はじめに
こんにちは、エンジニア5年目の嶋田です。
この記事を開いていただき、ありがとうございます!
前回、「MCP・エージェント・ツール」という用語を整理する記事を書きました。
そのときは「AIエージェントは、目標を渡すと自分で計画・実行までしてくれる」という便利さの話が中心でした。
ただ、その後にこんな疑問が浮かびました。
エージェントが「自分で実行まで進める」のはいいけど、
決済とか、ファイル削除とか、重要な操作まで勝手にやられて大丈夫なの?
暴走したらどうするの?
実際、社内で決済導線のE2EテストをPlaywright MCPで自動化した記事を読んだときも、「テスト環境だからいいけど、これが本番の決済処理を直接操作するエージェントだったら、どこまで任せていいんだろう」と気になりました。
調べてみると、この疑問に対する答えが、ちょうど業界としても整理され始めているところでした。
キーワードは Human-in-the-Loop(ヒューマン・イン・ザ・ループ)、略して HITL です。
この記事は、「AIエージェントに、どこまで任せて、どこで人間の承認を挟むべきか」が分からない人 に向けた、超入門ガイドです。
- できるだけ専門用語を使わずに
- 身近なたとえで
- 実務でどう考えればいいかが分かるように
まとめます。
※この記事は2026年8月時点の情報をもとにしています。この分野は動きが速いので、正確な内容は各公式ガイドラインを確認してください。
目次
- まず全体像:なぜ「人間の承認」が必要なのか
- Human-in-the-Loop(HITL)とは
- 人間の関与、4つのレベル
- 「確認してください」だけでは足りない理由
- どこに承認ポイントを置くべきか
- 国内外のガイドラインの動き
- まぎらわしい用語の違い
- まとめ
- 参考文献
まず全体像:なぜ「人間の承認」が必要なのか
細かい話に入る前に、全体像を先に見ておきます。
前回の記事で、AIエージェントは「目標を渡すと、自分で計画・実行・確認まで進める」ものだと説明しました。
これは裏を返すと、人間が細かく指示しなくても、AIが勝手にいろいろ実行してしまう ということでもあります。
- ファイルを削除するツールを呼ぶ
- 外部にメールを送るツールを呼ぶ
- 決済を確定するツールを呼ぶ
こういった 取り消しにくい操作 まで、AIが自律的に進めてしまったらどうなるか。
ここで登場するのが、Human-in-the-Loop(HITL)という考え方です。
イメージとしては、「エージェントの実行フローの途中に、人間の確認ポイントを差し込む」 という設計です。
ここから、それぞれを詳しく見ていきます。
Human-in-the-Loop(HITL)とは
まず「Human-in-the-Loop」からです。
言葉をそのまま訳すと「輪の中に人間がいる」となりますが、これだとピンと来ません。
かみ砕くと、こうなります。
Human-in-the-Loopとは、AIの判断・実行プロセスに、人間の確認・承認・介入をあらかじめ組み込んでおく設計のこと。
たとえば、AIエージェントに「このバグを直して」と頼んだとします。
- コードを読む → 自動でOK
- 原因を調べる → 自動でOK
- 修正案を考える → 自動でOK
- 実際にファイルを書き換える → ここで人間に確認
- 本番環境にデプロイする → ここでも人間に確認
このように、「AIに任せてよい部分」と「人間が確認すべき部分」を、あらかじめ分けておく のがHITLの考え方です。
ここで一つ、調べていて印象的だった観点があります。EU AI Actという、AI規制の代表的な法律の第14条では、高リスクなAIシステムに対して、人間が監督者としてAIの能力と限界を理解し、出力を無視・上書きでき、必要であれば安全に停止できることが求められています1。
条文では「effectively(効果的に)」監督できることが要件になっており、形だけ人間を配置しても、実質的な監督とはみなされない という点が明記されています。つまりHITLの本質は、「人間が読むこと」そのものではなく、「人間が介入する手段を実際に持っていること」 だと言えそうです。
普通にAIエージェントを使うだけの場合との違いは、次の2点です。
| 観点 | HITLなしのエージェント | HITLありのエージェント |
|---|---|---|
| 実行の流れ | 目標から実行まで全自動 | 重要な操作の前で一旦停止する |
| リスク | 暴走・誤操作に気づきにくい | 取り返しのつかない操作を防げる |
| 速度 | 速い(人を待たない) | やや遅い(承認待ちが発生する) |
人間の関与、4つのレベル
エージェントに対する人間の関わり方は、大きく4段階に分けて整理されます。
イメージとしては、こうです。
人間の関与レベルとは、「AIの実行に、人間がどれだけ・どのタイミングで関わるか」の度合いのこと。
| レベル | ざっくり言うと | 身近なたとえ |
|---|---|---|
| in-the-loop(都度承認) | 実行前に、毎回人間が承認する | 新人が一つずつ「これでいいですか?」と確認しながら進める |
| on-the-loop(監視) | 基本は自動、異常時だけ人間が介入する | ベテランが横で見守っていて、変だと思ったら止める |
| out-of-the-loop(完全自動) | 人間は基本的に関与しない | 完全に一人で任せている状態 |
