はじめに
前回、記事の途中でこう書きました。しつけの重さは、そのまま請求書に出る。 そして「ここは書きたいことが別にあるので、次に回します」と置きました。
その翌日に、一本の動画を見ました。ReHacQ が九月二日に公開した、チームみらいの安野貴博さんの回です。総理にAIの家庭教師をしたことがニュースになった、あの安野さんです。
結党一年を振り返る五十分の番組で、政治の話が大半です。ただその中に、AIの話が一か所あって、そこで安野さんが挙げていた問題が、前回私が「次に回した」ものと同じでした。私の言葉で短くまとめると、こういう話です。
- AIがエージェント的に、自分で考えて動くようになるほど、考えるぶんのトークンが爆発する。費用も一緒に爆発する
- これは人件費とシステム費の中間のような、これまで無かった費目になる
- 今年の前半には、たくさん使う人が偉い、という空気すらあった。いまは逆で、一トークンあたりの成果を作らないといけない。党内では出力ごとに「この作業に何円かかった」を表示しているそうです
細かい言い回しは本編に譲ります。私が引っかかったのは、問題の立て方が正確だったことです。トークンが爆発するのは、AIが賢くなったからではありません。AIに考えさせる回数が増えたからです。
うちの犬の請求書を、その目で読み直してみました。今日は、その話です。
TL;DR
- AIエージェントの費用は、賢さではなく往復で決まります。一往復ごとに、それまでの経緯を積み直して送るので、往復が増えると費用は往復の数の二乗に近い形で伸びます
- うちの犬(Excelコンボ)は、一つの注文に往復四回、経緯を抱えたまま飛びます。ログに送り字数が出ているので、一枚の請求書として読めます
- 字数に Gemini の公表単価を当てると、一往復で半セント前後、一つの注文で数セントです。字数をそのままトークン数とみなした概算で、思考のトークンは入っていません
- 放し飼い側も数えました。同じ表、同じ指示を「次の一手を毎回モデルに決めさせる」作りでやると、一つの注文で入力 500,946〜694,154 トークン。一往復の最小が 121,278 トークンで、往復のたびに全部を積み直しているのが見えます。桁で見て一往復で二十倍、一つの注文で数十倍
- 安いことより、先に読めることのほうが大きいと思っています。どこを嗅ぐかを先に決めてあるので、何を送るかが注文の前に決まっている
- なぜ読めるのか。ループがAIの側ではなく、VBAの側にあるからです。材料を集めるのも、実行するのも、止まるのも、VBAが決めている。AIエージェントがすることの多くは、VBAでもやれてしまう
- 安野さんの側にも、同じ形がありました。AIが聞いて人が答え、論点を集めてから、最後は人が決める。AIが嗅いで、人が決める。 忠犬と同じ順序です
爆発の正体は、賢さではなく往復
AIエージェントが「自律的に動く」というのは、一言で言えば、次に何をするかを、毎回AIに決めさせることです。
シートを読む。足りないのでもう一か所読む。書く。読み戻して確かめる。違ったので直す。この一手ごとにAIへ問い合わせが飛びます。そして問い合わせのたびに、それまでのやり取りを全部積み直して送ります。AIは前の会話を覚えていないので、こちらが毎回持たせるしかない。
五往復目は五回ぶんの荷物を背負っています。十往復目は十回ぶんです。だから費用は往復の数に比例するのではなく、二乗に近い形で増えます。安野さんの言う「考えるトークン」は、AIが賢く悩んでいる時間というより、この積み直しの繰り返しのことだと私は読みました。
ここで大事なのは、これが設計から出てくることです。使い方が下手だから爆発するのではない。「次をAIに決めさせる」と決めた時点で、往復の数が読めなくなり、費用が読めなくなる。放し飼いにした犬が、どこまで走るか分からないのと同じです。
うちの犬の請求書
前回、前々回と使ってきたログを、もう一度出します。三本目の動画で、住所の名簿を整えさせたときのものです。
| 送り | 返り | 履歴 | 待ち | |
|---|---|---|---|---|
