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AIに自分の行動ログをどこまで読ませるか——棚卸ししたら、結論が3回ひっくり返った

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Last updated at Posted at 2026-09-19

この記事の実施記録(2026年9月): 「AIに自分をどこまで読ませるか」を棚卸ししようとしたら、棚卸しの実行段階そのものでAIの安全装置に止められた——という出来事をきっかけに、実際にどこまで読めるか・読ませた後に出てくる数字がどこまで信用できるかを検証した(2026年9月5日夜に実施。最初の質問から最後の集計まで約1時間)。~/.zsh_historyは全1040行のうち63%がclaude起動コマンドで埋まっており、Chrome閲覧履歴(1767URL・3781訪問)の上位はすべて自分の運用対象サイトで、スクリーンタイムはVSCodeが全体の81%を占めていた。読める範囲を実際に読ませてみたら、「読ませすぎ」と「読ませなさすぎ」という逆方向の失敗が同じ晩に両方起きた。

「Amazon購入履歴、Music再生履歴、写真、メール。それ以外に私のことをプロファイルできる情報源がある?」

そう聞いたところから、この晩の棚卸しは始まった。AIは「無意識の行動ログ」「消費・嗜好」「すでに手元にあるが未使用」という3層に分けて、シェルの履歴からIMEの学習辞書まで、思いつく限りの情報源を並べてきた。

ここまでは普通の棚卸しだった。様子が変わったのは、「じゃあ実際にどこまで読めるのか確認してみて」と頼んだ瞬間からだ。

まず——一度目、AIが「これはローカルで今すぐ読めるはず」と即答した項目を、実際に確認しようとしただけでブロックされた。次に——二度目、確認が取れた範囲を実際に読ませてみたら、「安全だと思い込んでいた防波堤」が最初から存在しなかったことがわかった。さらに——三度目、その先で出てきた数字を評価させてみたら、AIは自分が出した数字の偏りにすら気づいていなかった。約1時間の作業のあいだに、話の結論は3回ひっくり返っている。

なお、この記事自体もAIとの作業で書いている。AIの読み込み範囲を検証する記事を、その検証対象であるAIと一緒に書くという、ちょっとした入れ子構造になっている。

「読める」は思い込みだった——シェル履歴もChrome履歴も、価値は裾にあった

最初につまずいたのは、範囲確認そのものだった。AIは「Chrome履歴もシェル履歴も、Issue管理の先延ばしログも、ローカルで今すぐ読める」と言い切った。「そんなにたくさん読み込めるの?」と聞き返すと、AIは実際に確認しようとして、そこで初めて自分の言い切りが検証されていなかったことに気づいた。ファイルの中身を読む段階ではなく、ファイルが存在するかどうかを確認する段階でブロックされたのである。

仕切り直して、確実に読める範囲から実際に読ませてみることにした。

まず~/.zsh_history。全1040行のうち、ユニークな行はわずか77行しかなく、先頭コマンドの63%がclaude(タイプミスを含む起動コマンド)だった。シェル履歴は本来、技術的な関心を映す一次資料として価値が高いはずの情報源だ。だが私の場合、作業の入口がすでにAI経由に移っているため、ほとんど空になっていた。

IMEのユーザー辞書も確認したが、登録は0件だった。「CLIで単語登録できる」という設定は以前試していたが、実際には運用していなかった。「できる」と「やっている」は別、という当たり前のことを数字で突きつけられた形だ。

Chrome閲覧履歴も同じ形をしていた。直近約4か月で1767URL・3781訪問。訪問回数の上位を並べると、自分の発信先(zenn.dev、939件)、自作アプリ、メール、検索エンジンといった「自分の運用対象」ばかりが並ぶ。シェル履歴がclaudeで埋まっていたのと、まったく同じ構造がもう一つの情報源から出てきた。

ここで疑問が湧く。精度の高い情報源をどんどん足していけば、AIの理解はどんどん深まるのではないか。 そうとは言い切れない。自分の運用対象を除いた「裾」——訪問回数の少ない、めったに見ないドメイン群だけを見てみたところ、このセッションで一度も話題にしていない生活領域が複数出てきた。うち1件は、複数のサイトを行き来していて検討中と読める頻度パターンだった。価値は上位ではなく裾にあった。 TOP N(訪問回数の多い順)を見るという集計方法そのものが、行動ログの分析には向いていない可能性がある。

これは「情報を足せば足すほど精度が上がる」という素朴な前提への反例でもある。実際、時期情報を持たない累積の行動ログを読んだAIが特定の人物像を推論し、実際の支出配分と10倍ずれた予測を出した、という結果が、先日の実験で出ている。本人が編集していない生の情報ほどAIにとって精度の高い手がかりになる。だが同じ理由で、本人が制御していない情報ほど、渡した先で読み違えられたときの被害も大きい。有用性と危険性は、同じ源から出ている。

