はじめに
こんにちは!Qiitaを読んでいる方の多くはITエンジニアやソフトウェア開発者だと思いますが、今日はいつもとは少し違う毛色の話題をお届けしたいと思います。私は株式会社Shizen Connectで、主にエネルギーリソースを束ねるVPP(仮想発電所)プラットフォーム向けに、アグリゲーター用の制御ロジックやAIシステムを開発しており、日々エネルギーの世界にどっぷり浸かっています。
そんな世界のエネルギー業界、特に電力網に関わるすべての人々の間で最近話題になっている報告書があります。欧州の送電事業者ネットワークである「ENTSO-E」が発表した、2025年4月にスペインで発生した大停電(ブラックアウト)に関する最終報告書です。
ちょっとした裏話なんですが、実は私スペイン出身なんです。あの日もスペインで働いていて、12:33にまさにこの大停電の当事者になりました。私はフランス国境近くにいたおかげで1時間半後にはオフィスの電気が復旧したのですが、マドリードにいる友人たちは8時間以上も電気のない生活を余儀なくされていました。
今回は、このテーマにめちゃくちゃ関心がある当事者の一人として、そして現在は日本に住むエンジニアとして、この報告書から見えてきた事実と、私たちがここから何を学べるのかをシェアしたいと思います!
停電の前、系統では何が起きていたのか
2025年4月28日は、本当にごく普通の、何の変哲もない一日でした。スペインの大部分は素晴らしい春の陽気で、気温も平年並み。太陽光発電が総供給量の約59%を占め(スペインではよくある状況です)、細い連系線を通って約5GWの電力がフランスとモロッコへ輸出されていました。
太陽光発電の割合が高いと電圧は変動しやすくなるのですが、その日の変動幅は安全基準内に収まっていました。ところが10:30頃、南部のエストレマドゥーラ州で大きな電圧の動揺(オシレーション)が発生し、約20分間にわたって電圧が上昇。安全上限の435kVに迫る事態になりました。報告書に明記はされていませんが、この動揺が起きた変電所には500MW規模の太陽光発電所が繋がっていて、何らかの操作ミスが引き金になったのではと考えられています。
これ自体が停電の直接的な原因ではありませんでしたが、TSO(送電系統運用者)のREEは動揺を抑えるために、フランスへの輸出を減らしたり南部の送電線を繋ぎ直したりと、いくつかのアクションを起こしました。その結果、電圧の動揺自体は収まったものの、系統全体の電圧は徐々に上がっていくことになります。それでも、12:30の直前時点では、電圧レベルは安全限界の範囲内で、異常な動揺も見られていませんでした。
そして停電は始まった
事態が急変したのは12:30のことでした。複数の発電機が、有効電力の出力設定(セットポイント)を合計で500MW引き下げたのです(これはスケジュールされた「二次調整力」によるもので、どの発電機が変更したかは不明とされています)。当時のスペインのほとんどの再生可能エネルギーは「固定力率」で運転されていました。そのため、有効電力を下げるとそれに引きずられて無効電力の出力も変化してしまい、これが突然の深刻な電圧スパイクを引き起こしました。
そのわずか2秒後、スペインの北部と南部で、なんと208MWもの再エネ電源が原因不明のまま突如として喪失しました。高電圧時でも運転を続けるルールだったにもかかわらず、です。一部は出力変化率の制限(ランプ制約)を無視していきなり出力をゼロにしたり、完全に系統から切り離されたりしました。
同時に、電力需要が最大317MW急増しました。これは、屋根置きの小規模な太陽光発電設備が一斉に解列されたためだと考えられています。これらの解列は12:32から12:33の間のわずか「1秒間」に連鎖的に起こった出来事でした。
(画像を見ると、この1秒間で解列によってネット需要が急増した様子と、停電に至るまでの電圧の推移がよくわかると思います)
この大規模な電源脱落によって、自動の負荷遮断などのシステム保護機能が働いたものの、連鎖的な崩壊を止めることはできませんでした。系統のダウンは連鎖し、ついにフランスやモロッコとの国境付近にまで到達。幸い国境の連系線は容量が小さくすぐに切り離すことができたため、他国への波及だけはなんとか免れました。
何が足りなかったのか?
