「今年、全然本を読めていないな」——そう思ったことはないだろうか。私にはある。しかもそれが1年や2年の話ではなく、増えたり減ったりを繰り返しながら14年続いていた。
Claude CodeでAmazonの購入履歴を、試行錯誤の末に丸ごと取得してみた。2012年11月から取得日までの14年弱、888冊のKindle購入記録が残っていた。年別に並べてみると、読書量は一直線に減っているわけでも、ずっと安定しているわけでもなかった。ある年は7冊しか買わず、別の年は161冊買っていた。20倍以上の開きだ。
この記事の要点(2026年8月): Amazon Kindleの購入履歴(2012年11月〜2026年8月、888冊)を実測したところ、年間購入冊数は最少7冊(2017年)から最多161冊(2019年)まで20倍以上の振れ幅があった。原因を探ると、「読む時間があるかどうか」よりも「次に何を読むか決めるコストがゼロに近いかどうか」で説明できそうだとわかった。以下、実際のデータで見ていく。
数字で見る14年——山と谷
まず全体像から。
| 年 | 購入冊数 | 年 | 購入冊数 |
|---|---|---|---|
| 2012 | 21 | 2020 | 59 |
| 2013 | 124 | 2021 | 115 |
| 2014 | 36 | 2022 | 61 |
| 2015 | 33 | 2023 | 56 |
| 2016 | 74 | 2024 | 36 |
| 2017 | 7 | 2025 | 24 |
| 2018 | 51 | 2026 | 30(8月8日時点) |
| 2019 | 161 |
この888冊は、Amazon経由でKindle購入した記録に限られる。同じ期間で他にどこまで捕捉できているかも書いておくと、紙の本(Amazon購入分)が2001年2月11日から2026年6月30日までで356冊、Audibleが2018年8月から2019年12月までで23作品、Kindle UnlimitedやPrime Readingなどの借用が91件ある。これ以外——書店での現金購入・図書館・古本・人からの貸し借り——は計測不能だ。なお紙の356冊は、注文履歴から書名・出版形態のキーワードで書籍を抽出して数えたものなので、完全網羅ではない。
紙とAudibleを合わせて年別に数え直しても、谷(2017年)と山(2019年)の位置は変わらない。冊数は2017年が7冊→9冊、2019年が161冊→195冊に増えるが、開きの倍率は23.0倍→21.7倍で「20倍以上」という主張は崩れない。以下、本文中の数字は特に断りがない限りKindle購入分(888冊)を指す。書店で現金で買った本や図書館で借りた本までは、さすがに追いようがなかった。
いちばん目を引くのは2017年の7冊と、2019年の161冊だ。同じ人間が、隣り合う年でこれだけ変わっている。何が起きたのか、順番に見ていく。
2017年——時間が増えたのに、読まなくなった年
2017年は部署異動があった年だった。通勤時間が長くなり、Kindleで読書できる時間は単純に増えたはずだった。
だが実際に買った本は7冊しかない。しかも内訳を見ると、実質的な「新規開拓」はたった2冊——『0秒リーダーシップ』と『漂流』(吉村昭)だけだった。残り5冊はすべて、それまで読んでいたシリーズの続刊(『弱虫ペダル』48巻、『ビン〜孫子異伝〜』21巻、『ちはやふる』33〜35巻)。購入ゼロの月が8ヶ月あった。
対して前年の2016年後半は、司馬遼太郎(『竜馬がゆく』『燃えよ剣』『翔ぶが如く』)や『7つの習慣』、『君の名は。』など、新しい本への手の伸ばし方が旺盛だった。
「通勤時間が長くなったのでKindleで読書できる時間は増えたはずだけど、一時的に読書の習慣が薄れているのかな」というのが、当時の実感だった。
時間はあった。読む意志がなかったわけでもない——現に続刊は買っている。それでも新しい本には手が伸びなかった。
2019年——1人の作家に固定して、読書が爆発した年
2019年は161冊。前年の3倍以上だ。何が起きたか。
