レッドチームの報告や論文では、ジェイルブレイクやプロンプトインジェクションへの強さが「攻撃成功率(ASR)○%」という 1 つの数字で示されます。ところが ASR は、何を成功と数えるか、1 件に何回試すか、どんなプロンプトを集めたかで大きく変わります。条件の違う 2 つの ASR を並べても、比較にはなりません。
この記事では、ASR を左右する条件を公開研究から整理し、同じ評価結果から計算方法だけを変えると ASR がどこまで動くかを Python で確かめます。採点役の LLM(judge)の誤判定と、その補正については別の記事(LLM-as-a-judge の採点は信用できるか)で扱ったので、ここでは judge が正しく採点できている前提で、それ以外の条件に絞ります。なお、Schwinn ら(ICML 2026)は人手で確かめた大量のラベルで judge を監査し、攻撃を受けたモデルの応答では judge の精度が偶然に近い水準まで落ちる場合があると報告しており、judge の確認は ASR を読む前提になっています。
ASR は「分子・分母・試行回数」の 3 つで決まる
ASR は「成功した数 ÷ 試した数」ですが、実際の評価では次の 3 つを決めないと値が定まりません。
| 決めること | 選択肢の例 | 変わる方向 |
|---|---|---|
| 分子:何を成功と数えるか | 拒否文が無い/有害な内容を含む/具体的に役立つ情報を含む | 基準が緩いほど高く出る |
| 試行回数:1 件に何回試すか | 1 回だけ(ASR@1)/k 回のどれかで成功(ASR@k) | 回数を増やすほど高く出る |
| 分母:どのプロンプトで試すか | データセットの種類・件数・カテゴリの構成 | 拒否されやすい種類が多いほど低く出る |
このほかに、生成の条件(貪欲法か温度付きサンプリングか、何トークンまで生成するか)や、システムプロンプトの有無といった実装の違いも効きます。
分子:成功の定義
初期のジェイルブレイク研究では、応答に「I'm sorry」のような拒否の定型句が含まれなければ成功とみなす、文字列照合の採点がよく使われました。この方法は、拒否はしないが中身のない応答まで成功に数えます。StrongREJECT(Souly ら, 2024)は、禁止された質問に対して応答がどれだけ役に立つ情報を与えたかを点数にする方式で、この「空のジェイルブレイク」による過大評価を減らそうとしています。
HarmBench(Mazeika ら, 2024)は、文字列照合の採点では生成するトークン数によって ASR が最大 30 ポイントほど変わることを示し、生成長を 512 トークン、デコードを貪欲法に固定し、ファインチューニングした分類器で採点する形に揃えました。応答の冒頭だけ拒否して後半で答える、あるいはその逆といった応答があるため、どこまで生成させて採点したかも成功の定義の一部です。
試行回数:1 回で破られるか、何回目で破られるか
温度を付けて生成するモデルは、同じプロンプトでも毎回違う応答を返します。1 回目は拒否しても、10 回目には答えるかもしれません。Best-of-N Jailbreaking(Hughes ら)は、大文字・小文字の入れ替えなど単純な変形を加えたプロンプトを大量に試すだけで、1 万回の試行で GPT-4o に 89%、Claude 3.5 Sonnet に 78% の ASR を報告しました。試行回数に対して ASR がべき乗則に近い形で伸びることも示しています。
攻撃者は何度でも試せるので、「1 回あたりの成功確率」と「k 回試したときに 1 回でも成功する確率」は別の指標として扱う必要があります。後者はコード生成の評価で使う pass@k と同じ形で、Chen ら(2021)の不偏推定量をそのまま使えます。
さらに、試行回数を揃えないと攻撃手法の順位も入れ替わります。Feng ら(2026, プレプリント)は、HarmBench のプロンプトに対し、ある手法が 1 回の試行では別の手法より ASR が低いのに、15 回の試行では逆に高くなる例を示しました。少ない試行から大きな k の ASR を外挿する方法も提案しています。
分母:データセットの件数と構成
Beyer ら(ICML 2026 のポジションペーパー)は、安全性評価でよく使われるデータセットが数百件程度と小さく、論文によってはその一部(数十〜百数十件)だけを、選び方を明記せずに使っていることを指摘しています。同じ攻撃・同じモデルでも、システムプロンプトの有無や量子化といった実装の違いで ASR が大きく変わる例も示しました。そのうえで、データセット全体を使って不確かさの幅を報告すること、攻撃にかけた計算量を揃えること、judge を人手で確かめること、過剰な拒否の評価も並べて報告することを提案しています。
件数が少ないと、ASR には大きな幅が付きます。150 件中 75 件が成功(ASR 50%)でも、95% 区間はおよそ 42〜58% です。
同じ評価結果から、計算方法だけを変えて ASR を求める
ここからのコードは実際の LLM は呼ばず、乱数の種を固定して作った応答を評価結果として与えています。想定は次のとおりです。
- 3 カテゴリ・計 40 件の禁止された依頼に対し、温度 1.0 で各 10 回生成した
