この記事の位置づけ
AI活用コンサルタントとして中小企業の現場に入ると、生成AIの導入判断では「何をAIに渡すか」の境界決めが、ツール選定より先に効いてくると感じることが多い。本稿で扱うのは、日報である。
現場からは「AIに日報を読ませて要約してくれ」という相談がよく来る。ところが、そのまま進めると、日報という文書が「読めない」扱いになり、話がそれ以上進まないことがある。原因は社側の拒否ではない。「どの範囲なら読んでよいか」を何も決めていない状態で持ち込んだ側にある。
境界を決めたうえで切り出せば、日報のAI要約は導入ハードルの低い改善になる。以下、境界の切り分け方を示す。
日報を構成する情報は、読んでよい範囲が違い、粒度も違う
日報の中身をよく見ると、書かれている情報は一種類ではない。次の3つに分けられる。
- 共有文書相当:今日進めた作業の内容、翌日以降に引き継ぐべき事項。同僚の業務に関わるので、もともと共有が前提の情報である。
- 申請系相当:残業・休暇・経費など、承認プロセスがある事項。共有ではなく申請であり、記録は申請システム側に存在する。
- 機密相当:取引先の個別の事情(競合他社との接触、クレームの経緯、トラブルの背景)。本来、限られた人しか読むべきでない。
3つ目が厄介なのは、粒度の問題である。案件名の粒度なら共有でも、「どの担当者が、どの取引先に接触したか」という粒度まで落とすと機密になる。つまり、この区分は文書単位ではなく、文書の中の粒度単位で決まる。
渡す範囲を決める3区分
この区分をそのまま、AIに渡す範囲のルールにする。
| 区分 | 日報内の情報の例 | AIに渡すか |
|---|---|---|
| 共有文書 | 作業内容、翌日への引き継ぎ | 渡してよい |
| 申請系 | 残業・休暇・経費 | 渡さない(申請システム側の記録を使う) |
| 機密 | 取引先の個別の事情 | 渡さない |
機密区分の粒度は、各部門で線を引く。部門ごとに「書いてよい粒度」と「書いてはいけない粒度」を決め、日報のテンプレートの注記に一行を足すだけで足りる。
架空の例:部品製造A社のケース
架空の部品製造業A社の状況を示す。
- 従業員80名程度。製造部門の日報は紙の様式から移行が進まず、部署によって様式がばらばらである。
- 現場の不満は、日報を書くだけで読み返す人がいないこと。翌日の仕事に生かされていない。
- 日報のAI要約を試す段階で「日報に機密が混ざるのでは」という話になり、導入が止まっている。
ここで、切り出しのルールを決める。
- 申請系は日報に入れない。残業や休暇は申請システムの記録を使う
- 機密区分は「取引先の個別の事情」まで。案件名の粒度は共有文書区分として渡してよい
- 案件名の粒度を超える書き方をした場合は、書いた本人が判断して削る
ルール決めの結果、A社では日報の様式そのものは変えず、「書く内容の範囲」だけを決めてAI要約の試験運用を始められた。様式を統一するプロジェクトは立ち上がらず、機密情報の流出もない。
区分の線引きは、文書単位ではなく粒度単位で決める
日報を扱いにくい文書にしているのは、「日報に書く内容の粒度に決まりがない」ことである。この線引きを先に決めれば、残るは共有に耐えない粒度を書かないだけになる。
線引きの要点をまとめる。
- 区分は文書単位ではなく、書く粒度単位で決める
- 部門ごとに「書いてよい粒度」と「書いてはいけない粒度」の注記を日報テンプレートに一行足す
- 書いてよい粒度を超えた場合は、書いた本人を信頼して、自分の判断で削る。この判断を現場でさせることに意味がある
- 機密区分の粒度の線引きが難しい部門では、その部門の情報だけAI要約から外す
一番下の点は重要である。境界に曖昧さが残る日報は、AIに渡さない。渡す範囲の線引きは、境界が曖昧なままでよいものではない。
申請系の話が厄介な理由
「申請系は渡さない」は一見素直なルールに見えるが、実際には厄介な問題を抱えている。申請系の判断には「文脈」が伴うからである。
例えば、ある従業員が日報に「本日の外回りの距離が例月より長い」と書いたとする。この文脈から、経費(申請系区分)の判断に必要な文脈が生まれる。しかし、その情報自体は日報(共有文書区分)に含まれる。
つまり、経費の判断に必要な文脈の多くは、日報にしか存在しない。申請システム側の記録だけを参照しても、判断に必要な文脈が得られないことがある。
A社での扱いは次のとおりである。
- 経費の判断に必要な文脈は日報(共有文書区分)から読み取れる
- 申請そのものは申請システム側の記録で回す
- つまり、文脈の部分だけを共有文書区分としてAIに渡し、申請の記録は渡さない
「文脈は共有、申請の記録は渡さない」。この切り分けが、3区分の実務的な要点である。
まとめ(管理職・現場担当者向け)
- 日報のAI要約で最初に決めるのはツール選定ではなく、渡す範囲の境界である
- 渡す範囲は「共有文書・申請系・機密」の3区分で切り分ける
- 区分は文書単位ではなく粒度単位。部門ごとに「書いてよい粒度」の注記を一行足す
- 書いてよい粒度を超えた場合は、書いた本人が自分の判断で削る
- 申請系は記録ごと渡さない。判断に必要な「文脈」の部分だけを共有文書区分として渡す
境界の決め方を先に固めておけば、日報のAI要約は、生成AIの試験導入として扱いやすい題材になる。反対に、境界が曖昧なまま持ち込むと「読めない」と断られ、導入判断がそこで止まる。順序の違いが、そのまま結果の違いになる。
※本稿のA社は説明のために構成した架空の例である。