本日、2026年9月8日、東京大学・伊藤謝恩ホールで開催された「生成AIカンファレンス2026」に参加しました。
今回のテーマは、
AIエージェント時代の実装戦略 — 先駆者に学ぶ、産業・開発・知能の新たなかたち
です。
一日を通して、生成AIそのものの性能競争だけではなく、AIエージェントによって産業構造、ソフトウェア開発、そして人間の仕事そのものがどう変わるのかという話が多く出ていました。
個人的に特に印象に残ったのは、
「AIが何を生成できるか」から、「生成されたものをどう評価し、現場にどう実装するか」へ競争の焦点が移りつつある
ということです。
ここでは、カンファレンスで得た気づきを、いくつかの観点から整理します。
1. AI投資の焦点は「生成」から「産業への実装」へ
2026年のAIを取り巻く環境を考えるうえで、重要なのが投資の方向性です。
日本政府は2026年6月、2040年度までの官民投資ロードマップとして、フィジカルAIに10.5兆円、自動運転技術に8.2兆円などの投資を想定しています。これは市場規模ではなく、研究開発から実証、商品化、量産化までを含む官民投資の想定額です。
つまり、今後のAI投資を考えるとき、
- テキストや画像を生成するAI
- AIエージェントによるソフトウェア開発
- ロボットや自動運転など、現実世界で動くAI
を分けて考える必要があります。
特に注目したいのが「フィジカルAI」です。
これまでの生成AIが主にデジタル空間で価値を生み出してきたのに対し、フィジカルAIは、
見る → 判断する → 動く
というループを現実世界で実行します。
製造、物流、介護、モビリティなどとの相性がよく、日本が強みを持つ「現場データ」をAIに接続できる可能性もあります。2026年1月の政府方針でも、製造業や物流などの現場データを活用したフィジカルAIが日本の重要な成長領域として位置付けられています。
2. AIの生成能力が高まるほど、「人間の評価」がボトルネックになる
AIエージェントの進化によって、コード、文章、資料、分析などを生成するコストは急速に下がっています。
しかし、ここで新しい問題が発生します。
「生成すること」と「価値のあるものを作ること」は同じではない
という問題です。
AIが大量の成果物を生成できるようになるほど、それを、
- 本当に正しいのか
- 要件を満たしているのか
- セキュリティ上問題ないか
- ビジネス的に意味があるのか
- 本番環境で動かしてよいのか
という観点で確認する必要があります。
つまり、AIによって「作る時間」が短縮されても、「評価する時間」まで同じ割合で短縮されるとは限りません。
この問題を象徴する言葉として、最近は Workslop という言葉も使われています。
Workslopとは、AIによって生成された一見もっともらしいものの、内容が不十分だったり、誤りを含んでいたりする成果物を指します。Microsoft Researchも、AI生成物が受け手側の確認・修正コストを増やす問題を取り上げています。
したがって、AIエージェント時代の開発では、
生成能力を上げるだけではなく、評価・検証・監視・ガバナンスの仕組みをどう設計するか
が非常に重要になります。
これはセキュリティの世界にも、そのまま当てはまります。
3. フィジカルAIは「LLMの巨大化」だけでは解けない
今回、もう一つ興味深かったのがフィジカルAIです。
ロボティクスでは、モデルだけではなく、データ、センサー、アクチュエータ、ロボット本体、学習環境などを含めて考える必要があります。
近年は、ロボット基盤モデルやVision-Language-Action(VLA)モデルについて、データ量やモデル規模を増やすことで性能向上が見られる研究が進んでいます。実際、人間の動画データをロボット学習に組み合わせることで、複数のタスクで性能向上を示した研究もあります。
ただし、ここでLLMとの大きな違いがあります。
テキストや画像は、インターネット上に大量の学習データが存在します。
一方、ロボットの「手が物体をつかむ」「力加減を調整する」「転倒を避ける」といったデータは、単純にWebから収集することができません。
実世界でロボットを動かし、一つ一つのインタラクションを収集する必要があります。
そのためフィジカルAIでは、
モデルのスケールだけでなく、実世界のデータをどう大量・多様に収集するか
が重要な競争軸になります。
さらに、ロボットには「身体」があります。
カメラ、センサー、関節、モーターなどが異なれば、同じAIモデルでも入出力の特性が変わります。
したがって、
「モデルが汎用化すれば、どんなロボットでも同じように動く」
とは限りません。
むしろ今後は、モデルだけでなく、データ形式、センサー、ロボット、シミュレーション環境などを含むエコシステム全体が競争力になる可能性があります。
ここは、今後さらに注目したいポイントです。
4. AI開発ツールは急速に似てきている。ただし完全なコモディティ化とは言い切れない
今回のカンファレンスでは、AIによるソフトウェア開発の進化も非常に印象的でした。
現在は、
- Claude Code
- Codex
- Devin
- Cursor
- Kiro
など、多くのAI開発ツールが登場しています。
これらは名称やUIこそ異なりますが、
コード理解 → 計画 → 実装 → テスト → 修正
というエージェント型開発の基本ループはかなり共通しています。
実際、Codexは機能開発、リファクタリング、マイグレーションなどをエンドツーエンドで実行する方向に進化しており、Kiroも仕様定義、設計、タスク分解、実装、テストまでをエージェントに連携させる設計を取っています。
その意味では、AI開発ツールは確かに「機能競争」から次のフェーズに入りつつあるように見えます。
ただし、
