前回の記事では機械学習・AI プロジェクトの進め方に関する方法論をまとめたのですが,そもそも「いいプロジェクトをどう作ったらいいか」をよく聞かれます.
いいプロジェクトはいいビジネス課題を捉えていると言えるでしょうか? もしそう仮定するなら,まず経営学の手法で問題を整理し,全体感を捉えた上で長所を伸ばしたり短所を補ったりすることで,機械学習・AIのプロジェクトを作れるかもしれません.
そこで,経営戦略のフレームワークを少し紹介します.
想定読者
- 新たに機械学習・AI プロジェクトを立ち上げようとしている方
- いま関わっている機械学習・AI プロジェクトの内容に根本的な疑問がある方,内容面の改善をしたい方
- 経営学の超初歩に興味のある機械学習・AI 研究者/エンジニア
競争の型とビジネス戦略
ビジネス書には様々な戦略が紹介されており,それで結局自分はどうすればいいのか,なかなか理解に苦しみますよね.しかしとても分かりやすい整理がありました.
入山章栄の『世界の経営学者はいま何を考えているのか』という本の中にこういう図が出てきます.
出典: Biz/Zine
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左下は競争環境が安定しており,ライバルとの競争を避けるための戦略を採用すべき状況です.代表的にはポーターで,分析フレームワークとしては 5F・STP が有名です.キーワードは「他社」になります.
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中央は競争が激しいが連続的.なので自社の強みを武器とする RBV 戦略が向いており,キーワードは「自社」.バーニーの VRIO などがその構図を明らかにしてくれます.
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右上は,もっと不連続で先の読めない環境なので,自分自身もどんどん変化しながら顧客にアジャストしていく必要があります.キーワードは「顧客」で,デザイン思考やリーン・スタートアップ的なアプローチになります.
こう見ると,3C 分析の要素のうちどれを重視するかの違いとも言えそうですね.
機械学習や AI は,技術それ自体がどんどん進歩すること,成熟度やリテラシーが低く顧客の真のニーズが見えづらいことから,産業ドメインや社内/社外に関わらず,右上の顧客中心の考え方がいいのではないかと思っています (社内に適用するときも便宜的に「顧客」と呼ぶことにします).という訳で以下には顧客中心の整理法・思考法を紹介しますが,もしかしたら VRIO や 5F を基に AI プロジェクトを作るのも可能かもしれません.
顧客中心のフレームワーク
ペルソナ分析
抽象的な "ユーザ" では,何を求めているのか想像すらできません.まずターゲットになりそうな人物像や置かれている状況を具体的に描き出します.一般的には自分に近い方がリアリティがあり分析結果の有用性が増しますので,もし自分と遠い感覚の顧客をターゲットとするなら,早めに直接ヒアリングした方が良いでしょう.
カスタマージャーニーマップ
ユーザーが何を考えどう行動しているかです.カスタマージャーニーマップを作製することで,顧客のどういう課題にどういうタイミングでアプローチすべきかを明らかにできます.もちろん顧客自身のジャーニーは多くが隠されていますので,働き掛けて情報を入手したり,顧客の立場を想像したりすることが大切です.
出典: Visual Paradigm
ジョブ理論
ジョブ理論を用いることで,顧客の顕在的/潜在的なニーズをあぶり出します.
ジョブ理論は,イノベーション論の大家クリステンセンがたどり着いた実用的な型のひとつなので,機械学習・AI に限らずあらゆるビジネスパーソンにとって学ぶ価値があると思っています.
バリュープロポジションキャンバス
バリュープロポジションキャンバスは,提供する製品/サービスと顧客の抱えている問題や得られるものがきちんと対応できているかを見るツールです.
単純に見えて,きちんと埋めるにはかなり頭を使いますが,その過程で理解は圧倒的に深まります.
出典: Strategyzer
ビジネスモデルキャンバス
ビジネスモデルキャンバスは,価値提供を中心に顧客と自社の関係を整理するツールです.競争環境は含まれず,顧客中心主義を象徴しています.
ビジネスモデルキャンバスは最近はだいぶ普及してきて,ビジネスを説明する際にもよく使われるようになってきました.Value Proposition はもちろん,Customer Relationships や Channels あたりも機械学習・AI でブーストできそうですね.
デザイン思考
以上のツール群があったとしても,いきなり完璧なソリューションは描けません.むしろそれは,近年のウォーターフォール否定と同じで,最初から顧客の要望を完璧に見通すことなど不可能であるという考えと歩調を同じくします.そのためには IDEO が代表するデザイン思考が重要になってきます.
出典: IDEO Design Thinking
以上いくつか紹介してきましたが,こういったビジネス分析や思考を取り入れれば確実にいいプロジェクトになるという訳ではありません.むしろ落とし穴を見つけたりコミュニケーションをしたりするのに向いているでしょう.ただ,これらの分析を通じてプロジェクトの完成度が増すだけではなく,他者や顧客への説明能力も圧倒的に向上します.また将来的にピボットするにしても,何を大切にしたプランだったか原点に帰ることも可能になります.AI・機械学習は新しい取り組みですが,こういった先人の知恵を借りるのは重要ではないかと思っています.
まとめ
経営学のツールは様々なビジネスを一般化し比較可能にしてくれます.こういった分析結果は,日々のオペレーションに追われていたり,あるいは新しいビジネスアイデアに惚れ込み過ぎて近視眼的になっているときには,新鮮で厳しい示唆を与えてくれるものです.
本稿では,まさにそこが機械学習・AI プロジェクトの起点になるという視点を述べてみました.
既存の事業やアイデアがあってその改変を目指すというのは,いわゆる "デジタルトランスフォーメーション (DX)" に近いのかもしれません.DX は DX で広大な領域をカバーする活動なので,ここで触れるのは割愛しておきます.
技術はプロジェクトを駆動しないのか?
さて,ここまでで筆を置くのは簡単だったのですが,実はそうもいかない気がします.
正論から言えば,プロジェクトは課題を先に発見・定義し,その解決策としてテクノロジーを用いるべきです.しかし実際には「手元にビッグデータがあるから」「データマネジメントツールを入れたから」といったことを起点にプロジェクトを作りたいこともありますよね.
そういった事情に対しては,たぶん例の scikit-learn のチートシートのAIプロジェクト版があればいいのかな,と思っています.
検索するとこんなまとめも見つかりますが,もう少し目的と近い作りでないとプロジェクト組成には至らなそうですね.
こちらも社内で少し作り始めたのですが,なかなか難しいです….こういうパブリックな場に出せるようになるにはもう少し時間が掛かりそうです.
もし良い情報をお持ちの方がいらっしゃったらぜひ教えてください!