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Model Context Protocol (MCP) の WebAssembly (WASM) との連携:ブラウザ&エッジ展開

Last updated at Posted at 2025-04-24

はじめに

Model Context Protocol (MCP) は、LLMと外部ツール(関数、APIなど)の連携を標準化するためのプロトコルです。その設計思想において、MCPは WebAssembly (WASM) と高い親和性を持ち、LLMとツールの連携をサーバーサイドだけでなく、ブラウザ内部やエッジデバイス上でも実現する可能性を秘めています。これは、MCPの適用範囲を大きく広げ、より分散化され、プライバシーを重視したAIアプリケーションの構築を可能にする重要な要素です。本記事では、MCPとWASMの連携に焦点を当て、その技術的側面、ユースケース、最新動向、そして将来の展望について、自身の勉強を兼ねて解説してみます。

WASM連携の重要性

WASMとMCPを組み合わせることには、以下のようなメリットがあります。

  1. 実行環境の多様化:
    • ブラウザ内実行: 専用のサーバーインフラを必要とせず、Webブラウザ内でWASM化されたMCPツールを直接実行できます。ユーザーのローカル環境で処理が完結するため、プライバシー向上、オフライン利用、サーバー負荷軽減に繋がります。
    • エッジコンピューティング: スマートフォン、IoTデバイス、組み込みシステムなど、リソースが限られたエッジ環境でも、WASM化された軽量なMCPツールを実行可能にします。これにより、低遅延かつネットワーク帯域に依存しないAI機能を実現できます。
  2. ポータビリティとコード再利用:
    • RustやC++、Go、AssemblyScriptなど、WASMにコンパイル可能な言語で実装されたツールロジックは、サーバーサイド、ブラウザ、Node.js、Deno、各種エッジランタイム(Wasmtime, Wasmerなど)といった多様な環境で再利用できます。これにより、開発効率が向上し、異なるプラットフォーム間での一貫した動作を保証しやすくなります。
    • Component Modelの登場: 将来的には、WebAssembly Component Model の普及により、異なる言語で書かれたWASMモジュールやホスト環境との間で、より標準化され、型安全なインターフェース定義と連携が可能になることが期待されます。これにより、MCPツールの配布や組み合わせ、相互運用性がさらに向上するでしょう。
  3. セキュリティ:
    • WASMはデフォルトで強力な サンドボックス環境 で実行され、ホスト環境(ブラウザやOS)のメモリやシステムリソースから隔離されています。これにより、外部から提供された、あるいは信頼性の低いMCPツールコードを比較的安全に実行できます。(詳細は「セキュリティに関する考慮事項」セクションで後述)
  4. パフォーマンス:
    • WASMはバイナリフォーマットであり、事前に最適化されたマシンコードに近い形式で実行されるため、多くの場合JavaScriptよりも高速です。特に、計算量の多いツール(画像処理、データ分析など)やリアルタイム性が求められる処理において、そのメリットを発揮します。

WASMによるMCPツール実装方法

WASM環境でMCPツールを実現するには、いくつかの技術的要素が関わってきます。

実装言語とコンパイル

Rust, C++, Go, AssemblyScriptなどの言語でMCPツールのロジックを実装し、それぞれの言語に対応するツールチェイン(例: wasm-pack for Rust, Emscripten for C/C++, TinyGo for Go, asc for AssemblyScript)を用いてWASMターゲットにコンパイルします。

通信 (ホスト-WASM間)

WASMモジュールは通常、単体で完結するのではなく、ホスト環境(ブラウザの場合はJavaScript、サーバーサイドならRustやNode.js、Pythonなど)と連携して動作します。MCPのJSON-RPCメッセージは、ホスト環境との間でメモリ共有や関数呼び出し(バインディング経由)を通じて送受信されます。

  • インターフェース技術:

    • 現状では、wasm-bindgen (Rust) や Emscripten (C/C++) のようなツールが、ホスト(主にJavaScript)との間でメモリアクセスや関数呼び出しの定型コード(グルーコード)を生成します。
    • WebAssembly Interface Types (WIT) とそれを具体化する Component Model は、この連携をより言語非依存で型安全、かつ効率的に行うための標準化を目指しています。wit-bindgen のようなツールは、WIT定義から各言語向けのバインディングコードを自動生成し、開発の手間を削減し、異なるコンポーネント間の相互運用性を高めることが期待されます。
  • JSON-RPCの輸送:

    • ブラウザ環境: JavaScript側からWASM関数を呼び出し、MCPリクエスト(JSON文字列)を渡します。WASMモジュール内でツールロジックを実行後、結果をJSON文字列でJavaScriptに返します。外部MCPサーバーとの通信が必要な場合、WASMモジュールは通常、JavaScriptの fetch API や WebSocket API を(バインディング経由で)呼び出して通信を行います。
    • 非ブラウザ環境: WASIを利用してファイルシステムや(将来的には)ネットワークにアクセスするか、ホスト環境が提供する機能(例: Rustホストのネットワークライブラリ)を呼び出して通信します。

図1: ブラウザ環境でのホスト(JS)-WASM間 通信フロー

図1の説明: ブラウザ環境での基本的な連携フロー。JavaScriptがWASM関数を呼び出し、MCPメッセージを交換します。外部通信は通常、JSのAPIを経由します。Component Modelが普及すれば、より抽象化されたインターフェースでの連携が可能になります。

  • 実装イメージ: 簡単な連携例 (Rust & JS)
    title=src/lib.rs (Rust with wasm-bindgen)
    use wasm_bindgen::prelude::*;
    // 実際のMCPリクエスト/レスポンス構造体を定義し、serde_jsonで(デ)シリアライズするのが一般的
    // use serde::{Serialize, Deserialize};
    
    #[wasm_bindgen]
    pub fn handle_mcp_request(json_rpc_request: &str) -> String {
        // TODO: Properly parse json_rpc_request using serde_json
        println!("[WASM] Received request: {}", json_rpc_request);
        // TODO: Implement actual tool logic based on parsed request
        // Dummy response
        r#"{"jsonrpc": "2.0", "result": {"message": "Tool executed successfully in WASM!"}, "id": 1}"#.to_string()
    }
    
    title=main.js (JavaScript Client)
    // Assuming wasm-pack build output in './pkg/'
    import init, { handle_mcp_request } from './pkg/your_wasm_package.js';
    
    async function run() {
        await init(); // Initialize WASM module
    
        const request = {
            jsonrpc: "2.0",
            method: "run_tool",
            params: { tool_name: "example_tool", args: { query: "hello" } },
            id: 1
        };
    
        console.log("[JS] Sending request to WASM:", JSON.stringify(request));
        const responseJsonString = handle_mcp_request(JSON.stringify(request));
        console.log("[JS] Received response from WASM:", responseJsonString);
    
        try {
            const response = JSON.parse(responseJsonString);
            console.log("[JS] Parsed response:", response);
            // Use the response.result...
        } catch (e) {
            console.error("Failed to parse JSON response from WASM", e);
        }
    }
    
    run();
    

WASI (WebAssembly System Interface)

ブラウザ以外の環境(Node.js, Deno, スタンドアロンランタイム like Wasmtime/Wasmer, サーバーレスプラットフォーム)でWASMを実行する場合、ファイルシステム、ネットワーク、時計、乱数生成といったOSレベルの機能へのアクセスが必要になることがあります。WASIは、これらの機能へアクセスするための標準化されたインターフェースを提供し、WASMコードのポータビリティを高めます。MCPツールがローカルファイル操作や直接的なネットワーク通信(例: 内部API呼び出し)を行う場合、WASI対応が重要になります。

  • WASI Preview 2の進展:
    • WASIは現在、Preview 2 への移行が進められています。Preview 2では、Component Modelをベースとし、よりモジュール化され、洗練されたAPI(特に非同期処理、ストリーミングI/O、標準化されたソケットネットワーク wasi:sockets)の導入が目指されています。
    • これが実現すれば、WASM化されたMCPツールが、標準的な方法でネットワークリソースにアクセスしたり、非同期処理を効率的に扱ったりできるようになり、サーバーサイドやエッジでの活用の幅が大きく広がります。例えば、WASMモジュールが直接他のMCPサーバーやAPIと通信するような実装が、よりポータブルかつ容易になる可能性があります。
    • 現状 (Preview 1) では、ネットワーク機能はまだ実験的か、特定のランタイム拡張に依存することが多いです。