「どれを選んでも同じ」
というところまでコモディティ化した、とまでは私は思いません。
例えばKiroは「Spec-driven development」を前面に出し、要件、設計、タスクを明示的に構造化することに重点を置いています。一方、別のツールではより自由度の高いAgentic Codingを重視しています。
私自身は、Kiro を一番使っており、AWSが推進している「Spec-driven development」の具体的な実装である AI-DLC について以下の2本のブログを書いております。
つまり今後の差別化は、
「コードを書けるか」ではなく、「どの開発プロセスに、どのようにAIを組み込むか」
へ移っていくのではないでしょうか。
自動車で例えるなら、エンジン性能だけを比較する時代から、運転支援、ナビゲーション、車内UX、保有コストなどを含めて選ぶ時代に近づいている、という感覚です。
5. レガシーシステムのモダナイゼーションは、AIエージェントの巨大なユースケースになる
個人的に特に興味深かったのが、Devinのセッションで取り上げられていたレガシーシステムのモダナイゼーションです。
日本企業では、長年運用されてきたレガシーシステムをどう現代化するかが大きな課題になっています。
そして、ここはAIエージェントとの相性が非常に良い領域です。
なぜなら、
- ソースコードを読む
- 依存関係を理解する
- ドキュメント化する
- テストを作る
- 新しいコードへ変換する
- 差分をレビューする
といった作業が大量に存在するからです。
実際、AWSも2026年にAWS Transformで「Comprehensive Codebase Analysis」を一般提供し、レガシーコードの構造、依存関係、技術的負債、ビジネスロジックなどを分析して、モダナイゼーション計画につなげる機能を提供しています。
さらに現在は、単なる分析だけではなく、技術的負債の検出・優先順位付け・修正までを継続的に自動化する方向へ進んでいます。
この流れを見ると、
「AIに新しいシステムを作らせる」だけではなく、「AIに古いシステムを理解させ、変えていく」
ことが、エンタープライズAIの大きな市場になると感じます。
6. 内製化が進んでも、SIerやFDEの仕事はなくならない
生成AIによって「内製化」が進むと、SIerや外部ベンダーの仕事は減るのでしょうか。
私はむしろ、仕事の内容が変わると考えています。
特に印象的なのが FDE(Forward Deployed Engineer) です。
FDEは、単純に製品を導入するだけではありません。
顧客の現場に入り、
課題発見 → 設計 → 実装 → 導入 → 本番運用
までを一気通貫で支援します。
OpenAIも現在、東京のFDEについて、顧客と直接連携し、技術的スコーピングからシステム設計、実装、本番導入までを担う職種として位置付けています。
日本でもFDE型の求人やサービスが登場しており、この役割自体が新しい職種として形成されつつあります。
ここで重要なのは、
「内製化=外部企業が不要になる」ではない
ということです。
AIによって開発そのものが高速化すると、むしろ企業側には、
- 何をAI化するのか
- どこまで自動化するのか
- どのデータを使うのか
- どう評価するのか
- 本番環境にどう組み込むのか
- 誰が責任を持つのか
といった、より上流の判断が求められます。
そのため、外部企業の価値は「人月でコードを書くこと」から、
現場に入り込み、AIを使って業務そのものを変革すること
へ移っていく可能性があります。
7. BPOも「人を提供する」から「AI込みの業務を提供する」へ
この延長線上にあるのがBPOです。
これまでのBPOは、
人を外部化して業務を処理する
というモデルが中心でした。
しかしAIエージェントが業務プロセスに組み込まれると、
AI+人+業務プロセスそのものを外部化する
というモデルが成立しやすくなります。
企業が「AIを導入したい」と思っても、
- モデル選定
- データ整備
- プロンプト設計
- エージェント設計
- 評価
- セキュリティ
- 運用
- 人間によるレビュー
まで自社だけで構築するのは簡単ではありません。
そのため、AIを組み込んだ業務サービスを外部から利用する形は、今後さらに増えていくと考えられます。
つまり、
内製化と外注は対立するものではなく、「何を内製し、何を外部化するか」の再設計が進む
ということです。
まとめ:AIエージェント時代に価値が移る場所
今回のカンファレンスを通して、個人的にはAIの競争軸がかなり変わってきたように感じました。
これまでの生成AI競争では、
「どのモデルが一番賢いか」
が大きなテーマでした。
しかし2026年のAIエージェント時代では、それだけではありません。
今後重要になるのは、
モデル性能 × データ × 現場への実装 × 評価・ガバナンス
だと思います。
そして、その先にあるのがフィジカルAIです。
デジタル世界では、AIがコードを書き、文章を書き、分析を行う。
その次は、
AIがロボットを動かし、工場を動かし、物流を動かす。
そのとき競争力になるのは、単なるAIモデルではなく、
「AIを現実の業務・設備・組織に接続する能力」
ではないでしょうか。
生成AIカンファレンス2026は、「AIの性能がどこまで上がるのか」という話だけではなく、
「AIが社会に実装されたとき、人間・企業・開発者の役割はどう変わるのか」
を考えるきっかけになるカンファレンスでした。
特に、AIエージェント、レガシーモダナイゼーション、FDE、フィジカルAIという一見別々に見えるテーマが、
「AIを現実の世界で使える形にする」
という一点でつながっているように感じたのが、今回の最大の収穫でした。
以上
PS.
東大周辺の写真です



