データモデルは、データを効果的に整理し、Power BIやExcelでの分析を簡単に行うための基盤です。特に、ファクトテーブルとディメンションテーブルを活用して構築するスタースキーマやスノーフレークスキーマは、パフォーマンスと可読性を高める設計方法として広く採用されています。本章では、データモデルの基礎から高度なテクニックまで、Power QueryとDAXの役割を交えながら解説します。
21.1 データモデルの基礎
21.1.1 ファクトテーブルとは
ファクトテーブルは、ビジネスのパフォーマンスを測定するための数値データを含みます。例えば、売上高、利益、販売数量などが該当します。ファクトテーブルは通常、以下の特徴を持っています。
- 数値データを含む
- 外部キーとしてディメンションテーブルへの参照を持つ
- 行数が多くなる傾向がある
例: 売上データ
OrderID | ProductID | CustomerID | SalesAmount | Date |
---|---|---|---|---|
1 | P001 | C001 | 100 | 2023-01-01 |
2 | P002 | C002 | 200 | 2023-01-02 |
21.1.2 ディメンションテーブルとは
ディメンションテーブルは、ファクトテーブルの数値データを補完するための属性情報を提供します。例えば、顧客情報、製品情報、時間情報などが含まれます。ディメンションテーブルの特徴は以下の通りです。
- 説明的な属性を持つ
- 外部キーとしてファクトテーブルへの参照を持つ
- 行数が比較的少ない
例: 顧客データ
CustomerID | Name | Region |
---|---|---|
C001 | John Doe | North |
C002 | Jane Smith | South |
21.2 Power QueryとDAXの役割
データモデルを構築する際、Power QueryとDAX(Data Analysis Expressions)は異なる役割を担います。それぞれの機能を適切に使い分けることで、効率的で柔軟なデータモデルを構築できます。
21.2.1 Power Queryの役割
Power Queryは、データを取り込み、変換、整形するためのツールです。データクレンジングや統合、不要なデータの削除などの前処理を行い、データモデルの基盤を作成します。
主な役割:
- データ取得と統合: 異なるデータソース(Excel、CSV、SQLなど)からデータを取り込み、統合する
- データ変換: 列の追加、データ型の変更、フィルタリングなどを行い、分析に適した形式に整形する
- 正規化または非正規化: テーブルの構造を最適化してリレーションシップを整理する
21.2.2 DAXの役割
DAXは、データモデルに基づいて計算を行うための関数言語です。分析用のメジャーや計算列を作成し、データモデルに動的な計算機能を追加します。
主な役割:
- 集計と分析: 売上合計、平均、割合などの計算を実現する
- 動的フィルタリング: 条件に応じてデータをフィルタリングして結果を動的に変化させる
- タイムインテリジェンス: 年次、月次、前年同期比などの時間ベースの分析をサポートする
21.3 データモデル設計の実践
21.3.1 スタースキーマの構築
スタースキーマは、その名の通り、星の形をした構造を持っています。中心にファクトテーブルがあり、その周囲に複数のディメンションテーブルが配置されます。この構造により、データのクエリがシンプルになり、パフォーマンスが向上します。
-
例: 売上分析モデル
-
ファクトテーブル:
Sales
-
ディメンションテーブル:
Products
,Customers
,Date
-
ファクトテーブル:
-
リレーションシップの例
Products[ProductID] → Sales[ProductID] Customers[CustomerID] → Sales[CustomerID]
スタースキーマの利点
スタースキーマには多くの利点があります。主な利点は以下の通りです。
- クエリのパフォーマンス向上: シンプルな構造により、クエリの実行速度が向上します。
- 理解しやすさ: データモデルが直感的であるため、ビジネスユーザーにも理解しやすいです。
- データの整合性: ディメンションテーブルを通じて、データの整合性が保たれます。
実装のポイント
スタースキーマを実装する際のポイントは以下の通りです。
- 適切なファクトとディメンションの選定: ビジネスニーズに基づいて、どのデータをファクトとして扱うか、どの属性をディメンションとして扱うかを慎重に選定します。
- 正規化と非正規化のバランス: ディメンションテーブルは通常、非正規化されているため、データの冗長性を考慮しつつ、パフォーマンスを最適化します。
- インデックスの活用: クエリのパフォーマンスを向上させるために、適切なインデックスを設定します。