| 一回目の一往復目 | 2,234字 | 60字 | 0字 | 1.7秒 |
| 一回目の二往復目 | 4,128字 | 41字 | 2,323字 | 7.1秒 |
| 二回目(言い直し) | 6,751字 | 48字 | 6,678字 | 14.5秒 |
一回目の注文は往復四回、二十一秒。言い直した二回目は往復二回。モデルは三回とも gemini-3.7-flash、一番安くて速い側のものです。
前回まで、この表を「速さ」と「経緯が飛んでいる」の話として読んでいました。今回は請求書として読みます。
Gemini の公表単価は、gemini-3.7-flash の有料枠で、入力が百万トークンあたり0.75ドル、出力が百万トークンあたり3.75ドルです(二〇二六年九月三日に確認。年内の価格で、来年から上がると書いてあります)。
字数をそのままトークン数とみなして掛けます。一番重い三行目で、送り6,751字は約0.5セント、返り48字は約0.02セント。一往復で半セント前後です。一回目の注文は往復四回なので、多めに見ても数セント。日本語のトークンの数え方は字数と一対一ではないので、実際は前後しますし、思考のぶんのトークンは表に出ていません。ただ、倍に見積もっても桁は変わりません。
安野さんの党内の表示は「この作業に300円」でした。仕事の中身が違うので、比べる話ではありません。私が言いたいのは、うちの犬は、注文を出す前から、だいたい何円か分かっているということのほうです。
放し飼い側の請求書も、数えてみた
読めるのは分かった。では放し飼いにすると、いくらになるのか。理屈だけで「二乗で増える」と書くのは気が引けたので、こちらも実測を出します。
同じ「テスト用4」の、同じ A3 の三行の指示を、九月二日の夜に別の作りでやっていました。Claude Code から VBAマネージャー(私が家で作っている、Excel を外から動かす道具)を呼ぶ形です。こちらは次の一手を毎回モデルに決めさせる作りで、いわば放し飼いの側です。Claude Code は往復ごとのトークン数を記録に残すので、そこから数えました。
| 往復 | 入力トークン | うちキャッシュ読み | 出力トークン | |
|---|---|---|---|---|
| 一回目(44秒) | 4 | 500,946 | 493,900 | 2,477 |
| 二回目(18.5秒) | 5 | 694,154 | 688,309 | 1,293 |
同じ表、同じ指示、同じ家、同じ人。違うのはループの置き場だけです。
一往復の中身を見ると、一番軽い往復でも入力が 121,278 トークンあります。システムの指示、私が書き溜めた作法の帳面、記憶、道具の説明書、それまでの会話。往復のたびに、それが丸ごと積み直されています。 往復ごとに千から三千ずつ増えていくのが、上の表の「二乗」の実物です。
うちの犬の一番重い往復が 6,751 字でした。放し飼い側の一番軽い往復が 121,278 トークン。字とトークンは一対一ではありませんが、桁で見て一往復で二十倍、一つの注文で数十倍です。念のため書くと、放し飼い側の入力はほとんどがキャッシュ読みで、単価は通常の入力より安く設定されています。それでも積み直していることに変わりはなく、トークンの数としては上のとおりです。
もう一つ、この記録には「考え込み」も数字で残っていました。同じ仕事で、書き込みの前に129秒止まった回があります。その往復の出力は 9,856 トークン。止まらなかった回の同じ位置の往復は 557 トークンでした。安野さんの言う「考えるトークン」は、私の手元では 9,856 という実数になっていました。しつけが甘いと往復が増える、と前回書きましたが、往復が増える前に、一往復の中で考える量が増えます。
なぜ、先に読めるのか
理由は、前回書いた「しつけの七項目」に全部あります。
どこを嗅ぐかを、先に決めてある。 送り2,234字のうち、私が打ったのは約50字です。残りは道具が集めた材料で、値・数式・シート構造・名前付き範囲の四種類。何を送るかが、注文の前に決まっています。 AIが「もう少し見せてくれ」と言って追加の材料を取りに行くことはあります(だから往復が四回になります)。ただ、それも私が書いたVBAの中で起きることで、嗅げるものは四種類から増えません。
