はじめに
先日、自作の「棚撃ち式 Excelマネージャー」を手元の姿のまま GitHub に公開した、という記事を書きました。
長年家で育ててきた約百二十本のマクロを「棚」として並べ、AI にゼロからコードを書かせるのではなく、手元のマクロを一撃で撃たせる。名付けて**「棚撃ち式」**です。
公開の直前には、設計役の Claude が勝手に先撃ちを外して二十七秒も迷走し、「服を脱げ!」と深夜に取り調べをする一幕もありましたが、道具の芯に先撃ちを復元したことで、手元の環境は本来の神速を取り戻していました。
そんな折、海外の AI 開発者界隈で**「文字を一切書かない最新の AI モデル」**が大きな話題になっているのを目にしました。
元 OpenAI の研究者(Diogo Almeida 氏)が立ち上げた TypeSafe AI というチームが、二年間ステルスで開発して先週(九月十五日)発表した**「Jev(ジェブ)」**というモデルです。会話や文章を一切生成させず、判定や選択だけに特化させた「System 1(直感・即座の判断)」モデルなのだそうです。出力テキストを作らないため出力費用はかからず、わずか数十〜数百ミリ秒という秒速で判定を返し、余計な文章を書かないため嘘(ハルシネーション)をつく余地すらありません。
その技術解説を読んだとき、私は思いました。
**「なんだ、私たちが家で泥臭くやってきた『棚撃ち』と全く同じじゃないか」**と。
世の中の最先端が「AI に文章を書かせない」「AI に余計な思考をさせない」方向へ進み始めているのなら、手元の棚をさらに充実させれば、日常の面倒な表仕事はもっと一瞬で片付くはずです。
そこで今回は、開発実動役である Google の Antigravity(Gemini)に頼んで、現場で最も厄介な「汚れた帳票」を一行一件に整える新しい棚マクロを追加してもらい、実際に動かしてみた話を記録します。
TL;DR
- 最新AI「Jev」の設計思想(文字を書かせず、判断・選択だけに特化させて秒速・低コストで動かす)が、まさに手元の**「棚撃ち式(先撃ち)」の狙いと完全に一致**していました
- AI に毎回ゼロからコードを書かせると、通信待ちで遅く、トークンを食い、参照ズレなどのミスが混ざります。現場では**「判断=AI」「実行=ローカルの確定マクロ(棚)」**と役割を割り切るのが一番速くて確実です
- Google の Antigravity(Gemini)に頼み、セル結合・空行・不要図形が散らかった帳票を、一発で一行一件の一覧表に整える新しい棚マクロを追加してもらいました
- 実機で動かしたところ、言葉で頼んで AI 通信 〇 回・約一秒で、散らかった帳票が一瞬にして綺麗な一覧表に生まれ変わりました
- 実際に動かした一部始終を、短い実演動画としてそのまま公開しました
第一幕:「文字を書かない AI」の衝撃と Jev
九月中旬、AI 界隈のタイムラインを眺めていて、ある技術発表に目が釘付けになりました。
TypeSafe AI から公開された**「Jev(ジェブ)」というモデルです。元 OpenAI の研究者が二年間ステルスで開発していたもので、その設計思想は極めて明快でした。「会話や文章を生成することを完全にやめ、判断(分類・選択・確率判定)だけに特化する」**というアプローチです。
従来の ChatGPT や Claude は、いかに賢そうな長文を生成するかを競ってきました。ですが、バックエンドの業務自動化などで実際に使っていると、誰もが三つの壁にぶつかります。
- 遅い(一文字ずつトークンを作るため、十数秒から数十秒待たされる)
- 高い(出力した文字数に応じて費用が跳ね上がる)
- 嘘をつく(自信がないところでも無理に作文し、もっともらしい嘘をつく)
これに対し、Jev は文章を一切書きません。
たとえば「日本の首都は?(福岡・札幌・名古屋・大阪・東京)」と問われた場合、解説文など一行も書かず、「100% 東京」と判定値だけを返します。
入力にはごくわずかな費用(百万トークンあたり〇・〇四二ドル)がかかりますが、出力トークンが存在しないため出力費用は無料。応答速度は 七十〜五百ミリ秒(秒未満) という圧倒的な爆速です。そして余計な作文をしないため、物理的にハルシネーションを起こす隙がありません。
人間の認知心理学でいう「ファスト思考(直感・即座の判断)」と「スロー思考(論理的な熟考)」でいえば、前者のファスト思考を Jev が引き受け、判定に迷うグレーゾーンだけを重い推論モデルや人間に回すという二段構えのアーキテクチャです。
この技術思想を知ったとき、胸のすく思いがしました。
「AI に考えさせて文章やコードを書かせるから遅くて狂う。AI には判断だけを秒速で下させ、実際の作業は裏側の確実なプログラムに任せる」
世の中の最先端が向かい始めたこの構造を、私たちはすでに「Excelマネージャーの棚撃ち」として手元で動かしていたからです。
第二幕:Antigravity(Gemini)に「帳票整理の棚」を作らせる
理屈が合っていると分かれば、あとは手元の道具を鍛えるだけです。
今回は Google の開発エージェント「Antigravity」を開き、実動役の Gemini に新しい棚マクロを一本仕込んでもらうことにしました。
