攻撃者が AI エージェントを使い、偵察から侵入、横展開、データの持ち出しまでを、ほぼ自動で進める事例が公開されるようになりました。人の攻撃者と比べて、攻撃エージェントは速く、疲れず、並行して何本もの攻撃を進められます。
この記事では、攻撃側の AI エージェントが組織の中でどう動くかを整理し、ゼロトラストのどの仕組みが、攻撃のどの段階で効くかを図で説明します。攻撃の手順そのものではなく、防御側の設計に絞ります。
AI を使った攻撃全体の動向は、LLM で攻撃はどう変わったか:2026 年の脅威レポートから読む悪用の実態と防御側の優先順位 でまとめています。
攻撃側の AI エージェントで何が変わったか
公開されている事例から、防御側にとって重要な点を拾います。
人の関与が「要所だけ」になった
Anthropic は 2025 年 11 月、自社の AI を悪用したサイバー諜報活動を検知・遮断したと報告しました。約 30 の組織が標的になり、偵察、脆弱性の特定、認証情報の収集、データの持ち出しといった作業の 80〜90% を AI が自律的に進め、人が判断したのは 1 回の攻撃につき 4〜6 か所だったとしています。要求は数千回に及び、1 秒に何回も送られることがありました。
盗んだトークンをその場で使う
2026 年 2〜3 月には、AI で動いていると名乗る自動化されたアカウントが、公開リポジトリの GitHub Actions の設定不備を次々と探し、複数の有名プロジェクトで CI のトークンを盗み、そのトークンでリポジトリの非公開化やリリースの削除まで行いました(StepSecurity・Orca Security の報告)。見つけた認証情報を、人の確認を挟まずにすぐ次の操作に使っている点が特徴です。
侵入から横展開までが分単位になった
CrowdStrike の 2026 年版 Global Threat Report によると、侵入から横展開に移るまでの時間(ブレイクアウトタイム)は、サイバー犯罪の平均で 29 分、最速では 27 秒でした。AI エージェントに限った数字ではありませんが、人がアラートを見てから対応する運用では間に合わない速さです。
一方で、攻撃エージェントにも弱点があります。先の Anthropic の報告では、AI が実際には使えない認証情報を「入手した」と報告したり、公開情報を重要な発見として扱ったりして、成果を誇張することがあったとされています。失敗も含めて、とにかく大量に試すのが攻撃エージェントの動き方です。これは、防御側が振る舞いで見分ける手がかりになります。
境界型のネットワークは、攻撃エージェントに「自由に動ける場所」を与える
左の境界型では、社内ネットワークの内側に入った時点で「信頼済み」として扱われます。攻撃エージェントは、最初の足場(社員の PC や CI のトークン)から、ファイルサーバー、認証基盤、顧客 DB へと、数十秒おきに次のシステムへ移っていきます。人の攻撃者なら数日かける横展開を、機械の速さで進められてしまいます。
右のゼロトラストでは、内側からの要求でも毎回判定されます。盗まれたトークンで届くのは、そのトークンにもともと許された範囲だけです。そこから認証基盤や顧客 DB へ進もうとする要求は拒否されます。さらに、短時間に大量・広範囲の要求があれば、それ自体を異常として、追加の確認やトークンの失効につなげます。
ゼロトラストは侵入そのものを完全には防げません。ただし、足場を取られたあとに広がる範囲と速さを大きく変えられます。攻撃エージェントの強みが速さと量である以上、ここが最も効く場所です。
攻撃の段階ごとに、ゼロトラストのどの仕組みが効くか
偵察
攻撃エージェントは、外部に公開されている資産(サーバー、管理画面、公開リポジトリの設定など)を短時間で調べ尽くします。外に出しているものを減らし、管理画面をインターネットに公開しないことが、そのまま対策になります。何を公開しているかを棚卸ししておかないと、攻撃エージェントのほうが先に見つけます。
初期侵入
フィッシングの文面作りや、既知の脆弱性を試す作業を大量にこなされます。パスキーなどのフィッシング耐性のある MFA は、偽サイトでは認証が成立しないため、文面の出来に関係なく効きます。脆弱性は、公開からパッチ適用までの時間を短くするしかありません。
認証情報の入手
攻撃エージェントは、見つけた API キーやトークンをその場で試します。キーをコードや設定ファイルに置かない、トークンを短命にして範囲を絞る、の 2 つで、盗まれたときの価値を下げます。攻撃エージェントは使えない認証情報も含めて大量に試すので、認証失敗の急増は有力な検知の手がかりです。
横展開
ゼロトラストが最も効く段階です。要求ごとの判定、ネットワークの細かい分割(マイクロセグメンテーション)、ID ごとの最小権限で、1 つの足場から次のシステムへ進めないようにします。
収集・持ち出し
攻撃エージェントは大量のデータを素早く整理して送り出します。ID ごとのデータ量を監視し、しきい値を超えたら自動で遮断・失効させます。
「速さ」と「数」を逆手に取る:振る舞いで判定する
攻撃エージェントの動きは、人の利用とは形が違います。同じ ID が短時間に大量の要求を送り、次々と別のリソースに触れ、失敗も多い。ゼロトラストの判定に、この振る舞いを材料として加えます。
人の要求数はほぼ一定の範囲に収まります。盗んだトークンを使う攻撃エージェントは、使い始めた途端に要求数が跳ね上がります。最初のしきい値で再認証や人の承認を求め、さらに大きく超えたらトークンを失効させます。
ポイントは、この判定と遮断を自動で行うことです。ブレイクアウトタイムが分単位、場合によっては秒単位になっている以上、人がアラートを確認してから止める運用では間に合いません。
