimi K3 の推定値は、既知最大の学習ランと比べると50分の1から100分の1の範囲に収まります。

ここで年月を併記したのは、比較の相手が同時代ではないからです。GPT-4 は2023年3月で、DeepSeek-V4-Pro より3年前のモデルになります。3年前のフロンティアモデルの半分の演算量、というのが正確な位置づけで、現在のフロンティアと並んでいるわけではありません。

つまり、これらは計算量の観点では、フロンティア級の学習ランではありません。数百B級の dense モデルを学習するのと同程度のコストで、総パラメータだけが兆の単位に達している、というのが実態です。

同じトークン数を dense 2.8兆で学習した場合と比べてみます。活性化率が約2%なので、必要なFLOPsは50倍以上になります。K3 の推定値に50倍を掛けると3×10²⁶台で、これはちょうど Grok 4 級の学習ランに相当します。dense でやるなら本物のフロンティア投資が要る規模を、疎性で数十分の1に落としている。

前回の記事では、演算律速に持ち込むのに必要なバッチが dense の56倍になる、という係数を出しました。同じ係数が、学習側では割引率として働きます。疎性のツケが推論に回る一方で、疎性の得は学習で受け取っている。同じ数字が、符号を変えて両側に出てきます。

これが「なぜポンポン出てくるのか」への一次的な答えです。ただしこれは前提の一部でしかないので、以降で残りを見ます。

なお、Kimi K3 の活性化パラメータ数と学習トークン数はいずれも非公表です。上の推定は前回の記事と同じく疎性比からの逆算と仮定に依存しており、7月27日の技術レポートで確定値に置き換わります。

2. 調達構造は3つに分かれる

中国ラボを一括りにすると見誤ります。計算資源の調達構造は3つの型に分かれ、規制の効き方がまったく違います。

代表 調達方法 規制への感応度
自社クラウド型 Alibaba、ByteDance、Tencent、Baidu 社内資源の割り当て 中。調達価格の問題になる
自前備蓄型 DeepSeek / High-Flyer 2021年以前に取得した資産 低。短期的には無風
賃借型 Moonshot 出資元のクラウド、海外データセンター 高。2026年5月の封鎖が直撃する

自社クラウド型

Alibaba、ByteDance、Tencent、Baidu。自前のクラウド事業を持つので、モデル学習は社内資源の割り当て問題になります。

Alibaba は2025年2月24日、CEO の呉泳銘がクラウドとAIインフラに3年で少なくとも3800億元(約524億ドル)を投じると発表しました。過去10年の同社の総投資額を上回る規模とされています。Qwen シリーズはこの上で回っており、計算資源の制約は中国ラボの中では最も小さい部類です。

ByteDance については、2026年に最大700億ドル規模のデータセンター・AIインフラ支出を検討しているとの報道があります。ただしこれは上限の推定値として扱うべき数字です。

自前備蓄型

DeepSeek。親会社の High-Flyer はヘッジファンドで、2021年、つまり最初の輸出規制の前に約1万基の A100 を取得しています。SemiAnalysis の推定では、総計で約5万基の Hopper 系GPUにアクセスがあり、内訳は H800 約1万、H100 約1万、A100 約1万、H20 約3万、総サーバー投資額は約16.3億ドルとされます。

DeepSeek-V3 は2,048基の H800 で学習したと技術レポートに明記されています。規制前の駆け込み調達で得た資産で国内学習を続けられる、例外的な立場です。

ただし SemiAnalysis の5万基という数字は推定であり、一次確認はできていません。逆方向の主張として「隠しH100クラスタがある」という説もありますが、こちらには証拠がありません。

賃借型

Moonshot。自社クラウドを持っていません。Alibaba が約36%を出資しており、約8億ドル相当のうち半分程度がクラウドクレジットだったと報じられています。2025年上半期だけで Alibaba Cloud への調達支出が2億ドルを超えたとの報道もあります。

Kimi K2 は H800 クラスタで学習したと技術レポートに書かれています。各ノードが2TBのRAMと8基のGPUを持ち、NVLink/NVSwitch で接続された構成です。

資金調達は急拡大していて、2026年1月のシリーズCで5億ドル(評価額43億ドル)、5月のシリーズDで約20億ドル(評価額200億ドル超、美団が主導、中国移動も参加)と報じられています。

Kimi K3 のベンチマークがどこの H200 で走ったのかは明示されていません。H200 が輸出規制の対象であることから、その設置場所が国内なのか国外なのかが問われています。