図2: WASI を利用したシステムリソースへのアクセス (Preview 2 イメージ)

図2の説明: WASI Preview 2とComponent Modelに基づいた理想的な連携イメージ。WASMコンポーネントは標準化されたWASIインターフェース(例: wasi:filesystem/types, wasi:sockets/tcp)をインポートし、ホストランタイムがそれを提供します。これにより、特定のホストAPIに依存しない、ポータブルなシステムアクセスが可能になります。

開発ツールとフレームワーク比較

MCPツールをWASM化する際に利用できる主要な言語とツールチェインには、それぞれ特徴があります。

ツール/言語 利点 欠点 MCP実装における特徴
Rust + wasm-pack 高パフォーマンス、メモリ安全性、強力な型システム、成熟したエコシステム、優れたWASMサポート (wasm-bindgen) 学習コストが高い、コンパイル時間が長め 型安全性が求められるMCPのプロトコル処理に適している。メモリ管理の心配が少なく、複雑なロジックも安全に実装しやすい。Component Modelへの対応も積極的。
Emscripten (C/C++) 既存のC/C++コードベースを活用可能、高いパフォーマンス(特に最適化時)、広範なPOSIX APIエミュレーション 生成されるJSグルーコードが複雑で大きい場合がある、手動でのメモリ管理が必要になることが多い 大規模な既存ライブラリ(画像処理、物理演算など)をMCPツールとしてラップする場合に有効。パフォーマンスクリティカルな箇所に適するが、安全性には注意が必要。
AssemblyScript TypeScriptライクな構文で学習しやすい (Web開発者向け)、比較的シンプルなツールチェイン、GCサポートあり(実験的) Rust/C++ほどのパフォーマンスは出にくい、エコシステムは発展途上、WASIサポートは限定的 JavaScript/TypeScript開発者が迅速にプロトタイプを作成するのに適している。シンプルなツールやUI連携部分の実装に向くが、複雑な処理やシステム連携には制限がある可能性。
Go (TinyGo) Go言語のシンプルさ、並行処理機能 (goroutine)、良好なパフォーマンス、バイナリサイズが小さい (TinyGo) WASMサポートはRustほど成熟していない(特にブラウザ連携)、GCの制約がある場合がある サーバーサイド開発者が使い慣れた言語でエッジ/Web用のツールを実装する際に選択肢となる。ネットワーク処理などGoが得意な領域で活用できる可能性がある。
  • 開発効率 vs パフォーマンス: 一般的に、AssemblyScriptやGoは開発効率(特に既存のWeb/サーバーサイド開発者にとって)が高い傾向にありますが、パフォーマンスやメモリ効率ではRustやC++が有利です。MCPツールの要件(複雑さ、パフォーマンス要求、開発者のスキルセット)に応じて最適な技術を選択することが重要です。Component Modelが普及すれば、異なる言語で実装されたコンポーネントを組み合わせることも容易になるでしょう。