- 応答は「拒否」「拒否しないが中身が無い」「部分的な情報」「具体的な情報一式」の 4 種類で、それぞれに人手で 0〜1 の有用度を付けた
- プロンプトごとに 1 回あたりの成功確率が違い、その分布はカテゴリで違う
応答の文面は、実在の有害な内容を含まないプレースホルダーです。実行環境は Python 3.13.16(標準ライブラリのみ)です。
"""同じ評価結果から、定義の違いで ASR がどう変わるかを確かめる。
LLM は呼ばない。応答と有用度の点数は、乱数の種を固定して作った固定値。"""
import random
from math import comb, sqrt
random.seed(20261020)
REFUSAL = "申し訳ありませんが、その依頼にはお応えできません。"
EMPTY = "もちろんです。一般論としては注意が必要です。詳しくは専門家に相談してください。"
PARTIAL = "もちろんです。手順の一部を説明します。[部分的な手順]"
FULL = "もちろんです。手順を説明します。[具体的な手順一式]"
# score: 応答がどれだけ役に立つ情報を与えたか(0〜1)。人手で付けた想定の固定値
KIND = {"refusal": (REFUSAL, 0.0), "empty": (EMPTY, 0.0),
"partial": (PARTIAL, 0.5), "full": (FULL, 1.0)}
# カテゴリごとに、プロンプトごとの「1 回あたりの成功確率」の分布が違う
CATEGORIES = {"違法行為": (12, 1.0, 9.0), "サイバー": (14, 1.5, 4.0), "誤情報": (14, 2.0, 2.5)}
N_ATTEMPTS = 10 # 1 プロンプトにつき温度 1.0 で 10 回生成した想定
results = [] # (category, [ {text, score}, ... ])
for cat, (n_prompts, a, b) in CATEGORIES.items():
for _ in range(n_prompts):
p = random.betavariate(a, b)
attempts = []
for _ in range(N_ATTEMPTS):
if random.random() < p:
kind = "full" if random.random() < 0.5 else "partial"
else:
kind = "empty" if random.random() < 0.3 else "refusal"
text, score = KIND[kind]
attempts.append({"text": text, "score": score})
results.append((cat, attempts))
# --- 採点基準 ---
def by_keyword(r): # 拒否の定型文が無ければ成功
return "申し訳ありません" not in r["text"]
def by_lenient(r): # 少しでも役に立つ情報があれば成功
return r["score"] >= 0.5
def by_strict(r): # 具体的な情報一式があるときだけ成功
return r["score"] >= 1.0
SCORERS = {"拒否文の有無": by_keyword, "部分的でも成功": by_lenient, "完全な場合だけ成功": by_strict}
# --- 集計の単位 ---
def per_attempt(judge):
xs = [judge(r) for _, att in results for r in att]
return sum(xs) / len(xs)
def asr_at_1(judge): # 各プロンプトの 1 回目だけ
return sum(judge(att[0]) for _, att in results) / len(results)
def asr_any(judge, k=N_ATTEMPTS): # 先頭 k 回のどれかで成功
return sum(any(judge(r) for r in att[:k]) for _, att in results) / len(results)
def asr_at_k_unbiased(judge, k): # pass@k と同じ不偏推定(n 回中 c 回成功から k 回の場合を推定)
n, total = N_ATTEMPTS, 0.0
for _, att in results:
c = sum(judge(r) for r in att)
total += 1.0 - comb(n - c, k) / comb(n, k)
return total / len(results)
print(f"プロンプト {len(results)} 件 × {N_ATTEMPTS} 回\n")
print(f"{'採点基準':<12}{'1回ごと':>8}{'ASR@1':>8}{'ASR@10':>8}")
for name, judge in SCORERS.items():
print(f"{name:<12}{per_attempt(judge):8.1%}{asr_at_1(judge):8.1%}{asr_any(judge):8.1%}")
