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PSFの場所依存性を考慮したRichardson–Lucy法で見るChandraカシオペア座A 20年の進化

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Last updated at Posted at 2026-02-07

はじめに

天文観測画像は、しばしば Point Spread Function(PSF)の場所依存性を伴って取得されます。すなわち、検出器上の位置によって像の広がり方が変化し、画像の見え方が一様ではなくなります。

例えば Chandra X線衛星では、光軸付近とその外側で PSF の形状が大きく異なることが知られています。そのため、観測画像をそのまま比較すると、天体本来の構造ではなく、PSF の違いが見かけの差として現れてしまう場合があります。こうした影響を抑えるため、天文学では PSF を用いた画像逆畳み込み(image deconvolution) が広く用いられてきました。

画像逆畳み込みの手法としては、これまでにさまざまな方法が提案されています。フーリエ空間での処理に基づく手法や、統計的モデルを用いた反復的な推定法などが知られており、目的やデータ特性に応じて使い分けられています(e.g., Sugizaki et al. 2009, Morii et al. 2024)。
その中でも、ポアソン統計を仮定した観測データに対して安定に動作する方法として、Richardson–Lucy(RL)法は古くから標準的な手法の一つとして用いられてきました。RL法は Richardson (1972) および Lucy (1974) によって独立に提案され、天文学に限らず、顕微鏡画像など幅広い分野で応用されています。

通常の RL 法は 単一の PSF を仮定しており、PSF が観測視野内で緩やかに変化する場合、その特性を十分に反映できない場合があります。この問題意識のもと、PSF の場所依存性を取り入れた RL 法がこれまでにも検討されてきました(e.g., Tajima et al. 2007, Tai et al. 2010)。

こうした流れの中で、筆者らも Chandra 観測画像への適用を念頭に置き、PSF の場所依存性を考慮した Richardson–Lucy 法(位置依存型RL法)について検討を行ってきました。本手法の考え方や実装例については、以下の論文で議論しています。

Sakai et al. (2023), Richardson–Lucy Deconvolution with a Spatially Variant Point-spread Function of Chandra: Supernova Remnant Cassiopeia A as an Example,
ApJ, 951, 59, doi: https://doi.org/10.3847/1538-4357/acd9b3

また、その内容を日本語でまとめた解説論文として、以下があります。

Sakai et al. (2024), 位置依存型 Point Spread Function を用いた Richardson–Lucy 法の
X線衛星 Chandra 撮像画像への応用: 超新星残骸カシオペア座Aの鮮明化,
doi: https://doi.org/10.20637/0002000303

本記事では、こうした背景の一例として位置依存型RL法を取り上げ、Chandra による超新星残骸カシオペア座Aの約20年分のデータを処理した結果を、理論的な詳細には立ち入らず、ギャラリー的に眺めてみることを目的としています。

PSF の場所依存性

まず、Chandra の PSF がどの程度場所に依存しているかを見てみます。以下は、カシオペア座Aの観測画像と、その位置に対応した PSF を並べたものです(カラーバーは PSF の確率、クロスは光軸を示しています)。

光軸付近では PSF が比較的コンパクトですが、光軸から離れるにつれて PSF が広がり、形状も変化していることがわかります。この違いを無視して逆畳み込みを行うと、復元像に不自然な構造が残ってしまいます。

位置依存型RL法について

PSF の場所依存性を考慮する逆畳み込み法の一つが、位置依存型RL法です。座標を添え字として表すと、更新式は次のようになります。

W_i^{(r+1)} = W_i^{(r)} \sum_k \frac{P_{ik} H_k}{\sum_j P_{jk} W_j^{(r)}}

ここで、$i, j, k$ は画像上の座標を表します。$W_i^{(r)}$ は反復回数 $r$ における真の画像の推定値、$H_k$ は観測画像です。$P_{ik}$ は座標ごとに異なる PSF を表しています。

式自体は通常の RL 法と似ていますが、各座標に対応した PSF を使う点が大きな違いです。これにより、PSF が視野内で変化しても、その影響を計算に取り入れることができます。

Chandra カシオペア座Aへの適用

位置依存型RL法を実データで確認するための例として、約20年にわたり Chandra によって観測されており、明るく観測視野いっぱいに広がる天体である超新星残骸カシオペア座Aを対象としています。