きっかけは2018年3月にさかのぼる。上田秀人という作家の『前夜 奥右筆外伝(十三)』を1冊だけ買っていた。だがこの1冊は火種にならなかった。その後まる1年、上田作品の購入はゼロだった。
出会いと着火は、別のタイミングで起きたことになる。
火がついたのは2019年3月30日。『表御番医師診療禄』の1巻を買ったところから始まる。そこから2週間、2019年4月13日までに全13巻を買い進めている(購入日時から見た数字であり、実際に読んだ日を証明するものではないが、間隔から見てほぼ間を置かず読み進めていたと考えられる)。しかも最後の巻を買ったその日のうちに、次のシリーズ『百万石の留守居役』の1巻を購入している。
このシリーズもそのまま読み進め、最終的にこの1年で上田作品を106冊買った。2019年の161冊のうち、実に3分の2がこの1人の作家だ。
ここで、ある仮説が立つ。「次に何を読むか」を決めるために使う認知的な労力を、ここでは仮に「決定コスト」と呼ぶことにする。心理学の専門用語ではなく、この記事のための便宜的な言い方だ。
1人の作家に固定してしまえば、この決定コストは限りなくゼロに近づくと考えられる。読み終えたら次の巻を買うだけでいい。しかも上田秀人は生涯で200冊を超える著書を残した多作の作家で、2019年当時もすでに刊行済みのシリーズが複数あった。在庫が尽きる心配も当分なかったはずだ。
上田秀人という作家について
ここで少し、この作家について書いておきたい。
上田秀人は1959年、大阪府生まれ。2013年まで歯科医院を営みながら小説を書く兼業作家だった。1997年に新人賞佳作でデビューし、2001年の『竜門の衛』で本格的に作家活動を始めている。著書は200冊を超える多作の作家で、2022年には『百万石の留守居役』シリーズで吉川英治文庫賞を受賞した。
私の蔵書には、作家活動の出発点になった『竜門の衛』もあれば(2019年8月購入)、最初の出会いになった『奥右筆秘帳』外伝もある。読み切った『百万石の留守居役』は全17巻。通算164冊、蔵書888冊の18.5%を占める。
上田秀人は2025年3月27日、病気のため65歳で亡くなった。
164冊・8年。振り返ってみると、それだけの時間をこの作家の本と過ごしていたことになる。あらためて、お悔やみを申し上げたい。
その後の推移——爆発は続かない
少し間を置いて、分析の話に戻る。2019年に106冊買った上田作品は、翌年以降どうなったか。
| 年 | 上田秀人作品の購入冊数 |
|---|---|
| 2019 | 106 |
| 2020 | 25 |
| 2021 | 11 |
| 2022 | 7 |
| 2023 | 6 |
1年で一気に読める分だけ読んでしまえば、翌年からは新刊の刊行ペースに戻るのは自然なことだ。全体の購入冊数も2019年の161冊から2020年は59冊まで下がった。在宅勤務が始まって通勤時間という「読むスロット」が消えたことも重なっている。
決定コストがゼロでも、在庫が尽きれば読書量は落ち着く。逆に言えば、2019年の爆発は「意志の強さ」ではなく、決定コストと在庫という2つの条件がたまたま揃った結果だった、と見ることができる。
2021年——同じ構造が、別の作家でも再現していた
ここで冒頭の年別表に戻る。2021年は115冊買っている。だが上の表のとおり、この年の上田作品はもう11冊まで落ち込んでいた。では、この年は何を読んでいたのか。
答えは佐伯泰英という作家だった。2021年6月26日から12月6日までの約5.4ヶ月間に90冊、この年115冊のうち78%をこの1人の作家で占めている。内訳は「居眠り磐音」全51巻と「酔いどれ小籐次」全39巻。どちらも完結済みの長編シリーズを、1巻から一気読みする形だ。
上田秀人のときとほぼ同じ条件が揃っている。完結済み・大量の巻数・1人の作家に固定。決定コストがゼロに近づく条件が整うと読書量が跳ね上がる、という仮説が、1事例ではなく2事例で観測されたことになる。なお佐伯泰英作品は通算156冊で、蔵書全体では上田秀人(164冊)に次ぐ2位の著者だった。