具体的なユースケースとシナリオ

WASMとMCPの連携により、以下のような新しいアプリケーションや利用形態が考えられます。

  • ブラウザベースのAIツール:
    • ローカルデータ処理: ユーザーが許可したローカルファイル(テキスト、CSV、画像など)を、WASM化されたMCPツールがブラウザ内で直接読み込み、要約、変換、分析を行う。LLMはサーバーを経由せずにユーザーデータを利用できます(File System Access API利用)。
      • 技術・セキュリティ補足: File System Access API はユーザーの明示的な許可が毎回必要で、対応ブラウザが限定され、クロスオリジン分離 (COOP/COEPヘッダー) が必須です。
    • ブラウザ機能連携: ブックマーク管理、閲覧履歴分析、タブ操作などをMCPツールとして実装し、ブラウザ拡張機能内でWASMとして実行。
    • インタラクティブデモ/プレイグラウンド: Webサイト上でMCPツールをWASMで動作させ、ユーザーがLLMと対話しながらツールの機能をリアルタイムに試せる環境を提供。
    • オフライン機能: ネットワーク接続がない状態でも、ブラウザキャッシュやIndexedDB上のデータを利用するMCPツールを実行。
  • エッジAIアプリケーション:
    • スマートホーム制御: スマートデバイス(照明、センサー)を制御するAPIをWASM化されたMCPツールとしてエッジデバイス(Raspberry Pi, ESP32など)で実行し、ローカルLLMやクラウドLLMから自然言語で操作。
    • リアルタイム分析: エッジデバイス上のカメラ映像やセンサーデータをWASMツールがリアルタイムで処理(物体認識、異常検知など)し、その結果をMCP経由でLLMに提供。
  • 軽量なツール配布 (Servlets構想の深掘り):
    • mcp.run のブログで提案されている「Servlets」構想は、特定の単一機能を持つツールを、自己完結した軽量なWASMモジュールとしてカプセル化するアイデアです。これはWASMの特性と非常に相性が良いです。
    • WASMとの親和性:
      • 軽量性: WASMバイナリは比較的小さく、ロードや起動が高速なため、オンデマンドでのツール(Servlet)読み込みに適しています。
      • サンドボックス: 各Servletを独立したサンドボックスで実行することで、ツール間の影響を隔離し、セキュリティを高めることができます。
      • ポータビリティ: WASM Servletは、サーバー、ブラウザ、エッジなど、様々な環境で動作する可能性があります。
      • 言語非依存: Component Modelが普及すれば、異なる言語で書かれたServletをシームレスに連携させることが可能になります。
    • AIツールエコシステムへの影響:
      • モジュール化と再利用: 開発者は特定の機能(例: 特定APIのクライアント、データ変換ロジック)を持つWASM Servletを容易に作成・公開でき、他の開発者がそれを組み合わせて利用できます。
      • 動的な機能拡張: LLMエージェントは、対話の文脈に応じて必要なServletを動的に発見・ロード・実行することで、固定的な機能セットに縛られず、柔軟かつ効率的にタスクを遂行できます。
      • 分散型エージェント: 異なる能力(Servletセット)を持つエージェントが、MCPを介して互いのServletを呼び出し合い、協調して複雑な問題を解決する未来像も描けます。
      • 標準化の促進: ServletのインターフェースとしてMCPが機能し、配布・連携の仕組みとしてWASM Component Modelが活用されることで、AIツールエコシステムの標準化と活性化が期待されます。

JavaScript以外のホスト環境での利用

WASMのポータビリティにより、MCPツールはブラウザのJavaScriptだけでなく、様々なバックエンド言語で書かれたアプリケーションからも利用できます。これにはWASMランタイムの組み込みが必要です。

  • Python:
    • wasmtime, wasmer-python といったライブラリを使用してWASMモジュールをロード・実行できます。
    • ホスト-WASM間のデータ受け渡しは、JSON文字列をメモリ経由で交換するのが一般的ですが、Component Model対応ランタイムではより型安全な連携が可能になります。
    • WASIサポートが必要な場合は、ランタイムが対応しているか確認が必要です。
  • Rust:
    • wasmtime, wasmer クレートを利用します。ホストとゲストが両方Rustの場合、メモリレイアウトの互換性などから効率的な連携がしやすい可能性があります。wit-bindgen を使えば、型安全なインターフェース定義とコード生成が可能です。
  • Go:
    • wazero, wasmer-go などのライブラリがあります。wazero は依存関係が少ないことが特徴です。
    • GoのランタイムからWASMを呼び出し、MCPリクエスト/レスポンスを処理します。
  • 注意点:
    • ランタイム選定: 各言語向けのランタイムの安定性、パフォーマンス、WASI/Component Modelサポート状況を確認する必要があります。
    • インターフェース: ホストとWASM間の関数シグネチャやデータ形式を合わせる必要があります。現状では一手間かかることが多いですが、Component Modelがこの問題を解決することが期待されます。
    • パフォーマンス: ホスト-WASM間の呼び出しには若干のオーバーヘッドがあります。頻繁な呼び出しや大量のデータ転送がある場合は、その影響を考慮する必要があります。

