すっかり間があいてしまい、すみません。
この記事では、対称群の表現を扱う...前に、群の表現とSchurの補題について述べます。
Schurの補題はまさしく"固有空間"のある種の一般化である"単純な表現"を特徴づける重要な定理なのでした。
群の表現
前回、代数の表現を考えると言っておきながら、まず(有限)群の表現から考えることにします。
ある群$G$について、ベクトル空間$V$に対して、"群$G$の作用"が定まるとき、$V$を$G$の表現といいます。
ここで、群$G$の作用というのは、以下で与えられる$\rho:G \to \hom_\mathbb{C} (V,V)$のことでした。
$\rho(g)\rho(h) v = \rho(gh) v \ (\forall v \in V)$
ここで、$\hom_\mathbb{C} (V,V)$というのは、$\dim V \times \dim V$行列と思うことができ、その意味で$\rho$というのは$G$の各元に対して行列を割り当てているのと同じと思えるのでした。これまで、このシリーズでは行列の作用というものを直接的に扱ってきたのですが、一般にはこのような形式的な(操作的な?)方法で作用というものを定義できるのでした。
表現の間の"同型"と"準同型写像"
この表現の定義によると、台になるベクトル空間を変えた上で"同じ"作用を入れることによって、無限に表現を作れることがわかります。しかし、作用を表す行列が全く同じであれば、それらの表現は本質的に同じものと言ってよいように思えます。
このあたりの概念・言葉を少し整理します。
同型(同値関係)
一般に、2つの表現が同型であるとは、2つの表現$\rho, \rho'$が与えられたとき、適当な基底を取ることで作用を行列表示した時に
$\rho(g)$の行列表示$= \rho'(g)$の行列表示
となること、と定義します。
準同型写像
また、$V, V'$が$G$-加群、すなわちそれぞれ$\rho, \rho'$が存在して$G$の表現になっているとき、$V$から$V'$への$G$-準同型とは以下を満たす線形写像$f:V\to V'$のことを言います。
$\forall v\in V$に対して$f(gv)=gf(v)$。
つまり$f(\rho(g)v)=\rho'(g)f(v)$ということです。これは、$g\in G$を$g\in \mathbb{C}$と置き換えた時には線形写像の満たすべき条件(の一部)と一致しています。実際、今は$f$の線形性を仮定しているので、その意味で$G$-準同型は$G$-線形写像とでも言うべきものになっています。実は、線形写像もベクトル空間としての準同型という言い方をすることができるのでした。
同値関係としての同型と、全単射準同型
実は、上で定めたベクトル空間の間の同値関係としての同型は、全単射の$G$-準同型(写像)が存在することと同値な条件になっています。
実際、同型の場合には基底を対応させる写像を線形に拡張して得られる線形写像が全単射の$G$-準同型になっています。逆に全単射の$G$-準同型が与えられれば、$V$の基底の写る先を基底とすると、表現行列が一致することが簡単にわかります。
一般には$G$-準同型は全単射ではないので、そのあたりに準というニュアンスがかかります。
準同型定理
実は、$G$-加群としても、ベクトル空間で成立する準同型定理が成立します。
定理(準同型定理):$G$-準同型 $f:V\to V'$について、以下の$G$-加群としての同型が成り立つ:
$\mathrm{Img}(f) \simeq V/\mathrm{Ker}(f)$。
なお、これらの定義や事実は、全て$G$-加群の$G$として群のかわりに適当な代数$A$をとっても成立します。つまり、$\mathbb{C}$代数$A$をとったとき、それらの表現や同型、準同型が同様に定義され、準同型定理が成立します。
単純加群/単純表現に関する基礎的な事実
ここでは、以前定義した単純な加群、単純な表現について、準同型も交えて考察をします。
単純加群の間の準同型を考える(Schurの補題)
さて、単純加群の間の$G$-準同型を考えるにあたって、対称群$S_2$の表現を考えてみます。$S_2$は$1,s_1$という2つの要素からなる群で、$s_1^2=1$という単純な関係式を満たします。
単純な表現は2つ、1次元の表現が存在して、$s_1$の作用が$1$または$-1$で与えられるものです。それぞれ、自明表現、符号表現などと名前がついていますが、表にすると以下の通りです。
表現 | 1 | $s_1$ |
---|---|---|
$\mathrm{tv}=$自明表現 | 1 | 1 |
$\mathrm{sg}=$符号表現 | 1 | -1 |
