エンジニアの給料は、不思議な動き方をする。同じ人が、スキルも資格も変わらないまま、転職しただけで上がる。逆に、腕は確かなのに、移った先で下がる。昨日まで書いていたコードと、今日書くコードは同じ。なのに、値段だけが動く。
このとき本人は、その額をそのまま自分の実力だと受け取る。上がれば「実力がついた」と思い、下がれば「自分が落ちた」と沈む。でも、動いているのは、たいてい本人ではない。
どの働き方が上か下か、という話ではない。自分の給料が何でできているのかが分かると、額そのものに振り回されずに済む。
給料が動いた、いくつかの場面
SIerで設計までやっていた人が、SESに移って下がる。職務経歴書の見え方や、会社の受注単価の都合で、評価額が変わるだけで、腕は何も落ちていない。
逆に、ずっとSESでやってきた人が、別の会社に移って上がる。本人は何も変わっていない。移った先の還元率が高いのか、受けている案件の単価がそもそも高めなのか。どちらの場合もある。
腕が同じで給料だけが動いたのなら、その差分は、本人の中ではなく、会社や市場の側で起きている。
給料は何でできているか
働き方によらず、給料はざっくり2つでできている。会社側の事情と、自分の価値だ。会社側の事情が土台になり、そこに自分の価値が掛かる1。といっても、ここでの価値は、腕そのものではない。その腕に市場がつける値段のことだ。価値が高ければ金額は大きく伸びるが、土台そのものが低ければ、いくら価値を掛けても、金額は知れている。
この2つは、いつもキレイに分かれるわけではない。受注そのものを取ってくる人や、プロダクトの稼ぎを伸ばす人は、土台のほうを自分で押し上げている。そういう人の給料は、会社の事情であり、同時に自分の価値でもある。反対に、土台の厚い会社ほど良い案件を任せてくれて、そこで揉まれるうちに自分の価値のほうが育っていく、ということもある。それでも、まずは2つに分けて見てみる。
土台が高い会社が、そのまま給料の高い会社とは限らない。そこから本人にいくら回すかは、会社次第だ。その土台がどう作られるかも、働き方で変わる。
受託の場合
土台は、会社がいくらで受注できて、そのうちいくらが本人に回るか、で決まる。相場より高めに受注し続けられる強い営業力があれば、原資は厚くなる。一括請負なら、案件を効率よく回すノウハウで費用が浮くぶんも乗る。逆に、いつも安く請け負うのが当たり前の会社は、原資の天井そのものが低い。本人の実力が同じでも、だ。一次受けや二次受けで戦い続けられる会社なのか、それとも、さらに下の下請けなのか。これは、複数の会社をこの目で見てきて感じたことだ。
ただし、受注額が高い会社なら給料も高い、と直結するわけではない。高く売れているのに薄給、という会社も少なくない。受注力は給料の天井を上げるが、床までは保証しない。
この「いくらで受注できるか」については、別の記事で踏み込んで書いた。請負は工数を売っているようで、その工数こそ、責任や信用に値段をつけるための歪んだ物差しでしかない、という話だ。
SES(客先常駐)の場合
客先に出ると、単価という数字がつく。たとえば月80万で出ていて、本人に渡るのは40万、ということが普通に起きる。残りが会社側だ。といっても、その差額が丸ごと会社の儲けというわけではない。社会保険の会社負担、賞与の原資、案件が途切れたときの待機ぶん、営業や管理の間接コスト。そういうものが、その中に含まれている。
そのうえで、エンドのクライアントに辿り着くまでに、間に会社が挟まれば挟まるほど、それぞれが取り分を抜いていく。間が多いほど、同じ実力でも原資は薄くなる。
ただし、それが手取りに直接効くのはフリーランスの場合だ。正社員は固定給だから、その月にどの階層の案件へ入るかで月給が動くわけではない2。効いてくるのは、もっと長い目で見た、会社全体の原資の厚みだ。
自社開発の場合
ここから先は、自分が間近で見てきた世界ではない。体で知っているのは、単価や受注で給料が決まる世界だ。