スタースキーマは、データウェアハウスにおけるデータモデリングの基本的な手法であり、ビジネスインテリジェンスの実現に向けて非常に有効です。ファクトテーブルとディメンションテーブルの明確な分離により、データの分析が容易になり、パフォーマンスが向上します。データ分析を行う際には、スタースキーマの構造を理解し、適切に実装することが重要です。
21.3.2 スノーフレークスキーマの構築
スノーフレークスキーマは、ファクトテーブルと呼ばれる中心的なテーブルと、複数のディメンションテーブルから構成されます。ディメンションテーブルはさらに正規化され、サブディメンションテーブルに分割されることが特徴です。この構造により、データの冗長性が減少し、データの整合性が向上します。
特徴
- 正規化: ディメンションテーブルが正規化されているため、データの重複が少なく、データの整合性が保たれます。
- 複雑な構造: スノーフレークスキーマは、複数のテーブルが関連し合うため、クエリが複雑になることがあります。
- 柔軟性: データの追加や変更が容易で、ビジネスの変化に対応しやすいです。
利点
- データの整合性: 正規化により、データの重複が減少し、整合性が向上します。
- ストレージの効率性: データの冗長性が少ないため、ストレージの使用効率が向上します。
- クエリの最適化: データが整理されているため、特定のクエリに対して最適化が可能です。
デメリット
- クエリの複雑さ: 複数のテーブルを結合する必要があるため、クエリが複雑になりがちです。
- パフォーマンスの低下: 正規化された構造は、時にはパフォーマンスの低下を招くことがあります。
- 設計の難しさ: スノーフレークスキーマの設計には、データの理解と経験が必要です。
スノーフレークスキーマは、データの整合性と効率性を重視したデータモデリング手法です。正規化された構造により、データの冗長性を減少させる一方で、クエリの複雑さやパフォーマンスの問題が生じることもあります。ビジネスニーズに応じて、スノーフレークスキーマを採用するかどうかを慎重に検討することが重要です。
21.4 陥りがちな失敗
21.4.1. 適切なデータモデリング手法を選ばない
データをすべて1つの大きなテーブルにまとめる「フラットモデル」を作ってしまうことがあります。これは初めは簡単に見えますが、大量のデータを扱うときにパフォーマンスが落ちたり、データの整理が難しくなったりします。
データをファクトテーブル(数値や計算用のデータ)とディメンションテーブル(カテゴリや属性のデータ)に分けて整理する「スタースキーマ」を使うことで、分析しやすくなり、動きも速くなります。
21.4.2. テーブルの粒度が一致していない
データの細かさ(粒度)が一致していないと、正確な分析ができません。たとえば、売上データが日単位なのに、カレンダーデータが月単位だと、正しい日付で計算できなくなります。
Power Queryでデータを処理して、すべてのテーブルが同じ粒度になるよう揃えます。
21.4.3. 不適切なリレーションシップ
テーブルをつなぐリレーションシップを正しく設定しないと、分析結果がおかしくなります。たとえば、多対多の関係をそのまま使うと、データが重複して計算されることがあります。
1対多のリレーションシップを作るようにし、多対多の問題がある場合は「ブリッジテーブル」という中間テーブルを作って解決します。
多対多リレーションシップ
多対多リレーションシップでは、2つのテーブル間で1つのレコードが複数の関連レコードを持つことが可能です。例えば、大学の学生と講義の関係です。一人の学生は複数の講義に参加でき、1つの講義には複数の学生が参加できます。
この関係をそのままモデル化すると、以下の課題が発生します。
- データの重複: 同じ情報が複数回計算され、誤った集計結果が得られる。
- クエリの複雑化: 複雑なリレーションシップを持つテーブルに対するクエリは、処理負荷が高くなる。
- モデルの管理が困難: 他のリレーションシップとの整合性を保つのが難しい。
橋渡しテーブル(ブリッジテーブル)
橋渡しテーブルは、多対多リレーションシップを解消するために使用される中間テーブルです。このテーブルには、関連する2つのテーブル間のリレーションシップを表すデータが含まれます。
基本構造:
橋渡しテーブルは、それぞれのテーブルに存在するキー(主キーまたは外部キー)をペアとして格納します。
例: 顧客と製品を結びつけるブリッジテーブル
- Customers: 顧客情報を格納。
- Products: 製品情報を格納。
- CustomerProducts: 顧客と製品の関係を示す橋渡しテーブル。
CustomerID | ProductID |
---|---|
C001 | P001 |
C001 | P002 |
C002 | P001 |
リレーションシップの設定
-
Customers
とCustomerProducts
を 1 対多のリレーションシップで接続。 -
Products
