先週、「行政DXで住民票の“届出日”が消えた日──仕様の“罠”とリテラシーの壁」という記事を投稿しました。
今回は、その後この問題がどのように解決したのか、そしてその裏側にあった驚くべき原因についてお話しします。
結論から言うと、この問題は無事に解決しました。
しかしその過程で明らかになったのは、IT化における根深い課題と、個人の声が行政を動かす可能性でした。
📝 きっかけは窓口で解決しなかったこと
前回の記事で書いたように、私は住民票から消えた「届出日」について区の出張所窓口で相談しました。
しかし担当者からは「国のシステムなので」「仕様です」といった言葉が繰り返され、問題は一向に解決しません。
このままでは埒が明かないと感じた私は、個人的なコネクションを頼ることにしました。
たまたま中学生時代の同級生だった地元区議会議員に、LINEで事の経緯を説明したのです。
すると話はすぐに行政の担当課長へと伝わり、翌日には担当係長から直接私に連絡が入りました。
ここから、事態は一気に動き出しました。
🔍 驚くべき原因は40年前のデータ負債
連絡をくれた係長は、私の住民票のデータについて徹底的に調査を始めてくれました。
その日のうちに判明したのは、驚くべき事実でした。
原因は、40年前にデジタル化した際のデータ構造と、それに伴う今回のシステム移行時のマッピングミスだったのです。
当時のデータ構造:
- 1985年ころに、紙ベースの住民票を自治体独自の電子システムに移行
- 住民票には、転居届などの届出日 を記録するフィールドと、出生届の届出日を記録する別のフィールドがあった。
問題の発生:
- 私は出生届が出されて以降、一度も住民票の移動がなかったため、「転居届などの届出日」を記録するフィールドは
NULL
のまま** でした。 - 旧システムではこの場合、「出生届の届出日」のフィールドを参照して表示する仕組みだったため、問題が表面化していませんでした。
- しかし、国のシステムへの移行時に新システム側の「届出日」の項目に、「転居届などの届出日」のフィールド"のみ"をマッピングしてしまったのです。
- 結果としてデータが表示されず、「年月日不詳」と記載されてしまいました。
- 私の息子も出生届が届出日だが表示されていたのは、デジタル化以降は両方のフィールに登録するようになっていたとのこと。
係長によると、紙ベースからデジタル化した当時に関する資料は残っておらず、「なぜそうなったのかはわからない」とのこと。
また同様のデータを持つ住民が他にいるかどうかも不明で、全件調査が必要だそうです。
旧システムの仕様理解不足
今回のトラブルの本質的な原因は、新システムへ移行する際、旧システムの仕様を十分に理解していなかったことにあります。
正確に言えば、旧システム自体にバグがあったわけではなく、当時の運用の中で意図通りに動いていたと言えます。
たとえば、転居届などの「届出日」が NULL
になっているのも、旧システムではそれが“仕様どおり”だったんです。
当時の担当者は、当時の業務要件や限られた技術の中で、しっかりと対応していたからこそ、ずっと安定して運用されてきたのです。
今回、新システムに移行するまでは、それで何の問題もありませんでした。
問題が起きたのは、その仕様をきちんと理解しないまま新システムへデータを移行したこと。
旧システム特有の「ルール」や「例外」が、新システムの設計側にきちんと引き継がれず、結果として“届出日が存在しない”という形で現れてしまったんです。
なぜ、この問題が見つからなかったのか?
地元の自治体の特性として、ほとんどの住民が「転入者」または「デジタル化以降の出生者」です。
そのため、今回のバグは以下のようなレアな条件が重ならないと発見できませんでした。
- デジタル化以前に生まれ、転居歴がないという条件を満たしていること。
- 新システムへの移行直前と移行直後に、世帯全員分の住民票を取得したこと。
- 双方の住民票を見比べて違いを見つけたこと。
- 自分と、同様に出生届のみを出している息子の住民票とで表示が異なっていたのを見つけたこと。
この問題は、転居歴のない住民を含む世帯で、新旧の住民票を比較することでしか発見できなかった。
💡 この問題が教えてくれた3つの教訓
今回の出来事は、単なる個人のトラブル解決話にとどまりません。IT化における重要な教訓を示しています。
1. データ移行は「完璧」ではない
現在、多くの自治体で独自システムから統一システムへの移行が進んでいます。しかし、膨大なデータをすべて人の目で確認するのはコストやスケジュールの面で現実的ではありません。特に自治体独自のシステムにしかないフィールドを統一システムにマッピングする作業は困難です。だからこそ、システム利用者である市民からの「おかしい」という声は、貴重な「バグ報告」として積極的に活用すべきだと再認識しました。
2. 窓口担当者のITリテラシーの壁
「システムには問題がない」という前提で対応する窓口の姿勢が、問題解決を遅らせる原因でした。IT化が進む現代では、現場の担当者も「システムには不備があるかもしれない」という視点を持ち、専門部署に適切にエスカレーションできるリテラシーが必要です。これが行政DXにおける喫緊の課題です。
3. ドキュメントと知見の継承の重要性
「なぜそうなったのかわからない」という状況は、当時のシステムに関するドキュメントや知見が失われていることを意味します。システム運用が継続する限り、その設計や仕様の情報は担当者の異動や退職を超えて、永続的に保管・継承すべき資産であると強く感じました。
行政の公文書は、法律的には5年で破棄しても問題ありません。ましてや、40年前にどのようにデータ移行したのかを記録した資料など、残っているはずがないのです。また、当時の職員はすでに誰も残っていない可能性が高く、その知見が伝わらずに失われてしまうリスクは明らかです。
✅ 解決とその先へ
私のデータはその日のうちに修正されました。そして係長は、「同様のケースが他にもあるかもしれないので調査する」と明言しました。さらに「今後は窓口からも市民の声を報告する仕組みを作る」と、再発防止策も講じてくれました。
この一件は、まさに「みんなWIN」の結末でした。
- 私: 問題が解決し、データの整合性が保たれた。
- 行政: 40年間見過ごされてきた不具合を発見・修正し、情報伝達の仕組み改善のきっかけを得た。
- 区議: 市民の声を的確に行政に届け、問題解決に貢献した。
今回のケースは、個人のコネクションがなければ解決しなかったという側面もありますが、一人の市民の声が行政の構造的問題に光を当て、改善を促す原動力になる可能性を示しています。
行政DXが推進される中、一人ひとりの「なぜ?」という小さな疑問が、社会を良くする大きな一歩になるのかもしれません。
改めて、この問題解決に迅速に対応してくださった行政の担当者様、そして相談に乗ってくれた区議に心から感謝申し上げます。
🎀「昔のシステム、ちゃんと理解してる人がいなくなっちゃうの…ちょっと寂しいな」
(自治体名・部署名などはあえて伏せていますが、構造的な課題として共有したく投稿しました。)