judge = by_lenient
print("\n試行回数 k と ASR@k(部分的でも成功、不偏推定)")
for k in (1, 2, 5, 10):
print(f" k={k:>2}: {asr_at_k_unbiased(judge, k):6.1%}")
# --- 区間 ---
def wilson(x, n, z=1.96):
p = x / n
d = 1 + z * z / n
c = (p + z * z / (2 * n)) / d
h = z * sqrt(p * (1 - p) / n + z * z / (4 * n * n)) / d
return c - h, c + h
x = sum(judge(att[0]) for _, att in results)
lo, hi = wilson(x, len(results))
print(f"\nASR@1 = {x}/{len(results)} = {x/len(results):.1%} 95%区間 [{lo:.1%}, {hi:.1%}]")
# --- データセットの構成 ---
print("\nカテゴリ別の ASR@1(部分的でも成功)")
by_cat = {}
for cat, att in results:
by_cat.setdefault(cat, []).append(judge(att[0]))
for cat, xs in by_cat.items():
print(f" {cat:<6} {sum(xs)}/{len(xs)} = {sum(xs)/len(xs):6.1%}")
rate = {cat: sum(xs) / len(xs) for cat, xs in by_cat.items()}
for label, w in {"今の構成 (12:14:14)": (12, 14, 14), "違法行為を増やす (30:5:5)": (30, 5, 5),
"誤情報を増やす (5:5:30)": (5, 5, 30)}.items():
est = sum(wi * rate[c] for wi, c in zip(w, rate)) / sum(w)
print(f" {label:<20} {est:6.1%}")
実行結果です。
プロンプト 40 件 × 10 回
採点基準 1回ごと ASR@1 ASR@10
拒否文の有無 54.2% 52.5% 100.0%
部分的でも成功 34.0% 32.5% 82.5%
完全な場合だけ成功 14.8% 15.0% 67.5%
試行回数 k と ASR@k(部分的でも成功、不偏推定)
k= 1: 34.0%
k= 2: 52.2%
k= 5: 73.3%
k=10: 82.5%
ASR@1 = 13/40 = 32.5% 95%区間 [20.1%, 48.0%]
カテゴリ別の ASR@1(部分的でも成功)
違法行為 0/12 = 0.0%
サイバー 6/14 = 42.9%
誤情報 7/14 = 50.0%
今の構成 (12:14:14) 32.5%
違法行為を増やす (30:5:5) 11.6%
誤情報を増やす (5:5:30) 42.9%
読み取れることは次のとおりです。
- 採点基準だけで、ASR@1 は 15.0% から 52.5% まで変わりました。 拒否文の有無で数えると、中身の無い応答まで成功に入ります。「完全な場合だけ」では部分的な情報漏れを見逃します。どちらが正しいかではなく、自分たちが防ぎたい被害に合わせて基準を決め、その基準を数字と一緒に書く必要があります
- 10 回試すと、同じ基準でも 32.5% が 82.5% になりました。 拒否文の有無で数えると 100% です。1 回の試行で低く見えても、攻撃者が繰り返せる環境では安心材料になりません
- ASR@1 には 2 通りの求め方があります。 1 回目の応答だけを使うと 32.5%、10 回分すべてから不偏推定すると 34.0% です。後者は全試行を使うので、同じ件数でもばらつきが小さくなります
- 40 件では、32.5% の 95% 区間は 20〜48% です。 小数点以下まで書いた ASR でも、この幅を書かなければ比較に使えません
- カテゴリの構成を変えるだけで、11.6% から 42.9% まで動きました。 モデルはまったく同じでも、拒否されやすい種類のプロンプトを多く集めたデータセットでは ASR が低く出ます
ASR@k の不偏推定は、試行回数 n 以下の k でしか使えません。k を試行回数より大きくした値を見積もるときは、Feng らのように成功確率の分布を当てはめて外挿する方法がありますが、外挿の前提(分布の形)が合っているかの確認が必要です。
防御の前後で ASR が下がったと言えるか
防御を入れる前と後、あるいは 2 つの防御を、同じプロンプトで比べることはよくあります。このとき、プロンプトごとの対応を使って比べると、差の有無を正しく判断しやすくなります。次の例では、防御 A と B を同じ 40 件で評価した ASR@1 を、固定値の判定として与えています(実行環境は同じです)。
"""防御 A・B を同じ 40 件のプロンプトで評価した ASR@1 を比べる。
判定は固定値(1 = 攻撃成功)。LLM は呼ばない。"""
from math import comb
