出発点=点検表を作ったら、穴が見えた
2026年10月、8つの機関が相次いで企業にセキュリティ対策の点検を求めました。文書は機関ごとに分かれていますが、求めている対策は重なっていて、セキュリティ研究者 piyokango 氏の横断整理では17項目にまとまります。
私たちはその17項目を「やる順番・最初に動く人・費用」で並べ替えた表を作りました。作っている最中に、気づいたことがあります。
チェックリストは「できている/できていない」しか記録しない。「なぜそう言えるか」が残らない。
これは今回の17項目に限った話ではなく、監査対応や取引先からのセキュリティ調査票でも同じです。この記事は、その穴をどう埋めたかの設計の話です。
「はい」が意味するものは、3種類ある
点検表に「はい」とチェックが付いているとき、その中身は実際には次のどれかです。
| 「はい」の中身 | 例 | 1年後に残るか |
|---|---|---|
| ① 根拠を示せる(ログ・設定画面・承認記録がある) | 「MFAは全社適用」+管理画面のスクリーンショット | 残る |
| ② 覚えている(やった記憶はあるが記録が無い) | 「去年、権限の棚卸しをやった」 | 担当が変わると消える |
| ③ そう聞いた(他部署が言っていた) | 「開発チームがAPIに認証を付けたと言っていた」 | 誰も確かめていない |
①②③は、どれも「はい」として同じ欄に入ります。だから、あとから見た人には区別できません。半年後に自分で見返しても、どの「はい」が①だったかは思い出せません。
点検表が「宣言」で終わるか「実態」になるかは、この3つを分けられるかで決まります。
やったこと=「はい」の隣に「どこを見たか」の欄を置いた
17項目の点検表に、記入式のシートを1枚足しました。記入する列は4つです。
| 列 | 何を書くか |
|---|---|
| 現在地 | ○/△/× |
| どこを見るか | ○を付けるときに、何を見て○にしたか |
| 次の一手 | この行で次にやること |
| 期限 | いつまでに |
核心は「どこを見るか」の欄です。○を付けるときに、どこを見て○にしたかを同じ行に書かせます。
- 当社の診断(22問)で測れる10項目=参照する設問の番号(例:Q11・Q12)
- 診断では測れない7項目=別紙に用意した確認項目の番号(例:別紙11番)
これで「はい」が①(根拠を示せる)に寄ります。②や③のまま○を付けようとすると、「どこを見るか」の欄が空になるので、書いている本人が気づきます。欄が埋まらないこと自体が、その「はい」の種類を教えてくれます。
列を1つ足しただけですが、表の性格が変わります。チェックリストは「書いてあるか」を見る道具で、根拠の欄が付いて初めて「本物か」を確かめる道具になります。
○△×の付け方も、言葉を変えた
最初、○△×の規則をこう書きました。「設問で、いちばん下の選択肢を選んでいれば○」。
ところが実際に利用者の画面を開くと、利用者が見ているのは選択肢の並び順ではなく、回答ごとに付く L1〜L4 のバッジでした。並び順は、画面のどこにも出ていません。
規則を書き直しました。「L4なら○/L2・L3なら△/L1なら×」。
規則は「正しいこと」ではなく「利用者が見ているもの」で書く。見えていないもので判定させると、人は自分の解釈で埋めます。そして解釈で埋められた○は、②や③に戻ります。
「分からない」を×にしない
シートには、こう書きました。
分からないものは×ではなく、「次の一手」の欄に「誰に聞くか」を書いてください。
×は「できていない」という判定です。「分からない」は判定ではなく、未調査です。この2つを混ぜると、調べれば○だったものが×として残り、逆に「たぶん大丈夫」が○として残ります。
別紙の確認項目(14問)にも同じことを書きました。
答えが出ないまま表を埋めないでください。空欄のほうが、あとで役に立ちます。
空欄は、次に何を調べるかを示す印です。埋まった表より、空欄の位置が正確な表のほうが、次の行動が決まります。
この3項目は、1人では埋まらない
17項目のうち、情報システム部門が1人で○を付けられない項目があります。
| 項目 | 答えを持っているのは |
|---|---|
| APIの管理状況やアクセス制御 | 開発側 |
| 被害や攻撃に関する情報の共有 | 法務・経営側 |
| 証明書の有効期限(通信の暗号化の一部) | 運用側 |
だから別紙にはこう書きました。「誰に聞けば分かるか」を1行書いて、次の会議に持っていくのが近道です。
点検表を1人で埋めようとすると、②③の「はい」が増えます。聞きに行く相手の名前を書く欄がある表は、1人で埋める表より、①の「はい」が増えます。
設計の要点
今回のシートで変えたのは、表の列が1つと、規則の言葉が2箇所だけです。
- 「はい」の隣に「どこを見たか」の欄を置く
- 判定の規則は、利用者の画面に実際に出ているもの(L1〜L4)で書く
- 「分からない」は×ではなく空欄にし、「誰に聞くか」を書く
どれも大きな仕組みではありません。ただ、この3つが無い点検表は、どれだけ項目が多くても「書いてあるか」までしか確かめられません。
まとめ
チェックリストが見ているのは「書いてあるか」であって、「本物か」ではありません。本物かどうかは、「どこを見たか」を同じ行に書かせたときに初めて、検証可能になります。
私たちはこの設計を、国の注意喚起に対応する17項目の点検表(無料公開)に入れました。測れる10項目と測れない7項目を分け、測れない側には自分で確認する14問を付けています。点検表そのものより、「はい」の隣の欄のほうが、あとで効くと思っています。
当社の診断(SecuROI)は現在地を測るもので、合否を判定するものではありません。この記事に書いた欄の設計も、判定のためではなく、自分の「はい」を1年後の自分が検証できるようにするためのものです。