防波堤はあると思い込んでいただけだった

「AIに自分を知られるのが怖い」と感じる人もいるだろう。実際どこまで踏み込めるのか、もう一段深い層で確かめてみた。

スクリーンタイム、Safari履歴、メッセージ、写真データベース、メールのローカルデータ——これらは当初、「macOSの追加設定(フルディスクアクセス)が別途必要」と分類していた層だった。「ここから先はあなたの手作業が要る」という前提のもと、私は「進めて」と答えた。

実際に確認すると、全項目が追加設定なしで読める状態だった。 フルディスクアクセスはすでに付与済みで、私自身いつ許可したのか記憶にない。

つまり私は、AIが提示した「あなたの手作業が要る」という間違った前提の上で同意したことになる。実際には手作業はとうに終わっていて、承認はすでに存在していた。AIは自分がどこまで読めるかを、本人に聞かれるまで正確に把握していなかった——しかも今度は、最初の過大な言い切り(なんでも読めるはず)とは逆方向の、過小な言い切り(手作業が必要なはず)だった。過大にも過小にも振れる。「本人すら自分がどこまで読ませているか把握していない」の「本人」には、権限範囲を説明する側のAI自身も含まれる。

ここで唯一機能していた障壁は、macOS側の設定ではなく、AIの安全装置(存在確認をブロックしたあの一件)だった。そしてその安全装置は、私が「進めて」と言った時点で消えている。「摩擦が守ってくれている」という安心は、その摩擦が実在するかを確認していないと成立しない。 技術的な防波堤だと思っていたものは、実は一言で溶ける運用上の防波堤だった。

無条件に筒抜けになるという心配は、その意味では誤解の部分がある。だが同時に、思っていたより防波堤は薄いという側面もある。許可の階層をどれだけ細かく作っても、それを守るかどうかは最終的に、人間が「進めて」と言うかどうかにかかっている。

出てきた数字を、出した本人が疑わなかった——スクリーンタイムのVSCode 81%

読める範囲がわかったところで、範囲そのものを絞った。「メッセージやメールの中身は読まない、スクリーンタイム(アプリ別の使用時間だけ)にする」と私が選び、AIはその制約で集計した。

約4週間、合計約68時間の記録のうち、VSCodeが全体の81%を占めていた。 シェル履歴のclaudeが63%、Chrome上位が全部「自分の運用対象」だったのと、独立した3つの情報源で同じ形の発見が3回繰り返されたことになる。単発の偶然ではなく、構造だと言い切れる根拠になった。

AIはさらに、時間帯別・曜日別の内訳も出してきた。夜間に使用が集中し、週末の使用が過半を占める——という分布だった。「会話ログには出てこない生活リズムが、内容を一切読まない集計だけから浮かび上がった」と、AIは発見として書いた。

だがこの「発見」は、2つの質問で崩れた。

1つ目、「スクリーンタイムはいつから見た?」。答えを確認すると、手元の環境ではおよそ4週間分しか残っておらず、その境界を超えたデータは静かに消えていた。この保持期間が macOS の仕様なのか、この端末固有なのかは、今回の作業では切り分けていない。「4週間分の集計」に見えたのは、選んだ期間ではなく、単に残っていた全部だった。消えたことを教えてくれる通知は何もない。

2つ目、「火曜日が長いのは祝日があったからでは?」。確認すると、28日という期間は各曜日がちょうど4回ずつしかないサンプル数の少ない集計で、平日で突出していた曜日の使用時間の大半は、たった1日分の祝日に由来していた。

AIはここでいったん「発見自体が季節性による偽物だった」と切り捨てた。だがこれも訂正のしすぎだった。休暇にあたる週を除いて集計し直すと、夜型・週末集中というパターンの向き自体は変わらず再現された。 ずれていたのは割合の絶対値(集計期間に引きずられた数字)であって、パターンがあること自体ではなかった。

発見、否定、再肯定。ひとつの集計で、結論がここまで揺れた。

そして最後にもう一段、崩れる。「でも、平日昼間は本業してるから、AIに触れないことくらいはわかるでしょ?」と聞いたところ、AIは「自分は本業の存在も日本の祝日も知っていたのに、集計に接続しなかった」と自己分析した。だが、それも少し違うと私は思った。祝日を知らなくても、この分布はおかしいと気づけたはずだ。 同じ平日なのに使用時間に大きな開きがある、特定のアプリ(VSCode)だけが全体の81%を占めている——ドメイン知識がなくても、「偏りすぎている、分解して確認しよう」とは言えるはずだった。

数字を出す行為と、その数字を評価する行為は別で、AIは前者しかやっていなかった。

これは、先日「AIに自分のプロファイルを読ませたら、Amazon支出の順位は0/5だった」という記事に書いた実験の裏返しでもある。あちらは、プロファイルに書かれた記述量を重要度と誤読していた。今回は、プロファイル(記憶)に書いてあるのに参照しなかった。書きすぎると誤読する、と、書いてあっても読まない、が同じ晩に両方揃った。