振る舞いで判定する最小例
同じ ID の直近 60 秒の振る舞いから、許可・追加確認・失効を決める例です。実際のログではなく、要求のパターンを固定値で作って試しています(Python 3.13)。
from collections import defaultdict, deque
from dataclasses import dataclass
WINDOW = 60 # 直近 60 秒を見る
@dataclass
class Event:
t: float # 秒
identity: str
resource: str
ok: bool # 認証・認可に成功したか
class BehaviorGate:
def __init__(self, max_req=60, max_resources=10, max_fail=5):
self.max_req, self.max_resources, self.max_fail = max_req, max_resources, max_fail
self.events = defaultdict(deque)
self.revoked = set()
def check(self, e: Event) -> str:
if e.identity in self.revoked:
return "revoked"
q = self.events[e.identity]
q.append(e)
while q and q[0].t < e.t - WINDOW:
q.popleft()
reqs = len(q)
resources = len({x.resource for x in q})
fails = sum(not x.ok for x in q)
if reqs > self.max_req * 3 or fails > self.max_fail * 2:
self.revoked.add(e.identity)
return "revoke" # トークン失効
if reqs > self.max_req or resources > self.max_resources or fails > self.max_fail:
return "step_up" # 再認証・人の承認を求める
return "allow"
2 つのパターンを流し、それぞれの判定結果と、初めて step_up・revoke になった時点を出力しました。
- 人(
alice): 3 秒に 1 回、3 種類のアプリを使う - 攻撃エージェント役(
svc-ci): 盗んだ CI のトークンで 1 秒に 5 回、毎回違うホストを試し、4 回に 1 回は失敗する
alice {'allow': 20}
svc-ci first index {'step_up': 10, 'revoke': 40, 'revoked': 41} -> 秒: {'step_up': 2.0, 'revoke': 8.0, 'revoked': 8.2}
人の利用はすべて許可されました。攻撃エージェント役は、触れたホストが 10 種類を超えた時点(2 秒後)で追加確認になり、失敗が 10 回を超えた時点(8 秒後)でトークンが失効しました。以降の要求はすべて拒否されます。
実際の運用では、しきい値を ID の種類ごとに決める必要があります。CI やバッチ処理のように、もともと要求の多いサービスアカウントもあるためです。ふだんの振る舞いを記録し、そこからの外れ方で判定するほうが誤検知を減らせます。
防御側の自動化も前提にする
公的機関のガイダンスも、AI エージェントを前提にした権限管理と監視を求める方向にあります。米 CISA・NSA と、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、英国の機関は、2026 年 4 月 30 日付の共同ガイダンス「Careful Adoption of Agentic AI Services」で、権限の大きすぎるエージェントは 1 回の侵害の影響を大きくすると指摘しています。そのうえで、エージェントごとの検証できる ID、タスクに必要な範囲だけの権限、ゼロトラストと多層防御の適用、継続的な監視を挙げています。自社で使うエージェントについてのガイダンスですが、「機械の速さで動く主体を、毎回検証し、権限を絞り、振る舞いを見る」という考え方は、攻撃側のエージェントへの備えとそのまま重なります。
攻撃側が自動化した以上、防御側も、判定・遮断・失効までを自動で動かせるように設計しておく必要があります。人は、自動で止めたあとの調査と復旧に時間を使えるようにします。
参考
- Anthropic: Disrupting the first reported AI-orchestrated cyber espionage campaign(2025-11-13)
- StepSecurity: hackerbot-claw: GitHub Actions exploitation
- Orca Security: hackerbot-claw GitHub Actions attack
- CrowdStrike: 2026 Global Threat Report(2026-02-24)
- Careful Adoption of Agentic AI Services(NSA・CISA ほか、PDF)
- NIST SP 800-207: Zero Trust Architecture
- CISA: Implementing Phishing-Resistant MFA(PDF)


