はじめに
私は製造技術の研究者として、これまで画像認識手法の開発やデータ分析などに携わってきました。
現在は、これまでの研究・開発の経験を活かしながら、製造DX、デジタルツイン、データ活用などについて体系的に学んでいます。
その中で、製造DXを学ぶ前に、まず「そもそも製造現場では何を目指して改善しているのか」を理解したいと考え、トヨタ生産方式(TPS)について改めて勉強してみました。
今回読んだのは、大野耐一氏の『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』です。
TPSについてはすでに多くの優れた解説があるので、この記事ではTPSそのものを網羅的に解説するのではなく、TPSを踏まえて、製造DXについてどのように考えるべきなのかを、自分なりに整理してみたいと思います。
そもそもTPSは何を目指しているのか
TPSについて非常に簡単に整理すると、徹底したムダの排除を基本思想とし、品質・生産性・リードタイムなどを高めていく生産の考え方、と理解しました。
その代表的な考え方として、
- ジャスト・イン・タイム(JIT)
- 「にんべんの自働化」
という2本柱があります。
ジャスト・イン・タイム
これは大量に作って在庫として持っておくのではなく、後工程の需要に合わせて生産を流していくというような、必要なものを、必要なときに、必要な量だけ生産・供給するという考え方です。
「にんべんの自働化」
異常や不良を検知したときに設備を停止させるなど、異常を自動的に検知し、不良を後工程に流さない仕組みをつくる考え方です。
単純な自動化によって人の作業を置き換えることとは異なり、異常が発生したときに設備自身が止まることで、品質を工程内でつくり込むことがポイントだと理解しました。
これらの考え方は単なる生産方式というより、製造プロセス全体を需要に対して柔軟に動かすための考え方として非常に興味深く感じました。
「つくりすぎのムダ」について
TPSで最も重要なのが「徹底したムダの排除」です。
その中で特に印象に残ったのが**「つくりすぎのムダ」**についての大野氏の考え方です。
TPSではさまざまな「ムダ」が挙げられていますが、大野氏は「つくりすぎのムダ」を、他のムダを生み出す原因にもなるものとして特に問題視しています。
最初に読んだときは、少し意外に感じました。
待ち時間や不良などは、現場で直接的な損失として認識しやすい一方で、つくりすぎは「設備が動いている」「生産数が増えている」という、一見すると良い状態の中でも発生するからです。
例えば、ある設備の稼働率を測定したとします。
「稼働率が高い=設備を有効活用できている」
と考えてしまうかもしれません。
しかし、その設備で必要以上に製品を作っていたらどうでしょうか。
設備単体では、
- 稼働率が高い
- 生産数も多い
- 設備停止も少ない
という、良好な状態に見えるかもしれません。
ところが工程全体で見ると、後工程が必要としていない製品を先に作っているだけかもしれません。
その結果、
在庫が増える → 保管スペースが必要になる → 運搬が増える → 生産計画が複雑になる
といった、別のムダまで生み出す可能性があります。
大野氏が「つくりすぎのムダ」を特に問題視している理由は、ここにあるのだと理解しました。
そして、この考え方は製造DXを考える上でも非常に重要だと考えます。
単純な設備単体のデータ分析だけでは、見つけられないムダもある。
だからこそ、単にデータを取るではなく、「どこがムダになり得て、その原因は何なのか」という視点からデータ取得を考える必要があるのではないでしょうか。
「とりあえずIoT」ではムダは見つからない?