2025年の谷、2026年の反転
2025年は年間24冊まで落ち込んだ。特に4〜6月は購入がゼロだった。
この時期について、私にはいくつか思い当たる理由がある。コロナ後は通勤がなくなった代わりに家事をするようになった。仕事の時間も増えた。2年ほど前まではトレーニングに時間を使っていたが、今はまったく筋トレできていない。体調を崩して寝ている時間、ぼんやりYouTubeを見ている時間も増えた。
読むスロットが物理的に減り、余力も落ちていた時期だったと考えられる。決定コストを払う余裕がなければ、消費のハードルがいちばん低いもの——受け身で見られるYouTube——に流れるのは、2017年に続刊だけを買っていたのと同じ構造かもしれない。
2025年10月、購入が8冊で反転した。2026年は8月8日時点で30冊。1月1日から8月8日までの220日で30冊のペースなので、同じ調子が続けば年換算で約50冊になる計算だ。2025年の24冊のおよそ2倍のペースに戻りつつある。
興味深いのは、2026年2〜4月に集中して買った本だ。『「先延ばしグセ」が治る21の方法』『「すぐやる」は最速の仕事術』『新装版 はじめてのGTD』『SECOND BRAIN』——時代小説とマンガが主軸の蔵書(文春文庫123冊、ヤングジャンプコミックス100冊、光文社文庫87冊)の中では明らかに異物だ。読書量が戻り始めたタイミングで、生産性・習慣化への関心も戻ってきている。
読書量が増減するのはなぜか——意志ではなく構造で決まる
ここまでのデータを並べると、こう考えられる。
読書量は「読むスロットが物理的にあるか」×「次に何を読むか決めずに済むか」×「未読在庫がどれだけ残っているか」——この3つのかけ算で決まるのではないか。
- 2017年は、時間はあったのに新規開拓のための決定コストが払えなかった
- 2019年は、決定コストがほぼゼロになり、しかも在庫が潤沢だった(上田秀人)
- 2021年は、別の作家で同じ条件が揃い、同じ現象が再現した(佐伯泰英)
- 2020年は、爆発で在庫が減り、通勤という読むスロットも消えた
- 2025年は、スロットと余力の両方が落ちていた
- 2026年は、両方が戻りつつある
もちろんこれは私1人、888冊という限られたデータから導いた仮説であって、証明された因果関係ではない。読書量が減った年は「自分の意志が弱いからだ」と責めてしまいそうになるが、少なくとも私のケースでは、意志の問題というより構造の問題だったように見える。
もし読書量の増減に心当たりがあるなら、「なぜ読めないのか」を問う前に、「読むスロットはあるか」「次に何を読むか決まっているか」「積読・未読在庫は残っているか」の3つを点検してみるといいかもしれない。私の場合、次に読むものをあらかじめ決めておくことと、シリーズを1つ手元に残しておくことだけで、決定コストはかなり下げられそうだ。
最後に余談を2つ。ひとつは記録の起点について。紙の本の起点として挙げた2001年2月11日、私が初めてAmazonで注文したのは『ザ・スタンド(上)』(スティーヴン・キング)だった。Amazon.co.jpのサービス開始は2000年11月1日で、当時の取り扱いは書籍のみだった。開始から102日後、まだ書籍しか売っていない時期に、最初の注文として本を買っていたことになる。25年分の記録の1行目が本だったというのは、あとから知って少し嬉しかった。
もうひとつは、888冊という数字にたどり着くまでの調査自体にもけっこう手こずったことだ。Amazonの購入履歴には公式のAPIがなく、Gmailの注文確認メールも時期によって仕様がバラバラで、最終的には内部APIと公式のデータリクエストの両方にたどり着くことになった。取得までの試行錯誤はAmazon購入履歴の取得に内部APIを叩いた。実は公式のデータリクエストで46分で届いたという別記事にまとめてある。同じデータを自分でも取ってみたくなったら、そちらもあわせて読んでみてほしい。
この記事は はてなブログ からのクロスポストです。