| in-command(統治) | 人間が目的・ルール・停止条件そのものを決める | 現場に立ち会わないが、緊急停止ボタンの設置基準を決める管理者 |
たとえば、
- 「社内文書の要約を作って」→ out-of-the-loopで十分(間違っても被害が小さい)
- 「顧客に送るメールの内容を確認して」→ on-the-loopが妥当(普段は自動、怪しい時だけ人が見る)
- 「決済を確定する」「本番データを削除する」→ in-the-loopが必須(毎回、人間の承認が要る)
- 「エージェントにどこまでの操作を許可するか、そのものを決める」→ これはin-commandの仕事(現場の承認とは別レイヤーの話)
というふうに使い分けます。
先ほどのPlaywright MCPの記事を思い出すと、テスト実行そのものはサンドボックス環境で完結しているので、実質out-of-the-loopで問題ありません。ただ、もし将来「本番環境の決済導線を、エージェントが直接操作する」という話になったら、それは間違いなくin-the-loopの領域に入ってきます。同じ「決済を扱うエージェント」でも、対象が検証環境か本番環境かで、必要なレベルがまったく変わる というのは、記事を書きながら気づいた点でした。
「確認してください」だけでは足りない理由
ここまで、HITLの基本的な考え方を見てきました。ただ、実際に運用を考えたときに、もう一つ引っかかったことがあります。
「AIの出力は、最後に人間が確認してください」というルールだけを決めて、それで安心してしまっていいのか、という点です。
例えば、こんな状況を考えてみます。
あるエージェントが「このコードは仕様通りです」と自信満々に報告してきた。
レビュー担当者は忙しく、AIの説明がもっともらしかったので、深く読まずに承認してしまった。
これは、「人間が確認する」という工程自体は存在しているのに、実質的にはノーチェックで通っている 状態です。
こうなる理由の一つが、自動化バイアス(automation bias) と呼ばれる傾向です。AIがもっともらしい出力を返すと、人間はそれを過信しやすくなります。文章が自然で、専門用語が含まれていて、断定調で書かれているほど、この傾向は強くなります。EU AI Actでも、監督者がこの自動化バイアスを認識していることが、監督の要件として挙げられています1。
つまり、HITLを「導入した」と言うためには、少なくとも次の3つが揃っている必要がありそうです。
- 何を確認すればいいのか、レビューする側に分かる基準があること(「確認してください」だけでは基準にならない)
- 確認した結果、承認以外の選択肢(差し戻す・止める)を実際に取れること(権限がなければ、確認は儀式で終わる)
- 確認した記録が残ること(記録がなければ、同じ見落としが繰り返される)
前回の記事で紹介したPlaywright MCPの決済テストの例で言えば、「AIがテストを完成させた」で終わらせず、そのテストコードが実際にどう動くかを人間が確認し、問題があれば差し戻す、という工程が入っていたからこそ、安定した回帰テストに仕上がっていたのだと思います。
どこに承認ポイントを置くべきか
「全部の操作を人間が承認する」だと、AIエージェントの良さ(速さ・自動化)が失われます。
かといって「全部自動」だと、暴走や誤操作のリスクを抑えられません。
判断基準は「不可逆性 × 影響範囲」
そこで使われる考え方が、「不可逆性」と「影響範囲」の2軸 です。
- 不可逆性:やり直しがきくか、きかないか
- 影響範囲:影響が自分だけか、他人・外部にまで及ぶか
この2軸で操作を整理すると、こうなります。
| 操作の例 | 不可逆性 | 影響範囲 | 承認は必要か |
|---|---|---|---|
| ファイルを読み込んで内容を確認する | 低い(やり直せる) | 狭い(自分の作業だけ) | 不要(out-of-the-loopでOK) |
| ローカルのテストコードを書き換える | 低い(Git等で戻せる) | 狭い | 基本不要 |
| 外部にメールを送る | 高い(送信後は取り消せない) | 広い(相手に届く) | 必要(in-the-loop) |
| 本番データを削除する | 高い(元に戻せない可能性) | 広い(サービス全体に影響) | 必要(in-the-loop) |
| 決済を確定する | 高い(お金が動く) | 広い(顧客・会社に影響) | 必要(in-the-loop) |
つまり、
「やり直しがきいて、影響が狭い操作」は自動化し、
「やり直しがきかない、または影響が広い操作」だけ、人間の承認を挟む。
というのが、実務での基本方針になります。
具体的な仕組みの例
調べていく中で、実務でよく挙げられている仕組みが、主に3つありました。
- 監査ログ:エージェントが「何を読み、どのツールを使い、どう判断し、何を実行したか」を記録しておく。事故が起きたときに、後から原因を追えるようにする。
- サンドボックス(検証環境):いきなり本番環境につなげず、まずは検証環境・読み取り専用環境で動かしてみる。問題なさそうなら、段階的に権限を広げていく。
- 停止手段(キルスイッチ):エージェントが異常な動きをしたときに、すぐに止められる仕組みをあらかじめ用意しておく。
これらは、前回の記事で説明した「MCP」の話ともつながります。