海外データセンター

Financial Times は2025年11月、Alibaba と ByteDance が東南アジアのデータセンターで最新のLLMを学習していると報じました。中国企業が非中国系事業者のデータセンターを賃借すること自体は、後述する2026年5月のガイダンス以前は現行規則下で合法な運用でした。

この3類型は、次章で見る規制の変化に対する感応度が違います。自前備蓄型は既存資産で走れるので短期的には無風、自社クラウド型は調達価格の問題、賃借型は最も直接に効きます。

3. 輸出規制は効いているが漏れている

image.png

時系列で整理します。

時期 内容
2022年10月 A100 / H100 の対中輸出を規制。NVIDIA は A800 / H800 を投入
2023年10月 A800 / H800 も規制対象に。H20 / L20 を投入
2025年1月 AI Diffusion Rule 公布。3層の国別枠組み、施行予定は5月15日
2025年4月 H20 が事実上の禁輸に。NVIDIA は55億ドルの評価損を計上
2025年5月13日 AI Diffusion Rule を撤回。施行2日前。既存規制と企業ベース規制は存続
2025年7〜8月 H20 の対中販売を再開。売上の15%を米政府に納付する条件
2025年8月 Blackwell 派生の B30A を開発中と報道。B300 の約半分の性能
2025年12月 H200 の対中輸出を条件付きで承認との報道
2026年5月31日 BIS がガイダンス。中国本社・親会社を持つ海外子会社経由の購入を封鎖

2025年7〜8月の15%という数字は、当初20%が要求され、交渉で15%になったと伝えられています。AMD の MI308 も同条件です。国家が特定企業の対外売上から直接分配を受ける形は前例が乏しく、規制というより関税と課税の中間に位置する扱いになりました。

2026年5月31日のガイダンスは、日曜に出された異例のもので、海外子会社経由という抜け道を塞ぎました。非遡及で、既に設置されたチップの継続使用は認められています。前章で見た賃借型のラボに、最も直接に効く変更です。

2026年7月時点で中国が合法的に入手できる NVIDIA 製品は、H20 と条件付きの H200、および RTX 6000D のような推論向け派生品です。B30A は承認待ちとされています。

一方で中国政府は、国有データセンターに国産チップを50%以上調達するよう義務付け、H20 の安全性に懸念を表明して国産化を促しています。米中双方から挟まれる形で、規制の方向は一貫していません。Council on Foreign Relations はこの状況を、戦略的に一貫性を欠くと評しています。

密輸の摘発

規制が漏れていることは、摘発事例からも見えます。

時期 事案 規模 状態
2025年12月 Operation Gatekeeper(Hao Global) H100 / H200 で1.6億ドル相当、7,000基超 有罪答弁
2026年3月 Super Micro 共同創業者の逮捕 約25億ドル規模と報道 係争中
2024〜2025年 フロリダ(Janford Realtor ほか) A100 400基、H200 50基ほか 摘発
2026年7月 シンガポール Aperia Group 4200万ドルの資産を差押え 起訴
Applied Materials(韓国子会社関連) EAR 違反56件 2.52億ドルで和解

2025年12月に米司法省が発表した Operation Gatekeeper では、テキサスの Hao Global が1.6億ドル相当の H100 / H200 を中国へ密輸したとして、AI技術の密輸で初めての有罪答弁に至りました。Lenovo 経由で7,000基超を調達し、タイ・シンガポール・マレーシア・台湾の仲介網で決済していたとされます。

2026年3月には Super Micro の共同創業者が逮捕され、台湾・マレーシア経由での迂回が約25億ドル規模との報道が出ています。ただしこれは未確定で係争中です。

フロリダの事案では、2024年10月から2025年1月にかけて400基の A100 が中国へ渡り、さらに H100 搭載の HPE スパコン10台と H200 50基の輸出が試みられて摘発されました。シンガポールの Aperia Group はサーバーをシンガポールからマレーシアへ転送したとして幹部が起訴され、2026年7月に4200万ドルの邸宅が差し押さえられています。

装置側では、Applied Materials が韓国子会社関連の EAR 違反56件で約2.52億ドルの和解に至りました。

執行側も動いています。BIS は2026会計年度の予算を50%増額し、輸出執行官200名の増員を要求しました。米議会は2026年3月に Chip Security Act を可決し、チップへの追跡技術の埋め込みを進めています。