何をするかが、五本に固定してある。 書く、書式を変える、行や列を動かす、条件付き書式、置換。AIが何を答えても、実行はこの五本のどれかです。五本の外に出る往復は、そもそも起きません。
しつけが済んでいるので、賢いモデルが要らない。 材料は先に集まっていて、注文の型は定型と手順書で決まっている。AIに残っているのは「この材料を、この型のとおりに変換する」だけです。だから Flash で足ります。前回「しつけが、そのまま費用と速さになっている」と書いたのは、この意味でした。
経緯を抱えて飛ぶが、抱えている量が画面に出る。 履歴6,678字、と経過タブに出ます。積み直しは起きていますが、いくら積んでいるかが見えている。見えていれば、会話を切って軽くする判断が、こちらでできます。
まとめると、こうなります。ループが、AIの側ではなく、VBAの側にある。 材料を集めるのも、実行するのも、どこで止まるかも、VBAが決めていて、AIは真ん中で一回ずつ答えるだけです。AIエージェントの働きのうち、AI本体がやっているのは「文字を受け取って文字を返す」だけで、残りは全部ループの側にある。そのループは、Excelの中では VBA で書けます。
AIエージェントがすることの多くは、VBAでもやれてしまう。 これはこの夏、道具を作りながら気づいたことで、動画を見て、費用の話としても同じことが言えると分かりました。
窓は配ったが、手が無い
動画には、もう一つ引っかかった話がありました。
政府の中では、五月にデジタル庁が全省庁にAIのプラットフォームを配って、約十六万人の職員が使えるようになっている。ただ、最近のレポートでは管理職級以上はほとんど使っていないらしい。浸透の壁があって、その先にトークン予算の壁が来る。安野さんはそう言っていました。
私はこれを、窓は配ったが、手が無い、と読みました。チャットの窓を開いても、目の前のExcelの表はそこにありません。表をコピーして貼って、答えをまた貼り戻す。それをやるくらいなら自分でやる、となるのは自然なことです。役所に限らず、事務の仕事の多くはExcelの上で回っています。
Excelコンボは、その表の隣に窓があります。開いている表がそのまま対象で、材料は道具が集めて、答えはVBAが表に書く。手が、仕事の中にある。
そして手が仕事の中にあると、費用の話も変わります。一つの注文が数セントで、しかも先に読めるなら、十六万人に配っても費目として立てられます。逆に、往復の数が読めない道具を十六万人に配るのは、安野さんの言うとおり、予算の壁にぶつかります。壁の手前で止まるか、壁が来ない設計にするか。私の答えは後者で、それはExcelの中でなら、もうできていました。
安野さんの側にも、同じ形がある
最後に、動画で一番面白かったところを書きます。
チームみらいには「AIインタビュー」という仕組みがあるそうです。普通のAIは人が質問してAIが答えますが、これは逆で、AIが国民に質問して、人が答える。法案ごとに、なぜそう思うのか、どういう立場か、具体的な話はあるか、とAIが掘り下げていく。比例削減の回は、二十四時間で千時間ぶんの答えが集まったそうです。
ここで安野さんが言っていたことが、私には忠犬の話そのものに聞こえました。集まった量は参考にしない。参考にするのは論点の幅で、一人か二人しか言っていないことの中に、誰も気づいていなかった大事な論点がある。実際に、ある法案でIoT機器の中のSIMの話が出てきて、法案の中身が変わった。そしてAIインタビューで論点を集めてから、現地のリアルなインタビューに行く。最終の判断は執行役員会で、決めるのは安野さん本人だ、と。
AIが嗅いで、人が決める。 しかも、リアルの前にAIで的を絞る。うちの犬が、注文の前に材料を集めておくのと、同じ順序です。規模は違いますが、形は同じでした。
安野さんの原点は Excel VBA だと、以前に活字で読みました。小学生のときに父親のパソコンで Excel の数式をいじるうちに VBA に辿り着き、独学でゲームまで作った、という話です。