実運用の考慮点

MCPツールをWASMで実装し、特にブラウザやリソース制約のあるエッジ環境で展開する際には、以下の点に注意が必要です。

  • メモリ消費量:
    • 線形メモリ: WASMは連続したメモリ領域(線形メモリ)を使用します。このサイズは初期設定され、動的に拡張できますが、上限があります。過剰なメモリ確保やリークは、特にメモリが限られた環境では問題になります。
    • GC: WASM GC (ガベージコレクション) の提案が進んでいますが、まだ広く利用できる段階ではありません。現状では、Rustのようなメモリ管理をコンパイル時に行う言語や、AssemblyScriptのようなGCを持つ言語を選択するか、C/C++で手動メモリ管理を行う必要があります。
    • 対策: メモリ効率の良いデータ構造の選択、不要なアロケーションの削減、ツールの実行が終わったらメモリを適切に解放する(特に手動管理の場合)、必要に応じてWASMモジュールをアンロード/再ロードする、などの工夫が必要です。
  • バンドルサイズ:
    • WASMバイナリ: WASM自体のファイルサイズ。特に初回ロード時間に影響します。
    • JavaScriptグルーコード: WASMモジュールをロードし、ホストと連携するためのJSコード。wasm-bindgen や Emscripten が生成します。これもサイズに影響します。
    • 対策:
      • コンパイラ最適化: -Os (サイズ最適化) や -Oz (さらなるサイズ最適化) といったフラグを使用する。
      • Dead Code Elimination (Tree Shaking): 未使用のコードを削除する。wasm-opt (Binaryen) ツールなどが利用できます。
      • コード分割: 巨大なWASMモジュールを機能ごとに分割し、必要なものだけをロードする(Component Modelが役立つ可能性)。
      • 圧縮: サーバーから配信する際にgzipやbrotliで圧縮する。

セキュリティに関する考慮事項

WASMはサンドボックス化されていますが、万能ではありません。MCPツールをWASMで実行する際には、以下のセキュリティリスクと対策を考慮する必要があります。

  • WASMサンドボックスの基本と限界:
    • メモリ隔離: WASMコードは自身の線形メモリ空間にしかアクセスできず、ホストのメモリを直接読み書きすることはできません。
    • 機能制限: デフォルトでは、WASMはファイルシステム、ネットワーク、DOMなど、外部環境に影響を与える機能を持っていません。これらの機能はホスト環境から明示的に提供(インポート)される必要があります。
    • 限界: サンドボックスは、WASMモジュール自体のコードに含まれる脆弱性(例: 不適切な入力処理によるロジックのバグ)を防ぐものではありません。また、ホストから提供される機能(インポートされた関数)に脆弱性があれば、それを悪用される可能性があります。サイドチャネル攻撃(Spectre/Meltdownなど)のリスクもゼロではありません(これはWASM固有の問題ではありませんが、実行環境として考慮が必要です)。
  • ホストAPI連携時のリスク:
    • 特権昇格: WASMがホストから強力な機能(例: 任意のファイル読み書き、任意のネットワークアクセス)をインポートしている場合、WASMモジュールの脆弱性を突かれると、それらの機能が悪用され、サンドボックスを実質的に迂回される(特権昇格される)リスクがあります。
    • パーミッション管理: ブラウザの File System Access API や、WASIの機能を利用する場合、最小権限の原則 に従い、必要な機能だけを、適切なユーザー同意とパーミッション管理のもとでWASMに提供することが極めて重要です。
  • 考慮すべき脅威と対策:
    • 信頼できないコード: 外部から提供されたWASM MCPツールを実行する場合は、その出所と信頼性を確認し、可能な限り制限された権限で実行すべきです。
    • 入力値の検証: ホストからWASMへ、またはWASMからホストへ渡されるデータ(特にMCPリクエスト/レスポンスの内容)は、常に厳密に検証する必要があります。
    • 依存関係の管理: WASMモジュールが利用するライブラリ(ネイティブコードからコンパイルされたものも含む)に脆弱性がないか、定期的にチェックし、更新することが重要です。
    • ホスト側のセキュリティ: WASMを実行するホスト環境(ブラウザ、ランタイム、OS)自体のセキュリティも維持する必要があります。