それでも、外から構造だけははっきりしている。自社開発には「単価×工数」にあたる受注額がない。自分の稼働が、そのまま売上の一行に貼り付かない。だから給料の土台は、「いくらで受注できたか」ではなく、「事業がいくら稼いでいて、人にいくらまで払えるか」と、「同じ人を採るのに市場がいくら出すか」のほうへ移る。
スタートアップだと、ここにもう一つ、効いてくるものがある。どれだけの成長を見込んでいて、どれだけ資金を調達できているか。まだ利益が出ていなくても、調達したお金と、これから伸びるという見込みを原資にして、今いくら払えるかが決まる。だから同じ職種でも、伸びに賭けて厚く採りにいく会社と、ランウェイが細っている会社とでは、土台がまるで違う。
土台の作りは変わっても、「会社側の事情×自分の価値」という骨格は変わらない。受注額の代わりに、事業の原資や、調達と成長への賭けが土台になる、というだけだ。
どの働き方でも、転職で大きく動くのは、たいていこの土台のほうだ。腕が同じなら、値段を付け替えたのは本人ではなく、会社だ。
社内の物差しと、市場の物差し
もうひとつ、見ていて思うズレがある。社内での評価と、市場での評価は、別物だ。
「うちには社内単価がある」という会社もある。でもそれは社内の物差しにすぎない。市場でいくらと値が付くかは、そこには映らない。
価値には、その会社の中でしか効かないものと、どこでも効くものがある。社内政治の立ち回り、特定の顧客やシステム固有の作法、年次、社内の人脈。これらは今の場所でしか値段がつかない。一方、設計力、技術の深さ、要件をまとめて形にする力、客先で揉まれた折衝力、数字で語れる実績。こういうものは、場所が変わっても効く。
外に出て評価が変わるのは、自分がこのどちらに寄っていたか、の違いだ。上流だろうが実装だろうが、関係ない。
そして、どこでも効く価値の中にも、高さの差はある。要件をまとめ、人を動かし、会社が大きな仕事を受けられる状態そのものを作る。この力に、いちばん高い値がつく。そこまで来ると、もう「技術者」という枠からは外れて、技術力とは別の希少さで値段がつく。
自分の価値は、どこで見えるか
やっかいなのは、自分の市場価値そのものは、ふだん見えないことだ。だから、つい手元の給料の額でそれを代用してしまう。
SESの単価は、その点では見えやすい。スキルや経験年数ごとに相場があって、エージェントに経歴を見せれば、だいたいの月額がすぐ返ってくる。ただし、その見えている数字が値付けしているのは、商流に組み込まれた枠だ。あなた個人ではない。しかも中抜き前の総額で、手元に届くまでに商流で薄まる。だから、単価がよく見えることは、あなたの価値が正確に出ていることとは違う。見えているのと、当たっているのは、別の話だ。
自社開発やSIerだと、その数字は普段見えない。でも、見えないからといって、無いわけじゃない。市場価値そのものは、転職オファーの形でちゃんと出る。むしろオファーのほうが、指標としては純度が高い。会社が中抜きなしで、あなた個人に、実際に払うと言ってきた額だからだ。1社だけだとその会社の事情でブレるが、何社か並べれば、自分につけられた値の幅が見えてくる。同じ経歴でも、会社が違えば提示額が100万、200万と開くのは、珍しくない。
「自社開発は自分の貢献が数字に出ない」という人もいる。でも数字に出にくいのは「自分が社内でいくら利益を出したか」のほうで、市場価値はそれとは関係なく付いている。今はスカウトサービスで正社員の想定年収もすぐ出てくるから、見えにくさ自体、昔ほどではない。
ひとつ注意。単価と年収は、そのまま並べて比べないほうがいい。月単価に12を掛けた数字は会社の売上に近く、年収オファーはあなたの取り分だ。賞与や社会保険の会社負担まで乗る正社員側とは、土俵が違う。
まとめ
給料の額を、そのまま自分の価値だと思わない。それだけで、だいぶ楽になる。額は「会社側の事情×自分の価値」でできていて、転職で動くのは、たいてい会社の側だ。上がっても下がっても、それが即、自分の価値の上下とは限らない。
給料は、自分の価値そのものではない。会社の事情と、自分の価値が掛け合わさった結果の数字だ。だから、数字が動いたときに最初に見るべきなのは、自分ではなく、何が動いたのかだ。