はじめに
Chandra/HETG のスペクトル解析では、通常 ±1 次光 を対象にします。しかしイベントファイルをよく見ると、±2・±3 といった高次光 も記録されています。普段の解析ではほとんど触れませんが、検出器がどのように光子を分類しているかを理解するうえで、イベントの中身を眺めてみるのはとても有益だと思います。
前回の記事
では ±1 次光の基本的な扱いを紹介しました。今回は視点を少し変え、解析というより“イベントにどんな光が入っているかを見てみる”ことを目的に、±1・±2・±3 次光を実際に抽出・可視化してその様子を探ります。
前提(ファイルと環境)
- すでに
chandra_reproで再処理済み
→evt2=*-repro_evt2.fits - CIAO 4.17(4.17 以外は確認していませんが、各自の環境で試してみてください)
高次光イベントを抽出する方法
HETG 観測の evt2 ファイルには、
-
tg_part: 0 → 0 次光, 1 → MEG, 2 → HEG, 99 → バックグラウンド -
tg_m: …, −3, −2, −1, 0, +1, +2, +3, …
という二つのカラムが入っています。
これを利用することで、回折光を識別して、次数ごとにイベントだけを抽出することができます。
HETG のカラムの説明は、詳しくは公式ページを参照してください。
実行コマンド例
MEG のイベントファイルの抽出例
MEG の +1次光 や -1 次光だけを抜き出したいとすれば、次のように書けます。
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][tg_m=+1 && tg_part=1]" meg_p1_evt.fits
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][tg_m=-1 && tg_part=1]" meg_m1_evt.fits
高次光が欲しい場合も、同様に tg_m で次数を指定するだけです。実務で使う範囲としては、HETG では tg_m = -3, -2, -1, 1, 2, 3 あたりが対象になることが多いと思います(イベントファイルにはさらに高次数も入っていますが、実際に利用する場面は少ない印象です)。
± で指定したいとき
HETG で点源を観測した場合、多くのケースで ±1 を重ねて解析しても問題ないことが多いです。
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][(tg_m=1 || tg_m=-1) && tg_part=1]" meg_pm1_evt.fits
MEG と HEG を合わせた ±1 次光がほしい場合
HETG における MEG と HEG の違いは主にエネルギー分解能ですが、一部の研究では、ライトカーブ作成のように「分解能よりも統計の方が重要になる」場面に限り、MEG と HEG をまとめて扱うことがあります(e.g., Iaria et al. 2014)。その場合は、イベントファイルを次のようにフィルタリングできます。
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][(tg_m=1 || tg_m=-1) && (tg_part=1 || tg_part=2)]" abs1_meg_heg_evt.fits
その他のフィルタリング
実は、0 次光やバックグラウンドのイベントも記録されており、同様の指定で抽出できます。
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][tg_part=0]" hetg_zeroth_evt.fits
dmcopy "repro_evt2.fits[EVENTS][tg_part=99]" hetg_bkg_evt.fits
これらのフィルタリングを一度にまとめて実行したい場合は、次のようなスクリプトにしておくと便利です。
#!/bin/bash
# ==== 入力ファイル ====
EVT="repro_evt2.fits" # 適宜変更
# ==== 出力ディレクトリ ====
OUT="split_orders"
mkdir -p $OUT
# ===== 0次光と背景 =====
dmcopy "${EVT}[EVENTS][tg_part=0]" "${OUT}/zeroth_evt.fits" clobber=yes
dmcopy "${EVT}[EVENTS][tg_part=99]" "${OUT}/bkg_evt.fits" clobber=yes
# ===== MEG/HEG の ±1, ±2, ±3 次 =====
for m in -3 -2 -1 1 2 3; do
abs_m=${m#-} # 負号を取り除いた絶対値(文字列変換)
# MEG (tg_part=1)
dmcopy "${EVT}[EVENTS][tg_m=${m} && tg_part=1]" \
"${OUT}/meg_m${abs_m}_evt.fits" clobber=yes
# HEG (tg_part=2)
dmcopy "${EVT}[EVENTS][tg_m=${m} && tg_part=2]" \
"${OUT}/heg_m${abs_m}_evt.fits" clobber=yes
done
# ===== 絶対値毎のまとめ =====
for a in 1 2 3; do
# MEGのみ
dmcopy "${EVT}[EVENTS][(tg_m=${a} || tg_m=-${a}) && tg_part=1]" \
"${OUT}/abs${a}_meg_evt.fits" clobber=yes
# HEGのみ
dmcopy "${EVT}[EVENTS][(tg_m=${a} || tg_m=-${a}) && tg_part=2]" \
"${OUT}/abs${a}_heg_evt.fits" clobber=yes
# MEG+HEG
dmcopy "${EVT}[EVENTS][(tg_m=${a} || tg_m=-${a}) && (tg_part=1 || tg_part=2)]" \
"${OUT}/abs${a}_meg_heg_evt.fits" clobber=yes
done
echo "=== Done! FITS saved in: ${OUT}/ ==="
抽出されたイベントファイルを見てみる
実際にフィルタリングして得られたイベントファイルを可視化してみましょう。
次数 $m$ はプラスとマイナスで大体同じ傾向なので、ここではマイナス側を抜き出して分布を比べてみます(以下の図では ObsID 106 の SS 433 の観測データを使用しています)。
-
全体像

この図からわかるのは、HEG と MEG の −1 次光でイベント数が圧倒的に多いことです。意外と公式ドキュメントでは強調されていない気がしますが、HEG と MEG の −1 次光は同じチップ側に伸びるように分布していることも見て取れます。
高次光の次数を区別できる理由
画像を眺めていると、「±2 や ±3 も ±1 と同じ方向に伸びているのに、どうやって次数をちゃんと区別しているの?」と思うかもしれません。ここでは、ACIS のエネルギー測定を使った判定が効いています。
公式説明 では tg_m について、ACIS のように十分なエネルギー分解能がある場合、光子の ENERGY を使って次数を決められるとされています。
その物理的背景には、回折の関係式があります。
\sin\beta = m \frac{\lambda}{p}
次数 $|m|$ が大きいほど外側に分散しますが、回折角 $\beta$ は波長(=エネルギー)と次数の組み合わせで決まるため、異なる $(m, E)$ が同じ位置に到達することが物理的にあり得ます。そこで、ACIS が測定したエネルギー(波長に対応)を組み合わせることで、「この位置とエネルギーなら $m=1$ が妥当」「こちらは $m=2$ が自然」というように もっとも整合性の高い整数次数を選び分けている、というわけです。
つまり HETG では、空間位置(回折角)+ エネルギー測定 をセットで利用して次数を決めています。ただし、どれにも当てはまらない場合も想定されていて、その場合は tg_m=99(background)として未分類扱いに指定されます。
おわりに
今回は HETG のイベントファイルを眺めながら、±1 だけでなく ±2、±3 といった高次光も実際に存在し、tg_m を使えば簡単に抜き出せることを確認しました。実際の解析で主力になるのは ±1 ですが、状況によっては高次光が役に立つこともあります。たとえば、
- ゼロ次光にパイルアップが起きるような明るい天体では、HEG/MEG をライトカーブに使う
- 統計が欲しい場合に、MEG + HEG をまとめて使う
- 特定の輝線をより細かく調べたい場合に、次数の高い(より分散の大きい)成分を利用して分解能を上げる
といった使い方が考えられます。もちろん、これらは「常に使う手法」ではなく、対象や目的に応じて選ぶものですが、こうして眺めてみると HETG には思った以上に多様な使い道が潜んでいる ことが窺えます。
こうした活用例についても、また別の機会に紹介できればと思っています。
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