他技術との比較・関連

コンテナ技術 (Docker/Kubernetes) との比較

特徴 WebAssembly (WASM) コンテナ (Docker/OCI)
隔離レベル プロセス内サンドボックス (メモリ, ケイパビリティベースの機能制限) OSレベル仮想化 (プロセス, ファイルシステム, ネットワーク空間分離)
起動速度 非常に高速 (ミリ秒単位) やや遅い (秒単位)
サイズ 非常に軽量 (kB〜MB単位) やや重い (数十MB〜GB単位)
OS依存性 低い (WASMランタイムが必要、OS機能利用はWASI経由) やや高い (ホストOSカーネル共有、ベースイメージにOS含む)
メモリ空間 制限あり (Wasm32: 最大4GiB線形メモリ。Wasm64提案で拡張予定) ホスト依存 (ホストOSの物理/仮想メモリ上限、cgroupsで制限可)
マルチスレッド対応 対応 (threads提案による共有メモリ。ランタイム/ホストのサポート要) ネイティブ対応 (OS標準のスレッド機能をそのまま利用可)
マルチプロセス対応 限定的 (単一インスタンスはシングルプロセス。複数インスタンス連携で疑似的に可能) ネイティブ対応 (コンテナ内で複数プロセス起動・管理可、OS標準IPC利用可)
セキュリティモデル 強力なデフォルトサンドボックス、細粒度パーミッション制御 (Capability-based) 目指す 成熟、Namespace/cgroups等で分離、カーネル脆弱性の影響受ける可能性
エコシステム 発展途上 成熟
主な用途 マイクロサービス, サーバーレス, プラグイン, エッジコンピューティング, ブラウザ内実行 既存アプリ移行, モノリス, ステートフルアプリ, フル環境が必要なアプリ

補足:

  • メモリ空間: WASMの4GiB制限は32bitアドレッシング (Wasm32) に起因します。64bitアドレッシング (Wasm64) が標準化され広くサポートされれば、この理論上の制限は大幅に緩和されますが、実用上は実行環境(ランタイムやブラウザ)の制約も受けます。コンテナはホストマシンのリソースをより直接的に利用できます。
  • マルチスレッド: WASMのマルチスレッドは比較的新しい機能であり、すべてのランタイムやユースケースで安定して利用できるとは限りません。特にブラウザ環境では SharedArrayBuffer の利用にCOOP/COEPヘッダー設定が必要です。コンテナではOSネイティブのスレッドがそのまま使えます。
  • マルチプロセス: WASMは基本的に単一実行可能ファイル(モジュール)をサンドボックス内で実行するモデルです。複数のWASMモジュールを個別のインスタンスとして起動し、ホスト側で通信を仲介することは可能ですが、コンテナのようにOSレベルのプロセス管理やIPCが組み込みで提供されているわけではありません。

使い分けのポイント:

  • 超軽量・高速起動・高密度 な実行環境が求められる場合はWASMが有利です。
  • 既存のOS環境や複数プロセス連携 が必要なアプリケーション、GB単位のメモリ が必要な場合はコンテナが適しています。
  • セキュリティ に関しては、WASMはデフォルトのサンドボックスが強力ですが、コンテナも成熟した分離技術を持っています。どちらも設定や運用が重要です。

WebContainer (StackBlitz) との関連性

  • StackBlitzの WebContainer は、Node.jsランタイム全体をブラウザ内でWASMを使って実行する技術です。これにより、サーバーサイド開発環境をブラウザタブ内で再現できます。
  • 関連性と可能性:
    • 開発・テスト環境: WebContainerのような環境でMCPツール (特にNode.jsベースのもの) を開発・デバッグし、最終的にWASM化してデプロイする、といったシームレスなワークフローが考えられます。
    • ブラウザ内エージェント: WebContainer上で動作するLLMエージェントが、同じブラウザ内で動作するWASM化されたMCPツール (ローカルファイルアクセス等) を直接利用する、といった高度なブラウザ完結型アプリケーションが実現するかもしれません。
    • MCP+WASMは、WebContainerのような技術と連携することで、Web開発の可能性をさらに広げるポテンシャルを持っています。