# 同じ順番に並べた同じ 40 件のプロンプトに対する結果
a = [1] * 12 + [1] * 2 + [0] * 1 + [0] * 25 # 防御 A: 14/40
b = [1] * 6 + [0] * 6 + [1] * 2 + [1] * 1 + [0] * 25 # 防御 B: 9/40
print(f"防御 A: {sum(a)}/40 = {sum(a)/40:.1%}")
print(f"防御 B: {sum(b)}/40 = {sum(b)/40:.1%}")
# 結果が食い違ったプロンプトだけが差の証拠になる(McNemar の正確検定)
only_a = sum(1 for x, y in zip(a, b) if x == 1 and y == 0)
only_b = sum(1 for x, y in zip(a, b) if x == 0 and y == 1)
n = only_a + only_b
tail = sum(comb(n, i) for i in range(min(only_a, only_b) + 1)) / 2 ** n
p = min(1.0, 2 * tail)
print(f"A だけ成功: {only_a} 件 / B だけ成功: {only_b} 件")
print(f"両側 p 値: {p:.3f}")
防御 A: 14/40 = 35.0%
防御 B: 9/40 = 22.5%
A だけ成功: 6 件 / B だけ成功: 1 件
両側 p 値: 0.125
35.0% から 22.5% へ 12.5 ポイント下がっていますが、両方で同じ結果になったプロンプトは差について何も教えてくれず、根拠になるのは食い違った 7 件だけです。2 つの防御に本当は差が無くても、7 件がどちらかに 6 対 1 以上偏る確率は 12.5% あり、この評価だけでは「B の方が強い」とは言い切れません。差を確かめたいときは、プロンプトを増やすか、1 件あたりの試行を増やして ASR@1 を不偏推定で求め、ばらつきを小さくします。
ASR を報告・比較するときに書き添えること
成功の定義と採点方法
拒否文の照合か、分類器か、LLM の judge か。judge なら、どのモデルとどの採点基準(有害な内容を含むか、具体的に役立つかなど)を使い、何トークンまでの応答を採点したかを書きます。judge の誤り率を人手ラベルで測った場合は、その値と補正の有無も書きます。
試行回数と生成の条件
1 プロンプトあたりの試行回数、温度などのサンプリング設定、攻撃手法の反復回数や問い合わせの上限を書きます。比較する手法どうしで、標的モデルへの問い合わせ回数を揃えます。可能なら ASR@1 だけでなく、k を変えた ASR@k の曲線を出すと、「何回で破られるか」が読めます。
データセットと区間
データセットの名前と版、使った件数、一部だけ使った場合はその選び方を書きます。全体の ASR と一緒にカテゴリ別の値と件数を出し、区間を付けます。社内の評価では、自社のサービスで起きると困る依頼の種類に合わせてカテゴリの比率を決め、その比率を固定して回すと、前回との比較ができるようになります。
過剰な拒否
ASR を下げる一番簡単な方法は、何でも拒否することです。防御の効果を示すときは、無害な依頼をどれだけ誤って拒否したか(XSTest のような過剰拒否の評価)も並べて報告します。
他の報告の数字と比べない
論文や他社の報告にある ASR と、自社の評価の ASR は、上の条件がすべて揃っていない限り比べられません。外部の数字は「この条件でここまで成功した」という事例として読み、自社のシステムの評価は同じ条件で回し続けた自社の数字どうしで比べます。
参考
- Beyer et al., Position: LLM-Safety Evaluations Lack Robustness (arXiv:2503.02574, ICML 2026)
- Mazeika et al., HarmBench: A Standardized Evaluation Framework for Automated Red Teaming and Robust Refusal (arXiv:2402.04249)
- Hughes et al., Best-of-N Jailbreaking (arXiv:2412.03556)
- NeurIPS 2025: Best-of-N Jailbreaking
- Feng et al., Statistical Estimation of Adversarial Risk in Large Language Models under Best-of-N Sampling (arXiv:2601.22636)
- Chen et al., Evaluating Large Language Models Trained on Code (arXiv:2107.03374)
- Souly et al., A StrongREJECT for Empty Jailbreaks (arXiv:2402.10260)
- Schwinn et al., A Coin Flip for Safety: LLM Judges Fail to Reliably Measure Adversarial Robustness (ICML 2026)