はじめに
最近「アウトプットしよう」みたいな話を見かけまして、これめっちゃわかるなぁと思っていました。
方針としてはめちゃくちゃ同意できる記事でした。
勉強したことや経験したことを自分の中だけに置いておくのではなくて、文章にしたり人に説明したり何かを作ったりすることで理解が深まる。これはその通りだと思います。
特に技術者をやっていると「人に説明できるところまで落とし込むと理解が深まる」というのは結構実感がありますね。
ただ一方、AIが隆盛のこの時代は「アウトプット」の形そのものが少し変わってきているんじゃないか?とも思っています。
「外に出す」=「人間に公開する」ではないのでは?
今までのアウトプットというと、だいたいこんな感じだった気がします。
- インプット
- 自分の中で考える
- 文章を書く / 人に話す / 発表する
- 他人に伝わる
つまり「自分の中にあるものを外に出す」という意味でのアウトプットですね。
Qiitaに記事を書くのもそうですし、LTをするのもそうですし、同僚に「これってこういうことじゃない?」と説明するのもそうです。
ところがAIが入ってくると、ここにもう一つのルートができると思ってます。
- 自分の中にある考え
- AIに話す
- AIから質問・整理・反論が返ってくる
- 自分がまた考える
- さらにAIに話す
- 整理する
- また考える
これもアウトプットの一つなんじゃないかと思うんですよね。
アウトプットをしてインプットをして再帰的にループする人間版CoTのような雰囲気です。
最近、自分はかなりAIに向かって話している
自分の場合、特にそういう使い方が多いです。
技術的なことを考えていて「この設計って結局こういう問題があるんじゃないか?」とか「この実装にすると、ここからこういう経路で抜けられるんじゃないか?」とか「そもそも、この問題をこう定義したほうがいいんじゃないか?」みたいなことをAIに投げます。
するとAIが「その前提だと、こういうケースも考えられます」とか「それってAとBを分けて考えたほうがよくないですか?」とか返してくるわけです。
それを見て「あー、それは確かにそうだな」となったり「いや、そこは違う。むしろこういう理由で……」となったりします。
その過程で自分の考えがだんだん整理されていって、ある程度固まったら「じゃあ今までの話を整理して」とAIにまとめさせる。
出てきた文章を見て「いや、ここは違うな」となったらまた修正する。
そのうち、
- 思いつき
- AIに話す
- 自分の考えが広がる
- 反論・整理
- 自分の考えが固まる
- AIにまとめさせる
- まとめを見ながらさらに修正
- 文章や設計として完成
みたいな流れになる。
無意識にこの状態が出来上がるわけで、この時点でも「アウトプットしている」状態だと思うんですよね。
しかも、AI相手なら「まだ公開できないもの」も扱える
ここは個人的には結構大きいです。
自分の場合、趣味であってもどうしても外に出せない情報があります。(ゼロデイ脆弱性とか)
そういうものについて人間向けに記事を書いて公開することはできません。
すると従来の考え方だと「これはアウトプットできない情報だな」となるわけですが、「公開できない」ことと「自分の頭の外に出せない」ことは別なんじゃないか?と思っています。
AIに対してなら公開を目的としない形で「こういう状況なんだけど、どう考えればいい?」と話すことができる。
もちろんAIに入力してよい情報かどうかはサービスや契約、環境ごとにちゃんと考える必要があります。(主に使用しているのはローカルLLMです)
その上で適切な環境を使えるのであれば、AIはかなり便利な「思考の外部化先」になるのではないかと思っているわけです。
「公開物」と「アウトプット」は別なのかもしれない
ここまで考えると、今まで同じものとして扱っていた「アウトプットする」と「他人に公開する」は実は別の概念なんじゃないかと思えてきます。
- 例えば文章を書く。これは当然アウトプットです。
- 人に説明する。これもアウトプットです。
- AIに説明する。これもアウトプットでは?
- AIに説明した内容をAIに整理させる。これもアウトプットでは?