とCustomerProducts
を 1 対多のリレーションシップで接続。
21.4.4. カーディナリティ(独自値数)の高いキーを使用する
GUIDや長い文字列をキーとして使うと、モデルの動きが遅くなります。キーとは、テーブルをつなぐために使う識別子のことです。
GUIDや文字列の代わりに、シンプルな数値型のキー(サロゲートキー)を使うようにします。
サロゲートキー(Surrogate Key)とは
サロゲートキーは、データベースやデータモデルにおいて、各レコードを一意に識別するために使用される人工的なキーです。通常はシステムによって生成され、データの意味やビジネス上の属性とは直接関連しません。
サロゲートキーの特徴
- 一意性: レコードごとに一意であることを保証。
- シンプルなデータ型: 通常、整数型やUUID(Universally Unique Identifier)を使用。
- データの意味を持たない: 業務的な情報とは無関係な識別子。
サロゲートキーの利点
-
一貫性のある識別子
- 業務要件やデータの内容に依存しないため、変更されることがない。
-
リレーションシップの単純化
- テーブル間のリレーションをシンプルに保つ。
-
パフォーマンスの向上
- 数値型のキーは検索や結合操作が高速。
-
データ統合の容易さ
- 異なるシステムやデータソースからのデータ統合時に、競合や冗長性を回避。
サロゲートキーの欠点
-
意味の欠如
- キー自体にはデータの内容に関する情報が含まれないため、意味を把握するには他の列の参照が必要。
-
データの冗長性
- 自然キーがすでに存在する場合でも、サロゲートキーを追加することで冗長な情報が増える。
-
複雑さの増加
- サロゲートキーを導入することで、データモデルが複雑になることがある。
自然キーとの違い
自然キーは、データの内容に基づく識別子です。
比較項目 | サロゲートキー | 自然キー |
---|---|---|
生成方法 | システムによって生成 | 業務データに基づく |
意味 | データに意味を持たない | データの意味を反映 |
変更の可能性 | 基本的に変更されない | ビジネス要件の変化で変更される可能性 |
データ型 | 数値型(例: 1, 2, 3)またはUUIDなど | テキストや複数の列の組み合わせなど |
パフォーマンス | 一般的に高速 | データ型や複雑さに依存 |
21.4.5. 必要以上の列や行をモデルに取り込む
すべてのデータをインポートすると、モデルが大きくなりすぎて遅くなります。使わないデータを取り込むと、必要な情報を見つけにくくなることもあります。
Power Queryで、必要な列や行だけを選んでインポートするようにします。
21.4.6. 時系列分析のためのカレンダーテーブルがない
日付フィールドだけを直接使っていると、年ごとの比較や累積計算がうまくいきません。カレンダーテーブルは、時系列の分析をするための基本です。
特定の粒度(日、月、年)を持つカレンダーテーブルを作り、日付フィールドとつなげます。これにより、分析がスムーズになります。
21.4.7. 誤ったDAX計算を使用
DAXで複雑な計算をすべて「計算列」で処理しようとすると、モデルが大きくなりすぎて遅くなります。
動的な計算が必要な場合は「計算列」ではなく「メジャー」を使い、必要なときにだけ計算列を行うようにします。
また、ファクトテーブルの列は全て非表示にし、リレーションシップを張ったディメンションテーブルと、メジャーを使うようにします。
21.4.8. データの更新やリフレッシュ設定が不適切
大量のデータをフルリフレッシュすると、更新に時間がかかり、サービスのパフォーマンスに影響します。
Power BIの「増分更新」を使うことで、新しいデータだけをリフレッシュし、時間を節約します。
21.4.9. モデルのネーミング規則が一貫していない
テーブルや列の名前を適当に設定していると、どのデータが何を表しているのか分かりにくくなり、混乱の原因になります。
すべての名前に意味を持たせ、一貫性のある命名規則を使います。たとえば、「SalesAmount」や「CustomerName」のように、何のデータか一目で分かる名前を付けます。
21.4.10. 直感的なビジュアル化が難しいデータモデル
リレーションシップが複雑で循環参照があると、モデル全体が分かりにくくなります。
モデルをできるだけ簡単にし、スタースキーマを作ります。複雑なロジックはPower QueryやDAXに分離します。モデルがシンプルであるほど、分析がしやすく、他の人も理解しやすくなります。
まとめ
データモデルを正しく構築することで、分析の精度やスピードが向上します。適切なスキーマ設計、リレーションシップの管理、必要なデータだけを取り込むようにすることで、Power BIの性能を最大限に引き出せます。また、DAXやPower Queryの機能を使い分けることで、シンプルかつ効率的なモデル構築が可能になります。