解析に用いた観測情報一覧
Obs. ID Start Date (yyyy mmm dd) Exp. Time [ks] Detector R.A. [deg] Decl. [deg] Roll [deg]
114 2000 Jan 30 49.93 ACIS-S 350.9159 58.7926 323.3801
1952 2002 Feb 06 49.66 ACIS-S 350.9137 58.7923 323.3835
4636 2004 Apr 20 143.48 ACIS-S 350.9129 58.8412 49.7698
4637 2004 Apr 22 163.50 ACIS-S 350.9131 58.8414 49.7665
4639 2004 Apr 25 79.05 ACIS-S 350.9132 58.8415 49.7666
5319 2004 Apr 18 42.26 ACIS-S 350.9127 58.8411 49.7698
9117 2007 Dec 05 24.84 ACIS-S 350.8752 58.7846 278.1321
9773 2007 Dec 08 24.84 ACIS-S 350.8753 58.7844 278.1318
10935 2009 Nov 02 23.26 ACIS-S 350.8329 58.7868 239.6794
12020 2009 Nov 03 22.38 ACIS-S 350.8330 58.7871 239.6796
10936 2010 Oct 31 32.24 ACIS-S 350.8299 58.7888 236.4820
13177 2010 Nov 02 17.24 ACIS-S 350.8298 58.7892 236.4818
14229 2012 May 15 49.09 ACIS-S 350.8878 58.8478 75.4420
14480 2013 May 20 48.77 ACIS-S 350.8895 58.8444 75.1402
14481 2014 May 12 49.42 ACIS-S 350.8901 58.8423 75.1374
14482 2015 Apr 30 49.42 ACIS-S 350.9080 58.8554 67.1266
18344 2016 Oct 21 25.76 ACIS-S 350.8149 58.7903 214.1979
19903 2016 Oct 20 24.65 ACIS-S 350.8156 58.7909 214.1956
19604 2017 May 16 49.53 ACIS-S 350.8910 58.8560 76.5775
19605 2018 May 15 49.42 ACIS-S 350.8927 58.8557 75.2332
19606 2019 May 13 49.42 ACIS-S 350.8854 58.8559 75.1398

データ処理の概要

解析には、Chandra 衛星によるカシオペア座Aの長期観測データを用いました。前処理には、Chandra の標準解析パッケージ CIAO を使用しています。

各観測データは chandra_repro により再処理し、同一年内で光軸位置やロール角が近いデータは merge_obs を用いて結合しました。解析には0.5–7.0 keVの exposure-corrected 画像を用いています。

PSF は、平均エネルギー 2.3 keV の単色エネルギーを仮定し、MARX を用いて生成しました。PSF は画像全体をカバーするよう、35×35 ピクセル間隔(冒頭で示した PSF 取得グリッドの図と同じ間隔)で取得しています。これらの PSF を用いて、各年代の観測画像に対し位置依存型 RL 法を 30 回反復適用します。

観測年ごとの光軸

以下は、各観測年における光軸の位置を示した図です。

image.png

年代ごとに光軸の位置が異なっていることがわかります。これは、観測時の関心領域の違いによるもので、意図的に光軸がずらされているケースが多いです。

中心に光軸を置かない理由について

興味深いことに、カシオペア座Aの中心に光軸を置いた観測は行われていません。これは中心付近にある明るいコンパクト天体のパイルアップを避ける目的があったと考えられます。CCD の読み出し時間を工夫する方法もありますが、広がった天体全体を観測する場合には不利になるため、光軸をあえて外す設計が選ばれたと推察されます。

結果:20年分のギャラリー

以下に、0.5–7 keV の観測画像(上)と、位置依存型 RL 法を30回反復した結果(下)を示します。

upper_obs_lower_PDRL.gif

観測画像では、PSF の広がりによって細かな構造がややぼやけていますが、復元後の画像ではフィラメント構造や衝撃波前面がよりはっきり見えるようになります。光軸位置が異なる年代のデータを並べても、復元後の像では解像度のばらつきが比較的抑えられていることがわかります。

特に印象的なのは、約20年という人間の時間スケールの中で、カシオペア座Aが形を変えながら進化している様子が確認できる点です。天文学的には短い時間であっても、これほど明確な変化が見えることは驚くべきことであり、今後の観測によってどのような姿を見せてくれるのか楽しみです。

まとめ

本記事では、Chandra における PSF の場所依存性に着目し、それを考慮した 位置依存型 Richardson–Lucy 法を用いて、超新星残骸カシオペア座Aの長期観測データを処理した結果を紹介しました。

PSF の場所依存性は画像復元に影響する要因の一つであり、エネルギー依存性や統計的揺らぎ、解析条件の選び方など、まだまだ検討すべき課題は残されています。こうした点を一つずつ整理し、手法を洗練させていくことで、観測データから引き出せる情報は今後さらに広がっていくと考えられます。本記事で示した結果はその途中段階の一例に過ぎませんが、今後の検討や発展を考える際の、一つの参考になれば幸いです。

なお、本手法の詳細や実装上の注意点については、筆者の修士論文(2023年度・立教大学)にまとめています。観測を通じて宇宙の姿をより深く理解するための試みの一助となれば嬉しく思います。

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