流出規模については、業界筋の推定として1年で数十万個という数字が出ていますが、確度は低く、そのまま使える値ではありません。

摘発が相次いでいることは、漏れている証拠であると同時に、執行が強化されている証拠でもあります。どちらか一方だけを取り出すと、実態を見誤ります。

4. 国産チップの実力と、HBMというボトルネック

Huawei の CloudMatrix 384 は、384基の Ascend 910C を光インターコネクトで接続したスーパーノードです。6,912個の800G LPO を使い、BF16 で約300 PFLOPS に達します。SemiAnalysis は、一部の指標で NVIDIA の GB200 NVL72 を上回るとしています。ただし消費電力は2.3〜3.9倍です。

チップ単体では、Ascend 910C は H100 の約60%の推論性能とされています。

決定的な進展は2026年6月にありました。Huawei と深圳の研究機関3者が、約1000基の Ascend 910C で DeepSeek-V4-Pro の全パラメータ・ポストトレーニングを完了したと深圳市政府が発表しました。国産チップが学習級のワークロードを扱えることを示した事例です。

ただし、これはポストトレーニングです。33兆トークンの事前学習全体を国産チップで回した公開実績は、まだ限定的です。DeepSeek 自身も V4 本体をどこで学習したか明言していません。

供給の制約

image.png

問題は生産側にあります。

SMIC は EUV なしの DUV で7nm(N+2)を製造しており、歩留まりは20〜40%と報じられています。2025年の設備投資は81億ドル、7nm級の生産能力は年末で月産約5万ウェハと推定されています。

より重要なのは、これまでの Ascend が実は TSMC 製だったことです。TechInsights の分解で、Ascend 910B / 910C の大半に TSMC の7nmダイが見つかりました。Huawei は Sophgo 経由で約290万個の TSMC ダイを取得しており、TSMC には10億ドルの罰金が科されています。

このダイの在庫は2026年初に枯渇したとされ、以降は SMIC と国産HBMに依存することになります。

そして最大のボトルネックがHBMです。CXMT(長鑫存儲)は2026年に約200万スタックのHBMしか生産できず、これは Ascend 910C に換算して25〜30万個分にとどまると SemiAnalysis は推定しています。演算ダイをいくら作っても、HBMがなければアクセラレータになりません。

前回の記事の第4章で、疎なMoEは総パラメータ分のメモリを常駐させる必要がある、と書きました。国産アクセラレータで兆パラメータ級を回そうとすると、この制約が供給側から効いてきます。

分業の実態

現状は、学習は NVIDIA、推論は国産という分業になっている、という見方が出ています。政府が国有データセンターに国産チップの調達を義務付けているのは、この分業の推論側を後押しする動きです。

DeepSeek-V4 が Ascend 向けの最適化のためにリリースを約3ヶ月遅らせた、という市場観測もあります。確認はできていません。

5. アルゴリズム効率化はどこまで効いているか

計算資源の制約に対する回答として、アルゴリズムとシステム側の効率化が挙げられることが多い領域です。何が確認できて何ができないかを分けます。

項目 主張の内容 出典の性質
MuonClip 15.5兆トークンを損失スパイクなしで学習 技術レポートに明記
FP8 学習 DeepSeek-V3 以降で採用、V4 で MoE 重みを FP4 に 技術レポートに明記
PTX 最適化・DualPipe H800 の帯域制約を補った 実装は公開、寄与度は非公開
MXFP4 の QAT SFT 段階以降で採用 公表。移植性の意図は推測
KDA 100万トークン文脈で最大6.3倍の高速デコード 自己申告、測定条件が未定義
Attention Residuals 2%未満の追加コストで約25%の学習効率改善 自己申告
K3 全体 K2 比で2.5倍のスケーリング効率 自己申告、基準が未定義

確認できるもの

Kimi K2 は Muon オプティマイザ、正確には QK-Clip で安定化した MuonClip で、15.5兆トークンを損失スパイクなしに学習したと技術レポートに書かれています。損失スパイクが起きると学習をロールバックすることになるので、これが本当なら計算資源の節約に直接効きます。K3 では、アテンションヘッドを独立に最適化する Per-Head Muon に拡張されています。

DeepSeek は V3 以降 FP8 で学習しており、V4 では MoE のエキスパート重みを FP4 に量子化して学習しています。PTX レベルの最適化、DualPipe、通信の最適化が H800 の帯域制約を補ったことも広く知られています。ただし、それぞれの寄与度の定量値は公開されていません。

MXFP4 がオープン標準であることの意味

Kimi K3 は SFT 段階以降、MXFP4 の重みと MXFP8 の活性値で QAT を行っています。ここで見落とされやすいのが、MXFP4 が OCP(Open Compute Project)の microscaling 標準だという点です。