ENTSO-Eの報告書は、この停電に単一の元凶はなく、誰か一人を責めても意味がないと結論付けています。それでも、さまざまな側面で「足りなかったもの」があり、そこから多くを学ぶことができます。VPPや再エネ業界の皆さんに関係しそうなポイントをいくつかまとめます。
一番の課題として見えてきたのは、再エネ発電機が動的に電圧をサポートする機能を持たず、固定力率のまま運転していたことです。当時はそうするインセンティブもなく、許可されていないケースすらありました(なお、この教訓を活かして、現在スペインのTSOは再エネによる動的電圧制御を許可しています)。
また、系統のサポート役として期待されている従来型の発電機(火力など)も、電圧の動きに合わせて十分に速く無効電力を提供できませんでした。それどころか、求められている無効電力の限界値すら満たせていないケースが多かったのに、ペナルティは特に科されていなかったのです。
これらを踏まえて私が感じるのは、電力業界全体として「電圧制御」への関心が少し薄いのではないか?ということです。私たちはよく、需給バランスや周波数制御、慣性(イナーシャ)、そして「再エネが増えるとイナーシャが減って危ない」という話をします。停電直後も、多くの人がイナーシャの観点から分析していました。でも、ENTSO-Eがもっとイナーシャの大きいシナリオでシミュレーションした結果、なんと結末は同じでした。系統のレジリエンス(回復力)を考えるなら、周波数だけでなく「電圧制御」もセットで考える必要があるんです。
さらに、小規模な太陽光発電がシステムの安全性に与える影響の大きさも浮き彫りになりました。1MW未満のシステムはTSOや配電事業者(DSO)からは見えず制御もできませんが、それらが一斉に解列されたことが需給バランスにダメージを与えたのです。
VPPとして学べること
さて、私たちVPPに関わる人間にとって、こんな国家規模の系統トラブルに対して何ができるのか、最初は想像しにくいかもしれません。でも私は、小規模太陽光、蓄電池、EV、ヒートポンプなどが爆発的に増える近い将来、これらのリソースを賢く束ねて制御することが、広範囲の系統を支える強力な武器になると確信しています。もちろん、クリアすべき条件はあります。
まず何よりも、固定力率での運転をフェーズアウトし、すべての再エネと蓄電池に「動的電圧制御」を導入すべきです。さらに、今の周波数サポート(調整力市場など)と同じように、リソースが電圧サポートを提供するための市場ベースのインセンティブも作るべきです。
実装には時間がかかるかもしれません。でも、今(主に一次調整力などの経済的メリットから)蓄電池の導入が急増しているのを見ると、「もしこれらの蓄電池や小規模太陽光が、周波数と電圧の両方をサポートしてくれたら、電力網はどれほど強靭になるだろう!」と想像するだけでワクワクします。
さらに、グリッドフォーミングインバーターを備えた太陽光や蓄電池なら、ブラックスタート(全系停電からの自力復旧)機能も提供できます。大型の発電機がゆっくり同期するのを待たずとも、複数のエリアで同時に素早くシステムを復旧できるポテンシャルを秘めているんです。
また、VPPがTSOに提供できるもう一つの大きな価値が情報です。小規模な太陽光は系統から「見えない(不可視)」ため、異常事態にどう動くかTSOには予測できません。そこでVPPが、低圧配電網の重要エリアにある小規模太陽光や蓄電池の「匿名化されたテレメトリデータ」を提供できれば、この死角をなくすことができるはずです。
日本でもこの大停電は起こる?
「日本でも将来、同じような大停電が起こる!」と煽れば注目を集めやすいかもしれませんが、私の意見は少し違います。仮に日本で同じような電圧の動揺が起きても、現時点では制御不能になるほどの「固定力率の再エネ」はおそらく存在しません。万が一起きても、特定のエリア内で封じ込められ、他の連系線から復旧できるはずなので、スペインのような国中を巻き込むブラックアウトにはならないと考えています。
とはいえ、スペインと日本の電力網には似ている部分もたくさんあります。両国とも山が多く、人口は特定の地域に集中し、それ以外の地域は「よく混雑する細い網の目のような送電線」で繋がっています。これはつまり、突発的なトラブルが起きたとき、国全体の力ではなくそのエリア内にあるリソースだけでなんとかしないといけない場面が多いのかと思います。
さらに、日本でも太陽光や蓄電池の導入がますます進む中で、もしTSOや調整力市場において「電圧制御」が十分にフォーカスされないまま放置されてしまうと、電圧に起因するトラブルが今後ますます頻発するようになるかもしれません。
2018年の北海道ブラックアウト(地震による厚真火力発電所の停止が引き金)は、まさにこの弱点が見えた例と言えるかもしれません。だからこそ、VPPを通じて分散型リソースをうまく制御することが、日本の電力網のリスクに立ち向かうための強力なレジリエンスになると思っています。
おわりに
ENTSO-Eの報告書は、「停電は多くの要因が複雑に絡み合った結果であり、誰か一人が悪いわけではない。電圧と無効電力のコントロールに対する監視不足と、急激な解列がブラックアウトを招いた」と結論付けています。
それでも「太陽光発電こそが停電の原因だ!」と急いで決めつけようとする人もいます。私はその意見には賛成できませんが、この事件がTSOやエネルギー業界で働くすべての人にとって、「能動的な電圧安定化」の重要性に気づくための大きなウェイクアップコールになったことは間違いありません。
最後に強調したいのは、VPPが太陽光、中小型蓄電池、EVなどのたくさんの分散型リソースを束ねて、周波数や電圧のサポートを能動的に提供できるようになる未来は、電力システムを全く新しい次元のレジリエンスへと引き上げるということです。それは停電を防ぐだけでなく、化石燃料の供給リスクから私たちを守ることにも繋がります。
そして私個人としても、Shizen Connectでこうした未来を実現するための制御ロジックやAIシステムの構築に携わる一人のエンジニアとして、これからのエネルギー分野の未来に対して大きな期待とワクワク感を抱かずにはいられません!
免責事項 (DISCLAIMER):
この記事は筆者個人の分析および見解をまとめたものであり、所属する株式会社Shizen Connectまたは自然電力株式会社の公式な見解を代表するものではありません。


