はじめに
Chandraの画像解析をしていると、grating観測のzeroth orderを画像として使うとき、no gratingの場合と比べてPSFがどのくらい違うのか気になることがあります。
Sakai et al. (2026) のSN 1987A imagingを解析していたところ、2007年にno grating、HETG、LETGという異なる観測設定のACIS-Sデータが比較的近い時期に揃っていました。
そこで今回は、それぞれの観測条件に対応するPSFをMARX simulationで作り、zeroth-order PSFの中心部分を簡単に見比べてみました。
最初は単純にgratingの有無を比較するつもりでしたが、実際に観測headerまで見てみると、もう少し注意が必要そうでした。このあたりも含めてメモしておきます。
比較するデータ
今回使ったのは次の3観測です。
| 観測設定 | ObsID | 観測日 |
|---|---|---|
| ACIS-S / no grating | 7637 | 2007-07-13 |
| ACIS-S / HETG | 7590 | 2007-04-17 |
| ACIS-S / LETG | 9590 | 2007-09-16 |
ChandraのPSFはX線のエネルギーだけでなく、optical axisからの距離、検出器、aspect reconstruction、pixelizationなど複数の要素に依存します。
また、CXCではAR Lacを使ったHRC-IのPSFについて長期的な安定性も調べています(POG Figure 4.17)。変化自体は小さいとされていますが、sub-arcsecond scaleで細かく比較するなら、観測時期も大きく違わない方が扱いやすそうです。
そこで今回は、同じSN 1987Aを2007年の数か月以内に観測した3 ObsIDを選びました。
ただし、以下で見るように、この3観測は「gratingだけを入れ替えた同一条件の観測」ではありません。あくまで、各ObsIDの実際の観測条件を反映して生成したPSFの比較です。
MARX simulationでPSFを作る
各ObsIDの観測条件をもとに、MARXでmonochromatic PSFを生成しました。
解析環境はSakai et al. (2026) と同じ
- CIAO 4.17
- CALDB 4.12.2
- MARX 5.5.3
です。
エネルギーについても、同論文の画像解析でPSF simulationに用いた代表エネルギーを使いました。
| Sakai et al. (2026) の解析帯域 | PSFの代表エネルギー |
|---|---|
| 0.5–1.5 keV | 1.1 keV |
| 0.5–7.0 keV | 2.2 keV |
| 1.5–7.0 keV | 2.8 keV |
今回はこの1.1、2.2、2.8 keVについて、no grating / HETG / LETGのzeroth-order PSFを比較します。
PSF画像は1/4 ACIS pixel(約0.123 arcsec/pixel)で作成し、ピークを中心に31 × 31 pixelを切り出して規格化しました。また、ピークを中心に方位角平均した動径プロファイル(radial profile)からFWHMを求めています。
zeroth-order PSFを並べてみる
Sakai et al. (2026) の画像解析でPSF生成に用いた1.1、2.2、2.8 keVの3つの代表エネルギーについて、no grating / HETG / LETGのPSFを同じ角度スケール・同じ規格化で並べてみます。
上から順に1.1、2.2、2.8 keV。各図では左からno grating、HETG、LETGのzeroth-order PSFを示し、右側にそれぞれの動径プロファイルを示しています。
3つを見比べると、どのエネルギーでも3 ObsIDの間でPSF coreの広がりに違いが見えます。
MARX PSFから求めたFWHMは次のようになりました。
| 代表エネルギー | No grating | HETG | LETG |
|---|---|---|---|
| 1.1 keV | 0.349″ | 0.702″ | 0.866″ |
| 2.2 keV | 0.359″ | 0.706″ | 0.885″ |
| 2.8 keV | 0.359″ | 0.709″ | 0.893″ |
それぞれのObsIDでは、エネルギーが高くなるにつれてFWHMがわずかに大きくなっています。ChandraのHRMA PSFにはエネルギー依存性があり、特にmirror表面のmicro-roughnessによる散乱で形成されるPSF wingsはエネルギーに依存することが知られています。
一方、今回のsimulationでは、それ以上にObsID間のPSF幅の違いが目立ちました。
観測headerも見てみる
ここで3観測のheaderを確認してみると、観測条件はgratingの有無だけではないことが分かります。
特にSIM-Zは、
| ObsID | Grating | SIM-Z | no gratingとの差 |
|---|---|---|---|