NVIDIA 独自の NVFP4 ではなく、オープン標準を選んでいる。これは、NVIDIA 以外のアクセラレータへの移植性を確保する選択と読めます。前章で見た国産チップへの移行を見据えているとすれば、量子化形式の選択は技術的な判断であると同時に、調達リスクへの備えでもあります。

もっとも、これは設計意図の推測です。Moonshot がそう説明しているわけではありません。

確認できないもの

Moonshot は K3 について、K2 比で2.5倍のスケーリング効率を主張しています。内訳として KDA、Attention Residuals、Stable LatentMoE、Quantile Balancing、Per-Head Muon が挙げられています。KDA は100万トークン文脈で最大6.3倍の高速デコード、Attention Residuals は2%未満の追加コストで約25%の学習効率改善、とされます。

これらはすべて自己申告値です。そして2.5倍という数字が何を基準に何を測ったものかは、公開文書では厳密に定義されていません。前回の記事の第7章に書いた「数字を引用する前に、それが何を測った値なのか確認する」に、そのまま当てはまります。技術レポートを待つ項目です。

Muon が AdamW 比で2倍の効率、という解説も見かけますが、Moonshot の技術レポートがそう定義しているわけではありません。

6. それでも、約7ヶ月遅れている

ここまでは「安く作れている」側の話です。反対側を同じ重さで見ます。

Epoch AI の Epoch Capabilities Index によれば、2023年以降、中国のモデルは西側フロンティアに平均で7ヶ月遅れています。最小4ヶ月、最大14ヶ月の幅があり、この差はプロプライエタリとオープンウェイトの差とほぼ一致するとされています。

具体的な数字としては、前回の記事の第3章で扱った FrontierMath Tier 4 があります。Kimi K3 は約39%、西側最上位は約90%近く。研究レベルの数学という、記憶では取れない領域での差です。

計算量の分布も偏ったままです。Epoch AI のデータでは、米国が世界のAIスーパーコンピュータの75%をホストし、性能ベースでも約4分の3を占めています。中国は2位で15%です。

そして、推定の不確かさが残ります。Kimi K3 の学習ハードウェア、期間、トークン数、総費用はいずれも非公表です。より弱いハードウェアで安く学習した、という主張は、事実として確認されていません。

もう一点、係争中の論点があります。Anthropic は2026年2月24日、Moonshot、MiniMax、DeepSeek が不正に自社モデルを蒸留したと非難しました。約2万4千の不正アカウントを通じて1600万を超えるやり取りを生成した、という主張で、内訳は MiniMax 約1300万、Moonshot 約340万、DeepSeek 約15万とされています。各社は否認しており、証明されていません。ただし、もし蒸留が寄与しているなら、資本効率の一部は西側モデルの出力を学習したことに由来することになります。

整理すると、効率化で規制を回避できているという物語は、過大評価の可能性があります。同時に、規制が完全に効いているとも言えません。両方を同時に持っておくのが、いまの情報量に見合った態度だと考えられます。

7. 半導体需要にとって何を意味するか

2026年7月17日、SOX指数は日中で最大5.7%下落し、6月下旬のピークから20.2%下げてベアマーケット入りしました。3月の安値から6月のピークまで105%上昇していた反動でもあります。6月22日以降で、世界の半導体株の時価総額は約3.3兆ドル失われました。Marvell、ARM、Intel はピークから30%超、Micron や SanDisk も30%超下げています。

この記事で見てきた構造から言えることを3つに分けます。

計算需要が減るという読み方は、根拠が弱いところがあります。疎性で学習コストを下げても、総パラメータ分のメモリは推論時に常駐させる必要があり、そのメモリはHBMです。学習側の効率化がHBM需要を減らす方向に働く一方、推論側の巨大化はHBM需要を増やす方向に働きます。差し引きは自明ではありません。

一方で、モデルの経済的寿命が縮む可能性はあります。数百B級の学習コストで兆パラメータ級のオープンウェイトが出せるなら、各世代のフロンティアモデルが優位を保てる期間は短くなります。これは計算需要の話ではなく、モデルで商売をしている側の粗利の話です。前回の記事の第6章で見た、売られたのがシリコンではなくモデルベンダーだったという構図と、同じ方向を指します。

そして、供給側の制約は残ります。中国が国産チップで自給しようとしても、HBMが2026年に Ascend 910C 換算で25〜30万個分しかない。この数字が変わらない限り、規模での代替は起きにくい。