実装例と関連技術

MCPとWASMの連携はまだ発展途上ですが、関連する技術や実験的な試みは増えつつあります。

  • 実験的な実装/ライブラリ:
    • beekmarks/mcp-wasm (GitHub): ブラウザ内で動作するMCPサーバーの実験的なRust+WASM実装。 (注: 現状アクティブか不明。)
    • いくつかのLLMエージェントフレームワークやライブラリでは、ツール実行環境としてWASMの利用を検討・実験している可能性があります。(具体的な公開事例はまだない)
  • デモリポジトリ/サンプル:
    • 現時点では、MCPとWASMを組み合わせた完成度の高い、すぐに試せる公開デモリポジトリはまだ少ない状況です。 しかし、各言語のWASMツールチェイン(wasm-pack + Rust, Emscripten + C++, AssemblyScript)のチュートリアルやサンプルを参考に、上記の「実装イメージ」のような簡単なMCPリクエスト/レスポンス処理を行うWASMモジュールを作成することは可能です。
  • 実プロジェクト例:
    • MCPとWASMを主要技術として採用している公開された大規模な実プロジェクトは、現時点では確認されていません。 この分野はまだ新しく、実験的な段階にあると言えます。しかし、ブラウザベースのAIツール(例: Figma, AdobeなどのWebアプリケーションにおけるプラグインシステムの一部)、エッジAIプラットフォーム、サーバーレス環境でのコード実行基盤などで、WASMが活用される事例は増えており、将来的にはMCPと組み合わせた事例が登場することが期待されます。
  • 関連技術スタック: WASI (Preview 1, Preview 2), WebAssembly Component Model, Wasmtime, Wasmer, WAMR, 各言語のWASMツールチェイン (wasm-pack, Emscripten, TinyGo, asc), Binaryen (wasm-opt), WIT, wit-bindgen

注意点と今後の展望

MCPとWASMの連携は大きな可能性を秘めていますが、現状ではいくつかの課題や注意点があります。

項目 現状の課題・注意点 今後の展望・期待
標準化 WASI (特にPreview 2への移行、ネットワーク、非同期)、Component Model、セキュリティモデル(パーミッションの詳細化)など、重要な標準化が進行中。 WASI Preview 2やComponent Modelの標準化・普及により、開発効率、ポータビリティ、相互運用性が大幅に向上し、エコシステムの発展を加速させる。
エコシステム MCP+WASMに特化したツール、ライブラリ、ベストプラクティスはまだ初期段階。デバッグや開発体験もネイティブに比べて成熟していない部分がある。 MCPとWASMの普及に伴い、関連ツールやライブラリが増加し、コミュニティによる知見共有が進む。Component Modelベースのツールレジストリなどが登場する可能性も。
実運用の成熟度 メモリ管理、バンドルサイズ最適化、セキュリティ確保には注意深い設計と実装が必要。特にリソース制約環境では試行錯誤が求められる場合がある。 ツールチェインの改善、WASM GCの安定化、ランタイムの最適化により、実運用における課題が軽減される。成功事例の共有により、導入のハードルが下がる。
セキュリティ サンドボックス外機能へのアクセス管理、信頼できないコードの実行、依存関係の脆弱性対策など、慎重な運用が不可欠。標準化されたパーミッションモデルが待たれる。 セキュアなケイパビリティベースのパーミッションモデルの標準化、静的/動的解析ツールの充実により、より安全なWASMアプリケーション開発・運用が可能になる。
Servlets構想 MCP Servletsというアイデアは魅力的だが、具体的な実装や標準フォーマットはこれから。 WASM Component ModelがServletsの配布・連携フォーマットとして機能し、MCPがインターフェース定義を担うことで、動的で構成可能なAIエージェントシステムの実現に貢献する可能性がある。

要点のまとめ:

  • MCPとWASMの組み合わせは、実行環境の多様化 (ブラウザ/エッジ)、ポータビリティ、セキュリティ、パフォーマンス の面で大きな利点を提供します。
  • WASI Preview 2Component Model は、開発体験と相互運用性を大きく向上させる可能性を秘めた重要な技術動向です。
  • 実装には、ホスト-WASM間通信、メモリ管理、バンドルサイズ、セキュリティ に関する考慮が必要です。
  • 特に Servlets構想 はWASMの特性と相性が良く、将来のモジュール化され動的なAIツールエコシステムの基盤となる可能性を秘めています。
  • エコシステムはまだ発展途上ですが、標準化の進展とコミュニティの成長により、今後ますます重要な技術となるでしょう。

MCPとWASMの連携は、LLMがソフトウェア開発やインタラクションのあり方を根本的に変えていく中で、より柔軟で、安全で、ユビキタスなAIツールの実現に向けた重要な一歩と言えます。


参考

主要な仕様と提案:

MCP関連:

ブラウザAPIとセキュリティ:

ツールチェインとランタイム:

パフォーマンス関連:

サーバーサイド/エッジWASM プラットフォーム:

WebContainer:


以上

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