たとえば、こんなやり取りがあるとします。仕事で使っているAIツールのコストの話です。
Aさん「使う人数が増えると、そのぶんコストも増えますか。できれば節約もしたいので」
Bさん「はい、人数に比例して増えます。減らせそうなところは、こちらでも調べてみます」
事実として、何も間違っていません。でも、Aさんはまだ何か言いたそうです。そこへ横から、Cさんが口を挟みます。
Cさん「聞きたいのは、増えるかどうかじゃなくて、だいたいいくらかかるのか、じゃないですか」
Aさん「そう、それが知りたかった。一人あたり一日でいくらか。今のプランのままでいいのか、変えるべきか」
Bさんの答えは、間違っていません。ただ、足りなかった。この「正しいのに足りない」は、現場でわりとよく起きます。
正しい答えが、足りないとき
足りなかったのは、判断するための材料です。Aさんは、増えるかどうかのイエス・ノーではなく、こんな数字が欲しかったわけです。
- 一人あたり、一日でいくらかかるのか
- 別の料金形態にしたら、月いくらで何人まで賄えるか
そこが分かって初めて、契約を続けるか変えるかを決められます。「増えます」だけでは、その一歩手前で止まってしまう。Bさんに落ち度はありません。聞かれたことには答えているし、節約したいという言葉にも応じている。ただ、そこで止まっただけなんです。
質問の後ろにある用事
質問する側は、たいてい「正しい聞き方」を持っていません。持っていたら、最初からそう聞いています。持っていないから、手元の言葉で、欲しいものの近くを指して聞く。
口に出た質問の下には、「コスト感を掴んで、契約を続けるか決めたい」という本命が沈んでいます。額面だけ受け取ると、この水面下が片付きません。
答える前に、この人は何を決めようとしているのか
だから、答える前に一つだけ挟みます。「この人は、これを聞いて何を決めたいんだろう?」と。相手が下そうとしている判断を逆算すると、返すものが変わります。
材料が手元にあれば、それを渡す。無ければ、「聞きたいのは、だいたいのコスト感のほうですか?」と確認の問いを返すだけでいい。どちらも、相手を前に進めます。
手段の前に、そもそも何のためか
この差は、質問のときだけでなく、何かを頼んだときにも出ます。
たとえば、ある処理が遅い、という話になったとき。相手が出してきたのは、速くするための案でした。処理の順番を変える、重いところを削る、と。でも、自分が引っかかったのは、そこじゃない。そもそも、それは困る遅さなのか。夜中に一度動くだけの処理なら、一時間かかっても誰も困りません。速くする前に、そもそも速くする必要があるのか。そこを飛ばして、いきなり手段に入っていたわけです。
責めているわけではありません。すぐ手を動かせるのは、強みです。ただ逆に、「そもそもこれは急ぐ話でしたっけ」と一度確かめてくる人がいると、渡す側はとても助かります。頼んだことが、何のためだったかを取りにきてくれるからです。
もっとも、頼む側の言葉が足りないことも多い。大事な前提を資料の隅に小さく書いて済ませ、読み違えられる。往復が増えるのは、お互い様です。
汲み取りでやっていること
汲み取りというと才能のように聞こえますが、分解するとこれだけです。額面で受け取らず、何を決めたいか想像し、材料か確認の問いを返す。外れたら、訊き直せばいい。
さっき横から言い換えたCさんも、超能力ではありません。質問の後ろを想像して、口に出しただけ。外れたら、Aさんが「いや、そうじゃなくて」と直してくれます。だから、外すこと自体は怖くない。
偉そうに書いていますが、自分も、聞かれたことに答えて終わりにしたことは何度もあります。相手がまだ困っているのに気づかず、次に進んでしまう。汲み取りは、その視線を一段引けるかどうかの差でしかありません。
結局これは、才能というより癖の問題だと思っています。
質問や要求が飛んできたときに、そもそもこの人はなんでこれを聞いているんだろう、そもそも論、何がしたくてこの要求が出てきたんだろう、と一度考えてみる。
毎回やっていると、だんだん自動で引っかかるようになります。地味ですが、いい訓練になるはずです。
先回りが押し付けに変わるとき
とはいえ、効かせすぎると別の失敗になります。聞かれたことに答えず、いきなり「本当はこうですよね」と持っていく。相手は比例するかだけ知りたかったのに、話を横取りされた感じが残ってしまう。
だから順番は、まず聞かれたことに答える。「はい、比例します」。そのうえで、「こういう数字も要りますか」と半歩足す。額面を飛ばして先回りするのではなく、答えてから半歩。この順番は崩さないほうがいい、と思っています。
まとめ
質問に答える前に、一拍だけ置く。「この人は、これを聞いて何を決めたいんだろう?」と。聞かれた通りに答えるのは、たいてい正しいし、丁寧でもあります。ただ、そこで終わりにすると、相手が本当に片付けたかったことは、文面の少し先に置き去りになります。答えて終わりにせず、半歩だけ、そのほうへ踏み込んでみる。それだけで、返ってくるものはだいぶ違うはずです。自分もまだ、答えて終わりにしてしまう日がありますが。