別のインタビュー動画では、Excelは侮らないほうがいい、とも言っていました。
トークン費用爆発問題を「AIの設計の側で解ける」と言える人は、たぶん、ループというものを自分の手で書いたことがある人です。安野さんの言い方が正確だったのは、そういうことなのだと思っています。
事実と見立ての仕分け
例によって仕分けます。
事実。 放し飼い側の数字(往復の数、入力・キャッシュ読み・出力のトークン数、9,856 と 557)は、九月二日の Claude Code の記録に残っていた往復ごとの実測値を、そのまま足したものです。仕事は同じ「テスト用4」の A3 の三行の指示で、こちらの表の実測と同じ日の夜のものです。
動画は ReHacQ が二〇二六年九月二日に公開したもので、出演は安野貴博さん、須田えいたろうさん、後藤達也さん、今野忍さんです。トークン費用の話、政府のAIの話、AIインタビューの話は、字幕から自分の言葉でまとめたもので、直接の引用ではありません。正確な言い回しは本編で確かめてください。
ログの数字(送り・返り・履歴・待ち、往復四回、モデル名)は九月一日の録画に映っていた経過タブの実測値で、前回・前々回と同じものです。Gemini の単価は九月三日に公式の料金ページで確認した数字です。安野さんの原点の話は、朝日小学生新聞のインタビュー記事と、公開されているインタビュー動画で確認したものです。
概算。 「一往復で半セント前後」は、字数をそのままトークン数とみなした計算です。実際のトークン数はログに出ていません。思考のぶんのトークンも入っていません。桁が変わらないことは倍に見積もって確かめましたが、実測ではありません。
見立て。 「爆発の正体は往復である」は私の読みです。「窓は配ったが、手が無い」も、動画の一言から私が組み立てた言い方で、政府の中の実情を知って書いているわけではありません。「安野さんの言い方が正確なのは VBA を通ったからだ」は、完全に私の想像です。
正直な線引き
- 往復は一回ではありません。 一つの注文で四回です。道具が材料を先に集めても、AIが追加の材料を求めれば往復は増えますし、履歴も積みます。読めるのであって、ゼロではありません
- 放し飼い側の比較は、単位がそろっていません。 こちらは字数、向こうはトークン数です。向こうの入力はほとんどキャッシュ読みで、単価も違います。桁の話として読んでください。それと、向こうで動いていたのは Claude、こちらは Gemini の Flash で、モデルも違います。ループの置き場の差だけを取り出した実験ではありません
- 概算の前提が二つあります。 字数イコールトークン数。思考トークンは未計上。実トークン数を経過タブに出すのは、道具側の次の改修です
- 開いた仕事には向きません。 何をするか決まっていない探索や、何段にもわたる自律作業は、この設計では届きません。安いのは、短くて定型で回数の多い仕事に絞ったからです
- 会話が長くなれば、この犬でも履歴は太ります。表の三行目がそれです。言い直せるのは、ただではありません
- Windows 版の Excel の話です。Mac や Web では動きません
- 道具は前回から一行も変えていません。ログも同じものです。この記事は、同じ表を請求書として読み直しただけの回です
おわりに
同じ表を三回使いました。一回目は速さの話、二回目は経緯の話、今回は請求書の話です。表は一枚も変わっていないのに、読む目が変わるたびに、別のことが書けてしまう。
安野さんの動画を見て、自分の道具の値打ちが一つ増えました。速いとか、覚えているとかの前に、いくらかかるかが、注文の前から分かっている。それは犬が賢いからではなくて、どこまで走らせるかを、こちらが決めているからでした。
安野さんに、一つだけ伝えたいことがあります。あなたがいま一番の問題だと言っているトークン費用の爆発は、あなたがプログラミングに入った入口の Excel の中で、もう答えが見えはじめています。
うちの犬の請求書は、一枚で読めます。