では、どのようにムダを見つけていくのでしょうか。
製造DXではこのムダを見つけることを目的として、
「とりあえず設備にセンサーを付けて色々なデータを集めてみよう」
というアプローチが取られることがあると思います。
もちろん、現場のデータを取得できるようにすることは重要ですし、そのデータから気づけるムダもあると思います。
しかし、TPSを学んだ後に考えると、ここはもう一段考えを深める必要があるように思います。
例えば設備の温度、振動、電流値、稼働状態などを大量に取得できるようになったとしても、
「そのデータを使って、何を知りたいのか?」
が明確でなければ、大量のデータを前に呆然とし、せっかく集めたデータを十分に活かせないかもしれません。
また何とか分析できたとしても、実は本質的な部分のデータが不足していれば、表面的な相関しか見えず、根本原因にたどり着けない可能性があります。
結果として、問題の「見える化」はできても、根本的な改善にはつながらないかもしれません。
重要なのは、単に「ムダを見つける」という目的だけで終わらせず、「どのようなムダがあり、その原因として何が考えられるのか」まで一段深く考えた上で、仮説を持つことではないでしょうか。
その仮説を検証するために、
「では、何のデータが必要なのか?」
と考える。
これは、私が研究開発で行ってきたこととも非常によく似ています。
研究では、「とりあえず全部測ってみよう」というよりも、何を明らかにしたいのかを定義し、そのために必要な計測方法を考えることが重要です。
製造DXにおけるデータ活用にも、この考え方を持ち込めるのではないかと思いました。
研究者の視点から考える「データ活用」
研究開発では、仮説なくデータを集めることはあまりありません。
まず、
問題から仮説を立てる
↓
仮説を検証するために必要なデータを考える
↓
実験方法・計測方法を設計する
↓
データを取得する
↓
分析して仮説を検証する
という流れで進めます。
もちろん実際の研究では、このサイクルを何度も繰り返します。
製造DXにおけるデータ活用にも、同じ考え方が使えるのではないでしょうか。
例えば、
「製品ラインAのサイクルタイムが長い」
という問題提起があるとします。
そこでムダを洗い出すためにラインAのデータをとりあえず取ってみようではなく、
「その原因はこの設備の待ち時間がボトルネックになっているのではないか」
「それは段取り替えの効率が悪いのではないか」
などのように深掘りした仮説まで思考を巡らせます。
そこで初めて、
- 設備の稼働状態
- 前後工程の開始・終了時刻
- 製品の搬送時間
- 工員の実作業時間
- 段取り替え時間
など、仮説を検証するために必要なデータを考えることができます。
単純に「ムダを見つけるために設備のデータを取る」のではなく、
「ムダを見つけたい」→「どんなムダなのか」→「なぜ起きているのか」→「それを検証するには何のデータが必要か」
という順番で考えるわけです。
これは製造DXにおけるデータ活用でも重要な考え方なのではないかと思います。
TPSと製造DXをどうつなげるか
ここまで考えると、私の中ではTPSと製造DXの関係が少し整理されました。
私自身は現時点では、
TPSは現場における改善すべき指針を示す重要な考え方であり、DXやデジタル技術は、その改善を支援・加速するための手段の一つ
と捉えています。
特にTPSが重視する「ムダを見つけ、減らしていく」という考え方は、製造DXにおいても重要な視点になると考えます。
更に、
「プロセスにおけるムダを減らすには、どこに問題があるのか?」
と深掘りした仮説を立ててからデータを集め、問題を可視化する。
その上で問題の根本的な原因に対し、デジタル技術を使ったアプローチを試みる。
その結果を再びデータで確認する。
このように考えると、私自身は、DXを単に「アナログなものをデジタル化すること」ではなく、データやデジタル技術を活用しながら、改善を継続的に行える仕組みをつくっていくこととして捉えていきたいと思います。
おわりに
今回、TPSについて学んでみて、製造DXを考える上でも「ムダ」という視点が非常に重要だと考えました。
特に印象的だったのは、設備単体では良く見える状態でも、工程全体で見るとムダになっている可能性があるということです。
そう考えると、製造DXにおけるデータ活用で難しいのは、
「見えていないムダを、どうやって見つけるか」
なのかもしれません。
そして、そのためには「とりあえずデータを集める」のではなく、
仮説を立てる → 必要なデータを考える → データで検証する → 改善する
という考え方が重要なのではないかと思います。
まだ製造DXについて学び始めた段階なので、今回の内容もあくまで現時点での私自身の理解です。
今後、PLM、MES、IoT、デジタルツインなどについて学んでいく中で、今回考えた「何を改善するための技術なのか」という視点がどのようにつながっていくのか、自分なりに整理していきたいと思います。
「ムダを見つけるためにデータを集める」のではなく、「原因の仮説を立て、その仮説を検証するために必要なデータを逆算する」――この視点を、これからの製造DXの学習でも大切にしていきたいと思います。