MCPで道具(ツール)とAIをつなぐこと自体は便利になりましたが、「つないだ先で何をしてよいか」までは、MCPという規格そのものは保証してくれません。だからこそ、権限管理・監査ログ・承認フローといった、HITLの仕組みを別途設計する必要がある、ということです。
国内外のガイドラインの動き
ここで、実際の制度面の動きにも触れておきます。
国内:AI事業者ガイドライン
日本では、経済産業省と総務省が「AI事業者ガイドライン」という文書を出しています。これは法律ではなく自主規制ガイダンスですが、調達基準やセキュリティ評価の場面で、実質的な標準として参照されることが多いものです。
- 2024年4月:v1.0 公表
- 2025年3月:v1.1 公表
- 2026年3月31日:v1.2 公表2
このv1.2改訂で、AIエージェントに対して、外部アクションや重要な変更の実行前に「人間の判断(Human-in-the-Loop)」を求める方針が、明確に盛り込まれました。
背景には、企業でのAIエージェント導入が急速に進んだことがあります。「人間が確認してからAIが出力する」という、これまでのチャットボット的な前提だけでは、自律的に行動するエージェントの実態に追いつかなくなってきた、ということです。
海外:EU AI Act
海外では、EU AI Act第14条 が、高リスクAIシステムに対する人間の監督(human oversight)を明確に義務付けています1。
先ほども触れましたが、条文で「effectively(効果的に)」という言葉が使われている点が、個人的には一番印象に残りました。単に人を配置すればいいのではなく、その人が実際に理解・判断・介入できる状態になっているか まで問われている、という読み方ができます。
つまりHITLは、もはや「あると丁寧」な仕組みではなく、AIエージェントを本番導入するうえで、実質的な前提となりつつある考え方 だと言えそうです。
まぎらわしい用語の違い
ここまで出てきた用語は、似ていて混同しやすいです。
違いを表で整理しておきます。
| 用語 | ひとことで言うと | 役割 |
|---|---|---|
| AIエージェント | 自律的に計画・実行するAI | 目標を渡すと動く |
| HITL | 人間の承認を組み込む設計思想 | どこで人が確認するかを決める |
| in-the-loop | 都度承認するレベル | 毎回、実行前に人が見る |
| on-the-loop | 監視するレベル | 普段は自動、異常時だけ介入 |
| 自動化バイアス | 人間がAI出力を過信してしまう傾向 | HITLが形だけになる主な原因 |
| 監査ログ | 実行内容の記録 | 事後に原因を追跡できるようにする |
もうひとつ、よく混同される 「HITLの4レベル」と「エージェントの権限設定」の違い も触れておきます。
- HITLの4レベル:いつ・どのタイミングで人間が関わるかの話
- 権限設定:エージェントにそもそも何をする権限を与えるかの話
「そもそも決済ツールを呼べないようにする」のが権限設定、「決済ツールは呼べるが、実行前に必ず人間が確認する」のがHITL、というイメージです。両方を組み合わせて設計するのが実務的です。
まとめ
今回は、AIエージェントを実務で使ううえで欠かせない、Human-in-the-Loopという考え方を整理しました。
最後に、全体をもう一度まとめます。
| 用語 | 覚え方 |
|---|---|
| HITL | AIの実行フローに、人間の確認ポイントを差し込む設計 |
| in-the-loop / on-the-loop | 新人のように都度確認する/ベテランのように普段は任せて異常時だけ見る |
| 自動化バイアス | 人間はAIの出力を過信しやすい、という前提を持つこと |
| 判断基準 | 「不可逆性 × 影響範囲」で、承認が要るかを決める |
流れとしては、
AIエージェントは自律的に実行まで進められる。
でも、取り消しがきかない・影響が広い操作は、人間の承認を挟むべき。
ただし「確認してください」というルールを置くだけでは、自動化バイアスによって形だけになりやすい。
基準・権限・記録の3つが揃って、初めてHITLは機能する。
この考え方は、国内のAI事業者ガイドラインやEU AI Actでも明確に求められ始めている。
という関係でした。
前回の記事で「MCPはAIと道具をつなぐ共通の差込口」と説明しましたが、つないだ先で何をどこまで自動で任せるか は、また別に設計しないといけない話だと分かりました。
この記事が、「AIエージェントに何を任せて、どこで人間が確認すべきか」を考えるきっかけになれば嬉しいです。
参考文献
- MCP(Model Context Protocol)とは | IBM(前回記事の参考文献、本記事と地続きの内容として再掲)
-
Article 14: Human Oversight | EU Artificial Intelligence Act - EU AI Act(Regulation (EU) 2024/1689)における高リスクAIシステムの人間による監督義務、自動化バイアスの認識、出力の無視・上書き・停止に関する要件の根拠として参照しました。 ↩ ↩2 ↩3
-
総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日公表) - 日本におけるAIガバナンス、AIエージェントに対するHuman-in-the-Loop要件の根拠として参照しました。 ↩
