AIエージェントの性能は、モデルの賢さだけで決まりません。どんな指示を読み、どの道具を使い、何を覚え、どの役割へ委任するか。モデルの周囲にある「仕事の仕組み」でも大きく変わります。
Google Cloud AI Researchなどの研究者は2026年10月9日、モデルの重みを変えずに、その周囲の実行環境を再帰的に改善する研究「Harness²」をarXivで公開しました。公開リポジトリにはApache 2.0のコード、ローカルデモ、ベンチマーク実行手順があります。
これは正式なGoogle製品ではなく、研究実装です。論文とREADMEは確認しましたが、今回コード全体の監査やデモ実行は行っていません。以下の性能値は著者側の実験結果で、独立再現ではありません。
「モデル」ではなく「ハーネス」を改善する
Harness²でいうハーネスは、モデルを実際の仕事へつなぐ周辺構造です。公開実装では、次の8要素を編集対象にしています。
- システムプロンプト
- ガードレール
- メモリ
- ツール利用ガイダンス
- サブエージェント
- スキル
- スクリプト
- プラグイン
つまり、モデル自体を追加学習するのではなく、「この仕事で失敗したのは、指示・記憶・道具・委任のどこか」を実行結果から見直します。
2段階で改善する
Harness²には、現在の仕事を改善する短い循環と、改善経験を次の仕事へ持ち越す長い循環があります。
1. タスク単位の再帰
現在の仕事に対して変更案を作り、実際に試し、元の実行との違いを比べて採用候補を組み合わせます。研究ではこれを「Propose–Probe–Compose」と呼びます。
正解データや外部の採点器がなくても、変更前後の行動差をEvidenceとして使う設計です。複数案を同時に試す並列方式と、変更を積み重ねる逐次方式があります。
2. ハーネス改善そのものの再帰
各仕事で採用されたハーネスと、なぜ変更したかというEvidence付きの教訓をライブラリへ残し、次の仕事の改善に使います。
ここがMORIのHuman OSと特に重なる部分です。完成物だけでなく、「どの失敗を見て、何を変え、実行がどう変わったか」を持ち越します。
著者らが報告した結果
著者らはWorkBuddy-Bench、JobBench、Legal Agent Benchmarkの3種類で、GLM-5とGemini 3.5 Flash、OpenCodeとCodexの構成を評価しました。
1回の改善ステップで、基準ハーネスに対して最大で次の向上を報告しています。
- WorkBuddy-Bench:11.5ポイント
- JobBench:4.5ポイント
- Legal Agent BenchmarkのPartial pass rate:11.8ポイント
一方、すべての試行が良くなったわけではありません。論文の失敗分析では、弱い候補の選択、間違った前提の共有、実行ばらつき、評価欠落などにより9件の回帰が確認されています。
論文自身も、実行ベースの比較は共有されたモデルバイアスやばらつきの影響を受け、正しさや別タスクへの転移を保証しないと明記しています。再帰回数を増やすほど推論コストも増えます。
MORIとの接点
Human OSでは、AIの自己申告ではなく、実行結果・ログ・外部状態をEvidenceとして判断を更新してきました。Harness²は、そこからさらに一歩進み、「Evidenceをもとに、AIの仕事の仕組み自体を改善する」実装です。
特に接続しやすいのは次の点です。
- Failureを責めず、改善対象へ変える
- 現在の仕事向け変更と、次回へ持ち越す教訓を分ける
- 採用結果だけでなく、候補の実行差もEvidenceとして残す
- モデル順位ではなく、プロンプト・道具・記憶・役割分担まで含めて改善する
- 変更しない「KEEP_BASE」も正当な判断として扱う
ただし、そのままHuman OSへ導入してよいとは限りません。READMEによると、実行エージェントのネットワークアクセスは制限なしで、Codexはサンドボックス無効が前提です。評価前にネットワーク制限を設定するよう注意書きがあります。MORI環境へ持ち込むなら、権限・課金上限・秘密情報・外部書き込み・停止条件を先に囲う必要があります。
公開実装の現在地
- 論文:arXiv v1、2026年10月9日。未査読
- コード:GitHubで公開、Apache 2.0
- ローカルデモ:モデル認証情報なしで動くとREADMEに記載
- モデル利用ベンチマーク:API費用が発生
- 対応実行系:OpenCode、Codex
- 製品状態:正式サポート対象のGoogle製品ではない
- 今回の確認:論文・README・ライセンス・実行条件を読了
- 今回の未実施:コード全体監査、依存関係監査、ローカルデモ、ベンチマーク再現
まとめ
Harness²の面白さは、「新しいモデルを待つ」以外の進化経路を具体化したことです。固定したモデルでも、指示、記憶、スキル、道具、委任、実行規則をEvidenceに基づいて組み替えれば、仕事の質を改善できる可能性があります。
これはHuman OSのFailure Library、Role Fit、Evidenceによる判断更新と強く接続します。一方、著者自身が回帰・共有バイアス・追加コストを認めており、公開実装は強い権限で動く前提です。魅力的な研究だからこそ、「改善できる」と「安全に任せられる」は別に検証する必要があります。
出典
- Xu et al., Harness²: Recursive Agent Harnessing for an Open World(arXiv v1、2026年10月9日)
- Google Research, google-research/harness2(公開コード、README、Apache 2.0)