- AIの整理結果を見て自分の考えを修正する。これも、その前段のアウトプットがあったからこそ起きていることです。
つまり、
アウトプット=公開すること
ではなくて、
アウトプット=自分の中にあるものを認知空間の外に取り出して扱える状態にすること
くらいに考えたほうが、今の時代には合っている気がします。
AI時代は「アウトプットそのものが次のインプットになる」
従来の「インプット→アウトプット」という話だと、
- 本を読む
- 勉強する
- 記事を書く
みたいなイメージが強いと思います。
ただ、AIと会話しているともっと細かいループになります。
- インプット
- 考える
- AIに話す
- AIから返答
- 考える
- AIに話す
- AIから返答
- 考える
- 整理
- またインプット
つまりアウトプットが、そのまま次のインプットを生成するわけです。先に話した人間版CoTですね。
これは人間相手でも起こることではありますが、AI相手だとものすごく高速に回せると思います数秒で応答が返ってきますから。
「ちょっと考えてみたんだけど」と投げるだけですぐに壁打ちが始まる。
しかも途中段階の雑な考えでもとりあえず投げられる。
この「とりあえず外に出してみる」というコストがものすごく下がったのは、結構大きい変化だと思っています。
端的に表現すると、思考のアジャイル化みたいな雰囲気ありますよね。
だから「成果物」がなくても、結構アウトプットしている
ここが従来のアウトプットの方法と比較すると一番面白いところかもしれません。
例えばAIと2時間くらい議論した結果、
- 自分の中で問題の構造が整理された
- いくつかあった仮説のうち不要なものが消えた
- 本当に考えるべきポイントが見えた
- 設計方針が決まった
ということが起きたとします。
でも、その2時間の会話をそのまま公開するわけではないです。
(=最終的には何も公開していない状態です)
じゃあこの状態は「アウトプットしていないのか?」というと、個人的にはそうではないと思っています。
むしろ思考を外部化して他者(ここではAI)からフィードバックを受けて再構成したという時点で、かなり濃いアウトプットをしていると思います。そして同時にインプットもしています。
最終的なQiitaやZennといった技術記事は、その過程をしっかり人に読めるようにまとめた「公開可能な部分を切り出したもの」だと考えています。
そう考えると、アウトプットには段階があるのかも
個人的には、こんな感じで分けています。
- Level 1: 頭の中で考える
- Level 2: メモ・AIとの会話などで外部化する
- Level 3: 他者やAIからフィードバックを受けて再構成する
- Level 4: 成果物として整理する
- Level 5: 他人に公開する
もちろん、これは厳密なレベル分けというより自分の中で整理するためのものですが、重要なのは「公開する」ことだけをアウトプットと考えないということです。
AIが出てきたことでLevel 2~4あたりがものすごくやりやすくなったと思います。
そしてその結果としてLevel 5の公開物ができることもあるし、できないこともあるかなと思います。
一方で、Level 5の他者へ公開する前提で記事を書くことで、重要な情報の取捨選択ができるのでここは公開しないにせよ、意識はするとよりよく整理できるのではないかと思ったりします。
まとめ
「アウトプットしよう」という話自体は、たぶんこれからも重要だと思います。
ただ、AIが普通に使われるようになった今は、
アウトプット=人間に向けて何かを公開すること
だけではなく、
アウトプット=自分の中にある知識や思考を外部化し、フィードバックを受けながら再構成できる状態にすること
くらいまで広げて考えてもいいんじゃないかなと思っています。
特にAIを「答えを教えてもらう道具」ではなく 「自分の考えをとりあえず投げて、広げたり、固めたり、整理したりする相手」 として使っていると、この感覚はかなり強いです。
そしてたぶん、今後は「人に向けたアウトプット」と「AIに向けたアウトプット」の両方が普通になっていくんじゃないかなと思います。
少なくとも自分は、最近かなりAIに向かってアウトプットしています。
その会話自体を公開しなくても、その過程で考えが整理されているなら、それも立派なアウトプットなんじゃないかな~と、そんなことを思ったりしていました。