ここで、$\mathrm{sg}$において、$s_1$の作用は(1次元のベクトル空間への作用で)固有値が$-1$と思うことができますが、これは$\mathrm{tv}$のものと異なっており、$\mathrm{tv}$から$\mathrm{sg}$への準同型は、すべてを$0$へ写す写像以外は存在しないことになります。逆も同様で、異なる単純表現の間の準同型は$0$のみであるということになります。
これが、実は一般にも言えます。
定理(Schurの補題):単純な$G$-加群$S,T$が与えられた時、$G$-準同型 $f:S \to T$は同型か$0$かのいずれかである。
系:単純な$G$-加群$S,T$が与えられた時、$G$-準同型を$\hom_G(S,T)$と表すことにすると、
$$\hom_G(S,T) \simeq \left\lbrace \begin{matrix} \mathbb{C}^1 \ (S\simeq T) \
0 \ (S\not\simeq T)
\end{matrix} \right. $$
これの証明ですが、$\mathrm{Img}(f)$が$G$-加群になることを言えば、それが$T$の部分加群になることから、単純加群の定義により、すぐにわかります。
単純な加群を識別する方法としての指標
各単純表現を識別する方法の一つとして、その表現のtraceを取るという方法があります。
というのは、少なくともtraceが違っていれば、traceは基底の変換で変わらないために、それらの表現が同型とならないからです。
そこで、traceに着目して$\chi_\rho: G \to \mathbb{C}, g \mapsto \mathrm{tr}(\rho(g))$で定まる写像を$\rho$の指標と呼ぶことにします。
上で話したことの逆、つまり指標が同じであれば必ず表現として同じ(同型)になるかというと、それは決して自明な事ではないのですが、群の表現については成り立ちます。じつは、より著しい事実が成り立つことが知られています。
定理(Schur) :単純表現の指標は直交する。すなわち、任意の単純表現の指標$\chi, \chi'$について
$$\frac{1}{|G|}\sum_{g\in G} \chi(g)\overline{\chi'(g)} = \delta_{\chi\chi'}$$
単純な表現はいくつ存在するのか
さて、与えられた群に対して、単純な加群は共役類の数だけ存在することが知られています。
上のSchurの定理で得られた指標が、実は共役類で同じ値を取る関数たちの直交基底になっていて、単純表現の指標(つまり単純表現そのもの)が共役類の数だけ存在することが分かっているのでした。
可換群の指標
ここで、可換群の表現について考えてみます。実は(有限)可換群の単純表現は全て1次元になります。
特に、例えば位数$n$の巡回群を考えると、1の原始$n$乗根への写像が表現になることがわかり、一方でこれを指標として見ると$n$個の相異なる指標を与えるため、Schurの直交定理によりそれ以外の表現が存在しない事がわかるのでした。
例えば、$n=4$の場合には、指標(というか単純表現)は以下のように与えられます。
表現 | 1 | $i$ | $i^2$ | $i^3$ |
---|---|---|---|---|
0 | 1 | 1 | 1 | 1 |
1 | 1 | i | -1 | -i |
2 | 1 | -1 | 1 | -1 |
3 | 1 | -i | -1 | i |
じつはこれは離散フーリエ変換と密接に関係している(というかそのもの)ですが、詳細はまた機会があれば説明します。
完全可約性・Maschkeの定理
これまで、群の単純な表現について簡単に基礎的な知識をまとめましたが、一般の表現はどのように表されるのでしょうか。
当初、群の話をする前に扱った行列では、対角化できない(上三角/Jordan標準形までしか変形できない)行列の話をしていました。
表現においても、同様に直既約という概念があって、単純ではないが直既約ではある、という事はあってもおかしくは無いのでした。
しかし、群の表現、とりわけ複素数体上での群の表現に関しては、以下の事がわかっています。
定理(Maschke):有限群の表現は$\mathbb{C}$において完全可約である。つまり、既約でない表現は必ず既約な表現の直和に分解される。
※Maschkeの定理は、本来は標数が0でない場合も扱っているのですが、ここでは簡単の為に省略します。
群の表現の場合はこのような著しい事実があり、ある種の扱いやすさが備わっているのでした。
いくつかの行列を同時対角化する、という素朴な話は、実は様々な広がりのある話なのでした。
(何も風呂敷をたたまずに、雑に一旦おわり)