Schwab は今回の下落について、AIインフラサイクルの終わりというよりバリュエーションとポジショニングのリセットだ、と評しました。市場の反応は構造の変化を先取りしていますが、中国の計算量が西側を代替したことを示すものではありません。

おわりに

出発点の疑問に戻ります。兆パラメータのモデルがこれだけ短期間に出てくるのは、計算資源をどう確保しているのか。

答えは3層になりました。

第一に、そもそもそれほど確保していません。2.8兆という総パラメータは学習コストをほとんど表しておらず、実際の学習FLOPsは数百B級の dense モデル相当です。DeepSeek-V4-Pro で GPT-4 の推定値の半分程度。この点が一番大きい。

第二に、調達構造が3つに分かれています。自社クラウドを持つ Alibaba、規制前の備蓄で走る DeepSeek、借りて回す Moonshot。同じ「中国ラボ」でも、規制の効き方がまったく違います。2026年5月31日のBISガイダンスは、3番目に最も効きます。

第三に、それでも西側との差は残っています。Epoch AI の指標で平均7ヶ月。計算量の分布も米国に大きく偏ったままです。

前回の記事で、2.8兆という数字は無料で手に入るものではない、と書きました。今回調べた範囲では、無料ではないが思ったほど高くもなかった、というのが実態に近いようです。ただし安く作れることと、フロンティアに追いつくことは別の話でした。

7月27日に Kimi K3 の技術レポートが出れば、活性化パラメータ数、学習トークン数、学習ハードウェアが判明する可能性があります。そうなればこの記事の推定の大半は確定値に置き換えられます。とくに、H200 がどこに置かれていたのかは、第2章と第3章の両方に関わる項目です。

参考

一次情報

  • Kimi K2 技術レポート(arXiv:2507.20534、MuonClip、15.5Tトークン学習)
  • DeepSeek-V4-Pro 技術レポート(arXiv:2606.19348、1.6T総 / 49B活性 / 33Tトークン)
  • DeepSeek-V3 技術レポート(arXiv:2412.19437、2,048基H800での学習)
  • Kimi K3 技術ブログ(Moonshot AI、2026年7月16日)
  • Alibaba 2025年2月24日の投資計画発表(3年3800億元)
  • 米商務省 BIS の各種規則・ガイダンス(2022年10月、2023年10月、2024年12月、2025年5月13日、2026年5月31日)
  • 米司法省の起訴・有罪答弁の発表(Operation Gatekeeper ほか)

計算量と能力の定量分析

  • Epoch AI, Notable AI Models データベース(GPT-4、Gemini 1.0 Ultra、Grok 4 の学習FLOPs推定)
  • Epoch AI, Epoch Capabilities Index(中国モデルの西側フロンティアに対する遅れ)
  • Epoch AI, FrontierMath Tier 4 (v2)
  • Epoch AI, AI Supercomputers データ(国別のホスティング比率)

ハードウェアとサプライチェーン

  • SemiAnalysis(DeepSeek の GPU 保有推定、CloudMatrix 384 の分析、CXMT の HBM 供給推定)
  • TechInsights(Ascend 910B / 910C の分解と TSMC ダイの特定)
  • 深圳市政府発表(Ascend 910C 約1000基での DeepSeek-V4-Pro ポストトレーニング、2026年6月)

報道

  • Financial Times(東南アジアデータセンターでの学習、2025年11月)
  • Bloomberg(ByteDance の設備投資検討、SOX 指数のベアマーケット入り)
  • South China Morning Post(Alibaba の Moonshot 出資、深圳の Ascend 事例)
  • Tom's Hardware、Reuters、CNBC ほか(2026年7月16〜19日)
  • Council on Foreign Relations(輸出規制の一貫性に関する評価)

前回の記事

図について

本文中の図は公開情報をもとに作成しました。

数字の扱いについて

  • 学習FLOPs は 6 × 活性化パラメータ × 学習トークン数 の近似による概算です。Kimi K2 と DeepSeek-V4-Pro は両方の値が公表されているため確度が高く、Kimi K3 は学習トークン数を15〜25Tと仮定した幅のある推定です
  • DeepSeek の GPU 保有数、ByteDance の設備投資額、密輸の流出規模はいずれも分析会社または報道の推定値で、一次確認はできていません
  • Moonshot の「K2比2.5倍のスケーリング効率」および Attention Residuals の「約25%の学習効率改善」は自己申告値で、測定条件が公開されていません
  • Anthropic による蒸留の指摘は係争中で、各社は否認しています
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