お題にしたのは、実務で最も人を憂鬱にさせる**「汚れた帳票エクセル」**です。
- 項目名もデータもあちこちセル結合されている
- 見栄えを整えるためだけに無意味な空行が挟まっている
- タイトルや注記の図形・テキストボックスが邪魔な位置に浮いている
- 印刷範囲もバラバラ
こういう表を直すとき、AI に「A5 セルを解除して、三行目を消して……」と一歩ずつ頼んでいたら、何往復も通信して日が暮れてしまいます。
そこで、Gemini にこう頼みました。
「結合セルを解いて、不要な空行や図形を一掃し、データを一行一件の綺麗なテーブル(一覧表)に組み直すプロシージャを、Excelマネージャーの『棚』として追加してほしい」
Gemini は手元の構造を読み込み、本体ブック(秀コンボ.xlsm)の標準モジュールへ棚マクロを的確に注入してくれました。コンパイルを通し、アドイン(秀コンボ.xlam)へも一発で更新登録を完了させます。
これで、手元の棚に「帳票を一撃で整える確定的な VBA」が新しく配備されました。
第三幕:実際に動かすとこうなる(ノーカット実演)
では、新設した棚を使って、実際の帳票を直すとどうなるか。
言葉で説明するよりも見ていただくのが一番早いので、画面の動きをそのまま録画して YouTube に置きました。約一分の短い動画です。
▼ 実際の動作の様子(YouTube)
https://youtu.be/cuLP27K-rjk
手順はいたって素朴です。
- 結合セルや空行で散らかった帳票を開く。
- 画面の指示欄に「帳票を一覧表に整えて」と貼り付け、実行ボタンを押す。
- 画面に「先撃ち」の確認が出る。
- 「はい」を押したその瞬間──
動画を見ていただければ分かりますが、「はい」を押した約一秒後、画面上の不要な図形が消え、結合が解かれ、見事な一行一件の一覧表が目の前に現れます。
この間、クラウドの AI との通信は 〇 回です。
AI に毎回お伺いを立てて「次はどのセルを直しますか?」などと往復通信を繰り返す隙すら与えません。
指示欄の日本語から「これはあの棚の出番だ」と一撃で判断(先撃ち)し、裏側の VBA が手元のパソコンの中で猛スピードでシート全体を掃除したのです。
AI に文章やコードを書かせず、判断だけをさせて手元の道具を一撃で撃つ。
その威力が、まさにこの一秒に凝縮されています。
事実と見立ての仕分け
ここで、今回の試みにおける事実と見立てを整理しておきます。
事実(実機で確認できたこと)
- 棚の追加: Google Antigravity(Gemini)によって、帳票整美のための VBA プロシージャが本体およびアドインへ正確に追加された。
- 実測速度: 散らかった結合セル帳票に対し、先撃ちによる棚マクロが発動し、AI 通信 〇 回・約一秒未満で一行一件の一覧表へ変換された。
- ミスの不在: AI がその場で即興でコードを書かないため、構文エラーや参照ズレといったトラブルが一切発生しなかった。
見立て(現場の視点として言えること)
- AI の使いどころ: AI は「作業員」としてキーボードを叩かせるよりも、「交通整理員」として手元の道具の引き金を引かせる方が、圧倒的に速く、安く、安全である。
- VBA の現在地: 「AI の時代に VBA なんて」という声もありますが、ローカルで確定的に最速で動くスクリプトの価値は、AI に確実な「手足」を与える道具として、むしろ今になって輝き始めている。
正直な線引き/動く条件
手放しで何でも直せるわけではありません。正直な線引きも記しておきます。
- 棚にない形は一撃では直らない: あくまで「過去に現場でよく遭遇し、棚として整備してある処理」だからこそ一秒で終わります。全く未知のレイアウトや、文脈に応じた高度な自然言語の読み取りが必要な場合は、棚撃ちではなく通常の AI による分析や直接編集に頼る必要があります。
- 棚の品質がすべてを決める: 今回のように綺麗に整うのは、Gemini が書いた棚マクロがセルの結合解除やデータの詰め方を堅牢に実装していたからです。棚のマクロ自体にバグがあれば、一撃で表が壊れるリスクもあります。
- 日常の業務から棚を育てていく必要がある: 最初から完璧な万能棚があるわけではありません。「この作業、前にもやったな」という定型業務を一つずつ棚に入れていく地道な積み重ねがあって、初めてこの環境が成り立ちます。
おわりに
「AI を導入したけれど、返事を待っている時間が長くて、自分で直した方が早い気がする」
そんな違和感を持ったことがある方は少なくないはずです。それは AI の頭が悪いからではなく、**「AI に考えさせなくていい作業まで、律儀に AI に考えさせているから」**ではないでしょうか。
世の中の最先端が「文字を出力させず、判断に特化する」方向へ舵を切り始めているように、日々の Excel 業務もまた、「判断だけを AI に頼み、作業は裏側のマクロに一撃で叩かせる」という形が一番理にかなっています。
AI に迷わせず、手元の道具を一撃で撃つ。
その爽快感を、ぜひ実演動画を通して感じていただければ幸いです。