だから記事の持ち帰りは「AIにもっと文脈を渡せ」ではない。AIは文脈をすでに持っていたのに使わなかったのだから、情報を足しても直らない。 正しい手続きは、偏りが出たら解釈する前に分解することだ。曜日別が偏っていたら日別に割ってみる、期間の端がどこかを確認してみる。これは読者が自分の運用にそのまま持ち込める。

集計や分析をAIに任せている人ほど、この手続きの欠落には気づきにくい。数字が整った表になって出てくると、それだけで検証済みに見えてしまうからだ。表を作る作業と、その表を疑う作業は別の工程で、後者は今のところ人間の役目のままだ。

渡していないことが作る沈黙——写真421枚のメタデータ

平日の昼間、スクリーンタイムの記録はほぼ空だった。「本業で埋まっているからだろう」——これは正しい解釈だ。だがそこで止めると、「その時間には何も起きていない」という扱いになってしまう。ここまでの2つの失敗(読める範囲の見誤り・出てきた数字を疑わなかったこと)とは逆向きの、もうひとつの失敗がここにある。

そこで範囲を広げてみた。半年分(421枚)の写真のメタデータを読ませたのである。読んだのは撮影日時と位置座標のみで、写真そのもの・被写体は一切開いていない。 この線引き自体を明記しておく。

結果、平日187枚のうち107枚(57%)が日中に撮影されていた。 スクリーンタイムがほぼ空白だった平日の昼間を、写真は全く違う密度で埋めている。空白が意味していたのは「Macの前にいなかった」だけで、生活が止まっていたわけではなかった。情報源を1つ足しただけで、別の情報源の「沈黙」の意味が変わった。

行動圏の広さも見た。1kmほどの格子で区切ると31マスに収まり、上位5マスだけで全体の64%を占める。1か月分(40枚)で見えていた「狭い範囲に収まっている」という読みは、半年分(421枚)に増やしても向きが変わらなかった。曜日別の集計がサンプル数4で簡単にひっくり返ったのとは対照的に、こちらはサンプルを増やしても崩れなかった。

これは、第1章の「価値は上位でなく裾にある」の裏返しでもある。あちらは「読ませた情報の中の、量の少ない部分」に価値があった。こちらは「読ませていない情報源」そのものが沈黙を作っていた。どちらも「上位・多数だけを見ると間違える」という同じ骨格を持つ。足りない情報源で断定してしまう危険は、読ませすぎより先に、日常的に起きている。

写真の枚数がサンプル数を増やしても向きを変えなかったのは偶然ではない。曜日別の集計はサンプル数4というギリギリの規模で、たった1日の祝日にひっくり返された。一方こちらは40枚から421枚に増やしても同じ読みのままだった。サンプルを増やして確かめる、という手続きを実際にやってみた記録として、この対比はそのまま使える。AIに集計・分析をさせるとき、出てきた数字がサンプル数に対して頑健かどうかは、内容そのものよりも先に確認していい項目だと思う。

もうひとつ、今回あえて範囲を「撮影日時と位置座標だけ」に絞ったことにも触れておきたい。全部読ませるか、まったく読ませないかの二択ではなく、目的に対して必要な情報だけを切り出して渡す、という中間の選択肢がある。ダッシュボードやレポートをAIに作らせている人にとっては、この切り出し方そのものが応用できる設計の話になる。

結局、AIにどこまで読ませればいいのか——守るべきは情報の範囲だけではない

この棚卸しを始めたときは、「AIに読ませすぎることの危険」を確かめるつもりだった。だが約1時間の作業で出てきたのは、単純にそうまとめられない3つの型だった。

  1. 情報を絞ることで解決する型(第1章・第2章): 読ませすぎると、誤読の射程が広がったり、思っていた防波堤が実は無かったりする
  2. 情報を絞っても解決しない型(第3章): AIは持っている情報を評価していないだけなので、情報を増やしても直らない。必要なのは偏りを分解する手続き
  3. 情報を増やすことで解決する型(第4章): 単一の情報源の沈黙は、その情報源が見ていない領域と区別できない。情報源を1つ足すことで、沈黙の意味が変わることがある

「AIにどこまで読ませるか」という問いに、単一の答えはない。範囲を絞ることが正解の場面もあれば、広げることが正解の場面もあり、範囲とは無関係に「出てきた数字を疑う手続き」が要る場面もある。「結局どっちが得なの?」という問いへの答えは、二者択一ではなく、渡す情報の性質と、それをどう評価する手続きを自分が持っているかのセットで決まる。

今回、Google Takeoutやクレジットカードの明細のように、本人の書き出し作業が必要な層にはまだ手をつけていない。読ませればさらに何が変わるかは、次に確かめてみるつもりだ。

手元にある情報源をひとつ、実際にAIに読ませて集計してもらうことは、今晩からでもできる。出てきた数字に目を通して、「この偏りは本当か」と一度自分で疑ってみることだけは、忘れないほうがいい。


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