| 7637 | NONE | -190.140 mm | — |
| 7590 | HETG | -187.123 mm | +3.017 mm |
| 9590 | LETG | -182.140 mm | +8.001 mm |
となっていました。
つまり、HETGとLETGではno grating観測と焦点面上の配置自体が異なっています。
CXCのPOG Chapter 6でも、ACISをHETGやLETGと組み合わせる場合にはSIM translationやdefault aimpointからのoffsetが適用されることがあると説明されています。
さらにpointingも同じではありません。SN 1987Aの位置と各観測の RA_PNT / DEC_PNT の角距離を概算すると、
- ObsID 7637:約0.1 arcmin
- ObsID 7590:約0.4 arcmin
- ObsID 9590:約1.5 arcmin
程度の違いがあります。
ここで重要なのは、単に「on-axis観測」と呼ぶだけでは十分ではないという点です。
Chandraではoptical axisから離れるにつれてPSFが広がり、さらに形状も非対称に歪んでいきます。また、aimpointとPSFが最も鋭くなるoptical axisは厳密には同じものではありません。
したがって、sub-arcsecond scaleでPSFを扱う場合には、「on-axisかoff-axisか」という二択だけでなく、実際にどの位置で観測されているのかを見ることが大切そうです。
今回の差をどう見るか
なお、今回のFWHMは実観測から直接測定したChandraの光学PSFではなく、各ObsIDの観測条件を与えて生成したMARX PSFから求めた値です。
またHETGについては、CXC POG に
Ground testing showed no measurable effect on the telescope PSF due to the HETG insertion.
と記載されています。
そのため、今回見られたPSF幅の違いを「gratingを入れたことでHRMAそのもののPSFが広がった」と単純に解釈することはできません。
実際、この3観測ではgratingだけでなく、SIM-Zやpointingも異なっています。今回の比較ではそれぞれの寄与までは切り分けず、各ObsIDの観測条件に対応してMARXで得られたzeroth-order PSFの違いとして扱います。
むしろ今回の比較で再確認できたのは、異なるObsIDの画像をsub-arcsecond scaleで比べるなら、観測ごとのPSF simulationを作って確認するのが大切だということでした。
「同じChandra/ACIS-Sで、どちらもだいたいon-axisだから同じPSF」と考えるのではなく、実際のsource position、SIM-Z、pointingなどを含めた観測条件でPSFを確認しておく方が安全そうです。
まとめ
今回は、2007年に比較的近い時期に観測されたSN 1987Aを使って、Chandra/ACIS-Sのno grating / HETG / LETGについてzeroth-order PSFをMARX simulationで見比べてみました。
- Sakai et al. (2026) で用いた1.1、2.2、2.8 keVの代表エネルギーでPSFを生成した
- 今回のMARX PSFでは、エネルギー依存性に加えてObsID間にも明瞭な違いが見られた
- 3観測ではgratingだけでなく、SIM-Zやpointingも異なっていた
- そのため、PSFの違いをgrating insertion単独の効果と解釈することはできない
- 「on-axis」というだけでPSFが同じと考えず、実際の観測条件に対応したPSFを確認することが重要そう
Chandraは中心付近のPSFが非常に鋭いだけに、sub-arcsecond scaleまで踏み込むと、こうした小さな観測条件の違いも無視しにくくなります。
結局のところ、異なる観測を細かく比較するなら、観測ごとにPSF simulationを作って確認するという基本が一番確実そうです。
今回の比較が、Chandraでsub-arcsecond scaleの画像解析をする際の参考になれば幸いです。
関連記事
参考資料
- Y. Sakai et al. (2026), “Chandra X-Ray Imaging and Spatially Resolved Spectroscopy of SN 1987A: Energy-Dependent Morphology of the Equatorial Ring” — arXiv:2607.06302 / DOI: 10.3847/1538-4357/ae7c72
- Chandra X-ray Center, Proposers' Observatory Guide, Chapter 4: HRMA
- Chandra X-ray Center, Proposers' Observatory Guide, Chapter 6: ACIS
- Chandra X-ray Center, Proposers' Observatory Guide, Chapter 8: HETGS


