はじめに
エンジニアリングマネージャーの佐藤です。
私のチームでは「利他的」をスローガンにしています。その話をさせてください。
エンジニアリングの現場でこの言葉を使うと、どこか綺麗事に聞こえたり、自己犠牲のように受け取られることがあります。それでも自分は、チームで開発を続ける中で、これは感情論ではなく、現場での判断だと考えるようになりました。
これまで自分がやってきたことを軸にしながら、整理してみます。
「性格」ではなく、役割の選択
利他的というと、「優しい人」「いい人」という性格の話に寄りがちです。
でも現場では違います。自分が答えを知っていても、自分が手を動かした方が早くても、それでも一歩引くことを選ぶ場面があります。それは遠慮でも謙遜でもなく、チームとしてどう振る舞うのが最適かを考えた結果です。
誰が前に出て、誰が引くかは、人格の問題ではなく、今その場で必要な役割の問題。
美徳の話ではありません。
構造としての利他性
チームがうまく機能している状態を振り返ると、そこには共通した「構造」があります。
発言しても否定されない、失敗しても責められない、 未完成な考えでも場に出せる
そういう状態です。
ただ、これは自然に生まれるものではありません。誰かがあえて口を挟まず、判断を急がず、失敗の責任を引き受ける。そういった行動の積み重ねで、はじめて成立します。
エイミー・C・エドモンドソン氏の『チームが機能するとはどういうことか』では、心理的安全性が成果を出すチームの条件として語られています。
安心して発言できる状態が、チームの学習を加速させる。
この行動は、人のためというより、チームが学び続けるための構造をつくる行為なのだと思います。
感情がなければ、続かない
こうした行動は、必ずしも報われるとは限りません。
自分がやった方が早かった、評価されるのは別の人だった——そういうことも多い。
それでも続けられるのは、人のためになりたいという気持ちが、自分の中にあるからだと思っています。これは綺麗事ではなく、誰かが安心して挑戦する姿を見たとき、質問が増えたとき、判断を任せられるようになったとき——そういう瞬間に、素直にうれしいと感じる。その感覚が、次の行動につながっています。
構造や役割の話として整理してきましたが、結局のところ、動き続けるエネルギーは感情です。
エンジニアに幸せになってほしいという話
技術が好きでエンジニアになったのに、
常に比較され、正しさを競わされ、余裕を失っていく。
そんな姿を、何度も見てきました。
安心して質問でき、失敗してもやり直せ、自分のペースで成長できる。
そういう環境をつくることは、エンジニアが長く、幸せに働くための前提だと思っています。
自分を消すことではなく、チームの未来に余白を残すこと。
その選択を、これからも続けていきたいと思います。